第3話 黒息子
金をもらったので買い物へと出かけますか。
「歩いていくのですか!?」
馬車を返したオレにナルセイラがびっくりした。
「わたしは、自分の足で歩いて買い物をするが好きなのでね。では」
サラリと流して商会を後にした。
この辺は商人街の中心なのか、大きな商店が目についた。
「あんちゃん、ここでは買わないの?」
商店を眺めるだけのオレに、サプルが不思議そうに尋ねてきた。
「この身なりじゃ売ってくれんからな」
大きな商店は金持ち相手に商売をしているし、たぶん、顧客が固定していると思う。そんなところに村人スタイルの者がいっても追い出されるのがオチだ。
「父様の紹介状を出せばいいのじゃないの?」
紹介状なんてあったんだ。言えよ、そう言うことはよ。いや、気にもしないオレもどうかと思うがよ。
「もうあんな固っ苦しいのはごめんだ。オレは気軽に買い物したいの」
大きな商店を外から見て回り、おもしろそうな店には結界チェックをつけて行く。
「しかし、食い物関係の貿易商が多いな」
まあ、領地自体が内陸部にあり、森と湖に囲まれた地だ、畑になる土地は少なく、外からの輸入になるだろうが、どうやって稼いでいるんだろう? 食料を外に握られるなんて喉元にナイフを突き立てられているようなもの。搾取されたりしねーのか?
「バイブラストとは畑が少ないからね。どうしても他領から買わなくちゃならないのよ」
公爵令嬢(笑)の割には世間話のことに詳しいじゃねーか。つーか、レディ・カレットは、ちゃんと令嬢としての教育を受けてんのか?
なんて思いはしたが、まあ、あの親にしてこの子あり。思うがままに生きたらイイさ。
あっちこっちと見て回っていると、いつの間にか住宅街へと入っていた。
「へ~。ここら辺は煉瓦造りなんだ」
煉瓦造りの家は、うちの国にもあるし、結構昔からあるものだが、煉瓦を作るのに大量の薪が必要となるため、そんなに普及はしてなかった。
バイブラストなら薪があるから普及していると考えがちだが、煉瓦を作るより木材のほうが安い。金持ちならいざ知らず、庶民なら木造を選ぶだろうよ。
「昔、大火事になって煉瓦造りになったって先生から聞いたことがあるわ」
ほ~ん。令嬢教育はともかく、バイブラストのことは学んでんだな。感心感心。
煉瓦造りの家々を眺めて歩いていると、どこからかイイ匂いが漂って来た。昼の用意をするには早いよな?
匂いを辿っていくと、道の両脇にたくさんの屋台が並んでいた。なんだこれ?
「住宅街に屋台とは、摩訶不思議だな」
「バイブラスト──と言うか、アムレストに住む者は外で食べる人が多いらしいわ。煙突に税をかけてるから」
「煙突に税? またなんで?」
そんな話、初めて聞いたぜ。いや、歴史を紐解けば変な税などいくらでもあるがよ。
「バイブラストは夏でも寒いときがあるし、冬が長いから暖炉なしにはやって行けないの。大火事になったのも考えなしに暖炉を増やし、煙突を増やしたからなのよ。それに、排煙問題も出て、それを抑えるために煙突に税をかけたらしいわ」
ほ~ん。街に歴史あり、問題あり、か。風光明媚な村に生まれて本当にラッキーだぜ。
「せっかくだから屋台でなんか食うか」
まだ昼には早いが、この匂いからしてもう開店はしているだろう。
「おっちゃん、やってる?」
とりあえず、近くの屋台に突入してみる。ってか、何屋だ?
「おう、いらっしゃい! やってるよ。なににする?」
屋台を覗くと、深鍋が三つ並んでいた。スープ系か?
「各種一つずつ、一〇人分くれや」
「一〇人分?」
と、首を傾げる屋台のおっちゃん。
オレ、プリッつあん、サプル、レディ・カレット、ミタさんと、まあ、見える範囲には五人しかいない。疑問に思うのは当然か。
「余分はお持ち帰りさ。ダメかい?」
それなら諦めるがよ。
「いや、買ってくれんなら構わんさ。今日は暖かいから売れ残りそうだからよ」
たぶん、気温は一五から一七度。暖かいと言えば暖かいが、汁物を食うにはちょうどよくね?
「お前さんら、余所者だろう?」
「わかるのかい?」
自動翻訳の首輪が働いてるから言葉に違和感はないはずだし、同じ大陸なだけあって姿形にそう違いはねーはずなんだがな?
「そりゃわかるさ。ここは、馴染みのもんしか来ないからな。つーか、羽妖精を頭に乗せてるヤツなんてこの辺にいねーよ」
そりゃごもっとも。オレも頭の上にメルヘンを乗っけているヤツなんて……いたな。うちの弟が乗っけてたわ。
「ってか、素直に受け入れてんだな? バイブラストでは妖精は普通なのかい?」
それはそれでびっくりだがよ。
「普通じゃねーよ。ただ、アムレストのお伽噺に、羽妖精の恩返しってのがあってな、アムレストっ子は、羽妖精には優しくしろと育てられんのさ」
レディ・カレットが初耳と呟いているが、オレは羽妖精伝説にびっくりだよ! このメルヘンが恩返しするほど高尚な生き物かよ!
「ご利益があるようなオマケするぜ」
なんてプリッつあんを見ながら手を組み合わせて祈る屋台のおっちゃん。
なんか、納得いかねー!
◆◆◆
オレ、メルヘンの台座扱いになっている件。
なに言ってんの? とか、それを説明しろとか、そんな酷なことは言っちゃいやん。
「羽妖精、初めて見た!」
「可愛い!」
「ご利益がありますように」
オレの回りに集まった人々がわいのわいの言いながら手を組み合わせ祈っています。
帝国は太陽神を信仰し、各地域では一四の眷属神のいずれかを祭っているそうで、祈る場合は手を組み合わせている。
まあ、信じたきゃ勝手に信じろな主義なので、一般的なことしか知らんが、メルヘンに対して同じことすんのは背徳なんじゃね?
とか思いはしたが、それも好きにしろ、だ。オレのかかわり合うことじゃねー。つーか、この状況、いつまで続くのよ? そろそろ我慢の限界なんですけど?
結界で騒音をシャットアウト。
「プリッつあん、ちょっと頭から離脱しろや」
「嫌よ。自分だけ助かろうなんてさせないんだから!」
わしっとオレの髪を握るメルヘンさん。
……どこかに強制排除装置売ってねーかな……。
「こいつらは、プリッつあんを奉ってんだから、オレ、いなくてイイじゃん」
オレは台座になって喜ぶ趣味はねー!
「わたしだって知らない人から奉られたくないわよ。こんな欲望まみれの感情なんて気持ち悪いもの」
なにやらご立腹なメルヘンさん。感受性が高いのか?
「しかし、羽妖精の恩返しってなんだよ? 羽で衣でも作ってくれんのか?」
「そんな命を差し出してまで恩返しするバカはいないわよ。と言うか、なんで羽で衣なのよ? 足りるわけないじゃない」
現実のメルヘンは使えねーな。お伽噺の鶴は反物を作ってくれたのによ。
「ねぇ、なんとかならないの? うんざりなんですけど」
現実のメルヘンに夢を見ちゃダメだとわかってるが、もうちょっと可愛げのある言葉を使いなさい。ひくわ。
「まあ、うんざりなのは同意見だ。ドロンさせてもらいますか」
──村人忍法、身代わりの術&ドロン。
結界で身代わりを創り、転移バッチで人垣の向こう側へと逃れた。
すぐに結界迷彩発動。その場から退避した。
「サプルたちはいいの?」
「ドレミ。連絡頼む」
連絡担当のドレミにお任せ。あと、イイように丸め込んでください。決して見捨てたんじゃないってのね。
「はい。お任せください」
ドレミのコミュニケーション能力は未知数だが、任せろと言うなら任せるのみ。オレは君を信じる!
テキトーに歩いていると、背後からサプルやミタさんが駆けて来るのがわかり、迷彩結界を解除した。
「あんちゃん、急にいなくなるんだから! びっくりしたじゃない」
オレはお前が分身したときはそんな比ではなかったがな。
「申し訳ありません。わたしがマスターに進言しました」
猫からメイドにらなり、頭を下げるドレミ。ってか、あなた、どうやって連絡したのよ? 電波系か?
「なら、しょうがないか」
と、あっさり認めちゃうマイシスター。え!? お前らの間になにがあったのよ!? プリッつあん以上に信頼されてね?
そこで突っ込むのは悪手なので必死に我慢。スルー拳を発動して無理矢理流した。
「あんちゃん、次はどこにいくの?」
「ちがう屋台にいってみる。気分転換にコーヒー飲みたくなったからよ」
「でも、またあんなふうにならない?」
「大丈夫。今度はプリッつあんを隠すから」
「そうしてくれると助かるわ。あんな気分悪いの嫌だもの」
と言うのでプリッつあんだけに迷彩結界発動。まあ、オレには見えるからいまいち締まらないんだがな。
「ほんと、ベーって規格外よね」
「あんちゃんだからね!」
いや、妹よ。その表現は褒めてないと思うぞ。まあ、なんでもイイけどよ……。
レディ・カレットが言ったように、領都では外で食べる文化のようで、テキトーに歩いてたらイイ匂いが漂って来た。
匂いを辿っていくと、先ほどと同じく道の両側に屋台が並んでいた。
「ここは、広場があるんだな」
椅子とテーブルが置いてあるところを見ると、ここら辺のヤツらは家に持ち帰らずここで食うようだ。
「独身者が多いのかな?」
まだ、客はいないのでわからんが、酒を売る屋台も見えるところからして、労働者向けなのは確かなようだ。
「肉が多いな。なんの肉だ?」
見た感じと匂いでは鳥っぽいが。
「ホローノ鳥と水ネズミの肉だと思う。この辺に生息してて、専用の冒険者が捕って来ると聞いたことがあるわ」
ホローノ鳥は知らんが、水ネズミの肉はとても柔らかくく、捨てるところがない生き物なのだ。
「さすが森と湖のバイブラストだな。捕れるほどいるとは羨ましいよ」
水がキレイでナグサと言う水草が自生してるところにしか生息しないから、滅多には食えないのだ。
「よし。皆、バラけて料理を買って来い。ただ、買い占めはするなよ。でも、どこでなにが売られているかは覚えて来いな」
そう指示を出して、それぞれ屋台に向かった。
「おばちゃん、一〇人前ちょうだい」
オレが突入した屋台は、ホローノ鳥を使った野菜炒め的なものを売っていた。
「あいよ。皿はあるかい? なければ貸し皿になるが?」
ほ~ん。そう言うシステムがあるんだ。
「皿ならあるよ」
無限鞄から皿と言うより、盥に近い桶を取り出した。
「……大きすぎないかい……?」
「じゃあ、入るだけちょうだい。金はあるから心配すんな」
十ラグ小銀貨を数枚出して見せる。たぶん、アーベリアンでは銅貨五枚に相当するはずだ。
「ま、まあ、買ってくれるならいいよ」
「買い占めにならね?」
「そしたらまた材料仕入れて作るさ」
なんてことはないとばかりに口にするおばちゃん。流通がしっかりしてんだな。
量が量なので、少し時間がかかるとのこと。まあ、待つのは嫌いじゃないので、椅子を出して、コーヒーを飲みながらできるのを待つ。
人通りが少ねーな。本当に商売として成り立つのかと、ぼんやり考えていたら、デカいブラシを抱えた十歳前後の子どもの集団がやって来て、屋台へと向かった。
「……いるんじゃねーかとは思ったが、マジでいたよ、リアル黒い兄弟……」
さすがにびっくりしたわ。
◆◆◆
この世界の黒い兄弟は、前世と違い、なにやら笑顔が多かった。
田舎から騙されて連れられて来た感じはなく、誰もが誇りを持って煙突掃除夫をやっているように見えた。
「おばちゃん。あの連中はよく来るのかい?」
料理をするおばちゃんに尋ねてみた。
「あんた、よそから来たのかい?」
そう言うことは、この世界の黒い兄弟は当たり前の存在らしい。
「ああ。外国人だよ。アーベリアンって知ってるかい?」
「アーベリアン? 知らないね」
だろうな。知ってたら逆に驚くわ。
「まあ、そんな知らない国から来たからな、ああ言う集団は不思議に見えるんだよ」
煙突掃除夫はどの街にもいるだろうが、一〇歳前後の子どもがやっているなんてここぐらいだろうよ。
「そう言うもんかい」
「そう言うもんさ。で、あの連中……って、あいつらはなんて呼ばれてんだい?」
さすがに黒い兄弟ではあるまい。
「
……黒息子?
「黒は……わかるが、なんで息子なんだ?」
煙突に入ってるから黒くなるし、見た目から来るのもわかる。だが、息子は想像できねーぜ。
「ここら辺ではあのくらいの年齢になると煙突掃除の仕事をするんだよ。大人じゃ煙突に入れないからね。あたしの息子もやったもんだよ」
だから、息子か。納得したわ。
「大人の煙突掃除夫はいねーのかい?」
期間限定の仕事と言うことは、専用にしているヤツもいるってことだよな。さすがに子どもだけでは成り立たねーだろうしよ。
「そりゃいるさ。大手町とか商業区にね。子どもは住宅街の細い煙突で稼いでいるんだよ」
ほ~ん。そう言うことね。世界が違うと事情も違うんだな。
「煙突掃除は、誰でもやれんのかい?」
「ギルドに登録すればね。いろいろあるから」
いろいろってところに歴史を感じるな。相当昔からあるようだ。
「しかし、煙突掃除はそんなに稼げるもんなのかい? 汚れ仕事だし、そう華やかなもんでもないだろうに」
まあ、前世のように仕事に対する考えは違うだろうが、そう進んで仕事にしたいもんじゃねーと思うんだがな?
「稼げはしないけど、アムレストじゃ名誉職なのさ」
煙突掃除が、か?
「なんか、そうなる物語でもあったのかい?」
そうでもなければ名誉職にはならんだろう。
「ああ。煙突の上に住んでいた羽妖精と煙突掃除の男の子のお伽噺があるんだよ」
ここでも羽妖精か。つーか、バイブラストに羽妖精の国でもあるのか?
「おばちゃんは羽妖精を見たときあるんかい?」
「いや、ないね。うちのばーちゃんが子どもの頃は見たって言ってたけどね。もう今じゃお伽噺の中さ」
そのお伽噺の中から飛び出した先が我が家なのか? いや、最初に見つけたのはタケルだから我が家が原因じゃねーし、オレのせいでもねー。我、一切関係なし、だよね……?
「それにしては、羽妖精を信じているヤツが多いよな。そのお伽噺が現実だった証拠でもあるんかい?」
まだ信心深い時代ではあるが、だからこそ、お伽噺が現実だったと証明できるものがなければ、ああまで奉られることはないはずだ。
「そうだね。ないこともないかね。街の広場には、だいたい羽妖精と男の子の像があるし、お伽噺に出て来る大聖堂の煙突もあるしね」
まあ、証拠と言う証拠にはならんだろうが、まったくのウソと言うこともあるまい。
現に羽妖精はいるし、意志疎通はできるだけの知能もある。まあ、基準なる羽妖精とは出会ってねーけどな。
「他にはねーのかい? それだとまだお伽噺の粋だが」
「ん~、あとは、羽妖精を奉る小さな聖堂があちらこちらにあるくらいかね? もっとも、勝手に建てたのがほとんどだけどね」
元祖はうちだ、的なことなんだろうよ。
「おし。できたよ!」
黒い兄弟──ではなく、黒息子の話を聞いてたら料理ができた。
盥のような桶いっぱいにもられたホローノ鳥の野菜炒めに時間停止の結界を施した。
「あんちゃん、いっぱい買えたよ!」
サプルが水ネズミの串焼きを大量に買って来た。ほとんど買い占めた量だな。
「イイ匂いだな」
食文化が発達してるのか、匂いだけで旨いとわかるぜ。
レディ・カレットやミタさんも大量に買って来たので、広場に場所を移して昼食にすることにした。
「水ネズミの串焼き、スッゴく柔らかね。タレも美味しい!」
サプルがそうまで褒めるとは珍しいこと。まあ、もっぱら作る専門で、他人の料理など滅多には食わないが、トアラのオカンが作る漬け物を食ったときのように絶賛していた。
「水ネズミ、クレイン湖で増やせたらイイんだがな」
「ルンタに食べられちゃうよ」
だな。たまに魚や水性生物を放流してやらんと食い尽くしてしまうほど大食漢だからな、ルンタは。
屋台の旨い料理に舌鼓を打っていると、デッキブラシのようなものを担いだ三人の子どもが目に入った。
似たような顔からして兄弟だろう。兄、弟、妹と、デンコのことを思い出す構成であった。
だが、そんな懐かしさは一瞬。すぐに驚愕に包まれた。
「……マ、マジかよ!? ウソだろう……」
八歳くらいの妹の腕に抱かれる獣に、思わずそんな言葉を漏らしてしまった。
オレの目が腐ってなければ、それは、猫であった。
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