第37話王都 襲撃者

あの面会の一件以来、日を追う毎に、ヴァイス家に対する圧力が増す。


買い物に出かけても、中々商品を売ってもらえる店が見つからず、

やっと見つけたところで、翌日には、その店にも侯爵の圧力がかかり、

売って貰えなくなっていた。



そんな状態だったので、

ジョエルが、ゲイルドの街から、食料を取り寄せように手配をした。


だが、その物資も王都へ運搬している最中、

何者かに襲われて、荷物を奪われた。



命からがら逃げ伸びたジョエルの部下の証言によれば、

服装こそ、汚れた物を着ていたが、その口ぶりから、

盗賊とは、思えなかったらしい。


当然、この事件は、王都の警備隊にも伝えられたが、

チェスターの息のかかった兵団長は、

この事件の報告を上げなかったばかりか

完全に、揉み消した。


そんな事に、なっているとは知らないエンデ達。


ただ、待つだけの日々を過ごしていた。



しかし、そんな日々の中でも、盗賊の出現が止むことはなく

商会の物資が奪われ続けた。


ただ、不思議な事に、そのような出来事は、誰の口からも聞こえてこない。


この時、初めて気が付く。


──もしかして、狙われているのは、ジョエルの馬車だけ?・・・・・



そう考えれば、街の様子に変化が無いことが理解できると同時に

誰の仕業かは見えてくる。


「たぶん、侯爵の手下の仕業だよね」


「ええ、間違いないと思うわ」


『息子一人の為に、なぜそこまで?』と思ってしまうが、

あの男なら、やり兼ねない。


王都で雇った者達も、屋敷から去っている。


食料や品物が屋敷に届かなくなり、既に20日。


この間の食料は、エンデがこっそりと屋敷から抜け出し

近くの山で。狩りをして賄っていたが、

いつまでも、この状況が続くことは、良いとは思えない。


それに、ジョエルの商会にも、迷惑を掛けている。



エンデは、決意をする。


「お姉ちゃん、僕、このままでは駄目だと思うんだ」


「わかっているわよ」


「それで、動くことにするよ」


「あては、あるの?」


「うん、ある。


 多分、あいつが知っていると思う」


エンデは、そう言って、窓の外のある場所に指を差した。





ジョエルの屋敷を監視しているチェスターに雇われた冒険者【ビルド】は、

あの出来事の翌日から、屋敷を監視しており、

出入りがあった場合は、

ビルドの仲間が、監視をし、チェスターに報告をしていたのだ。



こうして、買い物をした店などに、圧力をかけていた。


その結果、日を追うごとに、屋敷の出入りが少なくなり、

今では、誰も出ていないことを確認している。


出て来ても、庭までだった。




それなのに、屋敷で生活している者達の様子に、変化が見られない。


健康そのもので、飢えている様子もない。


「食材は、尽きている筈なのに・・・・・」


疑問に思ったビルドは、チェスターに報告する。


何時まで経っても、困った様子もなく、謝罪にも来ないヴァイス家。


監視者からも、困った様子はないとの報告。


「どういう事だ!

 食料は、完全に絶ったはずだ!」


チェスターは、出来る限りの手を尽くし、

宰相へも、報告が上がらないようにもしている。


その為、エンデ達には、食料を算段することは、無理な筈だ。




しかし、ジョエルの屋敷には、何の変化も見えず、飢えている様子もない。


ここにきて、この街で雇われた者達を、屋敷から引き上げさせたことを悔やんだ。


中の様子が、わからない。


━━どうなっているのだ・・・・・・



この状態を、あまり長く続けると、いずれ、宰相の耳にも届く。


そうなれば、不利になるのは、チェスター家。


盗賊まがいの事をして、荷物を盗んでは、いくら貴族でも、許される筈が無い。


王にも宰相にも、知られる訳には、いかない。


早急の解決を望むチェスター。


しかし、状況に変化はない。


その為・・・・・


「監視する者を増やせ!

 もっとよく見張るんだ!」


チェスターの命令で、翌日から、監視者は4名に増えた。


二手に分かれ、屋敷を監視する冒険者。


深夜になっても、その体制は変わらない。


そんな中、エンデは、

月に雲がかかり、辺りが暗くなった時を見計らい、

屋敷から、静かに飛び立った。


勿論、監視者には、気付かれていない。


それもその筈。


エンデは、屋敷を見張る者達の存在に、気付いていた。


しかし、王都には、王都の警備兵達がいる。


その者達に任せて、エンデは、ずっと我慢をしていた。


だが、その我慢も、限界が近い。


この夜、屋敷を飛び立ったエンデは、

日課である狩りに励んだ後、

王都の外の畑に降り立ち、野菜を確保した。


そして、頂いた野菜の代わりに、

いつものように、銀貨を置いて飛び去る。


初めて、この方法を取った時には、どうなるかと思ったが

翌日には、銀貨は消えており、代わりの野菜が準備されていたので

有難く、今も、繰り返していた。


狩った獲物に、野菜。


多くの荷物になるが、

エンデは、収納の魔法を習得していた為、

困る事は無かった。


普段なら、このまま屋敷に引き返すところだが

この日からは、違う。


盗賊のアジトを探す事にした。


監視者を問い詰める前に、やっておきたいことがあったのだ。


それは、盗賊の殲滅。


監視者からの報告が無くなれば、怪しむ可能性だってある。


ならば、先に、盗賊の殲滅をエンデは、優先した。


こうして、食糧確保とアジト探しを始めてから

数日後・・・・・



この日は、雲が多く、人間が山や森の中を歩くには、松明が必要だった。



王都への道を監視している最中には、松明を使う事はないが、

アジトに戻る時なら・・・・・・


そう考えたエンデは、空高く上り、上空で待機する。


深夜、月が姿を見せなくなると、辺りは、完全に漆黒の世界。



エンデの目には、はっきりと見えているが、

監視をしている人間には、何も見えない。



そんな暗闇の中、声が響く。



「おい、一旦、戻るぞ」


監視者が動き出したのだ。


上空で待機していたエンデの目に、松明の炎が映る。


──見つけた!・・・・・・


松明の灯りを頼りに、盗賊達の後を追う。


暫く尾行していると、盗賊達は、山中の村に辿り着く。


家の数は6。


どの家にも、明かりはない。


エンデは、村の周囲を飛んでみたが、田畑はなく、

ここに住んでいる者などいないように思えた。



しかし、監視をしていた盗賊達は、一軒の家に入る。


同時に、室内に明かりが灯った。


静かに降りて、家に近づくエンデ。


話し声が聞こえて来る。


「俺達は、いつまで、こうしていればいいのだ?」


「わからん・・・・・

 だが、今は、荷物も運び込めん。


 連絡が来るまで、待つしかない」


「そうだな・・・・・・」


男達が話をしていると、奥で剣を研いでいた男が呟く。


「・・・・・もうすぐだ」


「「えっ!?」」


「もうすぐだと言ったんだ。


 ブライアン様を貶めたガキ共も、そろそろ我慢の限界だろう。


 そうなれば、チェスター様とブライアン様に謝罪をし、許しを請うしかない。


 食料が無くなれば、時間の問題だろう」


そう告げる男の格好は、どう見ても兵士だ。


冒険者の1人が詰め寄る。


「【トーマス】の旦那、それより、あの奪った荷物は、どうするのですか?」


「チェスター様にお渡しする。


 だが、お前達にも、分け前を渡すように告げられている」


「「おおっ!」」


男達が歓喜の声を上げる。


その瞬間、部屋の灯りが消えた。


「おい、消えたぞ・・・・・」


「ん、ああ、風でも吹いたか・・・・・」


男が、蠟燭に火を灯そうとする。


『グァ!』


短い悲鳴と共に、何かが飛び散り、冒険者とトーマスに降りかかった。


同時に、『ドスンッ!』と何かが倒れる音がした。



「おい、どうした?

 【ルクス】、返事をしろ!」


明りを灯しに向かったルクスに、

別の冒険者が声を掛けるが、返事は返ってこない。


トーマスは、自身に降りかかった液体を手に取り、匂いを嗅いだ。


滑りのある液体。


そして・・・・・錆びた鉄の匂い。


──血!!!・・・・・


「おい!

 気を付けろ!」


トーマスは、慌てて冒険者に声を掛けたが、返事は返ってこない。


「クソッ!」


トーマスは、研いでいた剣を、しっかりと握りしめる。


漆黒の闇の中、見えない敵を探すトーマス。


そこに、聞こえてくる声。


「話は聞いたけど、

 やっぱり犯人は、あのおじさんだったんだね」


「貴様は、誰だ!」


辺りを見渡すトーマス。


灯りを消され、何も見えない。


そんな中、自己紹介をするエンデ。


「僕は、エンデ。


 エンデ ヴァイス」


「は?」


トーマスは、驚きを隠せなかった。


「例のガキだと・・・・・」


屋敷に居る筈のエンデが、この場にいる。


トーマスには、信じられない。


ジョエルの屋敷には、監視が付いている。


それに、王都を出たなら、報告が来る筈。


しかし、報告など受けていない。


──このガキ、どうやって・・・・・


様々な疑問が、頭の中を駆け巡り、集中できない。


トーマスは、エンデを近寄らせない為に、

剣を必死に振りまわす。


「クソッ、どこだ!

 どこにいるんだ!」


暗闇の中、空振りする剣の音だけが響く。


焦るトーマスだったが、他の家で寝ている者達の事を思い出し、

大声で助けを呼ぶ。


「敵襲!!!」


その声に反応し、辺りの家に、明かりが灯る。


そして、松明を手に、家の外に飛び出すチェスターに雇われた者達。


窓から入った微かな灯り。


お蔭で、エンデの居場所がわかった。


「見えれば、こっちのもんだ!」


剣を振りかぶり、真っすぐエンデに向かうトーマス。


だが、はっきりとエンデを視界にとらえた瞬間、

その異様さに気が付く。


「翼!?」


背中に生える6枚の翼。


『ニヤリ』と笑うエンデ。


禍々しいオーラを纏っている。


その姿は、人ではなく、伝承に伝わる悪魔にしか見えない。


「あ、悪魔なのか・・・・・」


そう気付いた時には既に遅く、トーマスの眉間には、穴が開いていた。


指で飛ばした小石が眉間を貫き、トーマスの命を奪ったのだ。



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