第221話エルマ再び 2

1人目の少女を迎えた後、

キサラは、次々と路上で生活している子供たちを迎え入れた。


廃墟のような教会の裏手に畑を作ると、子供達に農業を教え始める。


これは、自分が亡くなっても、子供たちが生きていけるように

との思いからだ。


子供達に、掃除や料理、農業と色々教えていたが

その間にも、木皿の病状は進行し

日を追うごとに、皮膚が爛れ、動くことも儘ならなくなってゆく。


それでもキサラは、笑顔を絶やさず、子供たちと接する。


だが、思った以上に、病気の侵攻が早く、

子供達と出会って1年が過ぎた頃には

歩くことも、難しくなっていた。



それでも、キサラは、子供たちの為にと

食料を買いに市場へと向かう。


杖を突きながら、必死に歩くキサラ。


傍らには、キサラの事を心配そうに見つめる少女の姿。


「お姉ちゃん・・・・・」


「ん?

 どうしたの?」


「大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ。


 それより、今日は何にしよっか?」


キサラは、笑顔で問いかけた。


その時、正面から歩いて来た男が、キサラと衝突する。


『きゃっ!』


よろめき、地面に倒れる。


「お姉ちゃん!!!」


少女の声をかき消すかのように、衝突した男が、文句を言う。


「おい、何処を見て歩いているんだ!?」


キサラを睨みつけながら、暴言を吐いた男に対して

少女が、言い放った。


「お姉ちゃんは、悪くない!

 そっちが、ぶつかって来たでしょ!」


少女は、キサラと男の間に立ちはだかった。


「おい、ガキ、なんだ、その目は?

 この俺に、文句でもあるのか?」


男は、酔っていた。


フラフラしながらも、男は、少女に近づくと、

少女の髪の毛を掴む。


「調子に乗ると、痛い目にあうぞ」


髪の毛を掴んだままの状態で、少女を揺さぶる。


『痛い!痛い!』


目に涙を浮かべる少女。


地面に倒れていたキサラが、男に向かって叫ぶ。


「やめてください!」


「はぁ?」


男は、放り投げるように、掴んでいた手を離すと、

キサラに歩み寄る。


「なんだ!

 貴様も、この俺に文句でもあるのか!」


「この子に、酷いことをしないください」


反抗する態度が、男の癪に障る。


睨んだまま、キサラに向かって手を伸ばすと

顔を覆っていた、布を掴んだ。


「お前、顔を見せろ!」


引っ張られて、布がほどけると、

爛れた顔が晒される。


「げっ!

 なんだ、このバケモノは!?」


男は驚いて、距離を開けると、

その隙に、キサラは、慌てて布を掴んだ。


──早く、隠さないと・・・・・


自分が、蔑まされるのは、仕方がないこと。


だが、化け物と一緒にいる子供などと

子供達が、蔑まれることだけは、耐えがたい。


必死に、布を巻きなおそうとしているキサラ。


酔った男は、地面に転がっていた石を掴み、

キサラに向かって投げつけた。


「痛い!痛い!

 やめてください!」


声を上げるキサラに、

酔った男が言い放つ。


「貴様のような魔物は

 この俺が、退治してやる!」


男は、再び、石を掴むと、

キサラに向かって投げつけた。


「お願い、やめてください!」


必死に声を上げるキサラ。


この状況を、この場に集まっている多くの者達が見ているが、

誰も助けようとはしない。


それどころか、爛れた皮膚を目にした者達の中には、

目を背ける者や、キサラを見ながら

ヒソヒソと、話をしている者もいた。



「おい、見てみろよバケモノ。


 貴様を助けようとする者は、誰もいねぇぞ(ヒック・・・・)」



石を投げつけた男は、『フラフラ』しながら

今度は、店先に置いてあった箒を手に取る。


「街に迷い込んだバケモノめ、覚悟しろ!」



酔った勢いで、好き勝手に暴力を振るおうとする男だったが、

振りかざした腕を、誰かに掴まれ、

箒を振り下ろす事が出来なかった。


「おっさん、調子に乗ってんじゃねえぞ」


「えっ?」


男が振り向いた先にいたのは、ジルフだった。


ジルフは、男から箒を奪い取ると、放り投げる。


「あ、あんた、このバケモノの味方をするのか?」


「はっ?

 味方だと・・・・・病人に対して、敵も味方も無いだろ。


 それにな、お嬢ちゃんの命令なんだよ」


「お嬢ちゃん?」


ジルフの視線の先にいたのは、

キサラを抱き起そうとしているエルマの姿があった。


服装は、ボロボロで、薄汚れているが、

誰が見ても美しいと思わせる少女。


そんなエルマの一挙手一投足に、

周りで見ていた者たちの視線が注がれる。


エルマは、キサラを抱き起こした。


「大丈夫ですか?」


「・・・・・はい、有難うございます」



安堵して笑みを浮かべるキサラだったが、

すぐに、自分の事よりも、一緒に来ていた少女の事を気にかけた。


「あの子は?・・・・・」


「大丈夫よ」


その言葉に、安堵するキサラだったが、もう限界だった。


起き上がる力も残っていない。


「お姉ちゃん!!!」


涙を浮かべて、キサラに近づく少女。


手の施しようのないところまで来ているキサラを見て

エルマは、『治癒』の力を使う。


『ヒール』


淡い光にキサラの体が包まれる。


キサラの爛れていた皮膚が、娼婦をしていた頃の綺麗な状態に戻った。


『おおっ!!!』


周りで見ていた者たちから、感嘆の声が上がったが

エルマは、わかっていた。


『ヒール』は、傷を癒す力。


キサラの体は、既にそれでは治らないところまで来ている。


「申し訳ありません。


 これで、貴方の病が、治るわけではないのだけど・・・・・」


「ええ、わかっているわ。


 それでも、元の姿で逝けるのなら、嬉しいわ」


キサラは、エルマの手を握り返した。



「こんなことを、お願いしていいのかわかりませんが

 できるなら、1つ、お願いを・・・・・」


「ええ、何でも言って」


キサラは、視線を少女へと向けた後、再び、エルマを見る。


「あの子たちの事を、お願いします」


「わかったわ」


その返事を聞き、キサラは笑みを浮かべた後、

そのまま意識を失った。



その後、少女の案内で、キサラを抱きかかえて

廃墟のような教会に来たエルマとジルフ。


教会に戻り、ベッドに横たわった後

キサラは、一度は目を覚ましたものの

既に限界を超えていた為、生きる力は残っていない。


「あの子たちを・・・・・おねがい・・・」


その言葉を最後に、キサラは息を引き取った。

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