第70話ゴンドリア帝国軍 依頼と先行部隊

父親であるマリオン ヴァイスに同行して

城で行われたパーティーに出席した時、

一度、挨拶を交わしたことがあったので

メビウスとは、面識があった。



だが、その時は、出席者も多く、

1年ほど、前の事だったこともあり

メビウスが、覚えているかどうかもわからなかった。


しかし、メビウスは覚えていたのだ。


挨拶を受けたメビウスが歩み寄る。


「本当に、久しいな。

 

 あの時は、話をすることも、出来なかったから

 今日は、ゆっくりと話をしたいのだが、その前に・・・」

 

 メビウスの視線は、

 地面に横たわり、呻き声を上げている兵士達に向いている。


「悪いが、まずは、事情を、話してもらえるか?」


「ええ、勿論です」



エブリンは、包み隠さず、この場で起こった事を説明する。



「私たちは、陛下のご命令で、食料を持ってきたのですが、

 村の入り口で、警備をしていた兵士達は、

 そのことを信じず、話も聞かないまま

 私たちに向けて矢を放ったので、

 仕方なく、反撃したまでですわ」


「矢を放っただと・・・・・」


手が滑り、誤って放ってしまったことは、本人しか知らない為

あの時の発言から、故意的に放たれたのだと判断された。


メビウスの表情が、険しくなる。


それもそのはず。


兵士が、貴族の令嬢に向かって、

矢を射るなど、あってはならないこと。


それだけではなく、話も聞かなかったとなれば

1人だけの問題では、済まない可能性まである。


「怪我はしなかったのか?」


「ええ、なんとか、食い止めましたから」


「そうか、怪我がなくて、本当に良かった。


 だが、部下が、大変失礼なことをした。


 申し訳ない。


 それで、その男は?」


「あそこよ」


エブリンが差したのは、村の入り口。


腕を射抜かれた兵士は、未だ、蹲ったままで、動いていない。


正確には、動けなかったのだ。


エンデとダバンによる、戦いという名の一方的な蹂躙劇を目の当たりにし

動けば、また攻撃を受け、自身も、あのようになってしまうことを恐れ

動くことが出来なかったのだ。


未だ、蹲っている兵士を睨みつけたメビウスは、

同行した兵士たちに指示を出し、

その蹲っている兵士を捕えるように命令をだす。


「あの者を、捕えよ!」


「はっ!」


こうして、同行した兵士達により、兵士は捕らえられ連行された。


思わず、ため息を漏らしたメビウスだが、まだ、終わったわけではない。


目の前には、多くの兵士が、呻き声を上げ、横たわっている。



「それにしても・・・・・」


頭が痛くなる光景だ。


それに、この者達を回復させなければ、ならないことも考えると

憂鬱にもなる。


それが、顔に出ていたのか、見かねたエブリンが、声を掛けた。



「メビウス様、心配しなくても、大丈夫ですわ。

 誰も殺してはおりませんし、

 それに・・・・・」


そこまで言うと、エブリンは、エンデに声を掛ける。


「エンデ、皆を回復させて!」


「!!!」


「わかった」


エブリンの指示に従い、

エンデが、右の掌に、力を集中させると

徐々に光を放ち始めた。


「こ、これは!」


「取り合えず、見ていてください」


「う、うむ・・・」


2人が、短い会話をしている間にも

光は大きくなり、最後には、地面に横たわっている兵士達を包み込んだ。


『ヒール』


エンデが発したその言葉を受け、

光が、兵士たちの中に吸い込まれると、

負っていた怪我が、嘘だったかのように、消えた。


驚きながらも、痛みがなくなり、立ち上がる兵士達。


一部始終を見ていたメビウスは、

言葉を失っている。



「メビウス様?」


「ん、ああ・・・・・

 エブリン殿よ、あの者は、いったい・・・・」


「紹介が、まだでしたわね。


 あの子は、エンデ ヴァイス。


 私の弟です」


「なんと、では、あの子は、マリオン殿のご子息というのか?」


「はい」


「そうか、ヴァイス家は、安泰だな」


「そう言ってくださると、嬉しいですわ」


「ははは・・・・・世辞でも何でもない。


 これだけ武に優れていれば

 誰でも、そう思うぞ」


「有難うございます」


「まぁ、後の話については

 場所を変えて、聞くことにしよう」




一息ついたことで、メビウスの案内に従い

村の中に入ることが出来たエンデ達。


向かった先は、兵舎代わりの多くのテントが並ぶ一角にある

建物だった。


その建物の中に入ると、

しっかりとした応接セットが配置されており

ここがメビウス専用だということがわかる。



メビウスに促されて、ソファーに腰を掛けるエンデ達。


全員が、腰を下ろすと、メビウスが口を開く。


「この度は、とんだ失礼をした。


 ところで、1つ聞きたいのだが・・・・・・」



メビウスの聞きたい事、それは、陛下が直々に実力を見た少年が

エンデなのかという事だった。


エブリンはエンデの顔を見る。


そして、エンデが頷いたことを確認すると、

メビウスの方へと向き直った。


「確かに、陛下直々に、エンデの実力を確かめられましたが?」


『それがなにか?』


というような口ぶりで、答えるエブリン。


「普通なら信じがたい事だが、先程の兵士たちを見てしまうと

 信じぬわけにはいかぬな」


納得した表情で、エンデを見た後

ある提案を、口にする。


「儂らへの食料は、勿論、ありがたいのだが、

 実は、ゴンドリア帝国から村や街を取り戻すために向かった兵士たちも

 あまり、食料を持っていないのだ」


細かく報告は、受けているだろうから戦況は、理解している筈。


それでも、何時、どこから、襲撃を受けるかわからない。


ここは戦場なのだ。


その為、メビウスは、少しでも早く、無事に届けられる選択を選び

エブリンに、相談をしている。


──私たちに、運べと言いたいのね・・・・・・



乗り掛かった舟だし、現状をかんがみると、

エンデたちが運ぶのが一番の良策。


だが、簡単に引き受けていいのかと、

エブリンが考えていると、

エンデがスカートを軽く引っ張り、

『行こうよ』と促した。


エンデの頭を撫でるエブリン。


──行くしかなさそうね・・・・・


そんな2人の遣り取りを、黙ってみていたメビウスは思う。


──こうして見ていると、ただの子供にしか見えぬな・・・・・


思わず、笑みが零れそうになる。


だが、ここは戦場。


「どうだ、受けてもらえぬか?」


エブリンは、受ける気でいるが

1つ、不安に思う事があった。


それを払拭する為に、思いついたことを言葉にする。



「陛下から頼まれたのは、ここまで食料を運ぶ事です。


 ですが、メビウス様の頼みとあらば、お断りするわけには、いきません」


『おおっ!』


と喜びの表情を見せるメビウスだが、

エブリンの話は、まだ終わっていない。


「それで、交換条件という訳では、ありませんが

 私からも、メビウス様にお願いがありますの」



エブリンからのお願い。


メビウスは、一瞬驚いたものの、

借りを作るよりかはマシだと思い、頷く。


「いいだろう。


 言ってみてくれ」


「では・・・・・」


『エブリンのお願い』


それは、ここであった事、この先起こった事は、絶対に他言しない事。


また、王都で困った時には、力になって欲しいという事だった。



「この事は、兵士の皆様にも徹底して欲しいのです」


『これ以上、エンデが狙われることが無いようにしたい』


エブリンの願いは、それだけなのだ。


エンデの力を知れば、国内外問わず

誰もがエンデを取り込もうと躍起になる事は、

容易に見えてくる。


貴族にも派閥がある。


エンデの力を知れば、何処かの貴族派閥が、仲間に取り込もうと、

ちょっかいを出してくる可能性は、否めない。


また、自分の派閥に入らなければ、脅威となる事を恐れ、

闇討ちや、襲撃を掛けてくる者たちもいるかもしれない。


そうなれば、落ち着いて学園にも通えないし、生活もままならない。


エブリンは、そうならないように、メビウスに力を貸して欲しいと

頼んでいるのだ。


メビウスが、エンデたちの後ろ盾に付いていると知れば、

並大抵の貴族は、手出し出来なくなる。


グラウニーとメビウス。


この2枚看板を背に、

落ち着いて、王都での生活を送ろうと考えての提案なのだ。


その事を理解したメビウスは、エブリンの考えに納得すると同時に

将来の恐ろしさも感じずにはいられなかった。


──齢12歳の少女の考える事とは、思えぬな・・・・・


そう感じながらも、

メビウスは、このお願いを、二つ返事で引き受ける。


「貴殿の考えは、理解した。


 困った事があれば、遠慮なく頼ってくれ。


 その代わり・・・・・・頼んだぞ」


「はい、お任せください」


エブリンは、スッと立ち上がると、

華麗にカーテシーで挨拶をする。


そして、エンデたちを伴い、

メビウスの部屋から出て行った。



その後、指示された食糧庫に、一旦すべての食料を置き

そこから、先行部隊に送る分を再び、エンデが預かった。


2人は、馬に変化したダバンに跨ると、

見送りに来ていたメビウスに声を掛ける。


「では、言って参ります」


「うむ、よろしく頼む」


「はい」


エンデ達は、見送られながら、再び戦場を駆け出した。






その頃、先行して村や街を奪還に向かったマリウルとガリウスの部隊は、

思わぬところで足止めを食らっていた。



2つの村を奪還し、順調に任務を遂行していたのだが、

3つ目の村の手前で、突如、獣人達からの襲撃を受けたのだ。



突然、部隊の側面を突かれた

マリウルとガリウスの部隊は、見事なまでに分断され

苦戦をいられる。


それには、場所の悪さも関係していた。


すぐ、目の前には、ゴンドリア帝国軍の駐屯地になっている村があったのだ。


そのせいもあって、分断された前方の部隊は、

獣人たちとゴンドリア帝国軍に挟まれ、

身動きの取れない状態に陥っている。


だが、運が良かったのか、マリウルとガリウスは後方にいた為、

この難を逃れることが出来ていた。


それでも、兵士達を放って、逃げる事など、

出来る筈もなく、

必死に前進し、仲間の救出に向かおうとするが

時折、襲い掛かる獣人達に手を焼き、

思うように、仲間を助けに行くことが出来ない。


目の前で、次々に倒されていく自軍の兵士達。


1人、2人と、数を減らし、最後には

前方で取り残される形となっていた仲間達の姿が、

完全に消えた。


「クソッ!」


戦いながらも、吐き捨てるように呟いたガリウス。


そのガリウスの肩を、マリウルが叩く。


「おい、あれを見ろ・・・・・・」


マリウルに促され、先程、仲間達が消えた場所に目を向けると

そこでは、ゴンドリア帝国の兵士達と獣人達が戦っていた。






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