第76話ゴンドリア帝国へ  欲

地下の牢獄には、住民たちが詰め込まれており

横になることも、不可能と思える。


また、食事も与えられず、トイレにも行かせてもらっていない為、

地下は、悪臭が充満していた。


2人の案内で、地下へと続く扉を開けた瞬間

悪臭が鼻を衝く。


「すごい臭いだわ。


 こんなところに、閉じ込められているの?」


思わず、ポケットからハンカチを取り出して

口と鼻を押さえるエブリン。


エンデが、心配して、声をかける。


「大丈夫?


 ここで、待っている?」


「ううん、問題ないわ。


 早く、助けに、行きましょう」


エブリンは、怯まず、先へと進み始めた。


鉄格子の前にエンデたちが立つと、

牢獄の中の人々が、顔を上げたが

既に生きる気力を失っているのか、

誰一人として、エンデたちに声を掛けてくるものはいない。


「みんな、今、助けるから!」


鍵のありかを知っていた給仕が、

何処からか、鍵を持って来て牢獄の扉を開放するが

進み出る者がいない。


「おい、どうしたんだよ?


 俺たちは助かったんだ」


給仕の呼びかけに、1人の男が答えた。


「助かっても、女房は、もういないんだ・・・・・・」


「それは・・・・・」


給仕も、言葉に詰まる。


確かに彼らに連れていかれた者達は、誰1人として、戻ってきていない。


それに、この屋敷で働く者たちも外に出る事が許されていないので

生きているのかさえ、わからない。


給仕も、返す言葉が見つからず

口をつぐんでしまう。


男は、力なく言葉を吐く。


「わかっている。


 あいつらに、連れていかれたんだから

 あいつはもう・・・・・」


周りの人々も、同じ気持ちなのか

誰一人として、その言葉を否定しない。


絶望に包まれた、重い空気が流れる中

エンデが答える。


「女房さんが誰かは知らないけど、

 女の人達なら、生きているよ」


「えっ?」


「娼館で、働かさフガフガ・・・・・」


正直に答えようとしたエンデの口を、エブリンが後ろから押さえた。


「私たちが助けたの。


 今は、繁華街の宿みたいな所で

 待機してもらってるわ」

 

その言葉に、数人の男たちが顔を上げる。


だが、生きていたとしても

彼女たちがどんな扱いをされていたのかも、理解出来てしまい

足が前に出ない。


生きていたことは、嬉しく思うが

心が追いつかず、どう接していいのかが、わからないのだ。



そんな、煮え切らない態度をしている男達に、

エブリンは、エンデを後ろから抑えたまま、

怒鳴りつけた。


「彼女達だって、必死に戦ってきたのよ。


 それを、わかってあげられないの!?


 貴方達以上に、彼女達の方が辛かったはずよ。


 どうなの?


 答えてあげることも出来ないの?」


エブリンが言い終えると

牢獄の中が、シンと静まり返る。



そんな静寂を破るように、1人の男が立ち上がった。


「俺は、外に出る・・・・・・

 俺の女房が、生きているかわからないけど・・・・・

 それでも、俺は行くよ」


その言葉に、押されるように1人、また1人と、鉄格子の入り口を潜った。


そして、最後に牢獄を出たのは、今は、どろどろに汚れた服を着ているが、

元は、羽振りが良かったと思える中年の男だった。


彼の名は、【ガスパル】。


この街、一番の商人だったが、ゴンドリア帝国の兵士達に襲われ、

全てを奪われた男だ。



投獄中、食事を与えられていなかった為、走る力も残っていなかったが、

それでも確実に、皆と一緒に屋敷の出口を目指す。


屋敷の中を歩けば、必ず兵士の死体を見る事になる。


壁にめり込んでいる者、首の無い者、

四肢を砕かれ、あらぬ方向に体が曲がった者など様々。


その光景に、恐怖を感じる者や、

自業自得だと、蔑むように、睨みつける者もいた。


最後に、その光景を目にしたガスパルは、

死体よりも、これをしたのが、『誰か?』ということだった。


地下の牢獄に助けに来たのは5人。


その内2人は、この屋敷の給仕だとわかる。


ならば、褐色の肌の青年と、

少年と少女の3人で、兵士達を、倒したということになるが

信じられない。


もしかして、あの子達は、それほど強いというのか?

それとも・・・


『戦えば、勝てていたのではないか?』


そんな考えが、ガスパルの頭の中を過る。


全てを失った今、このまま生き延びても、何も残っていない。


だが、エンデ達を殺し、この街を手中に収める言葉出来たなら、

失ったもの以上の資産を、手にすることが出来る。


──まぁ、相手は、子供だ・・・

  隙を突けば、間違いなく、勝てる!・・・・・・


そんな考えに、辿り着いたガスパルは、

足を速め、一緒に捕えられていた部下達のもとへ行き

小声で、話しかけた。


「このまま助かっても、儂らには、何も残っていない。


 だが、街を儂らのものにすれば、どうだ?

 話が変わるだろ」


突然話しかけられた部下達は、戸惑いを見せている。


「旦那様、流石に、それは・・・・・」


商人は、信用が第一。


その信用を、失くすような提案だけに、

部下達は、気が乗らないのだが

ガスパルは、諦めず、説得を続けた。


「いいか、よく聞くのだ。


 この街は、破壊されてしまったが

 食料は、残っているはずだ。


 それを、儂らで奪い、今後の枷として、使う。


 そうすれば、儂らに逆らう者など、いなくなるはずだ。


 それにだ・・・・・

 お前達は、あいつらを、この街で、見たことがあるか?


 無いだろ。


 いいか、あいつらは、余所者だ。


 ならば、殺したところで、誰も、文句を言ってくることなどない。


 それに、このままだと、あの小僧どもに、全てを奪われかねんぞ。


 それが嫌なら、儂に手を貸せ。


 上手くいったら、お前だけではない、お前の家族も助かるのだぞ」




ガスパルの説得に、最初は戸惑っていた部下達も

その『家族も助かる』という言葉を聞き、

段々とその気になり、カスパルの提案に、乗ってしまう。


「旦那様、約束は、守ってくれますよね」


「ああ、勿論だ。


 この時を逃せば、次は無い。


 頼むぞ」


部下達は、黙って頷いた。


こうして、部下達の説得に、成功したガスパルは、

直ぐに、行動にでる。



一旦、わざと、エンデ達との距離を開けて

姿が見えなくなった事を確認すると

ガスパル達は、落ちていた剣を拾った。


「いいか、合図を送るまで、勝手に行動するなよ」


「はい」


全員に、武器が行き渡ると、

ガスパル達は、小走りで、エンデ達の後を追った。


後は、背後から、隙を突き、襲い掛かるだけ。


廊下を進み、あと少しで、屋敷から出るというところで

ガスパル達は、エンデ達に追いついた。


目の前では、同じように捕らえられていた者達が解放され

屋敷の外へと、向かって歩いている。


中には、エンデ達に、お礼を述べている者達もいた。


──今なら、近づいても、何ら、不思議なことではない筈だ・・・・・


ガスパルが、合図を送ると、

部下達が、一斉に、襲い掛かる。


──この街が、もうすぐ儂の物になるのだ・・・・・


既に、勝った気でいるガスパルに、笑みが漏れる。


だが、ガスパルの予想に反し、

エンデ達は、背後からの攻撃を、難なく躱した。


「これ、何のつもり?」


笑みを浮かべていたガスパルだったが

今は、焦りの表情へと変わっていた。


「どういうつもりか、答えてよ」


ゆっくりと距離を詰めてくるエンデに

恐怖を感じたガスパルは、

持っていた剣を、床に落とす。


「じょ、冗談だ。


 貴方達が、どれほど強いか、確認したかっただけなんだ」


苦し紛れの言い訳を口にするガスパル。


しかし、そんな言い訳を、エンデが、信じるはずがない。


「嘘をつかないでよ。


 本当のことを言いなよ」


既に、目の前にいるエンデに、睨みつけられ

ガスパルは、膝から崩れ落ちる。


ガクガクと震えが止まらないガスパルは

命乞いを始めるが、エンデには、届かない。


ガスパルの落とした剣を拾いあげたエンデは、

迷いなく、その剣を、振り下ろした。


血を撒き散らし、床に横たわったガスパル。


もう、動くことはない。


その出来事に、ガスパルに唆され、

エンデ達に、攻撃を仕掛けたことを

今更ながら、後悔する部下達。


彼らの前には、ダバンの姿がある。


「お前達も、後悔しながら、死んでくれ」


その言葉を最後に、ガスパルに手を貸した者達は

次々に屠られた。


死体の増えた屋敷の入り口を見ながら

エンデが、呟く。


「まさか、助けた人達に襲われるなんて

 思っても、みなかったよ」


そう告げるエンデに、エブリンも、賛同する。


「私も、驚いたわ。


 本当に、何を考えているのかしら?」


そんな会話をする2人に、案内を申し出た給仕が近づく。


「あの・・・助けていただいたのに

 こんなことになって、申し訳御座いません」


給仕の男は、全てを見ていた。


だから、知っているのだ。


屍となったガスパルを、睨みつける。


「助けて下さった方に、なんてことを・・・」


拳を握りしめている給仕に、エンデが告げる。


「驚いただけだから

 気にしなくていいよ」


そう告げたエンデに、

給仕は、謝罪の意味を込めて頭を下げた後、

屋敷を飛び出し、仲間の後を追った。



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