第55話 メンヘラ
「そうだ。現実逃避しよう!」
炬燵に戻り、海水混じりのコーヒーを飲む。あーしょっぺー。
「……清々しいまでに言い切ったわね……」
ハイ、言い切りましたがなにか? オレは雄大な海を見ながらしょっぺーコーヒーを飲みたいんだよ。
「ベー様。そんな海水なんて飲んだら体を壊しますよ」
ミタさんに、しょっぺーコーヒーを取り上げられ、なぜか二リットルのペットボトルを突っ込まれ、強制的に水を飲まされた。
ゴボゴボゴボゴボ──って死ぬわ! 溺れさす気か!
「失礼します。ふんっ!」
と、五トンのものを持っても平気なお腹に衝撃が。
胃の中の水がオエー。霞む視界に虹が見えた。
「汚いわね」
「ベー様。現実はしっかり見てください」
そんな正論いらねーんだよ! つーか、乱暴な君に言われたくないよ。オレ、君の雇い主だよね? あと、そこのメルヘン、水をかけないで!
クソ! オレの扱い雑すぎ! もうちょっと優しくして!
「ほら、ベー様。現実ですよ」
パイルダーオンしてきたメルヘンに、強制的に現実へと向けられた。
なんでそんなに現実に引き戻すのよ? このまま逃げ切ったらイイじゃん。そう言う運命だったと思えばイイじゃん。オレの物語になんら支障はないんだからさ……。
「ほら、ちゃんと見る!」
向けられた視線の先にはつぶらな瞳を持つ、ウーパールーパーっぽいなにかがいた。
「世の中には不思議な生き物がいるものね」
お前が言うなと、全身全霊をかけて突っ込みたいが、アレを見ながら突っ込んでも冷笑されるだけ。マジで不思議な生き物なんだもん……。
はぁ~。これがモンスター映画ならハラハラドキドキの末に、やっとモンスターを倒し、エンディングでさらなるモンスターが! って展開だろうに、ここはメルヘンあり、SFあり、お笑いありのファンタジー。
いや、お笑いってなんだよ! オレの人生、いつも真剣勝負。ハラハラドキドキ──はモンスター映画だな。じゃなくて! クソ! 笑わずにはいられない人生だよ、こん畜生かっ!
「……ベー様……」
バチバチとミタさんが握るものが青白く光る。
「見てるよ! 心の整理をしてんだよ!」
あなた、本当にオレのメイドなの!? あの出会った頃のあなたに会いたいです!
ぢぐじょう! なんでオレなんだよ。他が対処すりゃイイじゃねーか。
「ほら、早くしなさいよ。泣きそうな顔してるよ」
泣きそうなのはこっちだわ、クソったれが。
ため息一つ吐き、こちらを、いや、なぜかオレを見詰めるウーパールーパーっぽいものを見る。
……そう言やこの似たような状況、前にもあったな……。
状況は似ていても相手が違うだけで、こうも心の重い出会いになるもんなんだな。モコモコガールに会いてーよ。
いや、もうモコモコじゃなくなったが、あっちのほうが目にも心にも優しい仕様になっている。今度、変獣してもらって荒んだ心を癒してもらおうっと。
「よくよく見ると、愛嬌のある顔よね」
よくよく見えてたのは二〇〇メートル先から。画面越しだったらオレもそう思うよ。だが、ウーパールーパーっぽいものとの距離は三〇メートル。失笑しか出てこねーよ。
岩の陰に隠れるようにこちらを見るウーパールーパーっぽい生き物。水槽の中でやってたら写真に収めたいところだが、現実では映像に残して千年後に残したいよ。きっと貴重な資料となることだろうよ。
……千年後に人類がいたら、だけどよ……。
「よし、いけ!」
と、ほへーと眺めているプリッつあんをつかみ、ウーパールーパーっぽい生き物に投げ放った──が、ブーメランも真っ青な感じで戻ってきて、額にドロップキックをかましやがった。
キュルキュルと、ウーパールーパーっぽい生き物の腹が鳴いた。
鳴るんだ、とか思わず感心してしまう。
「お腹空いてるみたいね。なに食べるのかしら?」
お前らを食ってやるー! と襲ってきてくれたら容赦なく天に送ってやるところだが、全力で人畜無害を出されたら殺すこともできない。やったら悪魔だよ。
「……魚、食べたいでし……」
あらやだ奥さん、ウーパールーパーっぽい生き物がしゃべりましたわよ。ウフフ。
とかパニックになるのはオレだけ。他の方は冷静に、当然のように受け止めてます。アハハ!
「可愛い声ね」
「そうですね」
ウーパールーパーっぽい生き物がしゃべることにはコメントなしですか。まあ、しゃべる生き物、いっぱいいるからね! 今さらだよね! ギャハハハ!
「ベー、魚よ」
持ってねーよ。オレはド○えもんじゃねーんだからよ。
「わたしが持ってます」
と、なぜか鮎に似た魚を出すミタさん。なぜに川魚なの?
「すみません。わたしの無限鞄は生き物が入らないので」
それはオレの無限鞄もだよ。つーか、理由になってねーよ。いや、どうしても知りたいわけじゃねーけどさ。
魚を受け取り、ウーパールーパーっぽい生き物の口に合うようデカくし、結界皿に乗せて差し出した。
にょるんと触手っぽいものが体から出て魚をつかんで頭から丸噛り。イイ食いっぷりで。
「お代わりでし!」
「ベー、魚よ」
「同じでいいですかね」
誰もウーパールーパーっぽい生き物が『お代わり』と言っても不思議に感じないこの不思議。ミステリーハンターに探してきてもらいてーな。
明鏡止水な心でミタさんが出した魚を受け取り、デカくして結界皿に乗せる。
「美味しい~!」
全長約二〇メートル。ウーパールーパーっぽい生き物じゃなかったら萌えたのに。
あ、確かアリザの妹がいたはず。あの子で心を癒そうっと。
◆◆◆
「お腹いっぱいでし!」
うんうん、それはよかった。食べられるって幸せだもんね。オレも死にそうなくらい腹を空かせたときがあるからわかるよ。
「じゃあ、そう言うことで。ミタさん、出発だ」
サラッと指示を出す──が、誰もサラッと流してくれない。おや皆さん、目が蔑んでいるように見えますがどうかしましたか?
「諦めなさいよ」
「そうですよ、ベー様」
なぜ、オレが説得されてんだろう。オレ、なに一つ関係ないよね?
二人からの無言の圧力。そんなものに屈するオレではないが、勝ったからと言ってこの状況が好転するわけではない。ってか、こんなウーパールーパーっぽい生き物を放置してたら中継島に誰もやってこない。
……謎の巨大生物が棲む島とか、誰も寄りつかんわ……。
「え、えーと、お前って名前とか種族名とかあんの?」
ウーパールーパーっぽい生き物に呼びかけるオレ、シュール!
「あたち、シュゼンヴィールのエルスティヴァン」
無駄にカッケー名前が出てきましたー! ん? シュゼンヴィール? え? シュゼンヴィール? どっかで聞いたぞ、シュゼンヴィールって……。
「ベー、どうしたの?」
ちょっと待て。ちょっと待て待てちょっと待て。我にしばしの時間を与えたまえ。
「ベー様?」
お願いだから黙って。今、記憶の底を漁ってるんだからさ。
──シュゼンヴィール。
聞いたことがある。確か、ハルヤール将軍の口から出たはずだ。
人魚に伝わる神話を聞いた中で、シュゼンヴィールと言う名が出た記憶がある。
海を創ったライオスト。命を創り出したハルシート。死を創ったサンリューサス。あと、七つだか八つの神がいたはずだが忘れました。
まあ、死を創ったサンリューサスの配下と言うか、眷属と言うか、ともかくサンリューサスには五つの死を冠した竜がいたわけよ。
長ったらしい名前で記憶の底から出てきてくれないが、シュゼンヴィールだけは浅いところにあった。
なぜか、シュゼンヴィールは餓死を司り、シュゼンヴィールが現れた海を腐らせ、食べるものをなくすと言われている。
それ、餓死か? 腐死じゃね? と思ったのをよく覚えている。いや、今の今まで忘れてたけどさ。
それが本当かウソかはわからない。だが、もし本当なら確実に人魚や魚人は寄りつかない。忌み嫌われた竜として、寝物語にまでなっているそうだからだ。
「シュゼンヴィールってのは、海を腐らすのか?」
「そんなことちない。あたし、海を豊かにしてるだけ。美味しい魚、いっぱい食べたいから」
エス……なんとかの言葉が正しいなら、間違って伝わったってこと。まあ、なくはない話だな。地上にもそんな話、いっぱいあるし。
「ウパ子の仲間はいるのか?」
「あ、あなたの名前ね。このバカ、名前を覚えられないバカだから」
そんなフォローいらないんだよ。あと、名前を覚えないこととバカは違います。じゃあ、なんだと言われたら困るけどよ。
「……あたち、ウパコ……」
嫌ならルー子でも構わないよ。あと、コは子な。
「ウパ子。うん、あたち、ウパ子!」
なにかキャッキャと喜んでます。そこまで嬉しがられると、ウパ子が愛しく見えてきますね。おっ、よく見れば可愛いじゃん。
「気の毒に……」
なぜか可哀想な目でウパ子を見るメルヘンさん。プリッパにしてやろうかしら?
「ウパ子は、ここに住んでるのか? 仲間は?」
ってか、ウパ子って普通の生き物だよね? 変な設定とかないよね?
「ううん。住んでないでし。あたちは隠れてたでし。皆はあの魚に食べられちゃった……」
そして、それを殺したオレたち。いやまあ、オレも含まれていることに不満はあるが、第三者から見たら同じ。関係なくはないので受け入れはしよう。不本意ではあるがよ。
「そうか。いくところがないならうちにくるか? 安全な海があるからゆったり暮らせるぞ。まあ、魚はそんなにいないんで、しばらくは死んだ魚しか出せないがよ」
もちろん、ブルー島の海ね。
「安全なの? あたち、弱いでし。大きくて怖い魚は嫌いなの」
「大丈夫。お前より小さい魚しかいないから」
まあ、その体からしたらプランクトン並みの魚だけどよ。
「あたち、いってもいいの? なにもできないよ」
「構わんよ。なにもできなくても」
今さらニートの一匹や二匹、増えたところで問題ねーよ。あ、バイブラストの戦略ニートの回収、すっかり忘れてら~。
「なら、あたち、いく」
岩にへばりついていたウパ子が降りてきて、海に入った。
「あの姿のまま連れていくの?」
「さすがに無理だから小さくするよ。ミタさん、手頃な水槽買ってきて。ウパ子を入れるからよ」
「畏まりました」
と、一礼し、スマッグを出して誰かに買いにいかせた。
「プリッつあん、ウパ子を小さくして連れてきてくれ。オレではあのツルツルした体に飛び移れないからよ」
ポヨンポヨンして気持ちよさそうだが、あそこに立てる想像がつかない。あれ、絶対滑るよ。
「しょうがないわね」
サンキューです。
顔を出したウパ子の頭に飛んでいき、伸縮能力で小さくする。
自分が抱えるくらいまで小さくし、ヌイグルミのように抱えて戻ってきた。
「違うよ! オレが見たかったのはプリッパだよ! その背に乗ってるところを見たかったんだよ! 空気読めよ!」
これだからリアルメルヘンは使えねーんだよ。もっとオレを楽しませろや!
「ふふ。それはごめんなさい」
ウパ子を炬燵の上に置いたプリッつあんが眩しいほどの笑顔を浮かべ、シャドーボクシングをし始めた。
一分くらいしたと思ったら、突然、キッとオレを睨んだ。
カーン! とオレの頭の中でゴングが鳴る。
「望み通り楽しませてやるわ、ボケー!」
「返り討ちじゃ、アホー!」
なんて和気藹々がありましたとさ。めでたしめでたし。
◆◆◆
ハイ、いつものようにサラリと流して出発進行! ベッタベタなクラーケンを排除していきましょ~。
「いや、クラーケン多いわ! ってか、ここはモンスターの巣窟かよ!」
オレの突っ込みに答える者なし。皆さん、ドンドンパンパン虐殺ですわ~。
うん。コーヒーにしよう。
炬燵に入り、三六〇度クラーケンに囲まれて飲むコーヒーの無味無臭なことよ。あー胃がいてー!
「あれね、美味しいんだよ」
「ぴー」
「びー」
「ふふ。可愛いですね」
炬燵の上でなにやら会話する三匹の竜。和むわ~。
皆は忘れているだろうが、オレのベストの内ポケットにはピータとビーダって言う地竜がいるんだぜ。
あ、それと、オレの背後に憑いてる幽霊のこと、覚えてる? ごっめ~ん! オレ、姿を現すまで完全無欠に忘れてた~。あ、可愛い発言はレイコさんだよ~。
「べーって最近、心が弱くなってない? 前はもっとバカだったのに」
アハハ。三六〇度クラーケンに囲まれて、虐殺している者たちを前にして平然としているメルヘンに言われたくないよね。
「見てたら食べたくなっちゃた」
「ぴー?」
「びー?」
「あれは別腹だよ」
ふふ。なに言ってるかわかんねーけど、和むわ~。
「あ、べー様。クラーケンにも魔石はありますよ」
ヨッシャー! 回収じゃ回収っ! すべて残らず回収じゃー!
あらよっ! こらよっ! どっこいしょー! で、死屍累々なクラーケンを回収。生きてたらゴニョゴニョ(表現規制)。死んだら資源。命のリサイクルを致しましょ~。
「……こうして海は死んでいくのね……」
なにかメルヘンがメンヘラのご様子ですが、そんなふうになるときもあるのでしょう。
さすがにデカさがデカさなので、秘技、結界捌き! で微塵切り。結界に閉じ込めて無限鞄へ。魔石は魔力の指輪に吸い込ませる。
「全部は入らないか」
容量とかあるんだ。まあ、そう使うわけじゃないし、残りは無限鞄へと入れておこう。
「ねぇねぇ、あたち、クラーケン食べたいの」
ウパ子がクラーケンをねだってきた。あ、食いたいとか言ってたね。
野球のボール大の肉塊を出して、四センチくらいのウパ子の前に置いた。
「わーい!」
と、喜びながら肉塊へと食らいついた。
「意外と強靭なアゴしてんだな」
コンニャクすら噛み砕けなさそうなアゴっぽいのによ。
「見た目はこれですけど、シュゼンヴィールは竜ですからね。噛む力は尋常じゃないですよ」
レイコ教授もご存知でしたか。
「ウパ子はクラーケンは怖くないのか?」
デカさは同じだし、クラーケンのほうが捕食者っぽいのだが。
「シュゼンヴィールは昔、暴食竜として恐れられていたんですよ。しかも、魚人や人魚も食べるので、大々的な討伐が行われて滅びの種とされています。ウパ子さんの見た目や態度からは想像できないでしょうが」
確かに想像はできんな。これが竜ってことが。
「でも、シュゼンヴィールは海を豊かにするのも事実で、シュゼンヴィールがいる海は生き物が豊富なんです」
で、最後に食われていれば世話ねーな。
「ウパ子ってメスなの?」
「シュゼンヴィールに雌雄はありませんよ」
「雌雄同体か。まあ、海の生き物には多いってハルヤール将軍が言ってたしな、珍しくないか」
この世界の生き物を理解しようとしたら万年単位でかかりそうだな。
「ぴー!」
「びー!」
なにやらピータとビーダが鳴き出した。お前らはしゃべらんの?
いやまあ、こいつらまでしゃべり出したら収集がつかなくなるので、そのままでいてください。
「ウパ子さんを見ていたらお腹空いたのではないですか?」
そう言えば、最近出てこなかったからエサくれてなかったっけ。それともこっそり出て食ってたのかな?
「腹減ったのか、お前ら?」
「ぴー!」
「びー!」
そうだ、こんにゃろーとばかりに鳴く二匹。なら、島の草木でも食ってもらうか。元のサイズ……はどのくらいだったっけ?
まあ、デカくして食ってもらうか。開拓の手間を省けるし。
「ミタさん。適当なところでクルーザーを島につけてくれや」
「畏まりました」
島には化け物がいないことを願いながら、クルーザーは島へと向かった。
「フリ?」
「違います!」
メンヘラメルヘンは黙らっしゃい。島にはなにもいーまーせーんっ!
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