第78話ゴンドリア帝国へ 現れしもの

翌朝、昨日同様、崖の上から砦を見ているエンデ。


昨日、ここに到着したときに、

野宿をすることを決めていたので、

食事を摂った後、早めに就寝し、体を休めることができた。


疲れを癒すことのできたエンデが、崖の上から

砦を見下ろしていると、背後から、エブリンが、近寄る。


「おはよう・・・」


「うん、おはよう」


いつも通り、朝の挨拶を交わした2人だったが、

その後の会話が続かず、しばしの沈黙が訪れた。


少し肌寒い風を浴び、深呼吸をするエンデに、

エブリンが問いかける。


「何か手はあるの?」


「うん、実は、昨日、夢をみてね・・・・

 それで、教えてもらったことがあるんだ」


『教えてもらった』と告げるエンデに

一瞬、戸惑いをみせたエブリンだったが、

エンデのことを、全肯定しているお姉ちゃんなので

笑顔を見せて答える。


「それなら、安心ね」


「うん、任せて!」



2人は、会話を終えると、馬に変化していたダバンに跨り

砦に向かって、走り出した。


そして、砦の入り口となる門が見えてくると

エンデは、ダバンに乗ったままの状態で左手を前に出す。


『我に従いし、闇の眷属たちよ

 贄となる者の力を糧にし、安らぎの園にて、顕現せよ』


呪文を終えると、

左手から、黒い塊が放たれた。


その塊は、バスケットボール程度の大きさだったが

門に衝突すると、その場に留まり、周りの物を飲み込み始めた。


『うわぁぁぁぁぁ!!!』


門を守っていた兵士たちが、叫び声を上げながら、

成す統べなく、黒い塊に飲み込まれ始めると

黒い塊は、それに比例して、大きさを増す。


黒い塊が飲み込むのは、兵士だけに留まらず、

その場にある全てを飲み込む。


音を立て、崩壊して行く砦。


轟音が響き渡ると、何処からか、大勢の兵士が姿を見せるが

その者達も、例外なく、目の前の黒い塊に次々と飲み込まれた。


この状況に、副団長の【ヘルトマン】が声を上げる。


「迂闊に近寄るな!


 距離を保て!」



ヘルトマンの指示のおかげで、

その後は、吸い込まれる兵士がいなくなったが

この黒い塊は、吸い込むだけの代物しろものではない。


十分に糧となるものを吸い込んだ黒い塊は、

その重さから、ゆっくりと地面に落ちて破裂すると

今度は、黒い霧のようなものに変化し

砦全体を包み込み始めた。


「ま、前が見えない!」


視界を奪われ、慌て始める兵士達。


「隊列を崩すな!」


このような状況になっても、ヘルトマンは冷静に声を上げて、

隊列の維持に全力を注ぐが、暗闇に包まれた兵士たちの動きは鈍い。


そんな中、突然、隊列の真ん中あたりにいた兵士から、

悲鳴ともとれる叫び声が上がる。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


殺戮は、この瞬間から始まった。


「やめろ!

 その手を、離せ!!!」


兵士達は、前が見えない為、何が起きたのか理解できない。


だが、近くにいた筈の仲間の気配がしなくなったことは

理解できた。


それでも、必死に声をかける。


「おい!

 返事をしろ!

 何があったんだ!」


だが、返事が来る事はなかった。


それもその筈。


叫び声を上げた男は、もうここにはない。


兵士達の間で、広がり始めた恐怖。


その恐怖に、兵士達が侵され始めると

この瞬間を、待っていたかのように、

今度は、別の所から兵士の叫び声が響いた。


「だ、誰か、助けて!

 助けてくれ!」


この叫び声が、開始の合図になったかのように

助けを求める叫び声が、増え始める。


完全に、恐怖に支配されてしまった兵士達。


既に、隊列の事など、考える余裕すらない。


彼らは、この場から逃げることだけを考えて

無我夢中で、走り回っている。


すると、何かに衝突した。


「く、来るな!」


視界がはっきりしていない為、全てが敵に思える。


「来るなと言っただろ!」


『うわぁぁぁぁぁぁ』


パニックに陥り、剣を振りまわす。


『ぐはぁ』


振り回した剣から、何かを斬った感触が伝わる。


「やったのか?・・・・・」


安堵する兵士。


だが、斬り殺したのは、仲間の兵士だった。


しかし、黒い霧のせいで、そんな事はわからない。



兵士は、敵に当たったと思い込み、

その後も、剣を振りまわしながら進む。


そんな状況が、至る所で起き、

同士討ちが始まったが、これは、産物に過ぎない。


主といえる者は、別にいるのだ。


その者の力により、

黒い塊に飲み込まれた兵士が、今度は死霊となって

地面から手を伸ばし、次々に仲間を引きずり込み始めた。




そんな事になっていると、知る由もないダバンとエブリンは

エンデと一緒に砦の正面で待機している。


「エンデ、この中、入っちゃダメなの?」


「うん、とっても危険なんだ」


エンデの言う事は間違いではない。


エンデも、初めて使った術の為、全てを把握しているわけではない。


死霊たちは、生きている者を喰らう。


それは、エブリンとダバンも例外ではないと考え、

中に入ることはせず、砦の入り口で待機しているのだ。


「もう少し待っていてよ」


エンデの予想では、しばらくすれば、

黒い霧は、晴れると思っていた・・・・・・


だが、いつまで経っても、晴れる様子もない。


術を使ったエンデも、頭の中に『?』を浮かべて

様子を伺っている。


「まだなのかなぁ・・・・・」


そんなことを思いながら、呑気に眺めていると、

霧の中から『ズルズル』と何かを引きずるような音が聞こえてきた。



今までに感じたことの無い気配。


人族とも獣人族とも思えない。


「2人共、ここにいて入ってきたら、駄目だよ」


エンデは、エブリンとダバンにそう伝えると、

1人で黒い霧の中に飛び込んだ。




黒い霧の中に入ると、『ピチャピチャ』と

水溜まりを歩いているような音がする。


足元を確かめるエンデ。


「どうして水が、こんなところに・・・・・・」


そんな疑問を持ちながらも、エンデは進む。


暗闇だろうと黒い霧の中だろうと、エンデにはしっかりと見えている。


だからこそ、違和感が拭えない。


その理由は、食い千切られた兵士の残骸があること。


自分の足元から、遠くへと視線を向けると、

時折、そのようなものが見受けられる。


死霊なら、全てを飲み込む筈。


──これは、どういうことかなぁ・・・・・


そんなことを考えながら先に進んでいくと、

蠢く何かを発見した。


「そこで何をしているの?」


エンデの問いに、蠢く何かは、そのままの姿勢で、振り返る。


「人・・・・・亜人?

 いや、変わった匂いがしますね」


蠢くものの正体は、立派な角を生やし、

豹の顔をした悪魔【エリゴ】だった。


エリゴの横には、食い散らかされた兵士の死体がある。


「私は今、食事中でしてね、邪魔をされたくはないのですが・・・・・」


エリゴの口元と両手は、血肉で真っ赤に染まっていた。


「人間を食べているの?」


「ええ、勿論です。


 最近では、中々お目にかかる事の出来なかった食材ですからね。


 無駄なく頂こうと思っておりますよ・・・・フフフ」


含んだような笑いをするエリゴだったが、急に目つきが変わった。


「そういえば、あなたの匂い、何処かで嗅いだような・・・・・」


エリゴは、バルバドの片腕ともいわれた悪魔なのだ。


主であったバルバドは、例の爆発に飲み込まれ命を落としたが、

エリゴは、生き残っていた。


また、エリゴは、その立場から、

エンデの父親であるベーゼと面識があったため

エンデの発する独特の匂いの中に、ベーゼを感じ取っていた。


だが同時に、違う何かも感じ取る。


「ですが、私の知っている者とは、少し違うようですね・・・・・・」


エンデを探るように見つめた後、

手に持っていた兵士の腕を、地面に置くと

エリゴは、ゆっくりと立ち上がり、エンデと向かい合う。


「まぁ、どうでもいい事です。


 貴方はここで死ぬのですから。


 私はその後で、ゆっくりと食事をいたしましょう」


そう告げると同時に、エリゴの姿が消えた。


いつもなら、楽に相手を追うことが出来るエンデだが、

相手は、バルバドの片腕といわれた悪魔。


魔王の息子と言えど、まだ少年のエンデには、荷が重い。


一瞬、動きを見失っただけで、あっさりと背後を取られてしまった。


「えっ!」


これで終わりです。


エリゴは大きく口を開けて、エンデに襲い掛かる。



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