第2話 煤の街

 豪奢な馬車が玄関に横づけされていた。


「……完全に公爵どのが公用で乗る馬車だよな……」


 シンプルな馬車を想像してたら、まさか公爵どのの馬車が用意されるとは夢にも思わなかったわ。


「イイのか、オレたちが乗っても?」


 お世話さんに一応確認してみる。


「主より、国賓として最上級の扱いをせよと命を受けております」


 また大袈裟な。オレの扱いなんて雑でイイのによ。


 とは思うが、突っぱねるのもメンドクセー。ここは、ありがたく使わせてもらうか。


「つーか、サプルたちも来るのか?」


 なんか、当然のように一緒にいるが。


「初めてのところだから、慣れるまであんちゃんといる」


 初めてのところでも突き進んでる姿しか記憶にねーが、まあ、好きにしろだ。


 馬車へと乗り込み、思い思いの席に座る。あ、オレは窓際ね。街見たいから。


「ねぇ。わたしたち、このままでいいの?」


 と、サプルの頭の上にいたプリッつあんがなにかを問うてきた。なによ?


「わたしもミタレッティーもこの街じゃ珍しい種族だよ」


 あ、言われてみれば確かに。オレの中で当たり前になってたが、さすがにダークエルフは不味いか。


「ミタさん。領主んときみたいに変装してくれ。変なのに寄って来られんのもメンドクセーしな」


 まあ、来たら来たで、死にたくなるくらい反省させてやればイイんだけど。


「わかりました。街娘風にします」


 と、一瞬にしてミタさんがマジカルチェンジ。街娘風になった。どう言うこと!?


「幻惑の魔術です。カイナ-ズホームの魔術課から教えていただきました」


 カイナ-ズホームはなんでもありだな。ってか、ミタさんって魔術、使えたんだ。


「ダークエルフは精霊術より魔術のほうが適しているのです」


 ほ~ん。進化はスゲーな。


「んじゃ、ミタさんはそれで。ドレミは猫でいろ。ピータとビーダは内ポケットで大人しくしてろな」


 それぞれに指示を出すと、快く了解してくれた。


「わたしは?」


「プリッつあんは好きにしな」


 なんと言うか、もはやプリッつあんがオレの頭の上にいるのがオレのスタイルになっちまっている。それを崩すのはオレの矜持……ってほどでもないが、それを否定するのはなんかおもしろくねー。


 それでメンドクセーことが起こるのなら、正々堂々と悪逆非道に排除してやるわ!


 ……ミタさんには申し訳ねーが、まだその域には達してないので今は偽ってちょうだいな。あ、ドレミもな……。


「じゃあ、好きにする」


 と、サプルの頭の上からオレの頭にパイ○ダーオン。なんか嬉しそうな気配が伝わって来るが、気のせいだろうと窓の外を眺めた。


「ってか、この窓、透明度が高いな」


 よほどの高級馬車でないと窓なんかつかないし、ついたとしてもここまで透明度は高くないはずだ。


「そうだね。結構、技術が高いかも」


 ガラスマイスター(テキトーです)のサプルも感心している。バイブラストの技術、思っている以上に高いかもしれんな。


「ねぇ、なんか埃っぽいって言うか、焦げっぽくない?」


 頭の上からそんな言葉が落ちて来た。


 スンスンと辺りを嗅いでみると、確かに埃っぽいと言うか焦げっぼい臭いがする。


「そう? 感じないよ?」


 サプルもスンスンと辺りを嗅ぐ。


「……お前が感じないってことは、そうとう臭いがあるってことか……」


 サプルには自動清浄結界を纏わせているが、それでは環境に負けると思い、臭いと言葉が出たら発動するように仕掛けている。


 ……いや、どんだけ甘いんだよ! との指摘は甘んじて受けよう……。


「ミタさんは、感じるか?」


「はい。なにか煤の臭いが辺り中からします」


 煤? 


 スンスン。あ、確かにこれは煤の臭いだわ。当たり前すぎて気がつかんかったわ。


 窓の外を見ると、黒い靄のような空にかかっていた。


「……あー、バイブラストの冬は雪が深いって言うしな……」


 この時代、暖房は暖炉が一般的であり、よほどの貧乏人でもなけりゃ、大概の家には暖炉(もしくはストーブ的なもの)がある。


 特に北よりのバイブラストではないと死ぬ。公爵どのの話では、毎年凍死する者が何十人と出るそうだ。


「バイブラストは秋になると急に寒くなるから、秋でも暖炉に火をくべるのよ」


 と、レディ・カレット談。


「二、三〇万もいる都市ならそうなるわな」


 一日どれだけの薪が消費されるかわからんが、この空を見たら相当な量だとは想像できる。


 大気汚染なんて言葉もねー時代。これが当たり前の者には気にもとめねーようだ。


 外を歩く街人に、これと言って気にする者は見て取れない。普通に呼吸していた。


 ……肺がんになってる人、多そうだな……。


 田舎育ちのオレも気にするレベルじゃないが、体を大切にして清浄結界を纏わせておくか。あ、ミタさんやレディ・カレットにも、な。


 ◆◆◆


 清らかな空気に包まれること二〇分。城からの距離、約二キロと言ったところだろうか、目的地の商会に到着した。


 まず、ミタさんが外にでて、なにやら誰かと挨拶を交わしている。知り合いか?


 んなわけねーかと、出ようとしたら、レディ・カレットとサプルに先を越された。


「ベー様、どうぞ」


 と、言われて馬車から降りたら、たくさんの人が並んでいた。なによ!?


「いらっしゃいませ、べー様」


 あまりのことに驚いていると、身なりのよい、長年商売に身を投じてきた初老の男がオレの前に現れた。


「バルエトラ商会の会頭、ナルセイラと申します。お目にかかれて光栄です」


 どう言うことよ? と、ミタさんを見る。


「公爵様の親戚で外国から留学してきた貴族の子息と言う設定らしいですよ」


 囁くように答えたのは背後の幽霊さん。いつの間にそんな設定を作って、共有し合ってるのよ?


 すっかり忘れていたが、幽霊を見ただけで銃をぶっぱなしていたミタさんがレイコさんと情報を共有してるとか、想像できないんですけど……。


「いかがなさいましたか?」


 反応を見せないオレに首を傾げる……なんだっけ? このじいさん?


「ナルセイラ、ですよ」


 サンキューです、レイコさん。


「いや、失礼。なるべく穏便に済ませたかったのだが、口止めがいき届いてなかったようだ。すまない、ナルセイラ殿」


 しゃーない。誰が決めたか知らないが、その設定で進めるか。


「いえ、謝罪など不要でございます。公爵様の善政により、我々は商売繁盛に勤しんでおります。そんな大恩ある公爵様の願いならば喜んでお応え致しますとも」


 ほ~ん。本音はともかく、受ける感情からしては、公爵どのの采配は受け入れられてはいるようだ。まあ、奥さんが頑張っているんだろうけどよ。


「しかも、あの場所からメダルを授与される方とお付き合いできるのなら、これに勝る商機はありません」


 そう言うものなんだ、あのメダルって。


「ナルセイラ様。そろそろ中へ」


 と、ナルセイラの背後に控えていた、若い男がそう囁いた。できそうな雰囲気からして秘書か番頭かな?


「お、おお、そうだった。客人を店先に立たせるなど、このナルセイラ、一生の不覚。申し訳ありません」


 ちょっとわざとらしいが、おちゃらけることで場を和ませるのは好感が持てる。こちらが固っ苦しいのを嫌うと見抜いたのだろう。ちょっと侮ってたかな?


「気になさらず。どこにでもいる村人としてすごそうとしてましたから、扱いなど雑で結構。なんなら普段の口調でお話しください」


 そろそろ限界。口が痒くなってしょうがねーわ。


「ふふ。お若いのに場慣れしておりますな」


「まだ一六ですが、商会を一つ、支えてますからな、ナルセイラ殿のような方と付き合うのは慣れております」


 さらになにか言いそうになるが、秘書だか番頭だかの男に咳払いに、言葉を飲み込んだ。


「とりあえず、中へとどうぞ。我が商会で扱っている最高級のお茶で喉を潤してください」


 まあ、店先で金を受け取るのもなんなので、中へと入ることにした。


 ナルセイラの言葉と店の中を見た限りでは、どうやらこの商会は、貿易商のようだ。


「結構、広範囲と取引しているようですね」


 そう口にすると、ナルセイラの肩が微かに反応した。


「はい。いろいろ手広くやっております」


 即座に、でも不自然にならないように返すとか、本当にできる商人のようだ。さすがだよ。


 で、案内されたのは豪華ではあるが、そう派手ではない、なかなかセンスってある客室だった。


「うちの専属木工師に見せたら歓喜しそうだ。一級品のグロモールの木とは凄い」


 この大陸では珍しくもない木だが、樹齢百年を越すものは質がよく、伐った後、五年くらい寝かせると、なんとも見事な艶を出すのだ。


 それだけに市場にはなかなか出回らず、木工職人の垂涎の的となっている、とサリネに聞いたことがある。


「べー様は、博識でいらっしゃる」


「木工師の受け売りですよ」


 そんなたわいもないことを話していると、ドアがノックされ、メイドと言うには野暮ったい服を着た、三〇歳過ぎくらいの女が押し車を押して部屋に入って来た。


 押し車に載るお茶に顔をしかめそうになるが、必死に我慢。出されたお茶をいただいた。


 ……あったんだ、この世界中にも……。


「フフ。いかがですかな? バリッサナ辺境公領から仕入れたものです」


 バリッサナ? なんかどこかで聞いたような……聞かなかったような……どうにも思い出せんが、気になることを解決しよう。


「なんと言うお茶で?」


「紅茶と申します」


 それで思い出した。と言うか、連想で出て来たわ。バリッサナ辺境公領って、カイナの故郷じゃねーか!!


 ◆◆◆


「……まだ、帝国の土地についてそう詳しくはないので、上手くは言えませんが、バリッサナはバイブラスト領周辺にはなかったですよね?」


 大まかな帝国の地図はあるが、バイブラスト領の周辺は伯爵領や男爵領ばかりだと、以前、公爵どのに聞いたような気がする。


「はい。位置的にはバイブラスト領とは反対の位置にあります」


 広大な帝国領。大まかな帝国地図でも、その広大さはよくわかり、端から端までとなると軽く千キロは離れてるんじゃねーだろうかと思うくらい離れてる。


「……よく、仕入れられますね……」


 帝国の大動脈たる街道はいたるところに走り、毎日のように隊商が動いているとは言え、千キロは離れ過ぎている。採算なんて取れんのか?


「なに、ちょっとした伝がありましてな、儲けが出るくらいには仕入れられております」


 ほぉう。そりゃまたスゲー伝を持っていること。さすが公爵どの(いや、奥さんかな?)が紹介する商人なだけはある。


「それはなにより」


 とだけ答え、紅茶をいただいた。


 笑顔でこちらを見るナルセイラだが、その思考は加速度的に働いているだろうな。


 紅茶に驚くことはなく、確かめるような問い。バリッサナを知るような口振り。深く問いかけてこないこと。さぞや頭の熱は高まっていることだろうよ。


「……ところで、べー様は、どんな商売をなさっているので?」


 答えが出ないことに諦めたのか、別の方向から攻めて来た。


「そうですね~。どんな、と正面から問われると、すぐには出て来ませんね。わたしのゼルフィング商会もナルセイラ殿と同じく、いろいろなところから商品を仕入れ、欲しいところに売ったり、誰もいかない場所に赴き、その土地のものを仕入れる。他にも食料品店や宿屋もやっていおりますからな」


 ってか、ゼルフィング商会って何屋だ? 総合商社か? なんでも屋か? 我ながら意味不明な商会だよな。


「手広く商売をなさっているのですね」


「恥ずかしいことに、儲かると思ったらすぐに手を出してしまう性格なもので。それでよく下の者に怒られます」


 アハハと情けなく笑って見せた。


 そんなオレに、それは困ったものですねと、苦笑混じりに答えているが、その目は笑っていなかった。


 ……ほんと、マジでやっている商人はおっかねーぜ……。


「美味しい紅茶をありがとうございました」


 紅茶の淹れ方もちゃんと習得しているようで、うちで飲んだことがある紅茶とひけは取らず、まあ、たまに飲むにはイイものだったぜ。


「お気に召したのなら少し融通致しますが?」


「いや、紅茶を求める方にお売りください。わたしの口には過ぎたもののようだ」


 紅茶はたまにで充分。いつも飲むならやはりコーヒーが一番だぜ。


 コーヒーの旨さを再確認(もう何千回としてるけどね)して、金をと思ったが、この出会いを無駄にしたらダメじゃね? と思い止まった。


 ゼルフィング商会は、これから帝国に進出する。その場合、協力なり伝なりが必要になって来るし、敵対する商人もでて来るかもしれない。


 どうなろうとも味方……とまではいかなくても共通の利益者を作っておくことは無駄じゃねーはずだ。


「……ときにナルセイラ殿。ナルセイラ殿の店でこれを商ってみませんか? ミタさん、毛長山羊の肩かけを出してください」


 持っているか賭けだが、オレは持っていると信じるよ!


「……それならわたしが持っているわ。はい」


 ミタさんではなく、頭の上の住人さんが答えた。あ、やっぱ無茶ぶり過ぎましたか? メンゴ☆


「……今さらですが、変わったお連れ様で……」


 なんだ、まったく触れないから見えてないんだと思ってたよ。


「わたしは、プリッシュ。ゼルフィング商会で衣装関係の仕事を任されているわ」


 プリッつあんの紹介に、どう答えてよいのかわからず、曖昧な笑みを見せるナルセイラさん。それが普通の反応だよ。自信を持って!


「まあ、我がゼルフィング商会は実力主義。仕事に種族は問いませんので」


 できるならやらせる。それが丸投げ道よ!


「まあ、それはともかく、この肩かけを商ってみませんか?」


 よく見てくださいと、ナルセイラに渡した。


 手触りや編み目を確かめるが、なぜオレがこれを薦めるのかを必死に考えているのがよくわかった。


「それは、わたしの故郷で飼われている毛長山羊の毛で編んだものです」


「……毛、長山羊ですか。わたしも毛長山羊の存在は知ってますが、ここまで質がよく、こんなたくさんの色があるのは初めて知りました」


「でしょうね。苦労しましたから」


 この時代に染めもの技術はあるが、オレが染めに使ったものは花人からもらった花びら。それを濾してつけたので、たくさんの色が生まれたのだ。


「まだ数は少ないので二〇点しかお渡しできませんが、いかがでしょうか? 我がゼルフィング商会は、女性にお薦めできるものも扱ってますので」


 毛長山羊や毛長牛をボブラ村──いや、ヤオヨロズ国の特産にしたい考えもあるが、ナルセイラを釣るにはオシャレ系がイイだろう。


 どうも食料や工芸品ではつけこむ隙がねーように思う。まあ、カイナーズホームから買って来たら別だが、まだここでは使いたくねー。先のために取っておきたいぜ。


「……少し、考えてもよろしいでしょうか……?」


「お好きなだけお考えください。わたしは、しばらくバイブラストですごしますので。あ、そのためにお金を用立ててくださると助かります」


 と、テーブルにメダルを置いた。

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