第137話 ククッ
「うん、飽きた」
安定の飽きっぷりだが、四〇人もシザーすれば飽きてもしょうがないでしょ。それでなくともシープリット族は全身毛だらけなんだからよ。
「ミタさん。あとは美容部に任せるわ」
美容部のヤツか知らんが、二〇人ばかりでシープリット族をシザーハ○ズしている。
「畏まりました」
なぜかミタさんも混ざっている不思議。シザーがしたかったのか?
「……毛だらけだな……」
ガタイがイイから一人分がスゴい。毛長山羊二匹分になるんじゃなかろうか?
「髪質も毛長山羊みたいだったら使い道があるんだがな」
感じが熊みたいだ。いや、熊より堅いかな?
結界で集めて握れるくらいに束ねてみる。
……タワシくらいの堅さか……?
「メイドさん。お湯とシャンプーを用意してくれや」
近くにいる蛇のような目を持つメイドさんにお願いする。ミタさんはシザーってるから。
「なにするんですか?」
持って来てくれた金盥にお湯が注がれ、シャンプーを入れると、興味を持ったレイコさんが前に出て来た。
……この幽霊、自分がわからないときに前に出て来るよな……。
「ブラシにしたらどんなもんかと思ってな」
プールから上がったときに思ったのだが、シープリット族の毛は撥水性がある。どんな構造かは知らないが、水に強いなら体を洗うブラシにイイんじゃねーかな?
シャンプーを浸したお湯で毛を洗い、完全に汚れ落とす。こんなもんか?
また結界で集め、乾かし、ブラシにできるくらいに束ねて長さを一定にする。
ハサミではバラつきがでるので結界刀で切断。手持ちの糸で毛の中央部を括り、毛が抜けないように編み込んだ。
「こんなもんか?」
見た目はタワシだが、手に感じる感触は少し柔らかかった。
シャツを捲って腕を撫でてみる。オーク毛のブラシよりは堅いかな?
「メイドさん。ちょっと感触を確かめてくんない?」
男の肌にはちょうどよく感じるが、女の肌にはちょっと堅いかもしんねーな。
「肌でよろしいのですか?」
「ああ。無理しない程度にな。あと、差し支えがなければ髪も頼むわ」
なににイイかわからんし、試してくれるならお願いしやす。
蛇のような目を持つメイドさんが頬で確かめ、赤茶色のお団子ヘアーを解いて髪をすいてくれた。どや?
「肌はちょっと痛いですが、髪にはちょうどいいです」
「髪か~」
髪に使う毛はオークの毛が人気だ。シープリット族の毛を使わせるには宣伝が必要だな。
「ベー様。これは筆に使うほうがよろしいかと思いますよ」
筆? 習字をするのか?
「メイク道具です。ファンデーションを塗るときに適してると思います」
化粧のことはよくわからんが、この毛では堅くね?
「鬼族の肌は人より堅いので強い毛のほうがいいんです。カイナーズホームで売っているのは柔らかくて困っていたんです」
まあ、カイナーズホームは基本、人に合わせたものだ。いろんな種族がいる世界では合う合わないはあるわな。
「そう言うの作れるヤツってうちにいるかい?」
「ゼルフィング家にはいませんが、クルフ族なら作れると思います」
クルフ族? って、あいつら機械いじりが得意な種族じゃなかったっけ?
「全員が全員そうではありません。衣服を作るのが得意な者や工芸をする者もいます。クルフ族のメイドを呼んで訊いてみますか?」
お願いと、クルフ族のメイドを呼びにいってもらった。もう一人の蛇のような目を持つメイドさんが。
「ってか、うちにクルフ族のメイドなんていたんだ」
全員、クレインの町(造船所か?)に移ったと思ってよ。
「フミ様のよう職人気質なのは少数です。大体は家庭的な女性が多いですよ」
そうなんだ。フミさんが標準だと思ってたわ。
しばらくしてクルフ族のメイドが三人、シュンパネでやって来た。
……確かにフミさんとは違うタイプだな……。
フミさんはガテン系なら目の前の三人はお嬢様系だ。同じ種族とは思えない差だぜ。まあ、それは人でも同じか。
「この毛を使って筆を作れる職人ってクルフ族にいるかい?」
オレが尋ねると、三人は向かい合って話し合った。
「……バルオット家かしら?」
「そうね。バルオット家ならできるかもしれないわね」
「バルオット家は皆さん手作業に優れてました」
しゃべり方までお嬢様である。どんな環境で育ったんだ?
「なら、そのバルオット家とやらに話を通してくれないか? 作ったものはすべてゼルフィング家で買い上げるからよ」
職人がいるなら囲っておきたい。カイナーズホームばかりに頼るのは危険だからな。
「畏まりました。バルオット家にかけあってみます」
「頼むよ。条件はなんでも飲むからよ」
まあ、飲んでもらっただけの仕事はしてもらうけどな。
「では、すぐに結果をお持ちします」
と、お嬢様ズがシュンパネで戻っていった。
「ってことで、シープリット族の毛を集めてくれや」
捨てればゴミ。活用できるなら資源。リサイクルは世界を救う、である。いや、テキトーに言ってるけど!
◆◆◆
魔族のオネーサマ方が大量にやって来た。何事?!
「パートさんたちです」
パ、パート?! って、パートタイマーのパートか?
「なんでまた?」
オレも何気なく前世の言葉を使ったり広めちっまったから強いこと言えないが、もうちょっと世間に通じる言葉にして使えよ。うちが無国籍地帯になるわ。
……いやまあ、今さらだけどよ……。
「ベー様が次々と仕事を作るからです」
まさかオレが原因でしたっ!
「いや、それ以外ないでしょう」
蛇のような目を持つメイドさんからの容赦ない突っ込み。厳しいです!
「シフ様が嘆いていますよ。メイドを雇っても雇っても仕事が片付かないと」
「す、すみませんです……」
不徳なわたしめが全力で謝罪させていただきます。まあ、後悔したり改めたりはしないけど!
「いえ。雇用が生まれるので主婦の方々は助かってますから。ただ、シフ様の仕事が増えてますが」
「メイド長に感謝を」
遥か遠くでガンバっているメイド長さまに感謝の敬礼を送った。届くかは知らないけど。
「ってことで、あとはよろしくお願いします」
我にパートさんを使う才はなし。ってか、職人のクルフ族はどうした?
「パートさんたちに混ざって毛を洗ってます」
あ、そうなの。ご苦労さまです。
オレもパートのおば──じゃなく、オネーサマ方に混ざって毛を洗い、自分用にブラシを作り始めた。
「ベー様、器用ですね」
隣にいたシープリット族の……女か? 上半身の胸が膨らんでいるけど。あ、下半身を覗く勇気はないのでご勘弁を。
……そのエプロン姿がとてもセクシィーだこと……。
「まーな。昔、たくさん作ったからな」
ブラシ作りに嵌まったことがあって、いろんな毛で作ったものよ。
「つーか、同族の毛をブラシにするって気持ち悪くねーのかい?」
昔、ハゲに苦しんでいた貴族のために人の毛でカツラを作ったことあるが、仲介したあんちゃんは気持ち悪がっていたし、サリバリも変な顔をしていたもんだぜ。
「気持ち悪くはないですよ。寝床に自分たちの毛を使ってましたから」
「そう言うことする種族、いるんだな」
「まあ、魔大陸では毛が生えている種族は貴重ですからね。需要はあるんです」
去年まで世紀末な世界で生きてたのに、自然と需要とか言っちゃうとか、ほんと、成長が早いヤツらだよ。
「所変われば品変わるだな」
「あの、ベー様。わたしらの毛も買ってもらえませんか」
「売ってくれんなら買うよ。なんか他にも使い道がありそうだからな」
寝床になるくらいなら絨毯にもなるような気がする。野外で敷くものにイイかも知れんな。
「えーと、メイドさんは……」
「ここです」
蛇のような目を持つメイドさんが真後ろにいた。気配なっ!!
「ちなみに派遣団のメイド頭でルグランジェと申します」
胸の名札を指すルグランジェさん。
「お、おう。了解了解」
なにが了解なんだよ? と、突っ込む者はいないので、そのまま流させていただきます。
それからパートさんと一緒に毛を洗ったり、ブラシを作っていると、ルダールと副司令官──ではなく、今は遊撃団団長のバルナドがやって来た。どうしたい?
「いや、そろそろこちらに目を向けてもらえると助かるんですが……」
ん? なにがよ?
「……完全に忘れているのがベー様ですよね……」
そう褒められるとテレるぜ。って言うのは冗談です。その振り上げたハルバードを下ろしてくださいませ。
「ケガは治ったのかい?」
「はい。魔女どのが治してくれました」
あ、魔女さんたちもいたっけな。完全無欠に忘れてましたわ。
まあ、魔女さんたちは放置しておくとして、シープリット族を先に片付けますかね。ってか、もう夕方か。
「暗くなるから明日やるよ。それまで休んでな」
そう告げて、シープリット族の戦いですっかり広場となったところへと向かった。
「なにするんです?」
休んでなと言ったのに、ルダールとバルナドがついて来た。
「勇者たちが力の限りを尽くして戦ったんだ、その晴れ舞台を創ってやろうと思ってな」
武器を渡して終わりじゃ味気ねーし、名誉にも誇りにもならんだろうよ。
「我々のためにありがとうございます」
「気にすんな。オレの拘りだ」
やるなら派手にやる。それがオレだ。
右足で大地を叩き、すり鉢状の闘技場を創り始めた。
◆◆◆
ハイ、闘技場が完成で~す!
「あー疲れた」
「その一言で済まされないものが造られたけど?」
ミタさんから差し出されたアイスコーヒーを受け取り、イッキ飲みしたら委員長さんに突っ込まれてしまった。いや、ボケてはいないよ。
「どこまでも非常識よね」
オレ的には常識内で収めたのだけれどな。収用人数千人くらいだし。
さすがに何万人も収用できる闘技場を一夜では創れんよ。そこまで非常識じゃねーわ。
「……そうね。非常識の物差しで常識を計ってもしょうがないわね……」
遠くを見ながら呟く委員長さん。どったのよ?
「きっと真理を見つけたんですよ」
幽霊に理解される魔女。オレにもその真理とやらを見せてもらいたいもんだよ。まあ、不都合な真理なら目を逸らさせてもらいますけど!
「二人とも。シープリット族を闘技場に入れてくれ」
バルドナとルダールにお願いする。シープリット族の命令系統知らんし。
オレが創った闘技場は半地下。上に創ると時間がかかるので半地下にしたのだ。
もう一日あれば装飾にも力を入れたかったが、一夜ではシンプルなものしかできなかった。まあ、及第点だな。
「他所の国で好き勝手しすぎじゃない?」
「大丈夫。近隣の有力者はこちらに引き入れてるから」
ここがラーシュの国かは知らんが、バルバラット族や淡水人魚、ザイライヤー族とこちら側だ。さらにカイナーズが実質支配している。魔王軍が攻めて来ようが瞬殺だろうよ。
「侵略じゃない」
「否定はしない」
オレが可笑しく楽しくするためなら侵略も辞さない。まあ、支配は他人に任せるがな。
なぜか魔女さんたちもオレのあとに続いて闘技場に入り、オレはミタさんだけを連れて闘技台へと上がった。
闘技台の中央に立ち、席に入って来るシープリット族……だけじゃなく、パートのオネーサマ方まで入って来た。いや、あんたら関係ねーじゃん。
とか思ったけど、観客は多いほうが勇者たちの功名心も満足すんだろうよ。
一時間以上かかったが、席(あ、シープリット族の体型に合わせてます)がすべて埋まった。立ち見もスゲーな。
ルダールが闘技台に上がって来て、オレの斜め後ろについた。
これと言った段取りはないが、フリーダムなら時間を気にすることもねー。流れに任せて進行すればイイさ。
「べー様。マイクです」
と、ミタさんからマイクを渡された。え?
「カイナーズホームから式典部を借りました」
式典部? なんじゃそりゃ? どこに需要が……あったか。いや、カイナーズには未来視できるヤツがいるのか?
「ヤオヨロズができれば式典はあるだろうからと設立されたようですよ」
あ、うん、そうですか。先見の明がおありですこと……。
カイナーズはあるがままに受け入れるのが吉と、マイクのチェックをする。テステス。甘いイモ旨いな甘納豆~。よし。
「ここは、シープリット族の勇者たちを讃える場所である!」
テキトーに叫ぶと、割れんばかりの歓声が起こった。ノリのイイヤツらだこと。
おーおーと十二分に叫ばせ、拳を天に掲げると、ピタリと叫びが静まった。
……ノリと勢いって怖いな……。
「勇者とは困難に当たろうとも不屈の精神で立ち向かい、勝利した者だけに与えられる称号である。軽々しく与えられる称号ではない」
そうじゃない勇者もいるけど、それはそれ。これはこれである。
「勇気なき戦士は戦士ではない。知識なき人は人ではない。ただ蛮勇を誇るだけの戦士はただの獣だ。そんなものに誇りなど語る資格はない」
せっかくなのでシープリット族に倫理と道徳を教えておく。
「この世界にはいろいろな種族がいる。それはこの場で語る必要もないだろう。それがどんなものか見て来ただろうからな」
観客席を見回す。
「力なき命に未来はない。力のないヤツの言葉は小さい。弱者はただ強者の糧になるだけだ」
魔大陸にいたヤツならこの言葉は深く胸に刺さるだろうよ。
「しかし、それは獣の理論だ。人の理論ではない。人は理性を持ち、知恵を使い、和と法を持って進化し、人はここに立っている」
その間にはたくさんの血を流して試行錯誤があっただろうよ。
「だが、オレは勇者を否定しない。蛮勇を否定しない。種族を否定しない。命を否定しない。強者を否定しない。弱者を否定しない。なぜだかわかるか?」
それに答えられる者はいないだろう。ノリと勢いで言ってるのだから。キリッ。
「……詐欺師か……」
鼓舞ですよ、幽霊さん。
「オレが生きている世界がそうだからだ」
ニヤリと笑ってみせた。シープリット族に人の表情がわかるか知らんけどな。
「勇者ルダール! オレが与えたハルバードを与えたとき、誇らしかったか?」
前を見たままルダールに問う。
「はい! ガンクツオーはおれの誇りです!」
その声は自信に満ちており、心から出た言葉だろう。見る者が見たら輝いて見えるだろうよ。
「巌窟王を捨てて、魔大陸に戻りたいか?」
「戻りたくありません!」
「なぜだ?」
「あそこには誇りがなかったからです!」
それは今が幸せだからわかることだろうな。
「今は最高か?」
「はい。最高です!」
きっとイイ笑顔を見せていることだろうよ。
「この世界を壊したいか?」
「壊したくありません!」
頷き一つして、下ろした拳を再度天に掲げた。
「勇者たちよ。これが答えだ。世界だ。生きて、この世界で輝くがよい。シープリット族に栄光あれ!」
と、闘技場が爆発したように湧いた。
ククッ。チョロいヤツらである。
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