第八章

第129話 一〇〇年後も友達

 休憩後、高台をベースキャンプにして周りの植生を調べることにした。


 と言うか、チビッ子さんが知りたいと主張したのだ。植物に興味がおありで? 


「はい。わたし、植物を使った魔術が好きなんです」


「へ~。植物を使った魔術ね~。帝国の魔術は多岐に渡ってんだな」


「多岐に渡った魔術を使っているあなたに言われてもね」


 委員長さんのジト目がステキです。


 ……もしかして、オレには委員長属性があるのか……?


「ミレオの仲間かしら? 茎がちょっと違うのね」


 完全に自分の世界に入ったチビッ子さん。メイドさん一人とカイナーズの三人をつけてオレも周りに生る植物を観察する。


「ってか、あんたは興味ないんかい?」


 委員長さんも植物を観察してるが、あまり関心なさそうだ。


「いえ、そんなことはありません。ただ、わたしは魔術のほうが好きです……」


 ここに来たのは言われたから、って感じだな。


「魔術、ね。なに系が得意なんだ?」


「なに系、ですか?」


「戦闘魔術とか生活魔術とか、系統とかあるだろう? それとも学門的な魔術とかか?」


「……あなた、本当に何者なんですか……?」


「あんたらには異常な存在に見えるだろうが、オレは村人。それ以上でもなければそれ以下でもねーよ。って言っても納得できねーだろうが、世界にはオレより非常識な存在がいる。魔女なら常識の外にも目を向けな。世界は広いんだからよ」


 同年代のオレが委員長さんに言っても説得力ねーけどな。


「で、なにが得意なのよ?」


「……回復魔術です……」


「おー! 回復魔術か。そいつはスゲーな。人で回復魔術を使えるヤツ初めて見たよ!」


 治癒魔術を使う人族はいた。だが、回復魔術はいないとまで言われているほどだ。


「……気持ち悪くないの……?」


「気持ち悪い? なんで? 人族にとって宝と呼ぶべき存在だろう」


 人が回復魔術を使える。それが意味するところはとても大きいことだ。


「ってか、よく外に出したな、叡知の魔女さんは? 他所に知れたら不味いだろう」


 回復魔術は失った腕を生やしたり、病気を治せたりもすると伝聞にあった。権力者としては犯罪になっても手に入れるだろうよ。


「あなたなら問題ないと館長が言ってたわ」


「ってか、オレを利用する気満々だな、あの叡知の魔女さんは」


 オレが知って放っておかないと知ってのことだろう。まったく、見透かされてんな、オレ……。


「……あなたも回復魔術が使えるの?」


「使えんよ。だが、回復魔術を発展させてやることはできるな」


 まあ、飛躍的には無理だが、体の基本構造や病気を教えてやることはできるし、先生に紹介もしてやるな。


「ただまあ、回復魔術は学ぶことあるぜ。人の構造は複雑怪奇だからな」


 前世の記憶と薬師としての知識があるが、前世の医者からしたらままごとレベル。とても自慢できるもんじゃねー。


「……わたしは、回復魔術を極めたい……」


「イイ心意気だ」


 無限鞄から先生が書いた病気分別と翻訳眼鏡を委員長に渡した。


「この世で狂った薬師が書いた病気分別で、その眼鏡は自分の知る文字に変換してくれる魔道具だ。やる、とは言えないが、しばらく貸してやるから書き写しな」


 知識の独占とか興味がない先生。貸したところで文句は言わないが、まあ、竜の血でも献上しておこう。


「……き、貴重なものではないの……?」


「貴重だな。だから貸すんだよ。回復魔術の発展のためにな」


 人生をかけて医療に費やすなんてオレには無理。なら、代わりにやってもらえばイイだけ。病気分別を渡すくらいなんでもねーよ。


「遠慮すんな。こちらとしても得があることだからよ」


「得、ですか?」


「医療が発展すればオレの子や孫の代が助かる。こうして魔女さんたちと仲良くなれたんだ、もしものときは頼らせてもらうさ」


 将来のための貸し。あの叡知の魔女さんなら返さないとは言わないだろう。百年先も学ぶことはたくさんあるんだからな。オレとの繋がりは切らないはずだ。


「……わかったわ。ありがたく借ります」


 おう。ガンバって書き写してちょうだいな。


「まあ、今は薬草採取に集中な。薬草の効能は回復に通じる。知識に無駄はねーんだからな」


 オレの幸せな未来のためにガンバってくださいませ。


  ◆◆◆


 薬草採取は順調と言えなかった。


 理由はチビッ子ちゃんが植物をデジカメに収めるのに集中しすぎて動こうとしないのだ。


「すみません。この子、集中すると周りの声が届かなくて……」


 委員長さんが申し訳なく謝る。


「構わんよ。オレも似たようなもんだしな」


 採取に夢中になって陽が沈むまでやってたこと何度もあるし。


「それにしても姿を写す魔道具があるのね」


「まあ、考えたヤツは偉大ってことさ」


 デジカメはミタさんが出したもので、印刷して渡すそうです。


「高価なものなの?」


「まあ、高価だな。いくらだっけ?」


「二〇〇万円です」


 オレのセリフの意味を理解したミタさんも乗ってくれた。


 ブルー島にも売店はあり、魔女さんたちにお小遣いとして月に千円を渡してある。


 ……物価が駄菓子屋レベルなので千円で充分なんです……。


「二〇〇万円。そんな高価なものを貸してもらって大丈夫なの?」


「高価は高価だが、道具は使ってこそだ。壊れたら壊れたでしょうがねーさ」


「あなたの価値観がよくわからないわ」


「人それぞれの価値観さ。まあ、どうしても知りたいってんなら教えるぞ」


 オレの価値観を理解してくれる者が少ない。理解してくれるなら一年かけて教えてやるぜ。


「いえ、遠慮しておくわ」


 にべもない。でも、それがちょっとステキです。


「魔女なら結界で植物を集めたらどうだ? あるだろう、そう言うの」


 本に結界を張れる魔術があるんだから、帝国の魔女ならできんだろう。


「あるけど、できる人はそんなにいないわ。あまり人気のある分野ではないから」


 魔術にも人気とかあるんだ。魔術って結構枝分かれしたものなのか?


「便利で役に立つんだがな」


 近くの葉をもぎ取り、結界で包み込む。


「ほれ。標本のできあがりっと」


 結界を浮かばせて委員長さんに見せてやる。


 これで結界の有用性がわからないようでは魔女としては失格であり、今後の伸びも期待できないだろう。そして、叡知の魔女さんの見る目もねーってことだ。


「そして、こうすると本にも張れる」


 ペしゃんと両手で潰し、ペラッペラッの薄さとする。


「…………」


「魔術っておもしろいよな」  


 いや、やってるのは結界なんだが、汎用性は同じなはず。いや、若く、才能がある者が揃っているのだ、オレなんかより活路を見つけるだろうよ。


「いろんなことに興味を持て。若いんだからよ」


 好奇心は猫も殺す。されど人を活かすこともある。オレの中の諺だ。


「同年代がそれを言う?」


「興味を持つことに年齢なんて関係ねーよ。オレは一〇〇年後も好奇心を輝かしているぜ」


 まあ、一〇〇歳まで生きられるかわからんけど、死ぬそのときまでオレは世界に興味を持って生きるぜ。


「そのときあんたも生きてたらお茶でも飲みながら好奇心に華を咲かせようぜ! ってか、魔女の平均寿命ってなんぼよ?」


 誰も彼も人外になるとは思わんが、何百年と生きてそうなイメージだ。


「……魔力により違うけど、一〇〇年以上生きている方はざらね。長老方は三〇〇年がざらだけど……」


 そ、それは長生きでよーござんすな。つーか、三〇〇歳ってもう人外の域じゃね?


「帝国はおっかねーな」


 さすが帝国と言うだけはある。あれだけの秘密があるバイブラストが帝国に下るわけだ。オレの想像も超える秘密がありそうだな……。


「わたしとしてはあなたのほうが怖くてたまらないわ。その歳で館長と対等にやり合えるんだから」


「対等なもんか。確実にこちらが下で、敵対しないよう心がけてる毎日だわ。あんたらを引き受けたのだってその一環よ」


 こっちは個人。帝国が本気になったら七日で潰されるわ。


「……七日持つだけで異常ですけどね……」


 背後でオレだけに聞こえるように呟かないでくださいませ。


「まったく説得力がないし、館長のほうが下手に出ているように思えるわ」


「そう言うところが油断できねーんだよ、あの魔女さんは」


 あれは深慮遠謀が形になったような存在だ。絶対、懐に入れてはダメだ。入れたら最後、身も心も支配されるだろうよ。


「それが対等と言う証拠よ」


 この委員長さんも結構な性格してるよな。


 雲の上のような存在と対等と言いながら少しも臆した様子はねー。それどころかグイグイ来る。他は声をかけて来ようとしねーのによ。


「あんたとはイイ友達になれそうな気がするよ」


 こう言うタイプ、嫌いじゃない。仲良くなったら楽しい会話ができそうだ。


「そうかもね」


 委員長さんも満更でもなさそうだ。フフ。委員長さんの将来が楽しみだな。


  ◆◆◆


 採取そっちのけで委員長さんと回復魔法談義に花を咲かせていた。


 委員長さんの回復魔法は、まだ弱く、擦り傷を回復する程度。だが、それはまだ抑えているから弱いのであり、もっと魔力を注げば切り傷までは回復させられるらしい。


「とにかく魔力を食うのよ」


「それは、無理矢理回復させてるからじゃねーの?」


「無理矢理ってどう言うこと?」


「体のことをなにも考えず、魔力押しで治してんじゃねーかってこと」


「体のこと? どう言うことかしら?」


「う~ん。どこから説明したらイイかな?」


 人体解剖とか細胞とか知らんヤツにどう説明したらよいのやら。それが一番の難題だぜ。


「これは大雑把な概念だが、人は小さな小さな粒でできているとされている。小さすぎて目では見れない」


 だがと、結界で顕微鏡を創り出し、近くにある葉をむしって葉を何十倍にも拡大してやる。


「本当ならもっと拡大したいんだが、オレの力じゃこれが限界だ。もっと技術が上がれば何百倍も拡大されるんだがな」


 そこは未来の技術者に賭けるしかねーな。


「まあ、今はイイんだ。つまり、人は小さな小さな粒でできていると考えて、人の体を考えていくんだよ」


 オレもそこまで賢くねーし、昔すぎて忘れていることもある。そんな雑な説明ながらも委員長さんは真剣に聞いている。


「すまんな。凡人にこれ以上の説明は無理だわ」


「それだけの知識があって凡人と言われても嫌みにしか聞こえないわ」


「凡人でも勉強すればこのくらいになると言うイイ見本だ。あんたはオレより賢いんだからオレ以上になるさ」


 委員長さんは、天才ではねーが、秀才ではある。向上心もあるし、しっかり学べば五年で追い抜かれるだろうよ。


「まあ、オレからアドバイス──助言できるとしたら人型の魔物を解剖してみて、体の構造を知るとイイ。慣れたら人に移って、罪人なんかを実験台にすれば飛躍的に回復魔術は発展するよ」


 人を回復させる者は人を破壊するのにも長けている。とかなんとか言った人がいたような? いないような? まあ、それは真理だとオレは思う。なんたって先生がそうだしな。


「……す、凄いこと言うのね……」


「綺麗事だけで人の体は理解できんよ。オレの知識だって何千人何万人の犠牲の上にあるものだし、オレだって知るために何千もの命を奪って来た。それを綺麗事にするつもりはねーぜ」


 命を奪って生きているんだ、なんの罪もねーなんて言えねーよ。


「……そう……」


 若い娘には酷なことだろうが、回復魔術を極めたいのなら避けては通れない。人と接していかなくちゃならないんだからな。


「まあ、あんたなら大丈夫だろう。理性は強そうだからな。オレの先生は探究心が強すぎて魔王になりかけたからな」


 まあ、魔王と言っても過言ではねーが、本人は魔王になってないと言うのだから生徒としては言い分を尊重してやろうじゃないの。


「……魔王とも知り合いなの……?」


「魔王どころか勇者にも知り合いがいるぜ。ここにいる理由も勇者と会おうと思ってのことだしよ」


 いや、おもいっきり道草してますけど!


「……冗談に聞こえないんだけど……」


「冗談じゃないからな。帝国には勇者いねーの?」


 いるって聞いたことねーけどよ。


「いるわよ」


「え、いるの!? マジで?!」


 まさかのこにビックリしてしまった。


「わたしは会ったことはないけど、風の勇者と呼ばれる方がいらっしゃるわ」


 ん? 風の勇者? あれ? どっかで聞いたことあるぞ? どこでだっけ?


「マイロード。創造主様を追っていた者です」


「あ、エリナを追ってたヤツか!!」


 昔……でもねーが、いろいろ濃い日々で忘れったわ。


「……あの勇者、帝国の勇者だったんだ……」


 まさか風の勇者のことを今知るとはな。ほんと、ビックリだわ~。


「勇者って、他にもいるものなの? 帝国では一人しかいないけど」


「ま、まあ、勇者の定義なんて国それぞれだからな。うちの国の勇者は神託らしいけどよ」 


 勇者ちゃんは転生者だ。神(?)に三つの能力をもらっただろうが、前世の記憶は持って生まれなかった。


 どう言うことかは永遠に謎ではあるが、ないことで国はさぞや混乱しただろうよ。敵もいないのに勇者なんて神託を受けたんだからよ。


「あなたの国、アーベリアン王国、だったかしら?」


「ああ。そうだよ。帝国からしたら小国すぎて知らないだろうがな」


「そうね。ここに来るまで名前さえ知らなかったわ」


「そうなんだ。人外の間では有名らしいがな」


 特にグレン婆が、だけど。


「あんたも人外を目指すならアーベリアン王国のことは知っておいたほうがイイぜ。ヤベーのがたくさんいるからよ」


 どうヤベーかは話さないでおくがよ。


「そうね。じっくり知っていくわ」


 なぜオレを見て言うんです? オレは人外じゃなくただの人なんですが……。

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