第33話王都 とある貴族の謀略王都2

ビスドは、乗って来た馬車とは、別の馬車にワグナ達を案内する。


その案内された馬車の荷台には、大きな樽が積んであった。


「お前達は、この中に入れ。

 いいか、合図をするまで静かにしているんだ」



そう伝えると、ビスドは、乗って来た馬車へと戻った。


その場に残されたワグナが、荷台に乗り込むと

葡萄酒の匂いがする。


「この中に入るのか・・・・・」


そんな事を口にしながら、樽を確認していくと

一番奥の樽の幾つかは、空樽だった。


「おい、こっちだ。


 お前達も隠れるぞ」


ワグナの言葉に従い、

次々と仲間達が、樽の中に入ると、

護衛の男たちが近づき、蓋を閉めた。


全員が、樽の中に隠れると

ビスド達の乗った馬車が、動き出す。


ワグナ達を乗せた馬車は、何事も無く進み

とうとう、最難関となる王都の入り口が見える所まで戻って来た。


荷台に乗っていた男が、樽に向かって話しかける。


「もうすぐ王都です。


 絶対に、声を出さないでください」


そう告げられたワグナ達に、緊張が走った。



ここで見つかれば、被害は、自分だけで済まない。


実家の爵位も、財産も、未来までも失ってしまうのだ。


酒樽の中で、異様なほど、汗を掻くワグナ。


思わず、この場から逃げ出したくなるような気持ちを、

グッと堪えて、息を潜めていると、

とうとう、その時がやって来た。


王都の入り口に到着して、馬車を止めると

ワグナ達の隠れている馬車に、兵士が歩み寄る。


すると、御者を務めていた男が、その場を離れて

兵士達に、声をかけた。


「ご苦労様です。


 こちらの馬車の荷物は、葡萄酒で御座います」


「ほぅ・・・・・」


兵士は、御者の言葉を、軽く聞き流すと

荷台の中へ、足を踏み入れようとする。


だが、その瞬間。


ワグナの父であるビスドが、顔を見せたのだ。


「おい、何時までかかっているのだ!?」


ビスドの顔を見た途端、兵士達の動きが止まる。


「ビ、ビスド様?」


「ああ、いかにも、私は、ビスド ドレイドだ」


その言葉で、この馬車が、男爵家のものだと判明すると

足を踏み入れようとしていた兵士も、その場から離れた。


そして、兵士の1人が、ビスドに歩み寄る。


「大変な失礼を致しました」


「いや、構わんよ。


 これも、貴殿らの仕事。

 それは、理解しておるが・・・・・ただ・・・」


ビスドは、話を続ける。


「ここに積んでいる葡萄酒は、祝い事の為に

 揃えた葡萄酒なのだ」


貴族が、祝い事に使う葡萄酒となれば、

高価な物だという事は、兵士達でも、すぐに理解できた。


ただ、その様なものを、検閲のためとはいえ、

蓋を開けて中を確認することなど、出来る筈が無い。


下手をすれば、首が飛んでしまう。


兵士達が、馬車から離れると

隊長と思われる人物が、ビスドに、頭を下げた。


「お手を煩わせてしまい、申し訳ございません」


「いやいや、気にしておらん。


 それより、もう、行って良いのか?」


「はい、勿論です」


「わかった」


無事に、検閲を終えたビスドは、

貴族街へ向かって、馬車を走らせる。


平民街を抜けて、貴族街へ入る。


もう少しで、屋敷に辿り着く。


ワグナ達が樽の中で、大人しく待機していると

暫くして、再び馬車が止まった。



止まった場所は、ビスドの屋敷。


ワグナは、実家に戻って来たのだ。


だが、声が掛からない為、

ワグナ達は、解放されるその時を、今か今かと待っていると、

突然、樽が浮かび上がった。


──どうなっているんだ!・・・・・


この状況に、困惑している間にも

仲間達の樽も、運び出されてゆく。


そして、全ての樽が、とある場所に下ろされると

樽が叩かれ、声がかかった。


「もう、良いぞ」


その声と同時に、次々と樽の蓋が開けられる。


樽から、解放されたワグナ達の目に映ったのは

何処かの屋敷の一室。



目の前には、ビスドと、その手下たちの姿。


「父上、助けて頂いて、有難う御座います」


真っ先に、御礼を伝えたワグナに、

父親であるビスドは、笑みを浮かべた。


「なにも、気にすることはない。


 それより、今後の事について、話をしようではないか」


 ビスドの提案に、耳をかたむけるワグナ達。


「まず、ここは、離れにある屋敷だ」


ビスドの家は、大金持ちの家系で、

男爵という爵位の割には、大金を持っている。


その為、屋敷も敷地も広い。


敷地内には、いつも生活している屋敷とは別に

離れと呼ばれる屋敷が、2件、建っていた。


今、ワグナ達がいるのは、その離れの1つ。


「今日から、お前達は、ここで生活してもらう。


 先に言っておくが、お前達は、逃亡者だ。


 今までのように、出歩くことは許されん。


 それは、理解出来ているな」


ビスドの問いに、誰もが頷いた。


「わかっているのならば、それで良いが

 間違っても、出歩いたり、するではないぞ」



ビスドは、念を押すように伝えた後、離れを後にした。


ビスドが去った後、その場に残っているのは

執事の【ガク】だけだった。


「ワグナ様、ご無事で、何よりです」


「ああ、本当に・・・本当に、そうだな。


 帰って来れて良かったよ」


安堵したワグナだったが

この先の事を考えると、不安に駆られ、ガクに尋ねる。


「なぁ、ガク。


 この先の事だけど、どうするか聞いている?」



「いえ、旦那さまからは、何もお聞きしておりませんので」

 


「そうか・・・・俺達、ずっとこのままなのか?」


「いえ、それも・・・」


「そうか・・・・・」


助かった事については、有難いと思っているが

今後に不安を隠せない。


だが、そんな気持ちも、時が経つにつれて、

段々と薄くなり、ひと月も経つ頃には

その日その日を、楽しむようになっていた。


その際、おもちゃと化していたのが、ロナウだ。


彼の現在は、下僕。


ワグナ達の世話は、全て彼が、おこなっている。


解放されたあの日、暫くして、ガクに、声を掛けられて、

案内されたのは、屋敷から廊下だけで繋がっている

使用人たちの住む離れだった。


その離れは、表通りからは、見えない位置に建っており

何処からか、すきま風も吹いていた。


廊下も、歩くたびに、『ギシギシ』と今にも壊れそうな音が鳴る。


そんな廊下を、ガクの案内のもと進んで行き

とある部屋の前で、立ち止まった。


「お前の部屋は、ここだ。


 同居人達と、仲良くする事です」


ガクは、それだけ伝えると、扉を開け、中に入って行く。


部屋の中には、3人の男がいた。


「【ギャン】。


 この子の面倒は、お前に任せます。


 ただし、外出は、禁止です。


 絶対に守ってください。


 宜しいですか?」



「はい、わかりました」


ギャンと呼ばれた髭面の男は、ガクに頭を下げた。


ガクは、ロナウの面倒を、ギャンに任せると

その場から去った。


部屋に放り込まれたロナウ。


その部屋には、2段ベッドが2つあるだけで、

プライベートな空間など、見当たらない。



──この俺が、こんなところで・・・・・・



助かる為に、ワグナについて来たが、

まさか、このような待遇だとは、思っても見なかった。



今まで、手足のように扱ってきた者達は、

風呂で汗を流し、優雅に食事を楽しんでいる。


それを考えると、いたたまれない。


「クソッ!」


思わず、2段ベッドの柱を殴る。


すると・・・・・


「おい、兄ちゃん!」



威嚇する様に、睨む男【ジョナス】。


ロナウは、一瞬たじろいだが、

まだ残っていたプライドでだけで、ジョナスを睨み返す。


「俺に、何か用か?

 用が無いのなら、話しかけるな!

 俺は、お前らとは違うんだ!」


そう吐き捨て、部屋から出て行こうとする。


「こんなところに、居られるか!

 ワグナに、文句を言ってやる」


ロナウが、文句を言いながら、ドアノブに手をかけた瞬間。


『ドンッ!』


凄まじい衝撃が襲った。




暫くして、目を覚ますロナウ。


何故か、床に寝かされている。


しかも、手足は縛られ、猿轡の代わりに、

汚れたタオルで、口を塞がれていた。


悪臭が鼻を突く。


「フゴー!

 ふぁふえー!」


何を言っているのかわからない。


そんなロナウを、覗き込むジョナス。


「威勢がいいガキだな・・・・だがよ、立場ってもんをわきまえな」


そう言った後、『スッ』と立ち上がったジョナスは、ロナウの腹を蹴り上げた。


「ゴフッ!」


ジョナスは、何度も何度もロナウの腹を蹴り続ける。


意識を失いそうになる。


しかし、込み上げてくる胃液のせいで、喉が、焼けるように熱くなり、

目を覚ましてしまう。


その後も、蹴られる度に、何も食べていないロナウの口から、胃液だけが零れ

汚れたタオルから、何ともいえない匂いが、漂い始める。



「そのへんに、しとけ」


ギャンの言葉で、ジョナスの蹴りが止まった。


だが、ロナウの腹の感覚は、既におかしくなっている。


ロープを解かれたロナウに、気力など残っていない。


ぐったりした体を引き摺られ、ベッドへと放り込まれた。



──これから、こんな生活が続くのか・・・・・・


そう思った瞬間、意識を失った。





その頃、風呂から上がり、一息ついたワグナ達は、

豪華な夕食に、舌鼓をうっていた。


ワインを一息に飲み干した【ラドルフ】。


「ワグナ様に、ついて来て良かった」


ラドルフの言葉に、【リスト】、【モロゾフ】も便乗する。


「ああ、同感だ。


 こんな、上手い食事を用意してくれるなんて、最高だ!

 ロナウだと、何でも独り占めだったもんな」



「でも、そのロナウも、今では平民。


 俺達に逆らうなんて、出来ないよ」



久しぶりに、上手い食事を堪能するワグナ達。


その最中に、話を切り出すビスド。


「お前達に、これからの事を話しておきたい」


全員の箸が止まった。



「今のままでは、お前達は、街を歩くことも出来ぬ。


 それに、お尋ね者だ。


 だから、これからは、儂の指示に従ってもらう」


その言葉に、全員が頷くと、ビスドは話を続けた。


「護送馬車を襲ったのは、盗賊達。


 そういうシナリオで、事を進めるつもりでいる。


 そして、お前達は、命からがら逃げ伸びた者達だと、印象付ける。


 自らの行いを悔いている為、逃げずに出頭して来たとし、

 1年間の鉱山労働を免除してもらうつもりだ」


あまりにも、安易に思えた為、ワグナは、問いかける。


「父上、そんなに上手くいくのでしょうか?

 それに、ロナウの事もありますし・・・・・・」


それを聞いても、ビスドは、余裕の表情を崩さない。



「まぁ、普通に考えれば無理だ。


 だがな、この計画を進めているのは儂だ。


 無理な事でも、まかり通す。


 その為の手筈も整えておる」


ビスドの言葉に、ワグナ達の表情がほころぶが、

話は、まだ続いた。


「だがな・・・・・1つだけ、気掛かりな事があるのだ」


「父上、もしかして、それは・・・・・」


「ああ、宰相のグラウニーだ。


 他の者達は、何とか出来たのだが、

 グラウニーだけは、誘いに乗って来ないのだ。


 あからさまに、話をする訳にもいかんし・・・

 何か、弱みでのあればのぅ・・・・・・」



今回の1件の中心は、グラウニーの姪、エヴリンだ。


やはり、そこを狙うしかないと考えた。


「そういえば、そろそろ学園が、始まるな・・・・・・」


「ええ、確か、来週が入学式だった筈です。


 この時期に、王都に来たという事は、あいつ等も入学するのでしょう」


「そうか、なら、何とか出来そうだな・・・・・」


「父上?」


「弱みが無いのならば、作ればいい。


 幸い、これから奴らが通うのは、

 私の息のかかった学園だ・・・・フフフ・・・・・」



ワグナ親子は、狙いをエヴリンに定めて、計画を練り始めた。




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