第56話 斥侯 野営地にて

密偵部隊のリーダー【ゲイン】が、ノルマンに話しかける。


「それで、人数は?」


「男が2人、1人は、ガキだ。


 あとは、貴族の娘とメイドが2人」


「なんだ、それは?

 本当に、王国軍の斥侯なのか?」


横で話を聞いていた男が、思わず漏らした言葉に

周りから、笑いが起きる。


「こんな奴らが、役に立つのか?

 それとも、俺たちへの土産か?」


再び笑いが起きる中、リーダーのゲインだけは

何か、考え込んでいた。


その事に、気が付いた部下の1人が、声を掛ける。


「リ、リーダー。


 どうかしたのですか?」


「うむ、もしかしたら、別動隊がいるかも知れんな・・・・・」


その呟きに、笑い声も収まり、ゲインに視線が集まる。


「ゲイン隊長・・・・・・」


「そう考えた方がいいかも知れん。


 聞け、別働隊がいる可能性がある。


 罠だと思って警戒を怠るな!」


ゲインの言葉に、隊員たちの表情が引き締まる。


「これより、奴らの捕縛に向かう」


「「「はっ!」」」



ゲインをリーダーとした、密偵部隊の者達が、

エンデ達のもとに向かって走る。


案内役はノルマン。


山中を駆け、エンデたちが野営をしている場所に近づくと

ノルマンが手を振る。


すると、その合図に、密偵たちの動きが止まった。


「あそこを見てくれ」


ノルマンの指した方向には、3つのテントが並んでいる。


「あれが、奴らの野営地です」


「わかった」


ゲインは部下に指示を出し、別働隊がいる可能性を考え

周囲の探索に向かわせた。


それから暫くして、探索に出掛けていた者達が帰って来た。


「どうだった?」

 

「人影は見当たりません」


「こちらも同じです」


「同じく・・・・・・」


隠れている者はおらず、彼らが本物の斥侯という事に、

ゲインは、正直、驚きを隠せない。


「お前は、何か聞いていないのか?」


ノルマンに問いかけたゲインだが

思ったような返答は、得られなかった。


「斥侯だとしか聞いていない」


「そうか・・・・・」


彼らが、本物の斥候だとしても、

何故か、疑念が拭えないゲイン。


──本当に、奴らだけなのか・・・・・


そんなゲインの様子を見て、ノルマンが話し掛ける。


「ゲインさん、俺だって初めて聞いた時、

 『嘘だろ!』って思ったけど、これは、紛れもない事実ですよ。


 深く考える必要なんて、ありませんよ」


「そうかも知れぬな・・・」


楽観的な態度のノルマンの言葉に従い、

ゲインは、作戦を実行する。




先ずは、捕縛する為の準備を進めた。


そして、準備を終えると、テントを取り囲む様に仲間達を配置する。


抜かりはない。


配置完了の合図を受け、ついに捕縛へと向かうゲイン達。


ゆっくりと、音を立てないように、テントへと近づく。


1つ目のテント。


ここは、メイド達が使っているテントだが

中を覗くと、誰の姿も無い。


「おい、どういう事だ?」


ゲインの言葉に、ノルマンも返答のしようがない。


──おかしいな・・・・・


そう思いながらも、次のテントへ。


ここは、ノルマンが寝ていたテントなので、誰もいない筈だが

先程のテントに、誰もいなかったことから

念の為に覗いてみるが、予想通り、誰の姿も無い。


仕方なく、次のテントへと向かう。


最後となった3つ目のテントに近づくゲイン達。


「ここが最後だ、警戒を怠るな」


ゆっくりと近づき、入り口を塞いでいる布に、手を掛けようとした瞬間

馬の嘶きが野営地に響く。


『ヒヒィィィィィン!!!』


その嘶きに驚き、テントから手を離して、振り返ると、

そこには巨大な黒い馬がいた。


「何だこの馬は!?

 何処から現れた?」


黒い馬は、ゆっくりと、テントの近くにいる密偵たちに近づく。


「お、おい・・・」


警戒する密偵者達。


その者達を前に、一気に加速する黒い馬。


「向かって来るぞ!!!」


密偵の叫び声が、暗闇に響く。


その声は、周囲を警戒していた仲間たちの元にも届き、

敵襲だと感じ、一斉に姿を現した。


その時に見えた光景は、暗闇のせいで、はっきりとは分からないが

何者かに追われて、次々と消えて行く仲間達の姿だった。


間近で見ていたゲインが、大声で叫ぶ。


「矢だ!矢を放て!!」


周囲で警戒していた者達は、その声に従い、

一斉に矢を放つ。


しかし、どの矢も、黒い馬には、掠りもしない。


黒い馬は器用に矢を躱し、

生き残っている密偵たちに襲い掛かる。


「クソッ、どうなっているんだ・・・・・」


苛立つゲイン。


逃げる事に必死になり

暗闇の中、逃げ惑う密偵達。


後を追い、次々に密偵者を屠る黒い馬。


「なぜだ!

 何故、あんな馬が現れるのだ!」


そう呟いた瞬間、ゲインは、『ハッ』と我に返り、立ち止まる。


「これは、本当に偶然なのか?・・・・・・」


そう思った時、最後に手を掛けたテントの方に目を向けると

テントの前に立つ、エンデを発見した。


──あれは、誰だ・・・・・

  一体、いつの間に・・・・・・

  もしかして、あの中にいたのか!・・・・・


そう思うと、怒りが湧いてくる。


「あの時、入り口の布さえ、めくっていれば

 奴らを、倒すことが出来たのかも知れない。


 それなのに、何故、こんな事に・・・・・」



ゲイルは、怒りからテントの前に立つエンデへと

狙いを変更する。


「テントの前に立つ、あの者を殺せ!!!」


ゲイルの命令に従い、矢を放っていた密偵者達が、

武器を手に、一斉に襲い掛かる。


だが、その行動は、完全に裏目に出る。


全員が、エンデに向かってしまった為

先程まで、戦っていた黒い馬を放置してしまったのだ。


その隙を、見逃す筈が無く、

黒い馬の姿から、人型へと変化したダバンが、

背後から、密偵者達に襲い掛かる。


「うげっ!」


「ぎゃぁ!」


短い悲鳴と共に次々と倒される密偵者達。


彼らは、テントに辿り着く事させ出来ず、地面に横たわる。


この状況に、ゲインが気付いた時には、

自身とノルマンしか残っておらず、

完全に、追い込まれていた。


思わず、愚痴をこぼす。


「クソッ、こいつらは、何なんだ!」


独り言のように呟いた言葉だったが、

何故か返事が返ってきた。


「僕達の事は、もう、わかっているよね」


ゲインは、目の前から聞こえてきた声に驚き、素早く距離を取る。


先程まで、テントの前にいた筈のエンデが

いつの間にか、ここにいる事に、驚き、声が出ない。


それは、ノルマンも同じで、エンデから距離を取ろうとする。


そんなノルマンを無視し、ゲインに近づきながら問いかけるエンデ。


 「行方不明になっているアンドリウス王国の兵士の事、知らない?」


その問いに、ゲインは、武器を構えて、睨みつける。


「知っていたとしても、誰が貴様に、教えるものか!」


ゲインが、強気で答えた瞬間

背後から近づいていたダバンにより、

足を刈られ、地面に倒された。


『グフッ!』


手に持っていた武器は弾き飛ばされ、

体を足で、押さえつけられるゲイン。


ただ、踏みつけられてられているだけのはずなのだが、身動きが取れない。


「離せ!

 その足をどけろ!」


未だに、強気のゲインを、ダバンが覗き込むようにして、見据える。


「いい加減、立場をわきまえた方が身の為だぜ」


そう言い終えると、体を押さえつけている足に、力を込めた。


ミシミシと骨の軋む音が響く。


思わず、大声で叫ぶ。


「うぐわぁぁぁぁぁ!!!」


ダバンが、もう少し力を込めると

骨が折れた感触が伝わってきた。


「あっ!

 折れたな」


先程以上の激痛が襲い掛かり、悲鳴を上げて藻掻くゲイン。


だが、ダバンに押さえてけられている為に、逃げる事も出来ない。


そんなゲインに、エンデが話しかける。


「素直に話してくれたら、楽になるよ」


多くの死体が転がる野営地で、何事も無かったかのように

笑顔を見せ、問いかけてくるエンデに、

ゲインは、感じた事の無い恐怖を感じてしまう。


身動きも取れず、激痛に侵されているゲインは

視界に死体が映るたびに、己の行く末と重ねてしまい

段々と『死』という恐怖に侵食され、抵抗を止めた。


「話してくれるよね?」


ゲインは黙って頷く。


「それじゃぁ、聞かせてよ」


エンデは、質問を開始する。


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