第36話王都 しつこい男 2

翌日、昨日の事は気にせず、登校するエンデとエブリン。


2人が教室に入ると、穏やかだった空気が一変する。


やはり昨日の食堂での出来事も皆の耳に入っているようだ。


時間が止まったかのように、クラスメイト達が固まる中、

エンデとエヴリンは、いつもの席に座り、授業が始まるのを待つ。


すると、いつもと違い、予鈴の前に、教師が教室に入って来た。


入って来た教師は、エンデとエヴリンの姿を見つけると、

焦った様に声を掛けてくる。


「2人は、今すぐ学院長室に来てくれ!」


教師は、授業を自習にして、2人を学院室まで連れて行く。


学院長室に入ると、学院長のルードルの他に、

もう一人、見たことの無い男性が1人いた。



エンデとエヴリンの姿を見ると一言。


「お前が、エンデとかいう少年か?」


「はい・・・・・」


「そうか・・・・・」


何か言いたそうにしていたが、ルードルが間に割り込む。


「取り敢えず、座りなさい」


「はい」


返事を返したのは、エヴリン。


エンデは、エヴリンに促され、空いていた方のソファーに座った。


「先ずは、紹介しよう」


ルードルはそう言うと、男性を紹介する。


「彼の名は、【チェスター エイベル】侯爵。


 ブライアン エイベルの父親だ」


なんとなく、察しは、ついていた為、焦りも動揺もない。


「そう・・・・・私は、エヴリン ヴァイス、こっちは、エンデ ヴァイス。


 父は、子爵のマリオン ヴァイスです」


エヴリンは、改めて自己紹介をしたが、既に調べ上げていたようで、

チェスターの様子に、変化はない。


「2人の事は知っている。


 今日、伺ったのは、息子の事だ」


チェスターは、2人を睨みつける。


「随分、世話になったようだな。


 おかげで、息子は寝込んでいるよ」


まるで、ブライアンが被害者のような言い方に、呆れかえる。


「ご子息から、どうのように窺っているのかしら?


 先に、仕掛けてきたのは、そちらのご子息ですが」


そう告げられたチェスターは、何の反応もせず

テーブルに用意されていた紅茶に、口をつけた。


そして、一息つくと、口を開く。


「だが、実際に被害を受けたのは、こちらだ。


 なので、それなりの賠償を求める」


「賠償?」


「ああ、そうだ。


 子爵家当主、直々の謝罪と賠償金を求める」


はっきりと『金をよこせ、主に王都まで来て、頭を下げろ!』と言うチェスターに、

嫌悪感しかないエンデとエヴリン。


つい顔に出てしまう。


その顔を見て、声を荒げた。


「お前達は、自分達の仕出かした事への罪の意識はないのか!

 貴様らは、侯爵家に喧嘩を売ったのだぞ!」


ここまで黙って見ていたルードルだったが、

この一言を聞き、初めて間に割り込んだ。


「チェスター殿、落ち着いてください。


 ここは、話し合いの場ですぞ」


ルードルに宥められるが、チェスターの怒りは収まらない。


その矛先が、ルードルに向く。


「貴様の教育が悪いから、こんな生徒が生まれるのだ!

 最近の教育は、どうなっているんだ!

 こんな状態なら、お前を首にしてやってもいいのだぞ!」


確かに、侯爵の力を使えば、出来ない話ではない。


その事がわかっているだけに、ルードルが怯む。


チェスターは続ける。


「学長、その地位のままでいたかったら、この2人を退学にしろ!」


「それは・・・・・」


流石に、先祖が創った学院の学長の座を、

『はい、そうですか』と明け渡すことなど出来る筈も無い。


ルードルは、エンデとエヴリンに向き合う。


「エヴリン ヴァイス、エンデ ヴァイス、両名を・・・・・停学に処す」


ルードルは退学ではなく、『停学』と言い切った。


ブライアンの普段の行いを知っているだけに、申し訳なさそうに伝える。


「悪いが、自宅で大人しくしてくれ」


それだけ伝えると、口を閉じた。


そんな、ルードルの判断に、チェスターが納得する筈が無い。


怒りは収まらない。


机を思いっきり叩き、怒鳴り散らす。


「学長、私は『退学にせよ』と言ったのだぞ。


 なのに、『停学』とは、どういうことだ!?

 貴様も、侯爵である私に、歯向かうのか!」


チェスターの声だけが響く学院長室。


しかし、誰も反応しなかった為、チェスターの怒号が止まる。


そして、落ち着きを取り戻したのか、静かに告げた。


「いいだろう・・・・・・

 侯爵の私に逆らった事、精々後悔するがいい」


そう言い残すと、チェスターは、学院長室を後にした。


3人になった学院長室で

ルードルが口を開く。


「お前達は、被害者かも知れん。


 だが、相手が悪い。


 あの男には、我々も手を焼いていたのだ・・・・・・」


「それって・・・・」


「ああ、こうなる事が、わかっていたからな」


ルードル曰く、チェスターは、跡取りであるブライアンを溺愛している。


その為、こうなる事がわかっていたからこそ、放置していたというのだ。


「それって、他の生徒たちには、我慢しろって事?」


エヴリンが、そう思うのもわかる。


しかし・・・・・・


「多少の我慢も、あるかも知れん。


 だが、後の事を考えると、それが、最善だったのじゃ」


たしかに、この状況を顧みると、一理ある気がした。



『はぁ~』と溜息を吐くエヴリン。


「それで、私達は『停学』なのよね」


「ああ、当分は、自宅で大人しくしておれ、

 そうだな・・・・・・1週間は、自宅謹慎だ」


「わかったわ」


エヴリンとエンデも席を立ち、学院長室から出て行った。


1人になったルードルが呟く。


「このままでは、終わらないだろうな・・・・・・」


その予感は当たる。






翌日、買い物に出かけたはずのエリアルが、手ぶらで帰って来た。


「エリアル、買い物に出かけたんじゃなかったの?」


「そうなんだけど・・・・・・

 ヴァイス家の者だとわかると、誰も売ってくれないのよ」


「なんで・・・・・・」


「う~ん・・・・・わからないけど、

 申し訳なさそうに皆さん『ごめん』って・・・・・」


「そう・・・・・」


話を聞いたアラーナには、侯爵と揉めた一件で、

圧力をかけられたのだという事は、直ぐに分かった。


だが、こればかりは、手の打ちようがない。


「お2人に、相談するしかなさそうね」


2人のもとに向かうアラーナ。


応接室で、寛ぐエヴリン、エンデ、そして、ヘンリエッタとジャスティーン。


そこに姿を見せたアラーナ。


「お話がございます」


その一言で、察するエブリン。


「侯爵家の事ね」


「はい」


エヴリンは、既に事態を把握していた。


その理由は、ヘンリエッタ達。


彼女達も買い物に行き、同じ目にあっていたのだ。


それだけではない。


商会も、仕入れを止められ、

品物が手に入らない状態にまで、陥っていた。


「何か手を打たないと、不味いわね」


そう告げると、エヴリンは考え始めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る