第185話 愛称はアリー

 夕食は婦人の娘についていたメイドさんが用意してくれた。


「どこで作ってんだ?」


 つーか、メイドが増えてね? 壁に五人、立ってんだけど。いや、何人かどこでも部屋と宿屋の部屋を出入りしてんだけど?


「宿屋の厨房をお借りしております」


「よく借りられたな?」


「はい。宿屋をゼルフィング家で貸切りました」


 漫画の中に出てくる金持ちみてーなことやってんな。


「いや、資産だけで言うならそこら辺の国より持ってますよね、べー様は」


 ま、まあ、金山とかいくつか持ってますしね。確かにそこら辺の国よりはあるか。


「オレはパンとスープだけでも幸せを感じる一般ピーポーなんだがな」


「ピーポーがなんなのかわからないけど、あなたはもはや帝国から重要人物として認定されてるから」


「危険人物とも見られてるわね」


「館長は、特異点と言ってましたね」


「……ど、同志……」


 サダコの言葉はレイコさんに向けられたものと思っておこう。うん。


「まあ、なんと思われようがオレはオレの主義主張を変えるつもりはねーがな」


 オレは贅沢するより自由気ままに、悠々自適に、おもしろおかしく生きることを重要視している。そのためなら貧乏飯でも喜んで受け入れるぜ。


「まあ、あまりよそ様に迷惑かけんなよ」


「まさに、お前が言うな、ですね」


 あー夕食が美味しいでござる。旨い飯、サイコー!


「ってか、娘は──」


「アリエスです」


 なんか婦人に似た迫力で言葉をさえぎられてしまった。


「あ、うん。アリエスね。知ってる知ってる」


「そうですか。それは失礼しました。今度からはアリーと呼んでください。親しい人たちからはそう呼ばれたいので」


「アリーね。イイ愛称だ」


 うんうん。そうかそうか。レイコさん。愛称はアリーだよ。覚えておくんだからね。オレとの約束だよ。


「……自分で覚えてくださいよ……」


 イイかい、レイコさん。努力は報われるなんて幻想だよ。ダメなときはダメと諦めるのも選択の一つさ。


「友達とは会えませんでした」


「簡単に会えない地位にいるのか?」


 バリアルの街で簡単に会えないヤツってなによ?


「はい。母に力を貸してくださった方々なので」


 なるほど。婦人はよほど嫌われていたようだ。


「できる女は敵も多いな」


「それでも母に味方してくださった方々で、わたしの大切な友達です」


 ふ~ん。婦人の血、いや、性格を濃く引き継いでいること。


「なら、バリアルの街を、いや、伯爵になって継いでみるか?」


 確か娘──じゃなくて、アリーの父親は前伯爵の娘で、現伯爵はその弟だったはず。つまり、血筋的には伯爵を継ぐ資格はあるはずだ。いや、よく知らんけど。


「伯爵の息子はアレだけだろう? 継がせたらバリアルの街は酷いことになる。そうなると買い出しに来ているオレも困る。上にはまともなヤツに仕切ってもらいてーよ」


 それに、バリアル伯爵領の隣はシャンリアル伯爵領。隣にバカがいられたらたまったもんじゃねーよ。


「……わ、わたしが、ですか……?」


「やるやらねーはアリーが決めたらイイ。もし、やると言うならオレが力を貸すぜ」


「村人のセリフではないわね」


「村人だろうが、友達を得ることはできるし金を稼ぐことだってできるさ」


 友達にも立場やしがらみはあるだろうが、それを上回る利を与えたら立場もしがらみも超越する。背後関係を理解してやれば味方になってくれるものさ。


「わ、わたしにできるでしょうか?」


「今重要なことはできるできねーかじゃねー。やるかやらないかだ」


 何事もやる気だ。それがなければ話は始まらねーんだよ。


 一分くらい俯いていたが、顔を上げたときは決意に満ちていた。


 ……本当に婦人によく似てるぜ……。


「やります。次の伯爵になります!」


「よし。なら、オレが、と言いたいところだが、おんぶに抱っこではアリーの矜持が許さんだろうから、道だけは用意してやる。門は自力で開け放て」


 この性格なら操り人形になるのは無理だろう。婦人と同じで自分の力でやらなければ気が収まらないだろうよ。


「それは、どう言うことでしょうか?」


「コーリンに言って夜会か舞踏会に乗り込め。顔と名前をアーベリアン王国に知らしめろ。ザニーノには宰相に会えるよう取り計らってもらえ。オレから手紙を預かってきたと言ってな」


 こちらはアーベリアン王国の姫であり勇者ちゃんを預かっている。会う理由はあるさ。


「必要なときにはオレの名を使え。金を惜しむな。伝手を作れ。名声と実績を作れ。大義名分さえあればお家乗っ取りは簡単だからな」


「いや、簡単と言えるのベー様だけですから」


 できるための下地を作るのに苦労はしたけどな!


「アリーがバリアルの伯爵になることはオレの利ともなるんだからな。つまり、オレの力はアリーの力だ。恥じる必要はねー」


 なんたって、アリーの力はオレの力となるんだからな。


「再度言うが、門を開けるのはアリーだ。己の才覚でこじ開けろ」


 アリーならそれほど難しいことはないだろうよ。婦人の娘だしな。


「はい。どんな門でもこじ開けてバリアルの伯爵となってみます」


 アリーの決意に、オレは満足そうに頷いてやった。


    ◆◆◆◆


 アリーが伯爵を目指すのは決定として、友達に会いたいと言う願いをどうするかだ。


 簡単に考えたら、友達やらを拉致ってきたら早い話なんだが、それではアリーの立つ瀬がねーだろう。


 会うんなら正々堂々と。大義名分の下、友達やらと会わせるのがベストだろうな。


 だが、そんな都合のイイことあるか? アリーの名を出さずにバリアル伯爵の目を誤魔化し、友達をアリーに会わせる名目が?


 夕食に手を伸ばすことすら忘れて考える。


「……祭りか……」


 自主的に人を動かすのにもっと楽な方法は祭りだろう。だが、冬に祭りなんて違和感でしかねー。つーか、お題目をなにすればイイ? バリアル伯爵が許可を出すか?


 問題がありすぎて祭りはダメ──でもねーか? 祭りなのはイイと思うんだよ。できねーと思ってるのは視点がワリーからだ。


 祭り。別になにかを祝ったり、祈ったりする必要はねー。企業が考えて創り出したイベントがあるじゃねーか。


 そうこれは商売。バリアルの街でゼルフィング商会の名を知らしめるイベントを作るのだ。


「ちょっと出かけてくるわ」


 席から立ち上がり、壁に転移結界門──ではなく、転移結界をキャンピングトレーラーに繋ぎ、ドアを創り出した。


 ……転移バッチの出番がなくなりそうだな……。


 ドアを潜ってキャンピングトレーラーに出る。


「これも片付けんとな」


「いい部屋ですね」


 外に出ようとしたらアリーや魔女さんたちまでついて来た。


「別について来なくてイイぞ。終わったらそっちに戻るんだから」


「そう言って忽然と消えるのがべー様だとサリバリやトアラから聞いています」


 そうだった! 花月館には昔を知ってる幼なじみがいたんだった! クソ! あの二人がオレに気を使うなんてあり得ねー。絶対、おもしろおかしくあることばかりしゃべっているはずだ。


「クソ。あのおしゃべりスズメどもめ」


「……怒るのは筋違いかと思いますどね……」


 認めても否定しても不利になるのはオレ。なので我が身を守るために沈黙させていただきます。


 キャンピングトレーラーを出て支店の建物に入る。


「おや、べー様。どうかなさいましたか?」


 もう暗くなっているのに、建物の中には人がいて働いていた。うち、ブラックなのか?


「夜遅くまで仕事か?」


「いえ、べー様がいらっしゃってるので対応するために起きておりました。ちなみにフィアラ様の指示です」


「…………」


「さすがフィアラさん。先見の明がありますね」


「手玉に取られてるわね、あなた」


「コリアント様、表現が厳しすぎますよ」 


「こいつにはそのくらい言ってやらないとわからないわよ」


 なんだろう、この四面楚歌感は? オレ、誰かのために動いているのに……。


「完全に私利私欲で動いてますよね、ベー様は」


 ケッ。そうだよ。すべてはオレのため。オレの私利私欲ですぅ~! なにか文句ありますか~?


「まあ、わたしどもとしては仕事がいただけると幸いです。今は運ぶ野菜もありませんし、他のところに比べると活躍の機会がありませんからな」


 出世とか考えているとはやる気があること。なら、そんなやる気満々な者に仕事を与えるのがトップの役目である。


「じゃあ、部屋で話そうか」


「はい。こちらへ」


 と、会議室みたいなところに通された。


「よくこんな短期間に造れたな?」


 あれから数ヶ月で部屋数が多い建物を造れたものだ。


「バリアルの大工職人を総動員して集めて造りました。バリアルにお金が落ちるように」


 なるほど。受け入れるためにやったわけか。新規のところで商売しようとしたら金をばら蒔かないとならないからな。


「それで、我々はなにをしたらよいので?」


「ゼルフィング商会の品を紹介をする市場をやって、銀貨一枚以上買ってくれた者に飛空船で遊覧飛行させてもらいたい」


 前世でイベントの目玉でヘリコプターに乗せるものがあった。あれをパクらせてもらおう。


「街の重要人物には招待状を出して、飛空船に優先的に乗らせてもイイ。そこは支店長さんの手腕に任せる。あと、アリーの友人を呼べるようにして欲しい」


「……それでは、損をするのはゼルフィング商会では?」


「未来の伯爵様を迎える下準備。ここで損しても何十年か先に回収したらイイさ」


 アリーを見ながら言う。


 これで理解できない支店長さんではあるまい。


「どうだい?」


 アリーから支店長さんに目を向けた。


「それだと、一月か二月はかかりますね」


「アリーは待てるか?」


 主目的はアリーの願いを叶えること。アリーが待てないと言うなら他の方法を考えるさ。


「はい。必要ならいくらでも」


「だ、そうだ。あとは支店長さん次第だ」


 考える振りをするが、腹の中では決まっているだろう。これは出世に繋がることなんだからな。


「……わかりました。やりましょう」


「では、責任者は支店長さんだ。支店長さん主導で動いてくれ。婦人にはオレから言っておくからよ」


「はい。お願いします」


 これにてオレのミッション終了。ジャックのおっちゃんに挨拶したら村へ帰るとするか。


「結局、丸投げなんですね」


 ハイ、そうですが、それがなにか?

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