第183話 ドラッグストア

 昼食が終わり、ちょっと食休みしてからバリアルの街へと出かけることにする。


「ちょっと離れているからゼロワン改でいくか」


 飛空船場は、バリアルの街から北にある森林地帯にある。距離にしたら五キロくらいか? 村人からしたら大した距離じゃねーが、歩くとなると夕方になっちまう。今日中には、ジャックのおっちゃんと会っておきたいぜ。


 魔女さんたちを乗せて出発進行。一〇分もしないで到着した。


 とは言ってもゼロワン改で入ると悪目立ちするので、途中で降りて徒歩で向かった。


 冬に来るのはこれが初めてだが、門は開いているんだ。


「お前か。冬に来るとは珍しいな?」


 なんか門番のおっちゃんに馴れ馴れしく話しかけられた。オレを知ってるのか?


「毎回おれを忘れるよな。おれが当番のときに来るクセに」


 そうだっけ? まったく記憶にねーわ。


「まあ、いい。今日はどうした? 市はやってないぞ?」


「いや、今回は薬所に買い物だよ。材料が切れたんでな」


 門番は怪しい者を発見するのもお仕事。それに従うのはよそ者の義務。訊かれたことには素直に答えるのです。まあ、余計なことは言わないがな。


「この寒いのに軽装だな?」


「あ、オレ、正式名は、ヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。ゼルフィング家の長男です」


 毎回、入るときは名乗っている。が、名前記入の義務はなし。どこのもんで来た目的。門番が認め金を払えば入れてくれるのだ。


「ゼ、ゼルフィングって、ゼルフィング商会の者なのか?」


「身分を証明するものは持ってねーが、確認したいなら支店長に確認取ってもらって構わねーぜ」


 身分証明書がないってのも面倒だよな。まあ、あったらあったで面倒だけどよ。


「で、入れてもらえるかい?」


「ゼルフィング商会関係者は入れるように通達されている。金もいらない。ようこそバリアルへ」


 へー。問題有りのバリアル伯爵領なのに手際がよろしいこと。大老どのの存在が大きいのかな?


「んじゃ、お邪魔させてもらうよ」


 と言うことで門を潜った。


 冬なだけに門前広場は閑散としているな。隊商はなしか。


 バリアルの街も冬はそれほど雪は積もらねー。降っても二、三センチだからまったく来ないってこともなし。何隊かはいると思ったんだがな。


「寂しい街ですね」


「帝都と比べるな。他の国の地方都市なんてこんなもんだよ。バリアルの街は中継都市でもあるからマシなほうだ」


 たとえるなら地方の政令指定都市みたいなもんかな? 人口も他より多いしよ。


「まずは薬所にいく」


 薬所と言うか、ドラッグストアーになってるけどな。


 冬のバリアルの街を眺めながら歩いていると、なにかイイ匂いがしてきた。これは、ブロップを焼いているな。


 栗のようなブロップは秋に生り、冬のオヤツになっているものだ。ボブラ村にもなってるが、ほとんど女たちに独占されてるから数えるほどしか食ったことねーんだよな。


 ……焼いた匂いだけなら毎年嗅いでいるんだけどな……。


「ちょっと買っていくか」


 食えるチャンスが来たのだから食わんともったいねーだろうよ。


 匂いに釣られて向かうと、ブロップを売る屋台があった。


「おねーさん。五つちょうだい」


 ブロップは籠売り。一つ三〇〇グラムくらいかな?


「はい、五つね。ありがとね」


 本当はもっと買いたいところだが、そんな大量にあるものじゃねー。街のもんらに顰蹙は買いたくねーからな、ほどほどにしておこう。


 魔女さんたちにも渡し、熱々のブロップの皮を剥きながらいただいた。


「食べ難いけど、美味しいわね」


「うん。甘くて美味しい」


「まあまあかしらね」


 見習いには好評のようだが、色っぽい魔女さんにはあまりヒットしてないようだ。


 まあ、味の好みなど人それぞれ。不味いんじゃなけりゃ問題ねーさ。


「旨いけど、口の水分を持っていかれるな」


「と言うか、歩きながらだと食べ難いわ」


「歩きながら食べれるようになったら一人前だよ」


 それがシティスタイルだ。


「あとで食べるわ」


「あ、わたしもそうします。これ、夜に食べたいです」


 女は寝る前に食うのが好きな生き物だよな。


 無限鞄から手提げ鞄を出して収納結界を施し、見習い二人に渡した。


「それに入れておけ。その一〇倍は入るようにしといたから」


 魔女に手提げ鞄は似合わないが、街の娘なら手提げ鞄の一つも持ってて当たり前。色っぽい魔女さんには似合わなそうだけど。


 ……どちらかと言えば花街スタイルがよく似合いそうだ……。


「わたしはもういいから二人で食べなさい」


 オレは食いたいからあげないよ。


 シティスタイルで半分くらい食べてたらジャックのおっちゃんがやっているドラッグストアーに着いてしまった。オレも夜に食べようっと。


「ここがそうなの?」


「ああ。オババの二番弟子がやっているところだ」


 そして、バリアルの街で一番の薬所……じゃなくてドラッグストアーだ。


   ◆◆◆◆


「こんちでーす!」


 ドラッグストアーにお邪魔すると、思っていた以上に客がいた。


「混んでますね」


「そうだな。こんなに混むほどじゃなかったんだかな」


 なんなんだ? 客は病気とかケガじゃねーみたいだが?


 なにかと店内を見て回ると、なにかカイナーズホームから仕入れた品らしきものが並んでいた。


「選んではいるようだな」


 この世界でも違和感のないもので、ジャムなんかの食料品はこちらの世界の器に移し換えられている。


「ジャックのおっちゃんか?」


 商売の才能はあったからバリアルの街で店を構えているんだが、店内がおしゃれだし、品の配置や飾りが女っぽい。これは、おっちゃんの娘のラーダかな?


「あら、べーじゃない。来てたのね」


 言ってる側からラーダが現れた。


「おう、久しぶり」


 去年、二度も来たのにまったく会わなかった。二年近く振りだな。


「本当にね。来たなら会いに来なさいよね」


「まあ、噂は聞いてるだろう」


「そりゃ、あれだけ暴れたらね。領主の息子を懲らしめたって有名よ」


 そう言えば、そんなこともありましたね。微かな記憶しかないけど。


「そちらの女性は?」


「オババの知り合いの弟子だ。オババの使いのついでに連れてきたんだよ」


 帝国の魔女と言っても理解できねーだろうならそう言うことにしておく。


「オババ様の知り合い? いたの?」


 ラーダも薬学を学ぶために一三歳のときにボブラ村に修行に来ている。まあ、オレが産まれる前のことなのでよくは知らんけどな。


「若い頃の友達だと。あと、オババに名前があったんだぜ。びっくりだよな」


 なんて言ったかは完全に忘れたがな。


「いや、なんであんたが知らないのよ。村の年寄りはバイオレッタ様って呼んでたでしょうが」


「マジで!?」


 まったく聞いた覚えがないんですけど!




「本当に名前を覚えない子よね。賢いのになんで名前だけ覚えられないのかしらね?」


「ジャックのおっちゃんやラーダの名前は覚えてる」


「じゃあ、わたしの夫の名前は? 息子の名前は? 娘の名前は? 言ってみなさいよ」


「あ、ジャックのおっちゃん、久しぶり~」


 奥から出て来たジャックのおっちゃんへ挨拶へと向かった。


「都合が悪くなると逃げるのも変わらないわ」


 オレは勝てないときは逃げる男。恥とも思わぬ男である。


「お、来たか。今日はどうした? 材料調達か?」


「オババの使いだ。これをくれ」


 リストをジャックのおっちゃんに渡した。


「すまんが、今忙しいから勝手に集めてくれるか? 薬以外が売れて補充が追いつかんのだ」


 完全にドラッグストアーになってんな。薬以外が売れてるなんて。


「オババの知り合いの弟子も通してイイかい?」


 魔女さんたちを指差した。


「……魔女か?」


「わかんのかい?」


「お前は若いから知らんだろうが、おれらが弟子の頃はバイオレッタ様が魔女だったのは周知の事実だったんだよ。先代から薬所を引き継いでからはオババが通称になったがな」


 そう、なんだ。それは知らんかったわ。


「帝国のか?」


「ああ。そこまで知ってんだ」


「オババを訪ねて帝国のヤツが流れて来るからな。お前のオヤジだってそうだろう」


「……オトンのことまで知ってたんだ……」


 オババや姉御なら知っていると思ったが、まさかジャックのおっちゃんまで知っていたとは。ん? ってことは村長も知っているってことか。


「まーな。だが、詳しいことは知らんぞ。オババは詳しいこと話してくれんかったからな」


 うちの村、帝国のヤツが多かったのはそう言うことだったんだ。


「すみませ~ん」


「あ、はい。ただいま~! すまんな。勝手にやっててくれ」


 客に呼ばれて立ち去ってしまった。


 はぁ~。衝撃的事実が多すぎだ。頭の中がグチャグチャで整理がつかんぜ。


 止め止め。考えたところで纏まらないなら後回しにするのが手だ。ゆっくり考えれるようになったら考えたらイイさ。


「いくぜ」


 グチャグチャな考えを放り投げ、ドラッグストアーの奥へと入った。


 ここに入るのは初めてだが、奥は薬所の作りのようで、迷うこともねー。まあ、前のところより広くなっている。よくこんな広い場所があったものだ。


 街の中心にあり、ちょっとした商家くらいの広さがあり、土壁の土蔵が二つもあったよ。


「……凄い……」


 土蔵の一つに入ったら、色っぽい魔女さんが感嘆の呟きをした。


「ここは卸しもやっているからな」


 他にも卸しをやっている薬所はあるが、ジャックのおっちゃんの知識や伝手があるために、これだけの量が集まるのだ。


「なにか欲しいものがあるならついでに買うから選んでイイぜ」


 この土蔵に結界は施してねーが、保存する箱には結界を施してある。おそらくもう一つの土蔵に仕舞っているのだろう。


「どれでもいいのですか?」


「問題ねーよ。まあ、空にしたら出すのを手伝えって言われるかもしれんがな」


 店の品出しが忙しいのに、保存箱から薬草を出す手間なんかねーだろうからな。


「と言うことは他にもあると?」


「はっきりとは言えんが、この五、六倍はあるんじゃねーか?」


 資金を渡して買えるだけ買ってくれとお願いしてる。去年は一回しか買ってねーからそのくらいは貯まってはいるはずだ。


「……そ、そんなに……」


「だから欲しいだけ選んでイイぞ」


 オレも回復薬のストックが欲しいから土蔵二つ分はもらっておこう。


   ◆◆◆◆


 ラーダが作ってくれた料理がテーブルいっばいに並んでいる。


「スゴい量だな」


 いつの間に作ったんだ、こんなに? 


「まあ、半分は隣に頼んだんだけどね」


 宿屋にか?


「うちの店で出してるクッキーやジャムなんかも作ってもらってるんだよ」


「宿屋の域から飛び抜けてないか?」


「そうね。ちょっとした料理工房になってるよ」


 料理工房? 初めて聞いたな。まあ、なにが正しい名称か知らんけど。


「そういや、妹は帰って来ねーのか?」


 あれ? 名前なんだっけ?


「マイアは温室に住み込んでいるようなものだからな、たまにしか帰って来ないよ」


「住み込んでんだ」


「まーね。あの子、育てるのが好きみたいだから」


 あいつ、そんな性格してたんだ。文学少女タイプだったのに。


「明日いってみてよ。もっと拡張してもらいたいって言ってたからさ」


「土地、あったっけ?」


 街の外れでちょっとした体育館くらいの広さは買えたが、住んでいるヤツはいたような記憶がある。


「地下ならいけるんじゃないかって言ってたね」


 地下か。まあ、オレなら掘るのも簡単だが、それでも限界はある。


「いっそのこと、飛空船場の横に本格的なの創るか」


 あそこら辺は森だ。開発してもゼルフィング商会のものとしてバリアル伯爵も認めてくれんだろう。ダメなら金を握らせたらイイさ。


「あんたが関わると、とんでもないことになりそうだね……」


「温室を創ろうってだけだろうが」


 オレは基本、とんでもないことにはならないように動いてる。ただ、デカいトラブルがやってくるだけだい!


「まあ、温室が大きくなるのは助かるね。ミノゴは人気があるからね」


 ミノゴとは豆の一種だが、糖度が高く、練り物にしてパンにつけて食うと旨いのだ。それであんパンを作ってもらってるよ。


「聞いたらあんパンが食いたくなった」


「出してあげたいけど、人気すぎてしばらくは食べられないね」


 そう言われるとよけいに食いたくなのが人である。とは言え、せっかく出された料理に手を出さないのは失礼だ。ありがたくいただくとしよう。


「魔女さんたちは、お酒はどうだい? 秋にできたルコの酒が美味いよ」


「ルコですか。この辺のお酒ですか?」


「ああ。春に生る実なんだけど、甘くて女に人気の酒だね」


 アーベリアン王国周辺でなるイチゴだな。まあ、元の世界ほど旨いもんではねーが、酒にすると旨いらしい。女衆には絶大な人気を誇っているよ。


「美味しい!」


「これ好きです!」


 魔女さんたちが飲むと、特にツンツインテールとサダコがお気に入ったようだ。


「甘いお酒なんて初めてです」


「そうね。世の中にはこんなお酒があるなんて」


 そばかすさんも色っぽい魔女さんも気に入ってるようだ。


 ほどよく夕食をいただき、女たちは飲み会に移行してしまったので、野郎は別室に移って談笑することにした。


「べー、南の大陸のことを話してくれよ」


「お前、南の大陸にいってたのかよ。ルククに跨がっていったのか?」


「それは勇者ちゃんだな」 


「勇者? お前は勇者まで知り合いがいるのかよ」


「前に来たときからいろいろあったんだよ」


「お前の人生、穏やかなときなんかねーだろう」


 いや、そう言われたらそうかも知れんが、オレは心穏やかには生きてきたぞ。


「まあ、聞く分にはお前の人生はおもしろいけどな」


「オレの人生を暇潰しに聞くんじゃねーよ」


「じゃあ、娯楽として聞いてやるから話せよ」


 どっちにしろおもしろ話として聞こうとしてんじゃねーか。まあ、そう言うオレもたくさんの人からおもしろ話を聞いてるけどな。


「せっかくだから南の大陸の光景でも見ながら話てやるよ」


 転移結界門の応用で、連結結界窓を展開して見せてやった。あちらは昼間でよかった。


「ここは、ラージリアン皇国の端っこだな。勇者ちゃんのあとを追ってきたらここに現れた」


「これ、寝るまでに終わる話か?」


「冬が始まるときぐらいから数日前までいたから、はしょれば三日くらいで終わるかもしれんな」


 う~ん。改めて考えるといろいろあったもんだ。はしょっても三日で終わらせる自信がなくなってきたぜ。


「可もなく不可もなく。穏やかだったときの話だけ聞かせてくれ。それがおれらの常識でも理解できる話だと思うから」


「この方、べー様をよくわかっていますね」


 そんな理解いらねーよ! 


「穏やかな話ね?」


 ………………。


 …………。


 ……。


「なに一つなかった!」


 ヤベー! 南の大陸にいってから穏やかになったことなかったわ! 


「だろうな。伯爵にケンカ売るようなバカだからな、お前は」


「あ、その話でもいいぞ。噂でしか聞いてないからさ」


「本当にべー様を理解した親子ですよね」


 だからそんな理解いらねーんだよ!

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