第58話斥侯 救出

ゲインが、仲間のもとへと向かおうとした時、

部下である【ヨルア】が、腕をつかむ。


「お待ちください!」


「なんだ!?」


ヨルアの行動に、驚きつつも、足を止めるゲイン。


「隊長、ここは、もう無理です。


 ですから・・・・・」


隊長であるゲインの意に反する行動をとる事など、

今まで無かった。


そんなヨルアが、覚悟を決めて言い放つ。


「ここから、お逃げください。


 いえ、情報を国へ持ち帰ってください。


 この度の件、一番詳しいのは隊長です。


 ですから、どうか、わが祖国の為に、お願い致します」


この場所を任され、軍を指揮する立場にあるゲインに

『情報を持ち帰って欲しい』なんて、

普段なら、口が裂けても言えない。


だが、確かにエンデやダバンについて、一番知っているのは、ゲインだ。


そのことが分かっているからこそ、ヨルアは、

戦いに向かおうとしていたゲインを止めたのだ。


「ヨルア・・・・・・」


「隊長、どうか・・・どうか、宜しくお願い致します」


深々と頭を下げるヨルア。


同じ様に、話を聞いていた兵士たちも、頭を下げて

ゲインに、懇願する。


ここにいるのは、戦闘に長けたものばかりではない。


そんな者達が、盾になる覚悟を決めて、頭を下げているのだ。


この者達の覚悟を知ったゲインに

断る事は、出来なかった。


「お前達・・・・・わかった。


 後の事は、任せる」


苦渋の決断をするゲイン。


だが、そんなゲインとは逆に

返事を聞いた兵士たちの顔には、悲壮感などはなく

覚悟を決めた男の表情をしていた。


「少しでも、戦いを長引かせ、奴らを足止めします。


 お元気で・・・・・」


その言葉を最後に、兵士達は、家屋を飛び出すと

戦いの場へと向かって行った。




一人取り残されたゲインは、皆を見送った後

馬小屋へと向かう。


振り向きたくなる衝動を抑えつつ、馬に跨ったゲインは

馬に、鞭を打った。


── 一秒でも早く、この場から去れば、

   あいつらも逃げる事が出来るかも知れない・・・・・


そんな淡い希望を、胸に抱きながら、村からの脱出を図る。



そんな事が起きているとは知らないエンデ。


家屋には、仲間の兵士が囚われている可能性があった為、

攻撃を仕掛けていなかった事が

ゲインを取り逃がすことになったのだが

要因は、それだけではない。


その裏には、ゲインを逃がすことだけを考え、

執拗に、エブリンのいる馬車を攻撃して、

エンデ達を、うまく引き付けることも、

作戦を成功させた要因の1つだった。



だが、その見返りに、兵士達は命を落とすこととなった。


敵を全滅させた後、エンデたちは、一軒一軒

隈なく探索をする。


そして、数軒回った後、物置小屋程度の大きさの家に辿り着く。


扉を開け放つと、

中には、小さな囲炉裏があるだけで、他に部屋は見当たらない。

部屋の大きさも6畳ほどしかない。


それなのに、エンデは、この家に違和感を感じた。


たしかに、小さいながらも、囲炉裏はあるが

他に、生活に必要な物が、何一つ無いのだ。


疑念を抱いたエンデが

くまなく室内を調べて回ると

土間の一部分だけ土の色が違う事に気付く。


軽く掃ってみると、足に土と違うが伝わってきた。


──もしかして・・・・・


エンデが、土を掃うと

案の定、地下へと続く扉があった。


「エブリン!」


地下への扉を発見したエンデの呼びかけに、エブリンが姿を見せる。



「こんな小さな小屋に・・・・・・何かあったの?」


「うん、これ」


エンデの足元には、地下へと続くと思われる扉。


「こんなところに・・・・・」


エンデが扉を開けると、予想通り地下に続く階段があった。


「先頭は、俺が行くぜ」


いつの間にか合流していたダバンが先陣を切り、暗闇の通路に飛び込む。


明りも無く、真っ暗な地下通路。



エンデが、魔法で明りの球体を呼び出し、

先頭を歩くダバンの前に、浮かび上がらせる。


「これは、有難い」


明かりが灯り、周りの様子が見えてきた。


階段を下りると、そこには牢獄が並んでいた。


門番などいない。


聞こえてくるのは、呻き声だけ。


ダバンが、一番近くの牢獄に、顔を向けると

中には、数人のアンドリウス王国の兵士の姿があった。


「おい、大丈夫か!?」


ダバンの声に、顔を上げる兵士たち。


痩せこけていて、目は虚ろだ。


か細い声で問いかける兵士。


「あんたたちは・・・・・?」


「助けに来たんだよ!」


「助けに・・・・・・そうか、助かるのか・・・・・」


『ホッ』としたのか、涙を浮かべる。


だが、話を聞いていた同じ地下牢に閉じ込められていた兵士が

鉄格子に近づき、ダバンに伝える。


「奥の奴から、助けてやってくれ。


 頼む・・・・・まだ、間に合うかもしれない」


この地下牢の奥から聞こえてくるうめきき声。


『わかった』


そう伝えると、ダバンは、エンデたちと一緒に奥に向かった。


奥に進む間も、周囲の牢獄から、人の気配を感じる。


だが、目指すは、一番奥の牢。


奥に進むにつれ、異臭が鼻を突く。


肉の腐ったような匂いに混じり、濃い鉄の錆びた匂いも鼻を突く。


悪い予感しかしない。


ここにいる全員が、同じ想像を描く。



濃くなる異臭を我慢し、一番奥の牢獄に辿り着くと

明りを灯す。


そこで目にしたのは、糞尿を垂れ流し、

はりつけにされたまま息絶えていた兵士の姿だった。


「酷い・・・・・・」


衣服は破れ、全裸に近い恰好で、

体中に傷を負い、顔の輪郭は、原型すら留めていない。


思わず顔を顰め、口元を抑える女性陣。


ここには、エリアルもアラーナもいる。


2人は、吐くことは無さそうだが、顔色は優れない。


「大丈夫?」


優しく問いかけるエブリン。


「ええ、ご心配なく、私たちは大丈夫です」


アラーナの言葉に、エリアルも頷く。


「そう、でも、無理はしないでね」



「はい、心得ておきます」



3人が会話をしている間に、

エンデは鉄格子を破壊し、磔になっている死体に近づいた。



「これ、古い傷や新しい傷があるね」


「ああ、酷いな・・・・・」


『古い傷や新しい傷』、それは、日常的に拷問を受けていたことを意味する。


エンデは、死体を磔から解放し、床に下ろす。


「後は、私たちが・・・・・」


エンデは、『わかった』とだけ呟き、

アラーナ達にこの場を任せ、他の牢獄へと向かった。



磔にされていた男の牢獄と向かい合った位置にある牢獄に、明かりを灯す。


映し出されたのは、血に濡れた拷問器具の数々。


未だ、乾いていない血が付いている器具もある。


「もしかして・・・・・」


『血が乾いていない』それが意味するのは、

エンデたちが来る寸前まで、拷問が行われていたという事実。



エンデは、急いで明かりの数を増やし、牢獄全体を照らす。


すると、思ったよりも広い牢獄の隅で

床に放り投げられている男を発見した。


エンデとダバンは近づき、声を掛ける。


「大丈夫?」


いつもの口調で問いかけるエンデ。


だが、それでは届かない。


そう感じたダバンが交代を申し出て、声を掛ける


「おい!

 しっかりしろ!」


大声を上げ、体を揺さぶる。


「おい!

 目を覚ませ!」


何度も何度も、繰り返す。


だが、男に反応はない。


『はぁ~』


そんな時、エンデたちの後ろから、聞こえてきた大きな溜息。


「やっぱり、あんた達だけでは、無理だったみたいね」


そう言い放ったエブリンの手には、バケツが握られている。


「そこをどいて!」


エンデたちが、場所をあけると、

手に持っていたバケツに入っていた水を、床に倒れている男にぶちまけた。


そして、怒鳴る。


「起きなさい!

 貴方にも、家族がいるのでしょ!」



男が、薄っすらと目を開ける。


言葉を発することは出来ないようだが、生きている事には間違いはない。


「エンデ」


「うん」


意図を汲み、エンデが、右手を差し出して、男の傷を癒す。


淡い光が男を包み、見る見るうちに体中の傷を治した。


だが、流れた血まで、戻ったわけでない。


それでも男は、声を発することが出来るようになっていた。


「あ・・・ありがとう。


 助かった・・・・・」


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