第82話ゴンドリア帝国へ  一夜

エンデたちを乗せたダバンと、フラウドを乗せた馬が王都に向かって進む。


逃げようと思えば、逃げれるような状態のフラウドだが、

肝心の馬が言う事を聞かない為

それも叶わない。


幾度となく、こっそりと、馬の腹を踵で蹴ってみたりしたが

その都度、振り落とされ、地面に叩きつけられた。


落とされるたびに、エンデ達は、仕方なく馬を止め、

フラウドを、馬に乗せなおした。


意識朦朧としたまま馬に乗せられたフラウドは、

今、現在、馬の案内に従い、王都を目指している。


こうして、王都を目指していたエンデ達だったが

日が沈む頃、小さな村を発見した。


「ここに、泊めてもらえないかなぁ」


エンデは、そんなことを呟きながら

村に立ち寄った。



だが、村に入るが、人の姿は殆どなく、

ゴンドリア帝国の兵士たちの姿も無い。


ただ、家の中からは、人の視線を感じる。


「僕達、警戒されているみたいだね」


「うん・・・・・」


まだ、日が完全に暮れていなかったおかげで

この村の状況が、理解できた。


畑はあるのに、作物が実っておらず

周りの草花も枯れている。


土も乾燥しているようだ。


「ねぇ、どうする?」


「取り敢えず、人の気配のする家を、訪ねてみるよ」


エンデが、ダバンから降りると、

エブリンが声を掛ける。


「待って、私も行くから」


2人が歩き出すと、とある家から

1人の老人が姿を見せた。


だが、その後ろには、鍬を持った男達が、待機している。


「旅のお方が、こんな村に、何の用ですかな?」


老人の落ち着いた口調とは違い、

背後に控えている男達は、額に汗を浮かべていた。


「私は、エブリン ヴァイス。


 アンドリウス王国から来ました」


「アンドリウス王国ですか・・・・・」


他国からの旅人に、村人達は

お互いに顔を見合わせている。


そんなどうすればいいのか困惑している中、

先程の老人が、エブリンに、話しかける。


「儂は、この村を任されている【リグル】と申します。


 あなた方は、本当にあの砦を、越えて来られたのですか?」


「そうだよ、証拠なら、あるよ」


エンデが差した方向には、

馬の上でぐったりとしているフラウドの姿があった。


「あの方は、この国の・・・・・・・」


この村に、食料が無い理由は、

フラウドたちが砦に向かう途中で、全て没収していたからだ。


それが、つい先日の事だったのでリグルは、フラウドの顔を覚えていた。


リグルは、ゴンドリア帝国の敗戦を知る。


「あの・・・・この村は、どうなるのでしょうか?」


敗戦したとなれば、この村にも、

敵国であるアンドリウス王国が攻め込んでくるに違いない。


そうなれば、この村など、あっという間に、蹂躙されると考え

リグルは、女、子供だけでも逃がす為に

エンデたちから情報を聞き出そうとする。


しかし、エンデの口から発せられた言葉は、

予想外のものだった。



「この村?

 何も変わらないよ」


「「「えっ!?」」」


「僕たちの目的は、王都。


 この村に寄ったのは、宿を借りようとしただけだよ。


 勿論、お金は払うよ」


呆気にとられる村人たち。


そんな中、リグルだけが、何とか言葉を返した。


「そ、そうでしたか。


 このような村ですので、宿は御座いませんが、

 空き家なら、いくつか御座いますので、そこをお使いください」


リグルの案内に従い、空き家に通されるエンデ達。




「ここを、好きにお使いください。


 ですが、これ以上のもてなしは・・・・・・」


食べるものが無い為、空き家を貸すことが精一杯。


エンデ達も、それは、わかっている。


「大丈夫、食べるものなら持っているから」


「そうでしたか・・・・・では、ごゆっくり」


リグルが出て行った後、エンデがエブリンに話しかける。


「この村には、食料がないみたいだね」


「そのことだけど・・・・・」


エブリンは、意識を取り戻していた

フラウドに、視線を向ける。


フラウドも、その視線に気付き、

話の内容から、何が言いたいのかを、理解していた。


「この村の食料は、我が軍に、提供してもらった」


『やはり・・・』といった感じで

エブリンは、納得していると

フラウドが、話を続けた。


「我が帝国では、これは、当たり前のことだ。


 我らは、この国を守るという大義のもと、

 こうして、出向いている。


 ならば、村や街に住む者達は、

 我らの為に、食料を提供するということは

 帝国の民として、当然の義務なのだ」



あくまでも、悪くないというスタンスで、

話をするクラウド。


エブリンも、そのあたりのことは理解していた。


「確かに、よくある事よね」


フラウドの言葉を肯定するエブリン。


だが・・・・・


「でも、全部持って行く事は、無かったんじゃないの?」


「それは・・・・・」


返す言葉もない。


食料を全て奪えば、この先、この村がどうなるのかは見えている。


それがわかっていて、フラウドは、全てを奪ったのだ。


本来であれば、『これは、帝国の為だ!』と声を大にして

言いたいところだが、

それを口にすれば、エブリン達に、責められることは、わかっているので、

フラウドは、言葉を飲み込み、グッと堪えた。


その姿に、溜息を吐くエブリン。


「まぁ、過ぎたことを言っても仕方ないし・・・・・

 ねぇ、エンデ、どれくらい持っているの?」


「う~ん・・・・・

 ガリウスたちと合流した街の時よりも、増えているから

 いっぱいあるよ」


「なら、問題ないわね。


 今晩の食事は、あそこの広場で作るわよ。


 人手は、この村の人達を借りるわ」




エブリンは、宿を出ると、何処かに向かって歩き出す。


慌てて後を追うエンデ。


2人が向かったのは、

『何かあれば、何時でも、お訪ねください』といわれ

教えてもらったリグルの家。


扉を叩くと、リグルが顔を出した。


「エブリン様?」


「今晩、広場で食事を作るわ。


 人手と鍋を貸しなさい」


いつもの調子で、リグルに言い放つエブリン。


「あの、どういう事でしょうか?」


戸惑うリグル。


「食事を作るのよ、

 貴方たち、困っているんでしょ。


 私は、貴族で、子爵家の娘。


 困っている民がいたら

 手を差し伸べることは、当然の義務なの!」


他国であっても、エブリンのスタンスは変わらない。


父親であるマリオンの教えを貫き、腰に手を当て

仁王立ちしているエブリン。


「さぁ、準備をするわよ、

 早く、皆に、声を掛けなさい」


エブリンに急かされ、

リグルは、各家々を回り、鍋と人手となる女性たちを集めた。


広場には、村中の人々が集まっている。


空き箱の上に立つエブリンは、エンデに声を掛けた。


「エンデ、出して」


「うん」


エンデが収納袋から食料を取り出すと、自然と歓声が上がる。


エブリンは、それを静めると、

皆に聞こえるように、話を始めた。


「これから、みんなで、今晩の食事を作るわ。


 女性は、食材の調理。


 男性は、みんなが座れるテーブルと椅子の確保よ。


 さぁ、準備に取り掛かりなさい!」


目の前には、多くの食材がある。


それを使って、今晩の食事を作るというのだ。


村人たちの間では、

久しぶりに、食事が出来る喜びに、自然と笑みが零れている。


空腹で、体力もほとんど残っていない筈の村人たちだが、

そんなことを忘れて、準備に取り掛かった。



時が経つにつれ、いい匂いが村中に立ち込める。


即席で作ったテーブルに、次々と並べられる料理。


匂いが風に乗り、働く男達の鼻腔をくすぐると

自然と、振り向く回数が増える。


だが、匂いに誘われたのは人だけではなかった。


鼻の利く獣たちが、集まり始めたのだ。


獣の群れを発見した村人が、リグルに報告する。


「獣か魔物か、わかりませんが

 ただ、群れで、こちらに向かっていることだけは

 わかっています。


 村長、どうしましょう?」


報告に来た村人は、焦りを隠せないでいるが

偶然、その報告を聞いていたエンデが、話に割り込んだ。


「それって、食べれるの?」


「えっ!

 『食べれるか?』ですか?


 この辺りの魔物も獣も、殆ど食べれるので

 多分、食べる事は可能だと思います。


 ですが、相手が何なのか、わかりませんし、

 群れですので・・・・・」


1頭や2頭なら、村民達でも、なんとかなるかもしれないが

今回は群れ。


リグルの顔色が悪くなる。


実際、村人たちでは、太刀打ちできないのだ。



そんな暗い表情の2人を気にも留めず、

エンデが立ち上がる。


「大丈夫、僕が行って来るよ」


エンデは、そう言うと背中から翼を出して、空に上がった。


すると、今まで馬の姿だったダバンも人型へと戻る。


「主、お供いたします!」


2人は、あっという間に、姿が消える。


残されたリグルと村人は、

何が起きたのかが理解できず、茫然としていた。


「今のは、何だったのでしょう・・・・・」


人に変化する馬と翼を持った少年。


リグルや、偶然、2人の姿を目にした村人達には、

彼らが、神の使いに思えた。


自然と動きを止め、跪く村人達。


「神よ、感謝致します」


空に向かい、祈りを捧げる。




我が、弟を『神』と勘違いされたエブリンは

必死に、訂正する。


「ちょっと、手を止めないで、焦げるでしょ!


 それに、あの子は、私の弟。


 神じゃないから!」


松明の炎と仄かな月灯りが照らす中、エブリンの声が響く。


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