第194話 住処

一行が乗る馬車は、庶民街を抜けると、

そのまま貴族街への門を潜った。


「父上、いったい、どこに向かっているのですか?」


「ハハハ・・・それは、到着するまで秘密だ」


そう答えたマリオンの顔には、

笑みが零れていた。


──もしかして、僕達を、驚かせようとしているのかなぁ・・・・・


そのように、感じたエンデは、

これ以上、聞くことはせず、その時を待つことにした。



その後も、馬車は貴族街を進み、

男爵や準男爵など

貴族の中でも、地位の低い者達の居住区を抜けて

子爵や、侯爵などが屋敷を構える居住区へと入った。


この居住区には、バルドーの屋敷もある。


その為、エンデが、シャーロットに声をかけた。


「シャーロットは、一度、屋敷に戻る?

 それとも、このまま一緒に来る?」


「そんなこと、聞くまでもないわよ。


 一緒に行くに、決まっているでしょ」


「わかった」


シャーロットの返事を聞いたエンデが、

マリオンへと顔を向けると

話が、耳に届いていたマリオンは

わかったといわんばかりの笑みを見せて応えると

馬車は、何事もなかったかのように

バルドーの屋敷前を通過していった。



この居住区に住んでいるだけあって

シャーロットは、この辺りの事は、よく知っている。


その為、この先にあるのは、侯爵の屋敷と

少し逸れた場所にある廃屋と化した屋敷しかないことを

知っていた。


──まさか、あの廃屋に、行こうとしていないわよね・・・・・


シャーロットは、怖がりである。


だから、廃屋なんて行きたくはない。


しかし、そんな思いを、嘲笑うかのように

馬車は、侯爵の屋敷に向かう道から逸れて、右折した。


「・・・・・」


突如、奇行ともいえる行動に出るシャーロット。


先程は、黒い塊から、勝手に出ようとしたアンデットオオカミを

窘めた筈のシャーロットが、

今は、黒い塊を出現させて、

新たに、アンデットオオカミを、呼び出した。


「ちょっ、ちょっと、シャーロット、

 こんなところで、呼び出さないでよ!」


「・・・・・」


エブリンの問いかけにも、返事はない。


シャーロットは、2体のアンデットオオカミの間に顔をうず

外界から、完全に、視界を塞いでいた。


狭い馬車の中は、すし詰め状態になり、

動くことすら、ままならない。


そんな状況下で、マリオンがバルドーに告げる。


「貴殿の娘だろ!

 なんとか、説得してくれ!」


「ハハハ・・・それは、無理な提案だ。


 この状況になったら、シャーロットは、誰の話も聞かぬ」


「おい、それでいいのか!?」


「ああ、問題ない」


「問題ない?

 今、問題が起きているではないか!」


「些末なことだ。


 もうすぐ、到着する。

 

 それまでは、辛抱してくれ」



そう告げたバルドーは、満面の笑みで

シャーロットを、眺めていた。


──怖がるシャーロットちゃんも、かわいいなぁ・・・・・



こうして、バルドーが、親バカな一面を見せている間に

馬車は、目的地である廃墟に、到着した。


御者が急いで、馬車の扉を開けると

マリオンを先頭に、バルドー、グラウニーが降りてくる。


3人に続いて、エンデ達も、馬車から降りたのだが

目の前にある屋敷を見て、驚きが隠せない。


「ここは・・・・・」


「お父様、こちらは、どなたのお屋敷ですか?」


エブリンの問いかけに

マリオンが答える。


「ここは、私たちの屋敷だ」


マリオンの言葉に、エブリンは驚くと同時に

問わなければならないことがあった。


「ここは、私とエンデの2人で、住むのでしょうか?」


「いや、ここには、私達も住む」


『!!!』


「それでは、ゲイルドの街は、どうなるのですか?」


「他の者が、引き継ぐことになるだろう。


今回の事は、陛下からの命令なのだよ」


「そうだったのですね・・・・・」


両親と一緒にいられることは、凄く嬉しい。


だが、生まれ育った街と別れることは

少し寂しく思えた。


そんな感傷に浸りそうになっていた時

突然、屋敷の中から現れた女性が声を上げ、駆け寄ってきた。


「エンデ!

 エブリン!」


その声に、咄嗟に反応するエンデとエブリン。


「お母様!」


「母上!」


母であるルーシアとの久々の再会。


自然と2人も、急ぎ足になる。


母であるルーシアの前で、足を止めると

駆け寄った勢いのままルーシアが

ダイブするように、2人に抱き着いた。


「元気そうでよかったわ。


 本当に・・・・・心配していたのよ」


その一言に、胸が熱くなる。


エンデにとって母親は、大切な存在。


転生前の母、ノワール。


人間界に産み落としてくれたエドラ。


そして、育ての親ともいえるルーシア。


3人の内、2人にはもう会えない。


その為、再びルーシアに会えた事が嬉しくて堪らないエンデは

抱きしめ返すことで、愛情を表現する。


そんなエンデの頭を、抱きしめたまま、

ルーシアは、優しく撫でた。


その様子を、同じように抱きしめられているエブリンは

微笑みながら、ずっと見ていた。







こうして、一様の挨拶も終わり、皆が落ち着いたところで、

一行は、屋敷の見学へと向かう。


先ずは、周囲を含めた外観から。


屋敷といえる建物は、ゲイルドの街の屋敷の倍近くあり、

ある意味で、生活に困るレベルだ。


とはいえ、執事のゴージアが、何とかしてくれそうな予感はするが、

ルンも、一緒に暮らすらしいので、

それなりに騒がしくなりそうなのだが・・・・・



屋敷の裏に回ると、そこには広大な庭があった。


これなら、ダバンも喜んでくれると思い、全体を見渡していると

庭を挟んだ向こうに、もう一つ、立派な建物が見える。


大きさも、それなりにあり、

どう見ても、馬房とは思えない。


「あの・・・・・父上。


 あれは?」


「あれは、サーシャ様のお屋敷だ」


「「・・・・・え?」」


エンデとエブリンは、マリオンの顔を見る。


「実はだな・・・・・」


国王、ゴーレン アンドリウスがマリオンを呼び寄せたのは、

2つの理由があった。


1つは、ヴァイス家全員を王都に呼び寄せ、エンデを王都に留まらせる事。


そして、もう1つの理由は、サーシャだ。


ダバンと共に、王都に戻って来たサーシャは、

直ぐに、父親であるゴーレン アンドリウスに面会し、告げた。


「お父様、私、ダバン様のもとへ、嫁ぎますわ」


突然の報告に、目を丸くするゴーレン アンドリウスは、

サーシャの後ろで、疲れ切っているグラウニーに目を向けた。


「グラウニー、これはどういうことだ?」


「お答え致します陛下」


グラウニーは、ゴンドリア帝国に到着してからの事を、事細かに説明した後、

より一層疲れた表情で、エンデたちとの合流後のことも、

掻い摘んで話し始める。


その話が進むに連れて、ゴーレン アンドリウスから

溜息が零れた。


「以上でございます」


一通り、話を聞き終えたゴーレン アンドリウスは

頭を抱えたまま、話しかける。


「・・・・・では、求婚は、サーシャからなのだな」


「はい」


「それで、ダバン殿も、その求婚を受け入れたと」


「・・・・・はい、間違い御座いません」


ゴーレン アンドリウスは、頭を抱える。


サーシャとダバンの婚約に、反対しているわけではない。


ただ、庶民と王族との婚約ともなれば、貴族たちの反感を買ってしまう。


順序というものがある。


その為、ダバンをに爵位を与え、貴族になってから、

婚約させようと思っていたのだ。


だが、サーシャの行動で、全てが水の泡。


──こうなったからには、貴族たちの反発も覚悟せねば・・・・・


思わず、ため息が漏れると

サーシャが、頬を膨らます。


「お父様は、反対なのですか?」


「そうではない。


 サーシャよ、王族が婚約するとなれば、それなりの順序が必要だと

 お前も知っておろう」


「ええ、勿論ですわ」


「ならば何故、このような暴挙に出たのだ?」


「お父様は、今、暴挙と申されましたが、それは違います。


 ダバン様は、エンデ様と共に、数々の功績を上げ、

 今では、我が国以外にも

 その名は、知れ渡っております。


 それに、エンデ様の護衛というお立場から、


 『ただの従者』ではなく、『主を守る騎士』として皆は認識しております」


ゴーレン アンドリウスは、娘の言いたいことが理解できた。


「他の貴族が狙っておるのか?」


問われたグラウニーは頷く。


「甥のエンデやエブリンだけでなく、

 ダバンにも、それなりの誘いが届いておりますが、

 今のところは、私が、止めております」


「そうだったのか・・・・・」


『!!!』


ゴーレン アンドリウスは、

この度の娘の行動に関して、少々、破天荒すぎると思っていた。


サーシャとて、この国の王女であるが故、

それなりの教育を、受けさせている。


確かに、行動がおかしいときもあったが

普段は、勉学にも真面目に励み、素直でいい子だった。


だが、今回の事は違っていた。


家出をするかのように飛び出し、

勝手に、他国にまで、付いて行ってしまう始末。


そんな娘の行動の真意を確かめる為

グラウニーに問いかけた。


「グラウニーよ、もしかして、その手紙を

 サーシャに、見られたのか?」


「・・・・・不徳の致すところでございます」


「やはり、そうだったか・・・」


エンデやエブリンは、当然だと理解していたが、

まさか、ダバンにも、お見合いやパーティーの申し出があったことに驚いた。


今日は、もう、溜息しか出ない。


そんな気持ちのゴーレン アンドリウスに、

サーシャが、問いかける。


「お父様、私は、『キングホース』であるダバン様を、お慕いしております。


 絶対に、他の貴族に渡したくありません。


 私たちの婚約をお許しください!」


──ああ、今、何を言っても無駄だな・・・・・・


サーシャは、頑固だ。


そのことを一番理解しているゴーレン アンドリウス。


「お前の気持ちは、理解した」


「お父様!」


サーシャから笑みが漏れる。


「だが、レイビアとも、相談させてくれ・・・・・」


「わかりました。


 ですが、お母様なら、きっとご理解して頂けますわ」


「・・・・・」


本当に、溜息しか出てこないゴーレン アンドリウスだったが、

まだ、やるべきことが残っている。


ゴンドリア帝国との和平、

並びに、アルマンド教国の件。


それぞれに、難しい問題だと捉えていたが

全ての事情を知ると、考えが変わった。


──これなら、貴族の反発を恐れることもない。


   それに、彼らは、重要人物だ。


   貴族連中になど、絶対に渡してはならん・・・・・・・



この2つ件の功績により、

ゴーレン アンドリウスはサーシャとダバンの婚約を認めた。


同時に、エンデたちを王都に留まらせる為に、ゲイルドの街より

ヴァイス子爵家を呼び寄せることにしたのだ。


そこからは早く、建築士、冒険者、兵士、魔法士など、多くの人員を用いて、

異例の速さで屋敷を建て、エンデたちを迎い入れる形を作ったのだ。


そして、現在に至る。


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