第136話 シープリット族の雇い入れ

「ナイチンゲールになった気分だな」


 いや、やってることは人体実験をするマッドサイエンティストだが、傷ついた戦士を回復させてるのだからよそから見れば神々しく見えるはずだ。


「ナイチンゲールがなんなのかわかりませんが、わたしから見たらご主人様にしか見えませんけどね」


 先生と一緒にしないで。アレに並び立つ者はおりませぬ。


「ベー様。そろそろ決着がつきそうです」


 ん? ああ。そう言うや、阿鼻叫喚が静かになってるな。


「まったく、死人を出さないようにするのは大変だぜ」


 夜な夜な調合していた回復薬が打ち止め寸前だわ。


 最初、エルクセプルを使っていたのだが、回復すると阿鼻叫喚に戻ってしまうので、戻れないていどに回復させることにしたのだ。


「魔女さんたち。あとは頼むわ」


 委員長さんらも辟易して来た感じだが、この状況をふいにしたくなはないようで、回復と記録に分かれてシープリット族を診ていた。


「わかったわ」


 一人……いや、二人は今もやる気に満ちている。まあ、片方は先生のところに預けようかと思うくらい違う方向に走ってるけどな。


 ……ちなみに、解剖大好きサダコじゃなくてメガネっ娘です……。


 死屍累々なシープリット族を避けて山の一つにいくと、さながら決勝戦って感じだった。


「あ、ベー様。そろそろ終わりそうですよ」


 ハルバードと担いで高みの見物をしているシープリット族の巌窟王──じゃなくて……ル、ル、なんだっけ? まあ、巌窟王と命名しておこう。


「巌窟王は余裕だな。混ざりたいと思わんのかい?」


「ルダールさんの名前がガンクツオーになりました」


 いや、ガンクツオーじゃなくて巌窟王なんだけど……まあ、通じるならなんでもイイや。


「そ、そうか。まあ、ハルバードと同じ名前なのはどうかと思うが、ベー様からいただいた名前なら名誉なことだ」


「なら、ガンクツオーは名字──家名にでもすりゃイイさ」


 魔大陸にも名字文化はあるが、よほどの有力者じゃなければ持ってない。いや、一族名はあるのか? 


「……家名……」


「強制はしねーさ。オレが巌窟王と呼びたいだけだからな」


 オレの中で巌窟王になっちゃったんだからしょうがないじゃない、だ。


「いえ、家名をガンクツオーにします! 子々孫々まで名を継がせます!」


「継がせたきゃそう簡単に死ぬなよ」


 一代で終わったら笑いもんだぜ。


「もちろんです! ガンクツオーを与えられ、家名をいただき、誇りを持った今、そう簡単に死んだらそれこそ不名誉。生きて名を轟かせますとも!」


 まあ、やる気があってなにより。生きてオレの役に立ってくれ、だ。


「副司令官さんは順当に生き残ってんな」


「バルナド様は昔、魔王軍で将軍をやってましたからな」


 副司令官さん、バルナドって言うんだ。あ、副司令官じゃなくなったから、これからは団長と呼ぶことにしよう。


「普通に名前で覚えてあげたらいいじゃないですか」


 オレに普通が通じると思うなよ! オレは常にオンリーワンだ!


「……ほんと、理解しようがないベー様です……」


 無理に理解されなくて結構です。


「ベー様。五番と三番が決着したみたいです」


 と、ミタさん。見てる方々にもボーナス出さんとな。


「団長はどうなったい?」


「おそらくバルナド様だと思います」


「理解してくれる方が近くにいてよかったですね」


 なんだろう。スゴくバカにされたような気がするんですけど……。


「……バルナド様は、ダニラオズ様とまだ戦ってますね」


 様? そいつも魔王軍の将軍だったのか?


「ダニラオズ様は、カイナ様直属にいた方です。確か、第六機動隊の隊長だったはずです」


「今は、第二遊撃団の団長です」


 それじゃ団長が被るじゃないか。どうすんだよ?


 団長同士の戦いがどんなものか見にいくと、スローなライフと言うジャンルに相応しくない戦いが繰り広げていた。


「あれ、本当に決着つくのか?」


 まだまだ元気に見えるけど。つーか、殴り合いなんだ。


「つきますね。ダニラオズ様が負けます」


「断言するんだ」


「まあ、ダニラオズ様も強いですが、バルナド様は歴戦ですからね、負けはしません」


 オレにはさっぱりわからんが、戦士にはわかるのだろう。


 五分くらい観戦してると、団長さんの右ストレートが第二団長さんの脇腹にクリーンヒット──からの、左アッパー。それで決着がついた。


 第二団長さんが沈んだのを確認した団長さんは、ヨロヨロと第一の旗をつかんで高々と掲げて雄叫びを上げた──と思ったら倒れてしまった。スゴい執念だこと。


「ヤオヨロズに闘技場造って競わせるか」


 あれだけの戦いをするなら観客集めて見世物にすれば金になるな。野蛮人どもの血抜きにもなるしよ。


「ミタさん。勇者たちを魔女さんところに運んでくれや」


「畏まりました」


 オレも勇者たちの回復の続きをしますかね。


  ◆◆◆


 一晩明けての大宴会。


 なにを言っているかわからない者もいるだろう。オレもなにを言っているかわからない。朝起きたら大宴会だったのだ。


「まったくもって理解できんわ」


 回復魔術があり、回復薬で死なないことはわかっていただろうが、殺し合いに近いことをしたのに、そこに満ちる空気は清々しいもので、恨みなんて一つもない様子だ。


「よくも悪くもそれがシープリット族ですから」


 勝者の余裕か、それとも性格か、ルダールが悟ったような口調で論じた。


「そいつらを使う身としては大変だがな」


「ベー様なら上手く使ってくれると信じてますよ」


 丸投げするの好きだが、されるのは嫌いなんだがな。ハァ~。


「そう言や、シープリット族の女ってなにしてんだ?」


 シープリット族の野郎を見てたら女は家を守る性質だとは思えねー。それなりに血気盛んなはずだ。


 ……血気盛んじゃない女なんてこの世にいないとオレは思ってる……。


「魔大陸で開墾してます」


 開墾? そんなことする種族だったっけ?


 シープリット族のことなどなにも知らんが、見た目から狩猟種族だろう。土いじりなんてしたことねーはずだ。


「ダークエルフが開墾を始めたと聞いて、カイナ様がシーカイナーズ基地周辺の開墾を指示を出したんですよ」


 シーカイナーズの基地ってーと、マスドライバーがあるところ、だったっけか?


「気候的に大丈夫なんか?」


 キャサリーンなハリケーンが来てなかったっけか?


「嵐が来たらミサイル撃ち込んで打ち消すとか言ってましたな」


 はぁ? ミサイル撃ち込んで打ち消す? アホか?


 と言えないのがカイナだったりする。二四時間撃っている姿が容易に想像できるわ。


「魔大陸の暮らしは大変か?」


「そうですな。カイナーズに家族がいるならそれなりに暮らしていけますが、そうでなければ大変でしょうな」


「だから必死、ってわけか」


 シープリット族の特性かも知れんが、暮らしをよくするために命懸け、ってことか。


「カイナーズの給金もいいですが、ゼルフィング家に仕えられたらさらに暮らしがよくなります。しかも、こうして名誉と誇りを与えてくれる。命を捧げるくらいなんでもありませんよ」


 そんな重い命などいらんわ! いや、命は重いけどさっ!


「シープリット族の女は戦いとかするんかい?」


「……はい。いざとなれば」


 口調からいざとならなくても戦いそうな感じだな。


「ミタさん。シープリット族のメイドっているのかい?」


「いえ。いません。毛が多い種族はいろいろありますから」


 季節によって毛が生え変わるのか?


「じゃあ、ダークエルフの村にゼルフィング家の別宅を造って、シープリット族の女を八〇人くらい雇ってくれや。オカンを守る部隊とサプルを守る部隊を創りたいからよ」


 オカンには鬼族のメイドがついているが、機動力はシープリット族には劣る。広範囲を守るならシープリット族が適任だろうよ。


 サプルはオールマイティーだからそれに合わせて、いろんな種族を確保してたほうがイイやろ。


「では、おれの娘を使ってくれませんか? 脚の速さはおれが保証しますよ」


「なら、ルダール。うちに転職して仕切ってくれ。カイナにはオレから言っておくからよ」


 シープリット族の纏め役としてルダールにやらせよう。


「野郎を何人か誘ってもいいですか?」


「そうだな。まあ、二〇人までならイイよ」


 一人では大変だろうし、交代要員は必要だ。二〇人までならなんとかなんだろう。


「ありがとうございます! ゼルフィング家に絶対の忠誠を!」


 そんなもんいらんが、言っても聞かないのだから笑って流すまでだ。


「ミタさん。あとは頼むわ」


 本拠地はダークエルフの村となるのだからミタさんに任せるほうがイイやろ。


「畏まりました。ルダールさん。推薦をお願いします。判断はこちらでしますので」


「わかった。すぐに集める」


 ミタさんからシュンパネを受け取ったルダールが転移していった。


「ベー様。少し離れます。どこかいくときは必ずメイドを連れていってくださいね」


 来るなと言ってもついて来る感じでメイドさんに囲まれてますけど。


「あいよ」


 一応、素直に返事しておく。変なこと言ったらさらにメイドさんに囲まれそうだからな。


 大宴会を邪魔するのもワリーと、終わるまでマン○ムタイムと洒落込んだ。あーコーヒーうめ~!


  ◆◆◆


 死んだように眠るシープリット族。死屍累々にしか見えんな。


「……クセーな。こいつらちゃんと風呂入ってんのか……?」


 清潔な獣人もいるが、体毛が多い獣人になるほど獣臭かったりする。特にシープリット族の野郎は鼻を塞ぐほど臭かった。


 種族による臭いはあるからそれを非難することも否定することもできねー。が、ゼルフィング家で働くなら清潔は必至。サプルの合格点をもらわなければならねー。そこに慈悲はなし。ダメなら放り投げられるだけである。


 死屍累々の中を見回しながら歩いていると、赤鬼のメイドがハンカチで口と鼻を押さえているのが目に入った。


 他のメイドも見ると、同じくハンカチで口と鼻を押さえていた。ミタさんは平然としてるけど。


 サプルの薫陶を受けたのか、うちのメイドは信じられないほど清潔だ。きっと体臭もイイのだろう。食から体を変えるからな、サプルってマイシスターは……。


「メイドの髪って、誰が整えてんだ?」


 髪の艶もイイが、髪型も綺麗に切られている。これは誰かが切ってる証だ。


「美容部のメイドです」


 そんな部まであるんだ。うち、なんでもありだな。


「ここにいるかい?」


「はい。四名います」


「それって多いの? それとも少ねーの? つーか、美容部って何人いんのよ?」


 美容部と言うのだから一〇や二〇じゃねーはずだが。


「一四名です」


 あら。意外と少ないのね。需要ねーのかい?


「いえ、センスがあるものが少なくて、増やせないのです」


 センスとか自然に使ってるミタさん。このメイドに勝てるメイドなし、だな。


「サリバリに頼るか?」


 性格に難はあるが、技術とセンスはピカ一だ。いずれ美容師として名を上げるだろうよ。


「王都で忙しくしていると聞いてますから止めたほうがよろしいかと。またプリッシュ様に叱られますよ」


 プリッつあんに叱られようが一向に気にしないが、あのメルヘンは同調者を募るが上手い。集団で責め立てられたら厄介なので止めておこう。うん。


「美容メイドを増やしたいのですか?」


「う~ん。ちょっと悩んでる」


 オレが求めているのはシープリット族の体毛をなんとかできるものだ。


「ゼルフィング家で雇うなら身嗜みにも心がけてもらわねーと困る」


「……ですね。サプル様がいたら荒れ狂ってるでしょう」


 オレですら鼻をつまみそうなくらいなのだ、サプルなら一切の躊躇なく焼却しているところだろうよ。


「シープリット族って風呂入るのかい?」


 まあ、入っている臭いではねーけどよ。


「水浴びはするようですよ。放っておくと虫が湧きますから」


 それならよけいに綺麗にすると思うのだが、まあ、いろいろあるんだろう。


「風呂を造るか」


 野蛮人どもを文明人に導くのも雇い主の役目だ。まあ、風呂に入れるのが文明人の証になるかは知らんけど。


 あらよ、ほらよ、どっこいしょ~は魔法の言葉。ドリャと二五メートルプールサイズの風呂を土魔法と結界で築いた。


 水は川から引き、こいつまたなんかやってるよと言う目をしながらオレのやっていることを見ていた魔女さんに火の玉を放り込んでもらった。


「ミタさん。カイナーズホームから理髪用のハサミとか買って来てくれや」


「わたしのをお使いください」


 と、ジュラルミンケースを無限鞄から出した。


 持っているのはオレに必要なものとか言ってたのに、理髪用のハサミなんて持ってる……いや、こうして必要になってんだから言葉通りか。この万能メイドは未来でも見えるのか……?


 ジュラルミンケースを開くと、サリバリに作ってやったハサミより優れたハサミが何種類と入っていた。


「ベー様は、髪を切れるのですか?」


「毛長山羊を刈ってたし、サリバリに髪の刈り方を教えたのはオレだぜ」


 サリバリほどのセンスはねーが、毛長山羊を誰よりも刈って来た。シープリット族の毛を刈るくらい雑作もねーよ。


「丸裸にしそうな勢いですね」


 心配めさるな幽霊さん。加減は知っていますよ。


「テメーら! いつまで寝てやがる! さっさと起きやがれ!」


 足元に転がる野郎を蹴飛ばして結界風呂に放り込んでやる。


 深さは二メートルくらいにしたので溺れはしまい。まあ、仮に溺れてもすぐに救うから問題ナッシング。


 次々と野郎どもを蹴飛ばして結界風呂に放り込む。


「ミタさん、石鹸」


「はい」


 ミタさんに手を出したら宇宙の刑事さんが蒸着するより速く石鹸をオレの手に置いた。


 石鹸をデカくして結界斬。幾百に切り分けた石鹸を結界風呂に放り込んだ。


「体を洗え! 綺麗になるまでそこから上げねーからな!」


 反論も抵抗も許さねー。綺麗になる以外、そこから出れるとは思うなよ。


 汚れたお湯を排出しては新しいお湯を投入するを繰り返し、野郎どもを入れ替えして獣臭を消し去ってやった。


「さあ、今からオレはシザーハ○ズ。テメーらを刈り刈りしてやるぜ! シャキーン!」


 ハサミを構え、野郎どもの毛を刈り始めた。うおりゃーっ!

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