第92話 王都騒乱 魔法士団長②

謁見の間に現れたエンデの姿に、驚きを隠せない。


「子供なの・・・・・?」


「でも、このオーラ・・・・・」


精霊たちの判断は正しい。


纏うオーラと背中の翼を見れば、只者でない事はわかる。


「油断しちゃ、ダメだからね」


「・・・・・わかってる」


武器を構えるホルストと精霊たち。


ホルスト達に、緊張感が漂う中、

エンデが口を開く。


「君たちは、この城の人なの?」


「私は、この国の守護者。


 この子たちは、私に力を貸してくれている精霊」


「そうなんだ。


 じゃあ、敵だね」


エンデのオーラの中に、殺意が加わった。


隠すことの無い本気の力。


謁見の間を、破壊するかのようなオーラを放ち、ホルストと向かい合う。


そのオーラを間近で感じ、四体の精霊は縮み上がる。


「やっぱり、無理だよ」


「そうかもしれないけど、もう、遅いよ。


 行くよ!」


「・・・・・わかったよ」


弱気になっている土の精霊は、炎の精霊に促され、エンデに攻撃を仕掛けた。


『かの者を、打ち砕け、ストーンバレット!』


扉と同時に破壊された石柱の破片から

無数の石が浮かび上がると、エンデ目掛けて飛んで行く。


ほぼ、真後ろからの攻撃だったが、

エンデが振り向くこともせず、わかっているかのように

翼を広げて防いだ。


「嘘ぉぉぉぉぉぉぉ!!!

 あいつ、一度も、見なかったよね、ねぇ、ねぇ!」


「五月蠅いな!

 そんな事、見ていたから、わかっているよ」


「なら、どうするんだよ!」


「そんなの決まっているよ。


 こうするのさ!」


炎の精霊と風の精霊の合わせ魔法が放たれた。


だが、その攻撃も、エンデが、伸ばした左手から現れた

黒い塊に飲み込まれて消滅する。


「え・・・・・」


「もういいかな?

 先に手を出したのは、そっちだから、今度は、こっちの番」


いつものセリフを口にしたエンデ。


その途端、伸ばした左手から、

黒い霧が現れ、謁見の間を覆い始めた。


「嘘・・・・・何これ?」


ホルストの疑問に答えたのは、水の精霊。


「『領域』・・・・・ごめん、これ以上は・・・言えないんだ」


この地に住まう精霊には、『禁則事項』が存在する。


それは、この地上の精霊達が、天界や、魔界、精霊界の事を

なんでも、勝手に話さないようにする為のものなのだが

エンデの黒い霧は、それにあたってしまうのだ。



その為、ホルストに、詳しく説明することが出来ない。


万が一、それ以上の事を口にした場合、

精霊は消滅してしまう。


その為、水の精霊も『領域』だと口にすることが精一杯だった。



エンデが戦いのときに、よく使っている黒い霧。


エンデは、『召喚しやすい』からとか、『目を暗ます為』とかの理由で使っているが

本来は、全く違うもの。


この黒い霧は、確かに、結界の役割も果たしているが

本当は、この場所を、魔界へと作り変えてしまう恐ろしいものなのだ。


精霊達は、そのことを知っている為、

『悪魔の領域』と口にすることが出来ず、

敢えて、『領域』とだけ、ホルストに伝えたのだが、

彼女は、理解していない。



ただでさえ、勝ち目の無かった戦いが、

絶望するほど不利な状態に持ち込まれ、

精霊達は、絶望の空気に包まれつつあった。


「もう、無理だよ・・・・・」


「・・・・・ぼくも、そう思う」


「このままだと、ホルストも危険だよ。


 間違いなく殺されるよ」


その言葉に、やる気になっていた炎の精霊にも、『退却』の文字が頭を過る。


精霊たちが退却を考える中、

肝心のホルストは、やはり、理解していないのか

未だ、戦う気でいた。


「みんなは逃げて、後は私が・・・・・」


ホルストは剣に魔力を注ぎ、エンデに向かって投げる。


『光よ、我が願いに応えよ・・・・・』


剣は光を放ち、闇を切り裂く。


そして、エンデの姿を捉えると、

心臓目掛けて、一直線に飛ぶ。


「この一撃で、貴様を葬る!」


その言葉通り、

会心の一撃とも思えた攻撃だったが、

エンデの差し出した右手により、簡単に受け止められてしまった。


「!!!」


これには、エンデを『悪魔』と認識していた精霊達も、驚きを隠せない。


『光の剣を受け止めた』という、あり得ない光景に、炎の精霊が叫ぶ。


「なんで、光を・・・・・あり得ない!

 闇が光を・・・・・・」


悪魔にとって、光の剣は、致命傷を与えられなくても、猛毒だ。


それを、易々と掴んでみせたエンデ。


未だ、驚いている精霊達だったが

炎の精霊が、あることに気付いた。


一番下の翼の色が純白だったのだ。



「どういう事・・・・・見たことないし、

 聞いたことも無いよ・・・・こんなの・・」


驚いている炎の精霊だったが

突然、『ぎゃぁぁぁぁ』という叫び声が、耳に届く。


声の聞こえた後ろを振り返ると、

黒い矢に貫かれた水の精霊の姿があった。


「水の精霊・・・・・」


「ごめん・・・・・・油断したみたい・・・・・」


寂し気に呟いた水の精霊は、淡い水色の光と共に消滅した。



「やっぱり、無理なんだよ!

 僕たちの敵う相手じゃないよ!」


土の精霊の言葉に、返す言葉が無い。


話をしている間も、黒い矢は、容赦なく降り注ぐ。


その矢は、風の精霊にも突き刺さる。


「ごめん、先に行くよ・・・・・」


消滅する風の精霊。


最後の言葉を聞いた炎の精霊は、矢を避けながらも、

撤退を選ばず、攻撃を仕掛けたことに

後悔し始めていた。


「クソックソッ!

 なんで・・・なんで・・・

 やっぱり・・・・・僕が、わるかったのかなぁ・・・・」


矢は掠るだけでも、精霊の力を奪う。


生き残っている精霊たちも、徐々に、危険な状態へと陥っている。


ホルストも、2体の精霊が消滅したことで

精霊達の忠告を、無視したことを、後悔し始めていた。


──これは、私の判断のせいなのね・・・・・・・


この国を守る為であれば、全てを捨ててきた。


たとえ、それが、味方であっても・・・・・・


しかし、長年連れ添っていた精霊を目の前で失った事で、

殺していた感情が蘇る。


消えた水と風の精霊。


目の前で、消えかかっている炎と土の精霊。


そんな状態の中、わざと狙いを外されているのか、

ホルストだけは無傷。


このことに、苛立ちを覚える。


「どうして、どうして私を狙わない!」


ホルストは、叫んだ。


だが、エンデは、表情1つ変えずに

答える。


「邪魔な精霊を、先に始末しているだけだよ」


「私だけなら、何時でも倒せるという事なのか!?」


「うん、そういうこと」


あっさりと答えたエンデ。


その言葉と態度に、ホルストは、怒りを露にする。


「・・・・貴様は、絶対殺す!」


エンデを睨みつけ、再び呪文を唱える。


『我が願いに応え、かの者に氷の刃を・・・・・』


『アイスカッター』


エンデに向かって飛ぶ『アイスカッター』だが、

想像以上に力が弱くなっており、

エンデを傷つける事も出来ず、簡単に弾き飛ばされた。


「どうして・・・・・・・

 私の力は、こんなものでは無い筈なのに・・・」


愕然とするホルストに、エンデが答える。


「精霊が消えたからだよ」


「え・・・・・」


「強力な魔法は、精霊の力を借りて発動していたんだよ、

 だから、精霊を先に倒したんだ」


ホルストと精霊たちは一心同体。


その為、片割れと言える精霊が消えたことで、強力な魔法が使えなくなったのだ。


「そんな・・・・・」


掌を見つめ、愕然とするホルストに、声が聞こえてくる。


「大丈夫、炎と土の魔法は使えるから!」


叫んだのは、炎の精霊。


黒い矢に、傷つけられながらも

ホルストに、笑顔をむけた。


炎の精霊は、最後まで、

ホルストに付き合う覚悟を決め、笑みを見せたのだ。


その決心は、ホルストにも、伝わった。


見つめていた拳を握りしめた。


「ありがと・・・・・」


独り言のように呟き、エンデを睨みつける。


「・・・・・・絶対負けない」


再び呪文を唱えるホルスト。


使うのは、『炎の魔法』


炎の精霊の力を借りて、強力な魔法放つ。


『エクスプロージョン』


黒い霧ごと、エンデを吹き飛ばす大爆発の呪文。


発動した魔法は、確実に、エンデを捉えている。


そして・・・・・・見事に大爆発を起こした。


周囲の建物を巻き込み、崩壊した謁見の間。


黒い霧も消え、今では、風通しの良い広場と化している。


「勝ったの・・・・?」


そう呟いたホルストは、先程まで、エンデのいた場所に

目を向けるが、そこにエンデの姿は無かった。


粉々になったとも思ったが、

頭の中の警笛が鳴りやまない。


「どこに行ったの・・・・・?」


砂煙に邪魔をされながらも、

周囲を窺うが、エンデの姿が見えない。


だが、視線を上に移すと

そこには、翼を繭のように丸めて、浮かんでいるエンデの姿があった。


攻撃が止んだことを理解し

翼を広げるエンデ。


表情には、余裕が伺える。


「危なかったよ」


言葉とは裏腹に、エンデには傷1つない。


「なんで・・・・・・」


渾身の攻撃。


確実に当たった筈、それなのに無傷。


愕然として、その場に立ち尽くすホルストの耳に、土の精霊の声が届く。


「まだだよ、諦めないで!」


覚悟を決めた土の精霊が攻撃を仕掛ける。


『アースバインド』


宙に浮かぶエンデに向かって、『砂の鎖』が床から現れ、

エンデを捕えにかかる。


隙をついた攻撃に、土の精霊は、笑みを浮かべた。


だが、その笑顔も一瞬で消えた。


捕まえたと思った瞬間、

エンデの姿がその場から消え、土の精霊の背後に現れたのだ。


「残念」


エンデは、土の精霊を捕えた。


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