第184話 どこでも部屋

 話は夜遅くまで、といかないのが店をやっている者の宿命。夜の十時ともなれば明日のために眠らなくちゃならねー。


 ジャックのおっちゃんもジャルドも自分の部屋へと戻って眠りへとついてしまった。


 まだ眠気がないオレは宿屋へと向かう。


 話はついているようで、宿の裏から入り、用意された部屋へと入った。


「綺麗じゃん」


 ベッドが一つあるだけのシンプルな部屋だが、よく掃除されている。上級宿屋と言ってもイイくらいだ。


「ベッドもふかふかじゃん」


 この時代のベッドは板に薄い布を敷くか藁を敷くかだ。綿を入れた布団など貴族くらいだろう。なのに、このベッドは綿を入れた布団が敷かれている。


 おそらくオレが言ったことが伝わってるんだろうが、やるとなれば金がかかる。用意するだけで開業資金がなくなるんじゃねーのか?


「と言うか、綿ってあるんですね」


「この辺りにはねーが、もっと南の地では綿花を作っているよ」


 南のほうにいく隊商にお願いして綿を大量に買って来てもらったものだ。


 ベッドに寝っ転がり、天井を眺める。


「……囚人になった気分だな……」


 なにもしないで時間を過ごすことは苦ではないが、狭い部屋でなにもしないのは苦でしかなかった。


「囚人はこんな清潔な部屋になんて閉じ込められたりしませんよ」


 囚人のことまで知ってんのかい。


「魔大陸では真っ暗な汚い地下牢に入れられて、死ぬまで閉じ込められるか闘技場で魔物と戦わされるかですよ」


「殺伐としてんな」


 平和な国の村人に生まれてよかったぜ。


「風呂でも入るか」


「この宿屋、お風呂ありませんでしたよ」


 いつの間に見て回ってんだよ? 遠くにいけるならそのまま浮遊霊になれよ。


「べー様に憑いてると楽なんですよ」


 なんだよ、楽って? 楽で取り憑かれちゃたまったもんじゃねーよ。


「まあ、いいじゃないですか。わたしが憑いてることで助かったこともあるんですから」


 不本意ではあるが、認めざるを得ない。知識袋があるのは助かるからな。


「じゃあ、この退屈から助けてください」


「周りの人のために明日まで閉じ籠ってください。下手に外に出ると厄介事を引き寄せるんですから」


 そうそう厄介事なんてねーよ。と言えないところが悲しいとこ。厄介事が波状攻撃が如くやって来てるんだからな。


「オレはただ、スローなライフを送りたいだけなのに」


 そのためには平和な世界にしないと成らない。オレはなんて壮大な夢を求めてるんだろうな?


「はぁ~。部屋から出てダメなら部屋の中で入るとするか」


 我には結界がある。こう言うときこそ己の創意工夫が試されるのだ。


「どうするんです?」


「部屋に部屋を創るまで」


 発想は前々からあり、それを鞄に施したことがある。サプルや勇者ちゃんにやった住居鞄だ。


 あれを壁に施す──のはダメか。今日しか泊まらない部屋なんだからよ。


 う~ん。部屋に部屋を創る発想は悪くねーとは思う。フュワール・レワロのように箱庭にするのもイイが、あれは複雑で何十日もかけて創るものだ。


 そんな複雑なものは求めてない。すぐに入れる──そうか。そう言う方法もあるな。


 無限鞄から投げナイフを一本取り出した。


「どうするんです?」


「こうする」


 土魔法で形を変えて鍵にした。


 瞼を閉じてイメージ。やれる、できると、鍵に結界を施した。


「こんなものか?」


 壁の前に立ち、鍵を壁に挿した。


 もちろん、鍵は壁に刺さってねー。壁に当たった瞬間に結界が発動し、壁にドアが創り出された。


 鍵を右に回すとドアノブが創られ、次に左に回すと鍵が解除される。


 ドアノブから鍵を抜き、ドアノブを右に回してドアを開いた。


「メチャクチャな能力ですよね」


「まったくだ」


 入った先は一二畳ほどのリビング。右には風呂とトイレ。左には壁一面の窓。シンプル・イズ・ベストだ。


「窓の外はなんなんです?」


「なにもねーよ。一応、結界マークをつけた場所の景色を映すようにはした」


 昼間だろう南の大陸の景色を映してみた。


「塩湖ですね」


「解放感があってイイだろう」


 異空間とは思わせないようにするには適しているだろうよ。


 まあ、風呂だけ創ればよかったんだが、湯上がりに塩湖を見ながらフルーツ牛乳を飲むのも乙だろうよ。


「水とか出るんですか?」


「それは今から創る」


 オレのクリエイターの血が疼く。快適空間にしろと騒いでいる。


「ふふ。どこでも部屋。創っちゃるぜ!」


   ◆◆◆◆


「……まあ、変なことしてるのね……」


 風呂に入ろうとして風呂を檜風呂(いや、檜ではないんだけどね)をトンテンカンと作っていたら魔女さんたちが現れた。


 あ、どこにでも部屋のドア、開けっ放しだったっけ。次からは自動ロックにしなくちゃな。


「風呂に入ろうとして風呂作ってた」


「それ、本末転倒って言わない?」


 オレには理路整然とした思考帰結だ。


「もう入れるの?」


「あともうちょっとだ」


 湯船は作ったが、板敷きがまだだ。それに洗い場も作って、なんならサウナも作りてーな。あ、外の景色を見れるようにするのもイイかも!


「確実に明日の朝までかかりますよね。と言うか、普通に館に帰って入ったほうが早いのでは?」


「……うん。本末転倒でした……」


 風呂作り熱がいっきに冷めた。


「もうイイや」


 湯船は完成してるので、結界でサクッと創ってしまう。オレ、どうでもイイことにはドライなのである。


 無限鞄から水が入ったペットボトルを取り出し、壁に押し当てながらデカくする。


 結界内なので百倍デカくしても大ジョーV。結界ホースをブッ刺し、結界蛇口を先につける。


 結界でお湯に変えることはできるが、薪風呂に入りたい。


 湯船の下に竈を創り、薪を放り込んで火を焚いた。


「魔女さんたちも入るかい?」


 昼間、シャワーを浴びてたが、なんか入りたそうな感じがしたので尋ねてみた。


「一緒に?」


「それは魅惑的な問いだが、オレは一人で入りたい主義なんでな。別々だよ」


 生憎だが、女湯に入りたい願望はナッシング。ゆったりまったりビバノンノンで入りたい派である。


「不能ならいい薬があるわよ」


「正常だよ! 変な勘繰りすんなや! でも、そんな薬があるなら分けてもらえると助かります」


 バイなグラグラな薬は昔から求められてるが、なぜか誰も開発できてなかったりする。ないものと思ってたら魔女が持ってたよ!


「材料があるから教えるわ」


「魔女のところでは結構普通にあるものなのか?」


 オレ、結構調べたよ。


「貴族からよく頼まれるものだからね。まあ、媚薬なので誰にでも教えられるものではないけど」


 あーなるほど。血を残さないとならない貴族は切実か。


「オレならイイと?」


「あなたはもう伝説級のものを作っているからね。媚薬くらい問題ないわ」


 イイのか? 媚薬のほうが扱いが大変だと思うが? ん~まあ、色っぽい魔女さんから承認されたと思っておこう。


「んじゃ、遠慮なく教えてもらうよ。この風呂は魔女さんたちで使いな」


「あなたはどうするの?」


「隣に男湯を創るよ」


 拘らなければ風呂など一分もかからず創られるさ。


 風呂──女湯を出て、隣に男湯をあらよっと。一分どころか一瞬で完成しちまったぜ。


 男湯に入り、ペットボトルを設置。結界ホースをぶっさして結界蛇口から水を湯船へと流す。


 こちらも竈方式なので薪を放り込み、薪に火を点ける。


 溜まるのと沸くのを待つ間、結界窓にブルーヴィからの景色を映した。


「う~ん。空ばっかりでおもしろ味もねーな」


 いくつか変えてカムラ王国の山奥。滝が見える景色へと決めた。


 まあ、カムラ王国も夜なので、結界灯を創り出してライトアップさせた。


「そういやここ。殿様と初めて会った場所だっけ」


 ここにも秘密基地があり、小人族の飛空船の造船所もある。今は使ってないが、時間に余裕ができたらキャンプにいってみるかな。


 湯が満たされたので、服を脱いで入る。


「ふい~。イイ湯だ」


 あ、そういや、温泉の素があったっけ。草津の湯でも入れておこう。うん、イイ香り~。


「あービバノンノンビバノンノン」


 やはり風呂は一人で入るに限るぜ。


 なんて一時間も入ってたら茹で上がってしまった。


「水風呂も創っておくんだったぜ」


 茹で蛸状態で男湯から出ると、魔女さんたちはまだ入っているようだった。


「ドレミ、フルーツ牛乳を頼む」


 幼女型メイドになっているドレミにお願いすると、すぐに出してくれた。


「サンキュー」


 礼をいってフルーツ牛乳の蓋を外していっき飲み。冷たさと旨さで胃がキュッとするぜ。


「もう一杯!」


 お腹ピーピーになってしまいそうだが、この冷たさと旨さの誘惑に勝てねー。湯上がりのフルーツ牛乳サイコー!


 ドレミが出しただろうソファーに寝っ転がり、まったりしてたらやっと魔女さんたちが上がってきた。


「長湯だな」


 火照ってはいるが逆上せている感じはしねーが、なにしてたんだ?


「外を眺めてたのよ。同胞がいろいろやっていたから」


 そういや、魔女さんたちの住む場所辺りに結界マークを設置したっけな。


「なんかおもしろいことでもやってたのかい?」


「これと言っておもしろいことはしてなかったわ。ただ、皆が働いているときにのんびりお風呂に浸かっていられるのは最高だわ」


 なんかOLの発想みたいだな。


「なにか飲むかい?」


「冷たいお酒があったらお願いするわ」


 独身OLのアフターを見ているかのようだな。


「見習い魔女は、なににする?


「「「アイス」」」


 ハモる見習い魔女。こっちは女子高生だな。


 ビールはドレミに任せ、アイスはオレが出す。


「留学してなにが最高って、お風呂上がりにアイスを食べれることよね~」


「選ばれたときはどん底に落ちた気分になったけど、今は選ばれてよかったわ」


「ふふ。最高」


 なんだろう。もしかしてオレ、見習い魔女をダメにしてる?


「わたしも館長に言ってボブラ村に転勤させてもらおうかしら?」


 魔女に転勤とかあるんだ。なんか夢がねーな、この世界の魔女は。


「薬に長けたヤツがいてくれるならオレは大歓迎だぜ」


「そう? なら、館長に話しておくわ」


「なにか言ってきたら推しておくよ」


 魔女とは持ちつ持たれつな関係を築きたい。来てくれるなら大歓迎するさ。


   ◆◆◆◆


 いつの間にか眠ってた。


 どこでも部屋は気温を二二度くらいにして、空気を常に清浄にしているから快適空間にしてるから眠っても問題ねーが、がっつり眠っちまったぜ。


「……昼過ぎてるわ……」


 まあ、そう急ぐ用事……は、あったな。婦人の娘を友達に会わせるミッションが。


「ちゃんと覚えていたんですね」


「オレは大事なことは忘れねーよ」


 しかし、目覚めてすぐ幽霊を見る目覚めも慣れたものだ。ってか、魔女さんたちがいねーな。どこにいった?


「とっくに起きてジャックさんのところにいきましたよ」


 同じ生活してんのに早起きな魔女さんたちだ。


 ソファーから起き上がり、宿屋の部屋へと出る。


 どこでも部屋の鍵を外し、ズボンのポケットへ。無限鞄に入れたら二度と思い出せない自信があるんでな。


「そういや、宿屋の代金ってどうなってんだ?」


 ジャックのおっちゃんなら払っててくれそうだが、念のため、訊いてみるか。


 部屋を出て受付にいってみる。


「女将さん。ジャックのおっちゃんに部屋を借りてもらったもんなんだが、支払いってどうなってる?」


「ああ、あんたがべーかい。ジャックがあとで払うから好きなだけ泊まっていいと聞いてるよ」


 さすがジャックのおっちゃん。配慮ができる男である。


「そうかい。また借りるかわからんけど、一応、開けといてくれや」


「あいよ。出かけるのかい?」


「ああ。帰るかどうかわからんけどな」


 そう言って宿屋を出てジャックのおっちゃんのところへ──と思ったが、混雑しているので止めた。夕方まで街を回ってくるとしよう。運動がてらな。


「小腹が空いたな」


 三〇分も歩いたら胃も目覚めてきたようだ。


「屋台やってるかな?」


 前に領主のバカ息子を片付けた屋台が並ぶところへ向かってみた──が、やはり冬はやってないようだ。はぁ~。


 どうしようかと考えてたらプロップの香りが漂って来た。


「プロップでいいや」


 オヤツなもんだが、小腹が空いたときに食うもの。ちょうどイイだろう。


「おばちゃん、五つちょうだい」


 せっかくだからオカンやサプルにお土産買ってくとしよう。


「あいよ」


「あ、これに入れてくれや」


 結界で籠を創り、それに入れてもらった。


「あんた、街の外から来たのかい?」


「わかるかい?」


「と言うかあんた、毎年大量に買っていく子だよね。うちの屋台にも来たよね?」


 おばちゃんの顔を見るが、どうだったか思い出せねー。何件も回ってるからキャラが濃いか、旨い野菜を売っているヤツなら記憶してるんだがな。


「ワリー。よく覚えてねーや」


「まっ、そりゃそうだ。今回は少量なんだね」


「いや、買えるならある分だけ買いてーが、街のもんのツマミを買い占めるわけにはいかんだろう」


 買い占めるにしても他のヤツらを押し退けてまで買い占めたりはしねー主義だ。


「アハハ。それなら大丈夫だよ。今年はプロップが豊作でどこでも売れ残ってるからね。買い占めてくれるんならどの屋台も喜ぶよ」


 そ、そうなんだ。そりゃ失敗したぜ。


「じゃあ、全部売ってくれるかい?」


 買ってイイのならオレのリミッターは解除される。


「はいよ。ありがとね」


 なんかおばちゃんの口車に乗った感じがしねーでもないが、そんなこと些細な問題。今のオレは買い占める使命を帯びている。


 遠慮なく買い占め、次なる獲物(屋台)を探して旅立つ──までもなく三〇メートルもいかずに屋台があった。ってか、よくよく見ればプロップの屋台が結構あんな!


「需要と供給が崩れてんだろう」


「べー様が参入したことで正常になったのでは?」


 うん、まあ、そうかもしれませぬ。


「おばちゃん、全部ちょうだい!」


「あんた、毎年買い占める子じゃない」


 オレ、有名人!


「おう。プロップ買い占めに来た。これに入れてくれや」


 結界籠を差し出した。


 前のおばちゃんが言っていたように、ここでも全部売ってくれた。


 さらにさらにと屋台を回るが、やはりどこの屋台もあるだけ売ってくれましたとさ。めでたしめでたし。


 プロップのようにホクホクして宿に帰ると、部屋に魔女さんや婦人の娘が待っていた。


「どうしたい?」


「あなたがどうしたよ? 本当に目を離すといなくなるのね、あなたは」


 オレから言わせたら魔女さんたちが先にいなくなってたよね? とは心の中で言っておく。口で勝てそうにないから。


「ワリーワリー。プロップを買い占めてたよ」


 ズボンのポケットからどこでも部屋の鍵を出して壁に差した。


「まあ、夕食にしようや」


 プロップ買い占めで食う暇もなかった。まずは腹を満たしましょう、だ。

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