第128話 コファー(コーヒー)
清々しい朝がやって来ました。おはよー!
洗顔を済ませ、採取スタイルに着替えてキャンピングカーから出ると、迷彩服を着たレディたちがいた。え、なに?
「魔女さんたちですよ」
あ、魔女さんたちか。着ているものが違ったからわからんかったよ。
「服が違うとわからんもんだな」
ってか、迷彩服とか誰のチョイスよ? もっとこの世界らしい格好にしなさいよ。魔女感0だわ。
「おはよーさん。早いんだな」
まだ七時(この地域での、だよ)を過ぎたくらい。活動するには早すぎだろうに。
「先生を待たすわけにはいきませんので」
先生? 誰よ?
「ベー様でしょう。薬学を学びに来てるんですから」
あ、そうでした。おもいっきり忘れてました。
「聞いてるとは思うが、皆には薬草を採取してもらう。南の大陸の薬草がどんなもんか学んでくれや」
将来、きっと君たちの糧となるから──なんて殊勝な気持ちはないが、知って損にはならないから遠慮なく学べや。
「はい。しっかり学ばせていただきます」
なんて殊勝な魔女さんだこと。魔女ってもっとはっちゃけてるもんだと思ってたが、まあ、やる気はありそうなのでよしとしよう。
朝食をいただき、食後のコーヒーをいただいたらオレのやる気も百パーセントに充填された。
ザイライヤーの集まっている場所に向かうと、アマゾネスなおねーさんたちが準備満タンで待っていた。こちらもやる気満々やね。
「採取に出たいんだが、準備はイイかい?」
「ああ。できている」
と、すっかり目が治った、いや、生まれ変わったかのようなエース的なおねーさん。オレにオーラが見えるなら黄金色のオーラが噴き出していることだろう。
……強さも親父殿に匹敵したような気がするぜ……。
「後ろのは別の大陸の魔女だ。故あってオレが預かっている。薬草の採取に同行させるんで、薬草の見分けを教えてくれや。礼はするからよ」
魔女さんたちがどれくらい動けるかわからんが、アマゾネスさんたちみたいには動けないだろう。いや、足手まといになると思う。その迷惑料は払わないとな。
「……魔女、なのか……?」
ん? 魔女って言葉があるんだ。ワールドワイドなのか、魔女って……?
「なにか問題か?」
「いや、別の大陸の魔女とこちらの魔女は大分違うようだ」
まあ、迷彩服を着た魔女が他にもいるなら見てみたいがな。
「そうかい。なんか禁忌に触れるようなことがあったら遠慮なく言ってくれや。こちらとしては仲良くやっていきたいからよ」
争わなくてイイのなら争いたくはねー。争ったところで得るもんなんてなにもねーんだからよ。
「こちらも仲良くしたい。不愉快にさせたら許して欲しい。ここでは魔女はあまりよい存在ではないのでな」
やはりか。魔女なんて言葉、ラーシュの手紙にも書いてなかったし、触れないようにしている存在なんだな。
「へ~。違うと言えるか。そりゃスゴいな。普通なら頑なに拒んで排除しそうなもんなのによ」
概念がないものや負と信じてたものを言葉で理解させるのは至難だし、理解できるほうが変だ。それがこのエース的なおねーさんは理解して受け入れた。これだけでこのエース的なおねーさんの性格や能力がわかると言うものだ。
「ザイライヤーは外から受け入れて成り立っている。一族の掟を守れるなら魔女でも受け入れる」
一見、寛容に思えて実は厳しい掟なヤツだな。南の大陸に生まれなくて本当によかったと思わせてくれるぜ。
「オレはザイライヤーの掟をよしとする。だから、譲れない場合があるなら言ってくれ。こちらも可能な限り譲歩するんでよ」
「わかった。我らもベーの掟をよしとする。譲れない場合は言ってくれて構わない。こちらはベーに恩がある。仲間に危害を加えないのならザイライヤーは大抵のことは譲ろう」
大盤振る舞い、って感じだな。まあ、カイナーズとか見て逆らおうとは思わないだろうがな。いたら完全にこの世から消えてるわ。
「ザイライヤーとはよき関係でいられそうだ」
「ああ。ベーとはよき関係を結べそうだ」
握手、な文化はないようなので、にっこり笑ってみせた。笑顔は万国共通だしな。
エース的なおねーさんは表情筋がないようで、頷きで返してくれた。
イイ関係が結べたし、薬草採取にレッツらゴー!
◆◆◆
と思ったけど、さすがに大人数すぎる。ジャングルが踏み荒らされるわ!
「イカン。班分けするぞ!」
魔女さんたちは一〇人。ザイライヤーは八人。メイドが二十人。カイナーズが……いっぱい。この数で団体行動とか無理だわ。
「魔女さんたちに合わせて五班だ。ザイライヤーは薬草に詳しいのは一人で頼むよ」
「わかった」
理解ある方で助かります。
「ミタさんとカイナーズもそうしてくれ」
「畏まりました」
「わかりました」
任せ、決まるまでオレはゆっくりコーヒーをいただく。
「あなた、本当に丸投げするのね」
魔女さんの一人、委員長な感じの魔女さんの冷たい突っ込みが痛いです。名前を知らんので委員長と命名する。
「なにもかもオレが決めることはねー。下の自主性を育てるのも上の仕事だぜ」
「もっともらしいこと言ってるけど、面倒臭いだけでしょう」
ハイ、まったくもってその通りですがなにか?
「……館長がなぜあなたを推すかわからないわ……」
館長? ああ、大図書館の魔女さんか。館長って呼ばれてんだ。
「それを知るのがあんたらの役目だろう。曇りない眼でちゃんと見るんだな」
オレのプライベートまで見られるのは困るが、普段の姿なら隠したりしねー。しっかりオレを見せてやるよ。
「一六歳のオレが言っても説得力はねーが、若いんだからもっと能動的に動けや。オレのところにいる限り、どんな失敗でもオレが支えてやる。自分が成長するために遠慮なく無茶しろ」
それが叡智の魔女さんから預かった者の役目。まあ、それも丸投げなんですけどね! いや、なんかあったらちゃんと責任は取るからね。
「……わかりました……」
不承不承って感じで了承する委員長さん。真面目な性格してんな。
「館長さんをよしとするのはイイが、それだけでは館長の縮小版にしかなれんぜ。あとを追うなら追い越す勢いで挑みな」
あの叡知の魔女さんも大概真面目だが、人の粋を突破するくらいにはイッちゃってる。なにが、とは言えないけどさ。
「べー様。班分けが整いました」
て、オレの班には委員長さんとチビッ子ちゃん、エース的オネーサマ、ミタさんを含むメイドが四人。カイナーズからは一〇人。オレらなにするんだっけ? って思わずにはいられない集団となっていた。
「まるで探検隊だな」
川口さんな探検隊を思い出すぜ。双頭のヘビとか出て来そうである。
……まあ、双頭くらいで驚かないくらい珍獣に出会ってるけどな……。
「じゃあ、出発だ!」
隊長はザイライヤーの者に任せ、オレらの隊はエース的オネーサマだ。
「あ、あの。わたしは、リンベルクと申します。お名前を教えていただけませんでしょうか?」
オレのかけ声を無視して委員長さんがエース的オネーサマに名前を尋ねた。委員長さん、リンベルクって言うんだ。
「わたしは、ジールだ」
そして、エース的オネーサマはジールって言うんだ。
「わたしは、ミルシェです」
チビッ子ちゃんはミルシェって言うんだ。
ミタさんが感情のない目でオレを見ているが、オレも感情のない顔して委員長さんやエース的オネーサマの会話を聞いていた。
「やはり、違う大陸の魔女は違うのだな」
「わたしたちは、知識の番人を自負しますから」
女のおしゃべりの中に男ははいっちゃいかぬ。好奇心で入ったら逝っちゃうからだ。
主役は魔女さんたち。オレらはモブ。大人しくして脇役に徹しましょう、だ。
「べー様。そんなに下がらないでくださいよ。我らはべー様も守ってるんですから……」
「なら、あの中に入ってオレを守れよ」
カイナーズの中に入ってたら、赤鬼さんが囁いてきたので、オレも囁き返した。
「そこはべー様が自力で切り開いてくださいよ。我々は管轄外です」
チッ。役に立たねー野郎どもだ。オレの体ではなく精神を守りやがれってんだ。
オレを守るはずのカイナーズに銃剣で追いやられ、しかたがなく女たちの中に入れられてしまった。
クソ! 誰だ、こんな班にしたのは!
お前だよ! って突っ込みはノーサンキューです!
◆◆◆
ジャングルってのは異世界でも木々が密集して生い茂っているもんだな。
いや、当たり前だろうと言うことなかれ。この密集度は経験しないとわからないもんなんだぜ。
先頭を歩くエース的オネーサマが山刀のようなものを振り回して道を作ってくれてなくちゃ一歩も進めないくらいだ。ちなみに一列になって進んで、なぜかオレが二番目です。
……深く考えたら負けだぜ……。
オレも結界刀で道を拡張し、魔女さんたちが歩きやすいように土魔法で均してやる。
「止まれ」
と、エース的オネーサマが身を屈めた。
ジャングルの中では自分に従えと言われてたので、素直に従う。皆、しゃがみなさい。カイナーズの諸君らもだよ。勝手に攻撃して自然破壊しないように。村の周りみたく焼け野原にしたら怒るからね。
……田畑にするからと許してもらったからイイけどさ……。
「グルーニングだ」
横に呼ばれて指差す方向を見ると、トリケラトプスみたいな生き物がいた。
「デカいな」
二トントラックくらいあるんじゃね?
「グルーニングは大人しい。静かにしていればすぐに去る」
見たものすべて狩るでは蛮人だ。獸にも劣る行為。いや、飢えていた時代は狩りまくって滅ぼした獸もいますけど! ごめんなさい!
エース的オネーサマの言葉通り、グルーニングは立ち去った。
「あれ、食べられるのかい?」
大事なことなので尋ねた。
「……食えるが、狩るのは止めてくれ。グルーニングは森の守り主なんでな」
へ~。見た目は草食恐竜なのに守り主なんだ。ふっしぎー。
グルーニングが完全に消えてから薬草採取を再開させる。
これまで薬草採取のために山の中に何千回と入ってきたが、植生が違うとこうも区別がつかんとはな。じっくり見ないとわからんぜ。
とは言え、薬師としてのプライドがある。灰色の脳細胞をフル稼働して植生を見比べて頭に叩き込んだ。
「ベー様。そろそろ休憩してはどうですか? リンベルク様とミルシェ様も疲労が溜まっているようですので」
と、ミタさんに言われて我を取り戻す。ちょっと集中しすぎたわ。
「ワリーワリー。魔女さんが一緒なの忘れっちまったわ」
魔女さんたちが主役と言っておきながら魔女さんを放ったらかしにするとか、保護者として失格だぜ。
「じゃあ、休むとすっか」
土魔法で高台を創り、獸が入って来ないようにヘキサゴン結界で囲んだ。
四人用のテーブルもいくつか創り、カイナーズの連中に警護してもらう。こいつらの存在意義をなくしたら申し訳ねーからな。
「……魔女より魔法に精通していますよね……」
結界は魔法ではないが、まだ見習いの魔女には区別はつかんか。叡知の魔女さん辺りはオレが魔法じゃない力を使っているとわかってそうだがな。
「自己流だから教えることはできんがな」
サプルやトータは天才だから感覚で教えても理解するけどね!
「ミタさん。お茶を頼むわ」
ジャングルの中で飲むお茶。最高だぜ。
「白茶でよろしいですか?」
「ああ。それでイイよ。オレはコーヒーね」
エース的オネーサマの好みは知らんので何種類か出してあげて。
「コファーを飲むのか?」
コーヒーを飲むオレを見たエース的オネーサマが驚いた感じでそんなことを言った。
「これのことかい?」
コーヒーカップを掲げてみせる。
「ああ。最近、コファーを求める者が多くてザイヤイラーの糧になっている」
「そうなのかい? この大陸ではあまり飲まないって聞いたんだがな?」
ラーシュの手紙でも一部の地域で飲まれていると書いてあった。
「少し前まではな。流れの商人が大量に買うので飲む者も増えたのだ。わたしも気に入っている」
もしかして、それってオレのせい?
「なら、飲むかい? この地のものじゃないがよ」
カイナーズで売っている豆らしいですけど。
「ああ。頼む」
なにか嬉しそうなエース的オネーサマ。コーヒー好きなのかな?
「いい味だ」
ミタさんが淹れたコーヒーを飲み、うっとりした顔で呟いた。
「コーヒー──コファーか。同士がいてくれて嬉しいよ。それの味を理解してくれるヤツが少ないからな」
「それは悲しいな。こんなに美味いのに」
女でコーヒーを好きなヤツはなかなかいない。砂糖と羊乳を入れてなら飲まれるんだがな。
「ミタさん。インスタントコーヒーってある?」
ミタさんは豆から淹れてるが、インスタントもあるはずだ。
「はい。何種類か用意しております」
と、テーブルにインスタントコーヒーの瓶を何種類か置いた。
「コファー好きの同士にやるよ。コファーのある毎日にしてくれや」
コーヒーのある毎日。それだけでイイ人生である。
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