第156話貴族の分裂 ソマルの屋敷

「待たせてすまない」


ウオッカ男爵は、溜息を洩らしつつ席に着いたが

未だ、貴族たちの視線は、疑惑を孕んでいた。


それを肌で感じたウオッカ男爵が、口を開く。


「私が約束したのは、この街と皆の安全だけだ」


この事は、事前に話していたので、貴族たちに驚く様子はない。


だが・・・・・


「本当に、それだけなのだな」


「ああ、嘘は無い」


貴族たちは、お互いの顔を見合わせた後、

これ以上、揉めても仕方ないと判断し

『・・・・・信じよう』と、一言述べた。


ようやく、ウオッカ男爵は会議を始めることが出来たのだが

やはり、議題の中心となったのは、例の2人。


どんな行動に出るのか、それだけが不安の種なのだ。


それと、もう一つ。


この会議に、出席していないソマルのこと。


その件に関しては、一度、ウオッカ男爵自身が出向き、

話を聞くことで、纏まった。


そして、翌日。


前日の会議での決断を受け、ウオッカ男爵は、

ソマルの屋敷へと馬車を走らせた。



だが、ソマルの屋敷に向かっていたのは

ウオッカ男爵だけではない。


先日の会議で、ウオッカ男爵に異を唱えた

ノースとベルガーの準男爵のコンビも、

軍を従えて、向かっていたのだ。


2人も、仲間が多い方が良いと考え

武力で脅しても、ソマルを手中に収めるつもりでいる。


「あの、気の弱い男だ。


 兵を見ただけで、ビビって降伏するのではないか?」


軍勢の中心で、優雅に貴族馬車に乗り込んでいるノースとベルガーは、

ワインを片手に、余裕を見せて、談笑していた。


それだけ、ソマルを引き込むことは容易だと考えていた。


だが、彼らも、ウオッカ男爵も知らないことがある。


それは、彼らが狙っているソマルは、

既に、エンデ達に、下っているということだ。



そんな2組だが、

角を曲がれば、ソマルの屋敷が見える交差点に差し掛かった時に

出くわしてしまう。


ノースとベルガーの軍は停止すると

1人の兵士が、ウオッカ男爵の乗る馬車へと駆け足で向かい、

到着するや否や、御者に伝える。



「我々は、ノース様とベルガー様の軍だ。


 これより先は、わが軍の進軍地となる。


 今すぐ引き返せよ!」


その言葉を聞き、御者は、馬車の中にいたウオッカ男爵に

伺いを立てると、ウオッカ男爵は、馬車から降り

兵士と向き合った。


「私は、ウオッカ サントーネ。


 この国で、男爵の地位を預かりし者だが、

 それでも貴殿は、引き返せというのか?」


その言葉を聞き、兵士は、思わず、引き下がってしまうが

ノースとベルガーの軍を束ねている【ノクチャート】が現れ、

2人の間に、割って入った。


「ウオッカ男爵殿、

 貴方と我が主は、敵対関係にあるそうですが、

 もし、ここで言い争う、おつもりでしたら、

 それなりの対応をさせていただきます」


ノクチャートの言葉に、兵士達の雰囲気が変わる。


ウオッカ男爵が連れているのは、護衛の5名程。


しかし、彼らは、ざっと見ても100名は超えており

どう考えても、勝ち目などない。


ノクチャートも、それが分かっているからこその態度で、応対する。


「我が主は、慈悲深い。


 この場で引き返すのであれば、見逃しても良いと仰っております。


 しかし、武力を行使してでも先に向かうというのであれば、

 遠慮は要らぬそうだ」


「ぐ・・・・・」


戦闘になれば、勝つ見込みなど無い。


「わかった・・・・・引き返そう」


「御賢明な判断で・・・・・」


言葉とは裏腹に、馬鹿にしたような笑みを浮かべるノクチャート。


その視線を背に受けながら、ウオッカ男爵は、馬車へと戻るが

諦めたわけではない。


──このまま引き下がってなるものか・・・・・

  他の道から行こう・・・・・


そう思いながら、ウオッカ男爵を乗せた馬車は

来た道を引き返し始めた。



ウオッカ男爵の馬車が、視界から消えると

ノクチャートは、号令を出し、再び進軍を開始する。


暫く進み、目的となるソマルの屋敷が目の前まで迫ると、

兵士達に、新たな指令を出して、屋敷を包囲し、

逃げ道を、完全に塞いだ。


「配置、完了致しました」


兵士から完了の言葉を受けると

2人は、数名の護衛を連れて、屋敷の玄関へと向かった。


そして、入口に到達し、扉を叩くと

メイドが、姿を見せる。


「何の御用でしょう?」


護衛の男が、前に出る。


「こちらは、ノース ホールド準男爵とベルガー アル準男爵だ。


 ご当主のソマル ウンガ殿と話がしたい」


メイドは、2人を『ジー』と見つめた後、口を開く。


「・・・・・少々、お待ちを」


メイドが、そう言って扉を閉めようとするが、

護衛の男が、扉の隙間に足を滑り込ませた。


「おい!

 貴様は、先程の言葉聞いていなかったのか?」


「???

 何でしょうか?」


「貴様は、貴族であるこの方々を、このまま放ってておいて

 伺いを立てに行くのか!?

 待たせるにしろ、それ相応の対応をするのが、

 貴様ら奉公人の務めではないのか!」


捲し立てるように言い放つ

護衛の男の肩を叩き

ノースが間に割って入った。


「【デスト】よ。


 そんなに、怒らなくてもよいぞ」


「はっ!

 失礼を致しました」


メイドにではなく、

ノースに向けて、謝罪の言葉を述べたデストが、一歩下がると

ノースが前に出て来る。


「私はノース ホールドという者だ。


 これでも貴族の端くれでね、

 庶民に待たされるようなことは、あってはならないのだよ。


 わかるかい?」


諭すような口ぶりで、ノースは話を続ける。


「君の行いの1つで、この屋敷の主の立場が、

 危ういものに、なり兼ねないのだよ。


 それを知っても、ここで、私たちを待たせるのか?」


完全に、脅しである。


ノースは、『つべこべ言わず、さっさと主に合わせろ!』と言っているのだ。


メイドは、おびえたような態度を見せない代わりに

諦めたような態度で、溜息を吐く。


「『ハァ~』


 それは、失礼いたしました。


 では、こちらでお待ちいただけますか?」


半ば、投げやりのような物言いで、ノースたちを屋敷に招き入れると

どこからか、メイドに声を掛ける者が現れた。


「【アリアンヌ】さん、その人達は?」


声の方向に、顔を向けたのは、アリアンヌの他に

ノース達も顔を向けるが、その顔に見覚えが無い。


「なんだ貴様は?」


ノースの問いに、アリアンヌが答える。


「この屋敷の主です」


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