第130話 解剖

 薬草採取も三日目に突入した。


「いや、薬草採取、してませんよね」


 ハイ。おっしゃる通りでございます。それがなにか?


「……その開き直りがベー様らしいです……」


 開き直りではありません。切り替えです。


 まあ、薬草採取は他の班に任せてもイイんじゃないかなと思って来たこの頃。今は人体解剖(いや、ヤンキーだけど)に集中したいです。


「と言うか、リンベルクさん、もう限界っぽいですよ」


 何度目かのリバースに、まるでカルロスさんと戦ったあとの明日の○ョーのように真っ白である。


「情けねーな」


「都会暮らしの女の子にいきなり解剖をさせたらそりゃこうなりますよ」


「そう言うもんか?」


 村の女の子は血塗れになりながらも女子トークに華を咲かせながら解体するぞ。


「同じ都会暮らしの女の子が嬉々(鬼気かな?)として解体してるが?」


 どこか先生と同じ臭いがする魔女──と言うよりサダコさんな感じの女の子が一六体目の解剖をしている。


 どーゆーこと? と、頭に?を咲かせるレディ&ジェントルマンにお答えしよう。


 暗くなり、村に帰ってからも回復魔術談義に華を咲かし、途中で捕まえたヤンキーを使って体の構造を学ぼうと、魔女さんを集めて解剖開始。


「阿鼻叫喚ってああ言うことを言うんですね」


 まあ、そんなリバースカーニバルに参加しなかったのがサダコさんだ。


「ミレンダさんね」


 あ、そう、ミレンダ嬢が解剖に興味津々で、自らやりたいと申し出て来て、懇切丁寧に解剖を教えたわけですよ。


 ほとんどの魔女さんが一体でギブアップしたが、ミレンダ嬢は一六体を解剖してもやる気は失われなかった。


 ……ちなみに、委員長さんは三体で真っ白に燃え尽きました……。


「ベー様。もう就寝の時間です」


 と、結界テントの外からミタさんの声。もうそんな時間か。


 村に臭いが満ちると困るので、結界テントを張ったが、外の様子まで遮断したからわからんかったわ。


「サダ──じゃなく、ミレンダ嬢。それで終わりな」


 血塗れ魔女さんに声をかけるが、集中しているようで耳に届いてないようだ。


「ちゃんと教育しないと、夜な夜な帝都に現れて誰構わず切り裂きそうですね」


 そんな不吉なことを言わないでください。まあ、叡知の魔女さんに手紙は出しておこう。こちらの責任にされても困るしな。


「確実にベー様の責任ですよね」


 それはそれ。これはこれ。魔女さんの将来は叡知の魔女さんの管轄です。


 レイコさんの非難の目から逃れて嬉々(鬼気)としているミレンダ嬢を結界で強引に解剖台から引き剥がした。


「今日は終わり。また明日だ」


「ま、まだ、まだやらして! もうちょっとでわかりそうなの!」


 わかると言うより危ない道が開けそうな必死さである。


 夜な夜な帝都で誰を切り裂こうとオレの知ったこっちゃねーが、この村でやられたらたまらねー。危ない道はここで閉ざしておきましょう、だ。


「解剖の道は一日にしてならず! 次の一歩は明日だ!」


 結界テントから引き釣り出して、外に控えていたメイドさんにミレンダ嬢を綺麗にしろと命令する。


 夜な夜な血塗れな姿で村をさ迷われては怖いからな。


「あと、中にいるのも頼むわ」


 真っ白に燃え尽きた委員長さんもついでに頼んだ。


「カイナーズ。暇な連中にヤンキーを生け捕りさせてくれ。一匹につき千円出すからよ」


 前世なら悪徳企業のような報酬だが、時給八〇円(カイナーズホームはそうだったっけか?)で働いてるなら千円は破格だろうよ。


「何百でもいいのですか!?」


 なんか色めき立つカイナーズの連中。カイナーズは薄給なのか?


「まあ、何万匹も生け捕りされたら困るが、千や二千なら問題ねーな」


 オレにはプリッつあんの伸縮能力があり、収納鞄やフューワル・レワロがある。千や二千、問題ねーさ。


「おぉぉぉぉっ!!」


 と、カイナーズの連中が雄叫びを上げた。な、なんやねん?!


「マイホームを建てる資金が欲しいのだと思いますよ」


 マ、マイホーム? 


「なんでもジオフロントの一角が整地されて、そこに住宅地を設けるそうですね。メイドの中にも建てる者がいますよ」


 ねーさん! オレの知らないうちにジオフロントがとんでもないことになっているようです。


「ねーさんって誰ですか?」


 オレの心の中に住んでる謎のねーさんだよ。


「……聞いたわたしがバカでした……」


 まっ、ドンマイ。


 歓喜だか狂気だかわからんが、カイナーズの連中はやる気一〇〇パーセント。きっと明日もたくさん解剖ができることだろうよ。


「薬草採取、完全にどっかいっちゃいましたね」


 なに、解剖に興味ない魔女さんが集めてくれるさ。


 オレも明日をガンバるために風呂に入ってさっぱりして、夕食いただいて寝ようっと。


  ◆◆◆


 ギャーギャーと言う鳴き声だか叫び声に目を覚ましてしまった。


「……なんなんだよ、うるせーなー……」


 まだ起きる時間じゃねーんだよ。静かにしろよな。


 毛布をかぶって再度眠りにつこうとするが、ギャーギャーが徐々に大きくなって来た。


 ………………。


 …………。


 ……。


「──うるせーよ!」


 なんなんだよ! 安眠妨害だぞ!


「外、大変なことになってますよ」


 レイコさんが上半身をキャンピングカーから出していた。朝からホラーは止めてください……。


「マイロード、濡れタオルです」


 と、顔に濡れタオルが当たり、ゴシゴシと拭かれてしまった。


 お陰で眠気も吹き飛び、頭がすっきりクリアとなった。


「まったく、なんなんだよ」


 ドレミが差し出したカップを反射的に受け取り、なんなのか確かめることもなく口にした。


「……ありがとさん……」


 中身はコーヒーで、とても旨かった。


 キャンピングカーから出ると、インシュロック、って言ったっけ? あの線とかを束ねるヤツ? それで両足両腕をガッチリ拘束されたヤンキーがたくさん転がっていた。


「徹夜でがんばったんですかね?」


「ガンバりすぎだよ! ここはヤンキースタジアムじゃねーんだよ!」


 いや、千や二千でもとは言ったけど! 本当に千匹以上生け捕りしてくるとは思わなかったわ!


「ベー様! たくさん捕まえきました!」


 なんかボロボロになったカイナーズの連中の屈託のない笑顔が眩しいです。


「お、おう。ご苦労さん……」


 その笑顔にはそうとしか返せませんでした。


「ってか、誰が捕まえたかわかんのか?」


 個人戦だったんだろう? 家を建てるんだから……。


「大丈夫です。それぞれの魔物にチップを射ち込んでますから」


 チップ? なんじゃそりゃ?


「ん~よーわからんが、誰が捕まえたかわかるなら纏めて払ってもイイってことかい?」


 これだけいるのを換金してたら何日かかるかわかったもんじゃねー。そんなことに時間を使いたくねーよ。


「はい、大丈夫です! 部隊に経理がいますから!」


 部隊に経理? なんのためにだよ? ほんと、よくわからん集団だよ。


「そっちがそれでイイならオレは助かるよ」


 とりあえず二〇〇万を渡した。


「その経理への手間賃と参加できなかったヤツらへの謝罪だ。余った分は酒代にしてイイからよ」


 なんだかんだとカイナーズにはお世話になっている。二〇〇万くらいで報いてやれるなら安いもんだわ。


「ありがとうございます!」


 ふー。カイナーズのほうはこれでイイとして、ヤンキースタジアムをどうするかだな。


 あ、ちなみにオレらは村の外にキャンプしてますよ。村の中は近隣から逃げて来たヤツらでいっぱいだったからな。


「凄いことになってるわね」


 ヤンキーの悲鳴に起こされたのか、いつの間にか魔女さんたちが集まっていた。


「フフフフフフ」


 って笑っているサダ──ミレンダ嬢は全力全開でスルー。ミタさんに視線を飛ばした。押さえろ! とな。


 首トンされて気絶させられるのもスルーして、拘束されてるヤンキーに近寄る。


「カイナーズでも根絶やしにされないとか、ヤンキーの繁殖力はスゲーな」


 この大陸でのゴブリンなのかな?


「これをすべて解剖するの? 物凄く嫌なのだけれど」


 そうだそうだと、他の魔女さんたちの圧のほうが物凄く嫌なのですけれど。股間がキュッとするので止めてください。


「さすがにしねーよ。オレでも嫌だわ」


 よほど好きか仕事じゃねーと解剖なんてしたくもねー。ゴブリンのときは三〇体で嫌になったわ。


「魔女って魔物退治とかするのか?」


「戦術科ほどではないけど、年に五回は魔物退治をするわ」


 魔女に戦術科とかあるんだ。おっかねーな。


「それは外に出てかい? それとも捕まえたものをかい?」


「……捕まえたものよ……」


 さすがにスパルタじゃねーか。蠱毒のような場所なら付き合いを考えるところだ。


「なら、使い方はわかるよな」


 攻撃魔術の的は動いているほうがイイ。戦闘をするなら、な。


「他にも薬の効果を見るのにもイイし、回復魔術の実験台にもなる。人型の魔物って重宝だぜ」


「……悪魔か……」


「フフ。人は悪魔にも勝る存在だぜ」


 逆に天使にも勝る存在にもなれるんだぜ。知ってた?


「魔女の棲み家に、魔物を保管しておく場所はあるかい?」


「……あるにはあるけど、さすがにこの数は無理よ……」


 やはりあるんだ。オレが想像する以上に大組織のようだ。


 以前、公爵どのが何十もの大派閥があると聞いたことあるが、魔女はその一つのようだな。


「なら、オレのほうで預かるよ」


 薬の効果を知るためにもヤンキーは持っていたほうがイイしな。


「今日は薬草採取班と解剖班、あと、回復魔術班に分けるか?」


 ちなみにオレは回復魔術班です。どんなものか興味あるし。


「ええ。すぐに班分けするわ」


 理解のある委員長さんで助かります。


「ミタさん。そう言うことだからよろしく頼むよ」


「畏まりました。カイナーズにも話を通しておきます」


 頼れるミタさんが大好きです。


 さて。朝食までにヤンキーを片付けんとならんな。


 とりあえずヤンキーを小さくして、結界の中へとポポイのポイ。まったく、朝から忙しいこった。


  ◆◆◆


 ぶっちゃけ、回復魔術って使いどころを選ぶよな。


 いや、怪我を治すと言う点では有効な力ではあるよ。冒険者とか荒くれな業種ではな。


 だが、帝都のようなところでは怪我より病気のほうが多い。そう言うところでは常備できる回復薬のほうが需要があるはずだ。


 そもそも回復魔術を使えるヤツが少なすぎる。委員長さんの会話からも数人、オレの勘では三人いるかいないかくらいだ。


 仮に五人だとしても千人規模の町くらいしかカバーできないだろう。とても帝都──いや、特定の者しか相手できないだろうよ。


 それでは回復魔術なんて発展はしない。イロモノ魔術として笑われるだけだ。


 ヤンキーを傷つけては回復魔術をかける委員長さんを見ながらそんなことを思う。


「そろそろ休憩したらどうだい? 無理しても身にはならんよ」


 根性論を否定する気はないが、賢いヤツは効率を考えるもんだぜ。


「……もうちょっとでつかめそうなのよ……」


「そうかい。まあ、気が済むまでやればイイさ」


 まだ若い身。失敗と後悔を繰り返せ。オレは前世で十二分に経験したからのんびりゆったりやらせてもらうがよ。


「ベー様。薬草採取班が戻って来ました」


 パラソルの下でマ○ダムタイムをしていたら赤鬼のメイド(青鬼のメイドさんといたときのね。いつの間にかミタさんの下に置かれたらしいよ)が報告に来た。


「あいよ」


 オレも薬草採取にいきたかったが、サダ──じゃなく、ミレンダ嬢を筆頭に解剖班(似たようなのが他に三人もいました)を見張ってなくちゃいけない。あいつら、ほっとくと夜な夜な村に恐怖を与えそうになりそうだから、物理的に止めないとならんのだ。


 ……あいつら、先生に預けたほうがイイかもな……。


 毒は毒に制してもらったほうがまっとうになりそうだしな。起きたら相談しようっと。


 薬草採取班が集めて来たものをビニールシートに並べてもらい、ザイライヤー族の薬師にレクチャーをしてもらう。


 チビッ子さんに写真を撮ってもらい、他の魔女さんに名前や特徴をメモってもらう。


「……薬学が遅れてるから薬草が少ないと思ったけど、予想以上に豊富だな……」


 オレらが住む大陸より豊富なんじゃね? 


「用途も多いし、ザイライヤーの薬師、優秀すぎだろう」


 いつからザイライヤー族に加わったか知らんが、オレらが住む大陸より確実に上をいっているし、病気に効く薬が多い。どうやって効果を知ったんだ?


「そうなんですか?」


 オレの呟きを聞いたチビッ子さんが反応を示した。


「薬の種類が多いと言うことはそれだけ病気を知っていることであり診断ができるってことだ。これだけの知識があれば皇帝の主治医になれるぞ」


 つーか、異常だ。どうやればここまでの技術を身につけられるんだ? 文化レベルがアマゾンの原住民レベル(は言いすぎか?)なのによ。


「……もしかして……」


「もしかして、なんなんですか?」


「──いや、なんでもねー。気にすんな」


 おそらく転生者──オレらより前にこの世界に転生させられた者が関わっていると思う。


 まあ、確証はないが、そうだと考えればこの世界のちぐはぐな文明文化のレベルが納得できるってものだ。


「そんなこと言われたら気になります!」


 このチビッ子さん、意外に好奇心が強いな……。


「知りたければ叡知の魔女さんに尋ねな。まあ、教えてくれるかはわからんけどな」


 帝国の裏にいる存在だ、転生者のことを知っていても不思議ではない。だからオレに近づいて来たんだと思う。勘でしかないけど。


 見習いが叡知の魔女さんに尋ねるなどできないようで、チビッ子さんは黙ってしまった。


「どうしても知りたければ成り上がれ。真実を知るにも力がなければ押し潰されるだけだぞ」


 真実なんて知ってしまえばそんなものと思えたりもするが、世間一般に知られてないのなら隠されている理由があるはず。それを無理に暴こうとしたら、まあ、アンタチャブルなことが起こるだろうよ。


「…………」


「どうしても、と言うなら教えてやろうか? 知ったそのときから生活は一変すると思うけどな」


 それが明るくなるか暗くなるかはわからんけどな……。


 オレの満面の笑みになにかを感じたのか、両耳を塞いで首を左右に振った。


「き、聞きたくありません!」


「フフ。それがイイ。世の中には知らないほうがイイことがあるからな」


 好奇心はほどほどがイイ。それが長生きの秘訣だ。特に自分が凡人ならな。


「知らない真実を求めるより、知らない知識を得ることに集中しな。目の前には叡知が広がっているんだからよ」


 金を出しても知ることができない知識はあるもの。それがちょっとの食料と薬で知ることができる。余所見してたら取り零してしまうぜ。


「薬師殿。調合を教えてください」


 教えを乞う薬師殿に頭を下げる。いや、師に頭を下げる、か。これから学ばしてもらうんだからな。


「わ、わたしもお願いします!」


 チビッ子さんがオレに続き頭を下げ、薬学に興味がある魔女さんたちも頭を下げた。


 突然のことに薬師殿が戸惑うが、オレらの真摯な願いに応えてくれ、自分の知っている知識を伝授してくれました。


 師よ、あなたに感謝します!

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