第69話ゴンドリア帝国軍 駐屯地

見えたのは、翼を生やしたエンデの姿だった。


右手は、血に染まっている。


地面に、滴り落ちることも気にせず

キルードに向き直ったエンデ。


その目は、いつもと違って険しく、

今にも、襲い掛かるかと思える程だ。


「あんたの部下だよね」


問い質されたキルードは、思わず後退る。


「ねぇ、聞いているんだけど・・・?」


ゆっくりと距離を詰めてくるエンデに、

恐れを抱きながらも、必死に言葉を縛りだす。


「貴様は、何者だ・・・」


「そんなこと、今は、どうでもいいでしょ。


 それよりも、あんたの部下が、ゴンドリア帝国の手下だったこと

 どう説明するつもり?」


「ぐ・・・・・」


完全に、キルードの失態なので、返す言葉がない。


言葉に詰まっているキルードに、再びエンデが問う。


「それで、あんたも、あいつらの味方なの?」


「ば、馬鹿を言うな!


 私は、陛下に命を捧げた身。


 そのような事は、断じてあり得ぬ」


保身の為ではなく、本気で否定するキルード。


「じゃぁ、あいつは、どうしてここにいたの?」


「そ、それは・・・・・」


モドは、昔からこの隊に所属する兵士だっただけに

キルードのショックは大きいが、今はそれどころではない。


多くの兵士の命が失われたのは、

間違いなく、キルードの部下だったモドの仕業。


それだけは、理解できる。


それに、このままで済まされる筈がないことも・・・。


目の前で起きた惨劇の責任が、キルードに、のしかかる。


「すまない。


 私の責任だ」


「謝罪だけで済むはずがないことぐらいわかるよね。


 エブリンを殺そうとしたんだから」


「わかっている。


 しっかりと償わさせてもらう」


「じゃぁ、これ」


エンデは、ポケットから1枚の紙を差し出す。


「これは?」


「ゴンドリア帝国からの侵入者たちのアジトだよ。


 勿論その商人も仲間」


エンデが渡したのは、ギドル商会の事が書かれた紙だった。


「無関係なら、手心加えず、

 それなりの処罰を与えることが出来るよね」


これは、エンデから汚名挽回のチャンスを与えられたのだと

勘違いをするキルード。


実際は、少し冷静になったエンデが

物資の運搬という仕事もあるので

人手が欲しくなり、頼んだだけなのだが・・・・・・


何も知らないキルードは、拳を強く握りしめた。


「勿論だ。


 感謝する」


そう言うと、グラウニーに向き直る。


「儂と貴殿は、水と油のような関係だが、

 汚名を晴らす機会を与えてくれたことには感謝する。


 今後、貴殿の関係者に、二度と、このような真似をしない事を約束しよう」


「ああ、そうあってほしいものだ」


確かに、作戦や書類上の事はグラウニー。


実務(戦闘)はキルード。


お互いに対立することの多い関係だが、国を想う気持ちは同じ。


2人は、今回の出来事を、これ以上、引きずらない事を約束した。



こうして、グラウニーと和解したキルードは、直ぐに軍の編成に取り掛かる。



その間に、準備を整えたエンデが、

何時の間にか変身していたダバンに跨り、グラウニーに告げる。


「じゃぁ、行ってきます」


その声を聞き、同じように、エブリンも、

グラウニーに声をかけた。


「叔父様、行ってきますわ」


「ああ頼んだぞ」


挨拶を終えると、ダバンが走り出す。


3人?がその場から去ると、

グラウニーと共に、エンデたちを見送ったキルードが問う。


「なぁ、あの馬の事なのだが・・・」


「ああ、ダバンの事か?」


「ダバンと言うのか、

 勘違いでなければ、先程までは、人だったように思ったのだが?」


「それで、間違いないぞ。


 お主も『キングホース』という名を、聞いたことがある筈じゃ」


『!!!』


「キングホースだと!

 あれは、伝説ではないのか!?」


「伝説などではない。


 お主も見ただろう」



「ああ、確かに見たが、

 あれが、伝説として謳われたキングホースだったとは・・・・・

 だが、どうして、あの少年のいうことを聞いているのだ?」


「主だからじゃよ」


「主?」


グラウニーは、エンデが『キングホース』の主であることなどを、

掻い摘んで説明をした後、一言追加した。


「まぁ、マリオンの息子だ。


 何を仕出かしても、驚きはせぬ」


その一言を聞き、、キルードも驚きを隠せない。


「あ奴が、マリオンの息子だと!?」


「そう言えば、伝えていなかったな」


「ああ、そういう事は、頼むから先に言ってくれ・・・・・・」


キルードも、若き頃のマリオンを知ってた為、

思わず頭を抱えた。




グラウニーとキルードが、そんな話をしている頃

王都を旅立ったエンデたちは、

駐屯地となっている村に向かって走っていた。


「エブリンは、王都に残っても良かったのに」


「そんなの嫌よ。


 こっちの方が面白そうじゃない?」


「え~面白くないよ。


 だって、荷物を運ぶだけだよ」



「まぁ、それでも、こっちのほうがいいわ。


 王都にいたら、何があるかわからないもの」



エブリンの言う事は、尤もだ。


ゴンドリア帝国の者達が、どれだけ侵入しているかわからない。


そう考えると、一番安全なのは、エンデの傍。


それに、2人だけで行かせたら、何をするかわからない。


だからこそ、エブリンが、同行するのだ。



王都を出発して、それほど時間は経っていないが

ダバンの脚は速く、あっという間に、村が見える位置にまで辿り着いていた。



そこから暫く進むと、

向こうもエンデたちに気が付いたらしく、

兵士達が、集まってくる。


「戦闘配備!警戒せよ!」


その言葉を聞き、エンデは振り返る。


「僕、何もしてないからね」


「わかっているわよ・・・・・・」


通路を塞ぐように造られた門の前で、ダバンが止まると

エンデが、ダバンから降りた。


続いて、エブリンも降りる。


ダバンを引き連れ、ゆっくりと近づいた後

エブリンが兵士に声をかけた。


「王都から、食料をお持ちしましたので

 中に、入れていただけますか?」


そう伝えたエブリンに対して、

『わかった』と答えて、

村に入れてくれれば問題なかったのだが、

兵士は、子供に食料を託すはずがないと決めつけ、入り口を塞いでいた。



「嘘を吐くな!

 子供に、重要な任務を任せる筈がない、とっとと失せろ!」


吐き捨てたように告げる兵士に、ムッとするエンデとダバン。


しかし、エブリンが、2人を手で制して、話を続ける。


「嘘ではありません。


 急ぎの為、書状などは、ございませんが

 本当に、食料を、お持ちいたしました」


エブリンが、必死に伝えるが、

兵士たちの反応は、変わらない。


「戯言を申すな!

 今すぐ、ここから立ち去れ!

 言うことを聞かないと、 痛い目に合わせるぞ!」



兵士は、疲労と食料不足から苛立ちを覚え、

エンデたちに向けて、弓を構えた。



「これが、最後の警告だ!

 今すぐ、引き返せ!」


そう言い放った時だった。


兵士の手が滑り、エンデたちに向けて矢が放たれてしまう。


「「えっ!?」」


矢の飛んで来る方向にいたのは、エブリン。


エンデが咄嗟に手を伸ばし、飛んできた矢を掴む。


「大丈夫?」


「ええ、大丈夫よ」


エンデは、兵士を睨みつける。


本当に、射るつもりは無かった。


疲労と空腹から、ふらつき、手が滑っただけ。


それが真実だと言わんばかりに、放った兵士も驚いた表情をしている。



だが、『手が滑った』とは口に出来ず、

誤魔化す為に、威嚇して、言い放つ。



「け、警告に従わないお前たちが悪い。

 次は当てるぞ!」


子供相手だと思い、

これで、上手くごまかせると思った兵士。


だが、相手が悪い。


エブリンに向かって飛んできた矢を握っている

エンデの手に力が籠る。


「それって、狙ったということ?」


「あ、ああ、そうだ。

 警告したはずだ!

 次は、間違いなく当てるぞ!」


あくまでも、謝罪するつもりがない。


そんな兵士の態度に、苛立つエンデ。


「先に手を出したのは、おじさんたちだからね」


エンデは、そう告げた後、持っていた矢を、兵士に向けて投げた。


『子供の投げた矢など』と高をくくっていた兵士達だったが、

飛んで来る矢の尋常でない速さに、逃げることが出来ず

再び弓を構えようとしていた兵士の左手を貫通した。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!」


突如悲鳴を上げ、うずくまる兵士。


隣にいた兵士も、この状況に、思考が追い付かず

固まってしまい身動きが取れない。


「お、おい・・・・・」


仲間の兵士が声を掛けてみたが、うずくまっている兵士は、

呻き声をあげているだけで、返答がない。


その時、先程の悲鳴を聞いた兵士が顔を出す。


その瞬間、『ハッ』と我に返った兵士が告げる。


「敵襲だ!」


告げられた言葉を信じ、顔を出した兵士は、

村で待機していた兵士達を呼ぶ。


「敵襲!敵襲!戦闘態勢!」


声に従い、大勢の兵士が姿を見せるが、

相手が子供だとわかると、戸惑いをみせて

動きが止まった。


そんな兵士達を前に、溜息を吐くエブリン。


──なんで、こうなるのよ・・・・・・



そう思いながらも、万が一のことを考え、

エブリンが告げる。


「エンデ、ダバン、殺しちゃダメよ」


「「えっ!?」」


エンデとダバンの返事がハモる。



「殺さなかったらいいから、それだけは守る事。


 いい?

 絶対だからね!」


『わかったよ・・・』と、渋々承諾したエンデは、

ダバンに跨ると、兵士の集団に向かって、走り出した。


「ちょ、ちょっと!」


エブリンは、攻めて来た時のことを話したつもりだったのだが

エンデ達は、勘違いをしたのか、突撃している。


そして兵士の集団に飛び込むと、

エンデはダバンから飛び降り、戦闘を開始した。


すると、ダバンも、人型へと変化して、戦いに参戦する。


数で圧倒しているはずの兵士達だったが、

エンデ達に歯が立たない。


その為、村で待機している兵士達にも、

援軍として、声を掛けていると、

この状況が、メビウスの耳にも届いてしまった。


本来、直ぐに伝える事も、任務であったが

相手が子供だと、高をくくり、報告を怠っていたのだ。


そのせいで、この時、初めてメビウスは知ることとなる。


「何があったのだ?」


近くにいた兵士に尋ねる。


「敵襲のようです。


 ですが、相手が子供でしたので、メビウス様に報告するほどの事でもないかと」


『スクッ』と立ち上がるメビウス。


「その敵とやらは、どこにいる?」


「はい、王都方面の村の入り口です」


その報告に、疑問を抱くメビウス。


「王都からだと・・・・・」


「はい。


 報告によれば、漆黒の馬に乗った少年と少女との事です」


「漆黒の馬・・・・・少年と少女・・・・・!!!!!」


メビウスは、とある出来事を思い出す。


先日、国王直々に、とある少年の実力を見る為に、出向いた事があった。


そこには、少女もいたと聞く・・・・・・。


王国から来た、少年と少女。


──もしや、陛下が使わせたのでは・・・・・・


そう思うと、居ても立っても居られない。


メビウスは、急いで門に向かう。


「メビウス様!」


兵士の呼びかけに答える。


「今すぐ、戦闘を止めるのだ!」


命令と同時に、全力で走りだすメビウス。


同行するように、兵士も走る。


メビウスが、村の入り口に近づくが、戦いの歓声が聞こえて来ない。


だが、もう少し近づくと、『ウ~ウ~』と苦しそうな呻き声が

聞こえてきた。


はっきりと、光景が見えた時、メビウスの足が止まる。


「馬鹿な・・・・・」


戦闘が始まって、それ程経っていないはずだが

そこに立っているのは、少年と褐色の肌の青年と少女だけだった。


「また、来たのかなぁ」


エンデがメビウスに視線を向けると、少女が声を掛ける。


「エンデ、待ちなさい!」


「わかった」


エンデが返事をすると、後方にいた少女が、前に出てきた。


ゆっくりと、メビウスに向かって歩くエブリン。


メビウスは、その少女を見て、思い出す。


「エブリン ヴァイスか?」


微笑みを浮かべるエブリン。


「メビウス様、お久しぶりで御座います。


 覚えていてくださって、光栄です」

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