第64話 ゴンドリア帝国軍 デジャブ

何も知らないチャコールの息子【マリオール】が

仕事から帰ってくると、直ぐに父親の書斎に行くように告げられた。


「父上、入ります」


扉を叩き、書斎に入ると、

空いているソファーを無視して、

チャコールの正面にある机の前に立つ。


「何か御用でしょうか?」


「ああ、大事な話だ」


入る事の許されない書斎に案内され、マリオールは、緊張している。


そんな様子を気にすることも無く、チャコールが口を開いた。


「明日から、城内の様子を私に報告してくれ」


「は?」


「何でもいい、その日あった事を、私に報告するのだ」


今まで、マリオールの仕事になど、関心を持たなかった父の発言に、

疑問を抱くマリオール。



本当なら、理由など聞かず、黙って従うのが良いのかもしれない。


だが、王城での事を、報告するということは

王家の行動を監視するようなもの。


そう考えると、悪い想像しか出来ない。



何とも言えなく空気が漂う中、

マリオールが、問いかける。


「何か訳があるのですか?」


「・・・・・・ああ」


詳しく語らず、短く一言だけ答える。


しかし・・・・・

それで、納得など出来る筈がない。


「父上、理由を、お教えください!」


しつこく問いかけるマリオールだが、

チャコールも話す気はない。


「お前は、知らなくてもいい。


 私の言う通りにしていろ」



この後、『言え』『言わない』といった感じの押し問答が続いたが、

最後には、根負けしたチャコールが、口を開く。


「お前は、我がベクター家について、何処まで知っている?」


「そうですね、男爵家にしては、金はある方だと・・・・・

 それに、懇意にしている商人もいますから安泰だと思っています」



マリオールの答えは、

その辺りの貴族から見るベクター家の印象、そのままだった。


この答えに、思わず溜息を吐くチャコール。


「お前には、何も見えておらぬのだな・・・・・」


「どういう事ですか?」


チャコールは、その問いに答える為

本棚から一冊の帳簿を取り出し、テーブルの上に置く。


「これを見ろ」


王城でも、帳簿に記載する仕事をしているマリオール。


帳簿の中身など、見慣れたものだったが、

ベクター家の帳簿を見るのは初めてのこと。


1ページずつ、確認してゆくが

明らかに顔色が悪くなる。



「父上・・・これだと、我が家は・・・・・」


「ああ、裕福など、ほど遠い。


 我が家が成り立っているのは、あの商人のおかげなのだ」


「・・・・・・」


チャコールの言葉に、返す言葉が無い。


その帳簿に書かれていたのは、今まで使った数々の経費と借入金。


その莫大な借入金に、驚きを隠せない。


「こ、こんな金、一体何に使ったのですか?」


殆どが、マリオールの為の賄賂なのだが、流石に伝えるのははばかられた。


「父上・・・・・」


俯くチャコール。


その様子から、理由を察して、これ以上聞くことを躊躇ためらう。


──多分、僕の為だ・・・・・・


自分の事は、良くわかっている。


勉強だって出来る方ではない。


だが、今まで一度も苦労したことが無い上、

王城に、務める事まで出来ている。


全ては、父親が先回りをし、手を打っていたことだと気付くと

お金の使い道も、自ずと理解できた。


マリオールは、力を貸すことを決める。


「父上、これ以上は聞きません。


 ですが、話せる時が来たら、お教えください」


「わかった。


 誓おう」


「それで、私は何を?」


先程、伝えた筈だが、既に忘れている。


やはり、賢くない子であった。


チャコールは溜息を吐き、もう一度初めから、話を始めた。





その頃、エンデ達の屋敷を見張りに行った4人は、

2組に分かれて配置についていた。


「兄貴、本当に、そんなにやばい奴なんですか?」


バルドを『兄貴』と呼ぶ、【ビルヘルム】は

木々の影から屋敷を眺めつつ、バルドに話しかけている。


「詳しくはわからんが、上の者達が、躍起になっている。


 俺達が、出向いたのも、それが原因だ。


 何があるかわからんが、油断だけは、するなよ」


「へい、勿論でさぁ」


バルドを信用しているビルヘルムは、

チンピラのような話し方で、即答する。



4人は、隠れてエンデ達の屋敷を見張っているが

その日は、夕刻まで待っても

何事も起こらず、屋敷から出て来たのもメイドだけ。


他には、庭で寛ぐ、馬の姿が見えただけ。



陽が落ちて、辺りが暗くなった頃、バルドが口を開く。


「俺は、一度、アジトに戻り、報告してくる」


「へい!」


ビルヘルムの返事を聞き、

バルドは、その場を離れて、ギドルの屋敷へと向かった。



バルドが去り、1人で、見張りを続けるビルヘルム。


他の2人は、別の場所で見張りを続けている。


何事も起きず、時間が過ぎ、

ますます辺りが暗くなると、退屈この上ない。


思わず、欠伸が出る。


目をこすり、交代まで、しっかり見張ろうと、気合を入れ直した時、

ビルヘルムの背後に、いつの間にか、ダバンの姿があった。


「へ?」


思わず、変な声が漏れる。


その声を聞き、ダバンは溜息を吐く。


「またか・・・」


そう呟いた後、ダバンは、顔面を蹴り上げ

吹き飛ばす。


『ふがっ!』


空気が漏れたような声と同時に

木の上から、吹き飛ばされた。


地面に叩きつけれら、五体が、あらぬ方向へと曲がり

痙攣しているビルヘルム。


暫くして、動きが止まる。


それを確認した後、ダバンは、次の場所へと向かった。




暫くして、バルドが戻って来たが、

屋敷に近づくにつれ、鉄の錆びた匂いが鼻を突く。


──まさか!・・・・・・


バルドは、急いで、隠れていた場所に向かうが

その途中で、地面に横たわるビルヘルムを発見した。


「ビルヘルム!!!」


思わず駆け寄り、辺りをうかがう。


バルドは、敵が残っている事も考慮しての行動だが

もう、誰の姿も、気配も感じない。


「もう、いないようだな・・・・・」


バルドは、警戒を解く。


そして、もう一度、ビルヘルムの死体を確認すると

擦り傷の他に、頭蓋骨が陥没していた。


これが致命傷だと理解出来るが

何故、こうなったかが、わからない。


「何が、あったんだ・・・・・」


辺りを探っても、争った形跡すら、見当たらない。


そうなると、手掛かりは、残りの2人だが

残念なことに、その2人も、同じように、殺されていた。


だが、先程と違い、少しだけ争ったような跡が残っている。


その痕跡から、敵の正体を探ろうと、

辺りを探ると、微かな痕跡を発見する。


血痕が、屋敷の近くに落ちていたのだ。


「やはり、この屋敷の者が・・・・・・」


握られた拳に力が入る。


「仇は討つ」


バルドは、エンデの屋敷に向かって歩き出す。


すると、暗闇の中、

屋敷の入り口で佇む、何者かの姿が見えた。


「あれは、貴様の仕業か・・・・・

 ならば、次は、この俺の番ということだな」


武器を手に、戦闘態勢をとるバルド。


正面の敵、ダバンに視線を向けた瞬間

突然、上空から声が聞こえてくる。


「やっぱり、もう一人いたんだ」


声の主を探ろうと、バルドは、空に顔を向ける。


その時、雲の隙間から月が顔をだし、

エンデの背中から光を当てた。


そのおかげで、バルドの目に、エンデの姿がはっきりと映し出された。


「!!!」


6枚の翼を生やし、上空で佇むエンデ。


その姿に、圧倒され、言葉を失っていたバルドだったが

我に返ると、エンデに向けて、武器を構え直す。


「貴様、何者だ!」


焦りながらも必死に叫んだバルドだったが、

今度は、ダバンに、声をかけられる。


「おいおい、お前の相手は、俺だろ」


その声に反応して、思わず振り返るバルド。


バルドは、襲い掛かる圧力に、

暑くも無いのに、額から大量の汗を流す。


そこに、追い打ちをかけるように、

再び話しかけるダバン。


「お前の相手は、この俺だと、言っているだろ」


攻撃対象を決めかねて

混乱しているバルド。


「貴様たちは、いったい・・・・・・」


「教えることは無いぜ」


そう告げると同時に、

混乱しているバルドに、ダバンが全力で突っ込んだ。


暗闇の中、何かが近づく気配すら感じることが出来ず

躱すことの出来なかったバルドは、上空へと、蹴り上げられる。


『ぐはぁぁぁぁぁ!』


体制を整えることが出来ず、そのまま地面に向かって落下してゆく。


下で待ち構えるダバンは、狙いを定めると、

落ちて来たバルドに向かって、再び蹴りを放つ。


内臓を破壊され、血を吐き出すバルド。


『グフッ!』


意識も途切れ途切れとなり、

身動きも取れない。


そこに、ダバンが近づく。


「お前ら、何者?」


そう問われた瞬間、バルドは、意識を手放した。




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