村人転生2~最強のワンダフルライフ

タカハシあん

第1章

第1話 バイブラストの秋

 クルーザーの甲板で深まっていくバイブラストの秋を感じながら昼寝をしていたら、なにか老後の夢を見た。


 家族に囲まれ、友達に囲まれ、緩やかに過ぎていく時間。理想の老後だったな~。


 ……ふっ。百年後か。夢の通りになるとイイな……。


「ちょっと寒くなってきたな」


 風景がカナダに似ているせいか、たった五日なのに、日に日に気温が下がっていくのがわかった。


「コタツが欲しいな」


 火鉢でもイイから温かさが欲しいぜ。


「ねぇ、いつまでのんびりしてるの?」


 モコモコ族の毛で編んだソファーに寝転ぶメルヘンが、煎餅片手に尋ねて来た。


 ……つーか、オレ以上にのんびりしてるよね、あなた……。


「飽きたなら好きなところにいってもイイんだぜ」


 別に行動を規制しているわけじゃねーし、止める気もねー。暇ならコーリンのところにいけや。


「飽きたわけじゃないわよ。ただ、そろそろ買い物にいかなくてもいいのかと思って訊いたの」


 あー、確かに買い物もしなくちゃならんかったっけな。


「じゃあ、明日から買い物するか」


 のんびりするのが主目的地だったが、ダーティーさんが接触してくるかと思って待ってもいたのだ。


 婦人には見られているとは言ったが、ダーティーさんには見せつけていたのだ。


 あのダーティーさんは、オレが想像する以上に慎重で、所属している団体(または国)を第一としているようだ。


 まあ、それならそれで構わんし、それぞれの主義主張だ。それを通すならオレは応援するよ。


「……縁がなかったってことだ……」


 ダーティーさんがどんなところで育ったのか興味があったんだが、しょうがない。考えを変えるか。


「ドレミ」


 猫型ドレミに声をかけると、すぐにメイド型にトランスフォームした。


「はい。なんでしょうか?」


「小さくでイイから分離体を湖に放ってくれるか? 湖の調査を頼みたいんだわ」


「なぜです?」


 久しぶりの幽霊登場。あなたも結構自由よね。


「万が一、ダーティーさんの住処と繋がっていた場合に備えようと思ってな」


「敵対すると?」


「それはわからん。だからこその備えだ」


 ダーティーさんの性格がそのまま種族の性格になるなんてことはねーが、方向性として考えるなら油断できない種族だと思う。


 それに、切羽詰まった感じからして暴走しないとも限らない。備えをしていて損はないだろう。


「畏まりました。小魚程度であれは二〇匹は分離させられますし、いろはからも分離させます」


 その辺はドレミに任せる。イイようにやってくれ。


 なにをするでもなく、バイブラストの景色を眺めていると、どこからかエンジン音が聞こえ来た。


「……一台だけ、って感じじゃねーな……」


 複数台が走っている音の重なりだ。


「先日、公爵様が同好の志を集めてレースをしているそうです」


 常にオレの側にいたのに、ここじゃないところの事情も知る万能メイドミタさん。あなたも電波を受信できるタイプですか?


「あの公爵さまは、ちゃんと仕事してんのか?」


 まあ、仕事をしてねーオレのセリフではないがよ。


「あれも仕事のようですよ。派閥作りの」


 ふ~ん。貴族も群れなきゃやってられないか。世知辛いもんだ。いや、人の営みなんてそんなもんだったな。


「ミタさん。公爵どのか夫人に領都で買い物するように伝えてくれるか」


「では、カティーヌ様にお伝えします」


 カティーヌ? 誰だっけ? まあ、誰もイイか。メンドクセーことはミタさんに任せればイイように話を進めてくれるだろうしな。


「あ、そう言えば資金がなかったっけ」


 公爵どのからもらった金は、ゼルフィング商会が動くために渡したので、帝国で使える金がないんだった。


「お玉さんのところで換金してくれっかな?」


「でしたらこれを」


 と、ミタさんが金貨……じゃねーな。なんだ、このメダルっぽいのは?


「カイナーズホームで例えると、ブラックカードに匹敵するものです。大手の商会で帝国金貨百枚まで下ろせるそうです」


「……それをなんでミタさんが持っているわけ……?」


 いや、ミタさんなら持っていても不思議じゃねーけどさ。


「レヴィウブに出した店の売り上げです」


 店? 売り上げ? って、そう言や店を出すようなこと言った記憶があるな。


「ってか、どんだけ儲けてんだよ!?」


 なにを売ればこんなものもらえんだよ!


「カイナーズホームから安く仕入れたお酒や甘いものを売っていたら大繁盛したようで、マダムシャーリーからべー様にと渡されました」


「……あこぎなことしてんな……」


 まあ、それはともかくとして、場所代で儲けたから、ってことか? 


「まあ、返すのも失礼だし、ありがたくもらっておくよ」


 金はいくらあっても困らねーもの。感謝感激雨霰でいただくよ。


「なんか五日間の癒しが一辺に吹き飛んだ感じだわ」


 なので、もう二日ゆっくりしてから買い物に出かけることにした。


  ◆◆◆


 領都に買い物に出かける日の朝、少し遅めの朝食をいただき、コーヒーブレイクをしていると、マイシスターとカレット嬢が爽やかな汗を流して現れた。


「あんちゃん、今日、ブレオラスにいくんでしょう?」


 オレを見つけるなりそんなことを口にしたマイシスター。なんだい、ブレオラスって?


「バイブラストの領都ですよ」


 と、背後の幽霊が教えてくれました。


 ……この幽霊、存在を消してるときなにしてんだろう……?


 寝てるかと思えば、そうではないらしく、なんか秘密なことをしているらしい。はっきり答えないので、なにしてるかは知らんけどよ。


「あ、ああ。領都な。ってか、今さらだが、バイブラストじゃなかったんだ」


 完全無欠にバイブラストって名前だと思い込んでたから忘れてたわ。


「バイブラスト領なのに、領都まで同じくしたら紛らわしいじゃない」


 レディカレットからの当然のような指摘に、そりゃそうだわなと素直に納得した。異論もねーしな。


「あんちゃん、いくんでしょう?」


「ああ。コーヒーを飲んだら出発するよ。それがどうかしたのか?」


 どこにいくの? なんて滅多に訊かねーのに珍しいこと。


「あたしもいってイイ?」


 さらに珍しいこと。どうしたんだよ?


「カレットが遊びにいこうって言うから」


 さらにさらに珍しいこと。オレがどんなに誘ってもバリアルの街や王都にいこうとしなかったのに。


「……ま、まあ、それなら構わんが、そんなキレイなところじゃねーぞ」


 いや、領都を歩いたことはねーが、バリアルの街や王都とそれほど変わりはないはずだ。結構汚いし、クセーはずだ。


「大丈夫。いろんなところにいって慣れたから」


 まあ、それも確かに、だな。普通のヤツだったら精神がおかしくなっても不思議じゃねーところばっかりだからよ。


 ……あれで精神が鍛えられるサプルの精神もどうかと思うがな……。


「好きにしな。ってか、お前が興味を持つようなんてものが領都にあるのか?」


 デカい街とは言え、サプルが興味を持つようなんてものがあるとは思えねーんだがな。


「ブレオラスにガラス工房街があるんだって」


 ほぉ~。そりゃスゲーな。


 うちでは当然のようにガラスを作ったり使ったりしてるが、この時代ではまだ最新技術。一つの都市にガラス工房が三つもあればイイ方だろう。


 それが街とつくくらいあるなんて初めて聞いたぜ。


「べーたちが使ってるガラスほど質はよくないし、窓ガラスを作ってるところかほとんどだけど、何件かガラス細工やグラスを作っているところがあるの」


 ほーほー。それは益々スゲーな。時代を考えたら革新的じゃねーか。


「オレも時間があったら寄ってみるか」


 それほどガラスに興味はねーが、そんな革新的なことしているなら見たいもんだぜ。


「べー様。城の受け入れが整いました。いつでも出発できます」


 いないと思ったら領都にいってたのね。できるメイドさんで助かります。


「あ、お風呂に入って来るからいかないでね!」


 ゆっくり入ってこい。そう急ぐ買い物じゃねーしよ。っな意味を込めてコーヒーカップを掲げた。


「カレット、さっぱりしよう」


「ええ」


 なにやらすっかり仲良くなっちゃって。そんなに馬があったのか?


 まあ、どちらも好きなこと、興味があることには活動的なタイプだから打ち解けるのも早いとはおかしくが、育った環境は丸っきり違うのに、あそこまで仲良くなるとは思わなかったぜ。


「べーの妹ってのだけはあるわよね」


 なにやら高そうなカメラを磨くメルヘンさん。君の趣味がよくわかりませんぜ……。


「はい。べー様の妹様ですもの」


 ミタさんが自分のことのように胸を張って口にした。なんでやねん。


「そう言えば、公爵どのには伝えたのかい?」


 今日も今日とてレースをしているようだが。


「はい。伝えております。無茶はしないでくれよとのことです」


 買い物でどう無茶すんだよ? 


「調子に乗って買い占めとかするじゃない、べーは」


 そんなことはねー! と言えないところが辛いです。だが、買えるなら買わしてもらいますがね!


「そう言や、バイブラストの主生産農作物ってなんなんだ?」


 小麦は多少は作っているとは以前、聞いたことはあるが、主生産農作物は聞いたことねーな。あんのか?


「ガルネと言う根菜だと聞いてます。これです」


 と、ミタさんが赤カブっぽいものを出した。


「食卓に出たことねーよな?」


 せっかく帝国に来たから帝国の食材で食事を頼んでいたが、これが出た……はずだ。いや、そこまで気にして食ってなかったがよ。


「これは家畜の餌だそうです。みのりは速いそうなのですが、味がほぼないんです」


 一応、食べれますと言うので、一つもらって噛ってみた。うん、微かに辛味? が感じられる程度だった。


「馬も食べるとかで、バイブラストの主生産物になってるそうです」


 なるほどね~。うちの馬たちや毛長牛とかも食うかな? 売ってるところがあったら買ってみるか。


 コーヒーの香りを楽しみながら買い物リストを考えていたら、サプルたちが風呂から上がって来た。町娘が着そうな服に着替えて。


「そんな服、持ってたんだな」


 お忍びで町に出てんのか? レディ・カレットは。


「まーね」


 持っていることは素直に認めるが、お忍びで出てるかは答える気はなさそうだ。まあ、持っている時点で出てると答えているようなもんだがよ。


 残りを飲み干し、コーヒーカップテーブルに置いた。


「んじゃ、いくか」


 それぞれ転移バッチを発動。領都へと転移した。


 ◆◆◆


 皇帝が泊まるための部屋へと転移した。


「今さらながらこの転移バッチって優秀だよな」


 転移バッチに安全機能があるのか、一斉に同じ場所に転移したのに、適度な距離が保たれているのだ。


「なんでも古の魔法王が創ったそうです」


 魔法王? なんだい、そりゃ?


「あたしも詳しくはわかりませんが、遥か昔、魔大陸を征服した魔王とかで、今では考えられない魔道具があったそうです」


 へ~。なかなか興味深い話だな。詳しく聞きたいものだぜ。


「しかし、よくカイナが持ってたな。魔法王とやらの子孫か?」


「いえ、ある魔王が持っていたのを奪ったそうです」


 あのアホ野郎、結構えげつないことしてたんだな……。


「しかし、そんな貴重なものをよくくれたな」


 転移バッチを持っているのは、オレ、ミタさん、プリッつあん、そして、なぜかサプルと、本当に貴重なのかと首を傾げたくなるぜ。


「本来は一つしかありませんでしたが、分裂体の創造主が複製しました」


 と、ドレミさん。ってか、オレの知らないところでどんな繋がりを見せてんのよ?


「ほんと、自由な汚物だぜ」


 そんなことに魔力を使う前に自分の住み処に魔力を使えよ。いやまあ、遠慮なく使ってるオレのセリフじゃねーけどさ。


 気を取り直してドアに向かうと、なぜか鍵がかかっていた。それも外から。なぜじゃ?


「べー様。ここは、皇帝が泊まるための部屋なので普段は外から鍵がかけられているそうです」


 よくよく見れば内側にも鍵がついていた。警備するのも維持するのも大変だな。


「どうやって外に出るんだ?」


 強行突破か? いや、結界を使えば鍵くらい開けられるけどさ。


「少々お待ちください」


 ミタさんがそう言うと、ドアの横につけてあった鈴を鳴らした。呼び鈴か?


 ガチャリと鍵が外れる音がし、ドアが開いて執事っぽい初老の男が姿を現した。


「ようこそお出でくださいました」


 優雅に一礼する執事っぽい初老の男。どちらさんで?


「この部屋を管理維持なさっているアレバさんです」


「お初にお目にかかります。アレバとお呼びくださいませ。領都にいる間はわたしがお世話させていただきます」


「そりゃどうも。この城にいる間は頼むよ」


 外に出たら好き勝手させてもらうがな。


「これから街に買い物に出るんだがよ、デカい商会の場所をいくつか教えてくれるかい? ちょっと資金調達したいんでよ」


 さすがに宛もなく探すのはメンドクセーからな。


「資金調達、でございますか?」


「あ、あたしから説明致します」


 と言うのでミタさんにお任せ。なんか察しが悪そうなお世話さんっぽいように見えるからよ。


「わかりました。では、馬車を用意致します」


「いや、場所を教えてくれたら自分の足で向かうよ」


 別に五キロも十キロも離れているわけじゃねーんだ、領都を眺めながら歩くさ。


「べー様。さすがに突然いって、すぐにお金を調達するのは無理かと思います。あちらはべー様のことを知らないのですから、公爵家の馬車を利用されたほうが話は早いかと……」


 なるほど。言われてみれば確かにそうだな。会長さんのように見抜けと思うほうが酷か。


 ならばと、お世話さんに馬車を用意してもらう。


 それまで客室でお待ちくださいと移動させられ、お茶を出された。


「……紅茶……?」


 オレのために出されたものは食う主義なので、出されたお茶に手を伸ばしたら紅茶の香りがした。


「お世話になるのでカティーヌ様に献上しました」


 オレの知らないところで、どんな暗躍してるんだ、この万能メイドは?


「あ、確かにカティーヌ様の好みそうな味だわ」


 公爵どのの奥さま方は仲がよいとは聞いてたが、味の好みを知るくらい付き合いがあるんだ。


「でも、淹れ方はいまいちね」


 出されたものは美味しいと思って黙ってなさい、姑メルヘンが。


「カフェオレもいいけど、わたしも紅茶が好きだな。特に香りがいいもの」


 レディ・カレットは紅茶派か~。


 なんてどうでもよいことを考えながら紅茶をいただいていると、この城の実質的主、第三夫人がやって来た。こんちです。


「お久しぶりです、べー様」


「おう、久しぶり。元気……ではなさそうだな……」


 目の下に軽く隈ができている。不眠症かい?


「太陽の石が思った以上に人気が出て、それの対応に苦慮しております」


 へ~。太陽の石、人気なんだ~。


「で、それがどうかしたのか?」


 人気が出たんならイイじゃねーか。なんで苦慮してんだよ? 売れすぎて困っちゃう~的なことか?


「目敏い商人が領都に現れ買い占めているのです」


 この奥さんのことだから調整はして市場には流しているんだろうが、それを上回って商人が買い占めてるってことか。帝国の商人はおっかねーな。


「それをオレになんとかしろと?」


「いえ、それはこちらで行います。べー様にお願いしたいのは太陽の石をもう少し分けていただけないでしょうか? もちろん、代価は配慮させていただきます」


 配慮、ね。どれほどのものかは知らんが、オレに損はなし。構わんよと、隠し財産的な太陽の石を出してやった。


「……感謝します……」


 できる奥さんは、感謝だけを述べ、配下に太陽の石を運び出すように命じた。


 そうこうしていると、馬車の準備が整ったようで、客室を出て外に向かった。


 いざ、買い物へ!

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