第102話 学院生活 チャコール男爵の屋敷


街中を爆走したアンデットオオカミとエンデたちが辿り着いたのは

チャコール男爵の屋敷だった。


門の前では、首輪をつけたアンデットオオカミが、

門番を踏みつけた状態で待機しており、

エブリンの姿を見つけると、『ガウッ!』と一吠えした後

駆け寄って来る。


エブリンに抱き着くように、飛び掛かるアンデットオオカミを

受け止めるように、抱きかかえるエブリン。


「いい子ね、この中にモンタナがいるの?」


『ガウッ』


返事を聞き、頭を撫でててやると、アンデットオオカミは、嬉しそうな顔をした。


それを複雑な表情で見つめるエンデ。


「僕の召喚獣・・・・・だよね・・・・・」


シャーロットに1頭が懐き、

エブリンには、多くのアンデットオオカミ達が懐いている。


本来の主は、エンデのはずなのだが、

エンデの周りには、1頭もいない。


この光景に、アンデットオオカミ達は

自分の意思で、主を決めているように思えた。


そんなエンデの気持ちを、放置したまま

エブリンが告げる。


「さぁ、お仕事よ」


エブリンが手を叩くと、アンデットオオカミたちは、一斉に走り出し

屋敷へと向かった。


ちょうど、その時、

キルードが、部下を連れて現れる。


「ここにいたのか?」


「あっ!

 おじさん」


「お、おじさん・・・・・」


「エンデ!

 きちんと挨拶をしなさい」


エブリンに窘められるエンデ。


だが、キルードが答える。


「いや、おじさんで構わない。


 それよりも、この状況を説明してくれるか?」


「それなら、私が説明するわ」


エンデの代わりに、エブリンが学院で起こった事、

その立会人をした教師が、逃げ出したことを掻い摘んで話をした。


「そうか、では皆はここで待っていてくれ」


「僕も行くよ」


「無茶は、するなよ」


キルードは、エンデに釘を刺したながらも、同行を許す。


門を潜り、屋敷の扉を叩くキルード。


「私は、王都統括兵団長のキルードだ。


 話が聞きたい。


 ここを開けよ」


キルードが強めの口調で叫ぶと

扉が開き、執事と思わしき男が現れた。


「キルード様、我が屋敷に何かご用事でしょうか?」


出て来たのは、執事の【コッペン】。


「ここに学院から、逃げ込んだ者がいると聞く。


 名を『モンタナ』と言うそうだが、知らぬか?」


逃げ込んだ事は知っていたが、敢えて、知らないふりをして聞く。


「そうですか・・・・・私は、見ておりませんが

 他の者にも訪ねてまいりますので、中で、お待ち頂けますか?」


コッペンは、一度扉を閉めた後、大きく開け放った。


「どうぞ、お入りください」


コッペンは、扉を開け放つことで、

『何も知らない、無関係』だという意思表示をしたのだ。


このコッペンの行動に驚き、

思わずエンデの方に振り返るキルード。


エンデは、『ニコッ』とほほ笑むと、キルードの横に並んだ。


臆することの無いエンデの態度に、キルードも腹を括る。


「では、案内を頼む」


「畏まりました」


コッペンに案内されたのは、応接室。


奥の席には、この屋敷の主、チャコール ベクターが座っていた。


「これは、キルード兵団長。


 今日は、何の御用ですかな?」


白々しく、何も知らない素振りで答えるチャコール。



「この屋敷に、『モンタナ』という学院の教師がいると思うのだが」


「『モンタナ』ですか・・・・・・

 そのような者は、この屋敷にはおりませんが」


あくまでも、『知らない』で突き通そうとする。


「では、調べさせて頂いても?」


チャコールは、キルードのその言葉にも動揺は見せない。


「それは構いませんが、貴族の屋敷を調べるということは

 それなりの証拠と陛下からの通達書を持っておられるのですね」



確かに、貴族の屋敷を調べるとなると、それなりの準備が必要なのだ。


だが、早急な事だったので、持っていない。


そのことを、キルードは、素直に告げた。


「いや、持ってはいないが、この屋敷に入るところを見た者がいるのだ。


 それに、居ないのであれば、調べられても、問題は無かろう」



キルードも、強気の態度に出る。


しかし、いくら強気な態度に出た所で、

『陛下からの通達書』が無いのだから強引に調べることが出来ない。


チャコールも、その事がわかっており、態度を変えることはない。


「『通達書』をお持ちでないのならば、調べさせるわけにはいきません。


 ここは、貴族の屋敷ですぞ。


 ただ『見た者がいる』という誰ともわからぬ曖昧な理由だけで

 屋敷を調べる事は、ご遠慮いただきたい」


チャコールは怒りを滲ませて、キルードを睨みつけた。


アンデットになったとはいえ、オオカミの臭覚は正しい。


匿っている事は確実なのだが、それを証明する手立てがない。


── 一度、出直すしかないか・・・・・


キルードがそう思った時、エンデが、袖を引っ張る。


「おじさん、僕、トイレ。


 我慢できないよ・・・」


「えっ!」


『何を言っているんだ』と思わずエンデの顔を見る。


しかし、エンデは、もう我慢できないといわんばかりの態度で迫った。



「本当に無理、もう我慢できないよ・・・・・」


股間を押さえて、『ソワソワ』するエンデ。


「チャコール殿、悪いが、トイレを貸してもらえぬか?」


不躾なお願いだったが、この状況で、無下に断ることが出来ず、

チャコールは執事のコッペンを呼び、エンデをトイレの場所までの案内をさせた。


地団駄を踏むような足音を立てながら、コッペンの後ろを歩くエンデは、

周囲を確認する。



──あっちにも、通路がある・・・・・

  それに、奥にも屋敷が・・・・・・


周囲を確認していると、コッペンが、とある扉の前で立ち止まる。


「こちらで御座います」


「あ、ありがとう!

 漏れるよぉぉぉ」


エンデは、演技を続けながら、急いでトイレに駆け込むと扉を閉めた。


そして、『ふぅ~』と一呼吸置いた後、

子供が通れる程度の大きさしかないトイレの窓から抜け出す。



そして、先程見えた反対側の通路に、

入り直すと、モンタナを探し始めた。


だが、しばらく歩いたところで、メイドに見つかってしまう。


「ここで何をしているのですか!?」


「あっ・・・・・」


「何処に行かれるつもりだったのですか?」


メイドに問われて素直に答えるエンデ。


「モンタナの所」


「えっ!・・・・・そのような方はおりません」


メイドはモンタナの世話をしている。


その為、何処にいるのかも知っていた。


だからこそ、聞かれて思わず、動揺してしまったのだ。


エンデは、それを見逃さない。


「知っているんだね」


「え・・・・いえ・・・・」


「嘘はだめだよ。


 何処にいるの?」


「わ、私は、用事がありますので、失礼致します」


メイドは、慌てて、その場から立ち去ろうと踵を返した。


「あ・・・・・」




その場に放置されたエンデは

気付かれないようにメイドの後を追いかけて行くと

メイドは屋敷を抜け、もう一つ、奥にある屋敷に向かった。


そして、扉の前で辺りを見渡し、

誰もいない事を確認した後、中へと入る。


屋敷の中に入ったメイドは、一番奥の部屋の扉を叩き、中に入る。


「モンタナ様、大変です!」



部屋の中で、逃げ出す準備をしていたモンタナだったが、

メイドの焦りようから、危険な状況だと知り、問いかける。


「誰か来たのか?」


「はい、兵士と少年が、お見えです」


「クソッ!」


危機を悟ったモンタナだったが、諦めてはいない。


この場から、如何にして逃げるかを考え始めたが

その瞬間、少年の声が、耳に届く。


「みーつけた」


思わず、声の方にモンタナが顔を向けると

そこには、エンデの姿があった。


「お姉さん、案内、有難う」


皮肉の言葉をメイドに投げかけた後

モンタナに視線を向けるエンデ。


「こんなところに隠れていたんだ」


笑顔を見せるエンデに

モンタナは、顔を顰しかめる。


「このクソガキ・・・・・」


モンタナは、剣を抜き、構える。


だが、暗殺部隊のリーダーだけに、エンデの纏うオーラに気付き

直ぐに、行動に移すことが出来ない。


──このガキ、やべぇ匂いがしやがる・・・・・


学院で、出会った時とは違うエンデに、

モンタナは、直接攻撃を避け

部屋の隅で震えていたメイドを捕らえ

首元に、剣を突き付けた。


「そこをどけ!


 この女を殺されたくなかったら、そこから離れろ!」


エンデの後ろには、この部屋の扉がある。


モンタナは、人質を盾にして、この部屋から抜け出し、

エンデを、そのまま閉じ込めるつもりでいたが

エンデは、動こうとしない。


「おい、この女が殺されてもいいのか?」


再び、脅しをかけるモンタナだが

エンデは、臆することなく返事をする。


「殺せば。


 でも、殺したら、人質がいなくなるから、お前も死ぬよ」


「うっ・・・・・」


言葉と同時に、エンデから解き放たれる殺意。


背中には、6枚の翼が見える。


「お、お前は、何者だ・・・・・」


言葉を返さず、睨みつけているエンデ。


その間にも、放たれた殺意は、段々と濃くなり、

部屋に充満する。


そのオーラに、てられ

メイドが意識を失う。


モンタナも、震えが止まらなくなり、剣を落とした。



抵抗できなくなったモンタナに対し、

エンデが制裁を緩めることはない。


左手を前に突き出し、『黒い塊』を出現させると

アンデットオオトカゲを呼び出した。


「ご飯だよ」


その言葉を聞き、アンデットオオトカゲは、

『グワァ!』と、鳴いた後、モンタナを丸呑みにした。


モンタナを飲み込んだアンデットオオトカゲは、満足したのか

再び、黒い塊の中へと戻って行く。


その姿を見送るエンデは、ふと思う。


──この子も、いつか、僕から離れるのかなぁ・・・・・


そんなことを、思っている間に、黒い塊は、アンデットオオトカゲと共に消えた。



その後、エンデは、気絶しているメイドを放置したまま屋敷から出て

元の屋敷に戻たが、途中で、執事のコッペンに見つかる。


「トイレから逃げ出すとは・・・・・

 勝手に、屋敷をウロウロされては、困ります」


「ごめんなさい」


エンデは、コッペンに連れられて応接室に戻ると

キルードが、声を掛けてきた。


「遅かったな」


エンデに問いかけたのだが、コッペンが答える。


「どうやら、私が見ていなかった隙に、迷子になられたようで」


「迷子?」


ソファーに腰をかけたエンデを見るキルード。


「あはは・・・・」


笑って誤魔化すが、キルードは、何かを隠しているように思えた。


──こいつ、何をした・・・・・



不安に駆られるキルードだったが、

今は、問い質すわけにはいかず、

改めて伺うと言い残して、

応接室を後にする。


屋敷の外まで、案内を務めるコッペンだったが

屋敷の扉を開いた瞬間、動きが止まった。


それもその筈、先程まで、屋敷を取り囲んでいたアンデットオオカミ達が

屋敷の正面に集まり、寛いでいたのだ。


「おい・・・・・」


アンデットオオカミたちを見て、絶句するキルードとコッペン。


それが当然の反応なのだろう。


禍々しさを醸し出しているアンデットオオカミの群れを見れば

誰もが、パニックになるのは当然。


近寄りたくない。


そう思う筈なのだが・・・・・


何かがおかしい・・・。


なぜなら、その群れの真ん中で、

笑顔でアンデットオオカミの頭を撫でている

エブリンとシャーロットの姿があるからだ。


キルードは、自身の目を疑う。


「あの、エブリン嬢とシャーロット嬢は、怖くはないのですか?」


「えっ!

 何を言っているのですか?」


「怖くはありませんわ。


 とても、可愛いですよ」


「・・・・・・」


見せつけるように

首輪をつけているアンデットオオカミを抱きかかえるエブリン。


それに倣い、シェイクを抱きかかえるシャーロット。


「毛もフサフサで、ひんやりしていて、

 抱き心地は、とても良いものですし

 言う事も聞く。


 こんなに、可愛くて、お利口なのに、どこが怖いのですか?」


シャーロットに、そう言われて

キルードとコッペンは、返す言葉を失った。


未だ、2人を中心に、アンデットオオカミ達は、

甘えるように、戯れている。


その光景を見て、エンデは確信した。


『こいつら、絶対、僕の召喚獣じゃない!』。

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