第15話新しい生活

ギルが率いる襲撃者達は、数々の危険な仕事を引き受けてきた者達で、

相手が、子供だとはいえ、手を抜く気はない。



魔法を使えるものは、攻撃の届かない位置まで下がり、タイミングを計っている。


また、直接攻撃を得意とする者達は、

隙を与えないように、次々と攻撃を仕掛けてきた。



「ハハハ、ガキを相手に贅沢な攻撃かもしれんが、俺達に遠慮はねえ・・・・

 とっととケリをつけるぜ」


ギルの言葉が号令になったかのように、前衛を務める者達の攻撃が激しくなる。


テンポよく攻撃を仕掛けて、エンデに反撃の隙を与えない。



だが、エンデに、傷1つ付ける事も出来ていない。


前衛を務めているグレッグが叫ぶ。



「だ、旦那!

 こりゃ、何かおかしいぜ」



エンデが、紙一重で攻撃を躱し続けていることに、疑問を持ち

思わず後退ってしまう。


「こいつ・・・・・ただのガキじゃねぇ・・・・・」


他の者達も、そのことは感じていた。


しかし、他に手が無い。


思わず、『ギュッ』と剣を握りしめる。



「おい、もう一度だ、仕掛けるぞ・・・・・」


「お、おう・・・・」


仲間の歯切れの悪い返事を受けて、

グレッグが先陣を切り、踏み出す。


──俺が、やるしかねぇか・・・・・


そう思い、一歩前に進み出た瞬間、魔法士から声がかかった。


「準備が出来た、下がってくれ!」


「お、おう!

 待っていたぜ」


内心、『ホッ』としながら、一斉に、その場から離れる襲撃者達。


「かの者を縛り、この地の礎にせよ『アイビーバインド』」


詠唱を終えると、エンデの足元から蔦が伸び、エンデを捕らえにかかる。


「このガキだけでいい、捕まえたら、さっさとズラかるぞ!」


ギルは、これ以上の長居は無用と判断し、

エンデを捕えたら、逃げるつもりでいた。


だが、その考えは無駄に終わる・・・・・


捕らえる為に伸びた筈の蔦が、

何故か、エンデの足元に、枯れた状態で、落ちているのだ。


「えっ!」


「おい、どうなっている?

 何が、あったんだ・・・・・・」


驚く襲撃者達に、エンデが言い放つ。


「無駄だったね、

 僕には、効かないみたいだよ」


そう答えたエンデの左手には、蔦の一部が握られていた。


「これも、貴様の仕業か・・・・・」


子供であるエンデに、良いようにあしらわれ、

ギルの怒りが、頂点に達する。


「とっととあのガキを始末しろ!

 もう、生きて捕らえようだなんて、考えなくていい。


 そのガキが死んでも、娘がいる。


 お前ら、わかったな!」


「「おう!」」


気合を入れなおし、再び襲い掛かる襲撃者達。


だが、距離を詰める前に、エンデが、左腕を前に突き出した。


 

『シャドウバインド』


その言葉を発した途端、

己の影が、体に纏わりつき、襲撃者達の動きを封じた。


「おい、こりゃ、どうなっているんだ!」


パニックに陥った襲撃者の1人が、思わず叫ぶ。


「知らない、わからない。


 こ、こんな魔法見たことない!」


魔法士達も、未知の魔法に驚いていると

捕らえられた者達が、地の中へと、引きずり込まれ始めた。


「た、助けてくれ!!!」


慌てふためく襲撃者達だが、既に、全員が捕らえられており

他人の事を、構っている余裕などない。





膝上まで、地面に沈むと、それ以上は、埋まる事は無くなったが

倒れる事も、体を動かす事も許されない状態で、固定されたの事に気付く。


「お、おい・・・」


もう、逃げる事も、落とした剣や、武器を拾うことも出来ない。


エンデは、その状態の襲撃者達を放置したまま踵を返した。


結界の前まで来たエンデは、

結界を解除して、エヴリンに話しかける。



「誰も、殺していないし、翼も出していないよ。


 これでいい?」



「ええ、上出来よ」



満足そうに頷いたエヴリンは、身動きの取れないギルの前に立った。


「あんたたち、こんな事して、ただじゃ済まないわよ!

 エイダ、屋敷に戻ってお父様を呼んで来て」


「畏まりました、お嬢様」


エイダは、1人で馬車に乗り、屋敷へと走る。


その間、襲撃者達の見張りをすることになったエンデ達。


父親であるマリオンが到着するまで

棒立ちとなっている襲撃者達を、見張っていればよいかと思っていたのだが

そこに、街を警備していると思われる数人の兵士が近寄って来た。


「これは、どういうことだ?」


この状況を見て、驚いている様子の兵士に、エヴリンが告げる。


「こいつらは、私達を襲って来たのよ。


 だから、気にしなくていいわ」



見るからに高そうな服を着ているエヴリンの言葉に、

普通なら、身分を疑うところなのだが、

兵士達に、そのような素振りすらない。


それどころか、エヴリンに抵抗してみせた。


「そうは言うが、この街で起きた事なら、

 我らに任せてもらおう」


「それは無理。


 私は、エヴリン ヴァイス。


 名前を聞けばわかるわよね、

 こいつらは、貴族である私達を襲ったのよ。


 それに、もうすぐお父様が来るから、放って置いてちょうだい」


確かに、兵士に任せて、連れ帰られても、

貴族からの横やりが入れば、そのまま解放する事となる。


その事が、わかっているからこそ、

エヴリンは、自身が貴族の令嬢だと伝え、

この場から、立ち去るように伝えているのだが・・・・・



「そう仰られても、こちらにも立場というものがある。


 申し訳ないが、引き渡して頂く」


何故か、強気で申し出て来る兵士に、エンデが疑問を持つ。


警備兵といえば、街を守っているが、平民でしかない。


稀に、貴族の三男あたりが、働いていることもあるが

それも、子爵以下の貴族の息子だ。


そんな者達が、身分を伝えているにも関わらず、

強気な態度を見せていること自体が、異常な事。


その為、不審に思ったエンデが観察していると

兵士達の中に、鎧に、血がついている者を発見する。


「おじさん、怪我をしているの?」


突然、エンデに問われた兵士は、動揺を隠せず、

慌てて、鎧に付いていた血を拭った。


「今度は、手に血が付いているよ」


エンデが笑顔で、そう伝えると

今度は、手に付いた血を、必死に拭う兵士。


エヴリンも、この血が、何を意味しているかを理解し

エンデの陰に隠れる。



皆が、自身の背後の回ったことを確認したエンデは、

溜息まじりで、言葉を吐いた。


「もういいよ、おじさん達、偽物なんでしょ」


正体がばれたと判断した兵士達は、剣を抜く。


「悪いが、仲間は、返してもらうぜ」


殺気を隠さず、エンデに告げた。


背後に、エヴリン達を庇っているエンデは、下がる事が出来ない。


そんな状態のエンデに、兵士に扮装した襲撃者達が襲い掛かる。


だが、彼らは、忘れている。


棒立ち状態の仲間には、未だ、シャドウバインドが発動したままだということを。


魔法を発動した状態からだと、新たに、呪文を唱える必要はない。


その為、仲間を捕らえている影の一部が伸び

襲い掛かる兵士達の両足を貫いた。


突然の攻撃を受け、悲鳴を上げ、地面に横たわる兵士達。


そんな兵士達に、視線を向けていると

こちらに向かって走る数台の馬車が見えた。



しばらくして、エンデたちの前で停車すると

先頭の馬車からマリオンが飛び降りてきた。


「皆、無事か!」


焦って飛び降りて来たマリオンの後ろから、ルーシアも姿を見せる。


「えっ!

 何?

 お母様も来たの?」



驚いているエヴリンに、マリオンが抱き着くと

ルーシアは、エンデに抱き着いた。



「怪我はない?

 本当に大丈夫?」



この場で戦えたのは、エンデだけ。


その事がわかっているだけに、

ルーシアは、エンデの体中を隈なく調べて、怪我が無いかを確認している。


そんな姿が、エンデは、嬉しく思えた。


「えと・・・・・大丈夫だよ・・・・母・・・様・・・・・」


その言葉を聞き、思わず、顔を上げるルーシア。


「今、なんて・・・・・」


「・・・・・母様」


恥ずかしくなり、顔を逸らすエンデ。


その反応に、嬉しくなったルーシアは、エンデを強く抱きしめた。



「ふがっ!」



顔が胸に埋まり、苦しくなったエンデが、ジタバタと両手を動かすが

ルーシアは、エンデの苦しさに気が付かない。


エンデは、必死に、両手を前に伸ばす。


『むにゅ』


柔らかい感触が、エンデの掌から伝わる。


その光景を見ていたのか、何処からともなく聞こえてくる声。


「あんた、何処触っているのよ!」


エンデの後ろに回り込み、ルーシアから引き離しにかかるエヴリン。


「離れなさいよ!」


文句を言いながら、引きはがすエヴリンの姿を

エンデを抱きしめたまま、笑顔で見ているルーシア。


そんなやり取りをしている最中も、

マリオンは、部下に命令をし、捕えた者達を、

檻の中へと放り込んでいく。


暫くして、全ての作業を終えたマリオンが声を掛ける。


「そろそろ帰るぞ」


「はい」


全員が馬車に乗り込むと、屋敷に向かって走り出した。







屋敷戻ったヴァイス家一行。


エンデが部屋で寛いでいると、突然、扉が叩かれた。


入ってきたのは、ルーシアとメイド達。


そのメイドの手には、男性用の貴族服がある。


グッと顔を近づけるルーシア。


「私の事、『母様』って呼んでくれたわよね・・・・・」


その目には、有無を言わせぬ圧力を感じる。


思わず、『はい』と答えると

ルーシアの背後で待機していた

3人のメイドが、エンデを取り囲む。


メイド達は、エンデの逃げ道を塞ぎ、

ルーシアの号令に従い、エンデの服を脱がしにかかった。


「えっ!

 ちょっ!」



慌てるエンデを他所に、メイド達は、手慣れた手つきで服を脱がし、

持って来ていた服に着替えさせる。


「奥様、如何ですか?」


貴族服に着替えたエンデを、上から下まで確認するルーシア。


確認を終えたルーシアの頬が緩んでいる。


「うん、とても似合う。


 私の見立ては、間違っていなかったわ」


両手を合わせて、喜ぶルーシアが、メイドの1人に声を掛けた。


「【エリアル】、来なさい」


「はい、奥様」


ルーシアに呼ばれたメイドのエリアルが、エンデの前に立つ。


「エンデちゃん、今日から、この子が貴方専属のメイドよ。


 仲良くしてあげてね。


 あと、困ったことがあったら、何でも聞いてね」




それだけ伝えると、他のメイド達を引き連れ、

ルーシアは部屋を出て行った。



残されたエンデとエリアル。


「坊ちゃま、今日から宜しくおねがい致します」


頭を下げるエリアル。


「あの・・・・・『坊ちゃま』は、止めてくれないかな?」


「では、何とお呼びすれば?」


「エンデでいいよ」



エリアルは、首を横に振る。


「それは出来ません。


 お仕えする方を、呼び捨てになんて・・・・・

 それは、絶対に無理です」


「なら、任せるよ、でも、『坊ちゃま』は、止めてね」


「では、エンデ様と呼ばせていただきます」


「あ、うん、それならいいよ」


この日から、専属のメイド、

エリアルを付けられることになった。


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