第124話 たい焼き

「え? 空中? なんで?」


 カイナが言うようにオレたちが現れたのは空中だ。


 フュワール・レワロを創ったヤツはきっとアホだと思う。フュワール・レワロに入るときは触った場所から入れるようになってるのだが、中身の創り次第で命がない場合があるのだ。


「そう言う創りだ」


 自由落下の中、カイナに答える。


「レニスたちは?」


「前に入ったときに仕込んでおいたから大丈夫だよ」


 バイブラストの地下にあった天の森にいったとき、いくつかのフュワール・レワロに入って、手頃なものには結界を施していたのだ。


 ……ちなみに出るときは専用の部屋から出るんだから変な創りだぜ……。


 このフュワール・レワロは個人用なのか、中はそんなに広くはなく、高さもない。地上まで一〇〇メートルもないだろう。


 仕掛けた結界で落下速度が緩み、ゆっくりと地上へと落ちていく。


「なんか懐かしいところだね」


「たぶん、オレらと同じ転生者が創ったんだろうな」


 それも昭和生まれで浅草の近くに生まれたんだろう。まあ、それはオレの勘だし、昔過ぎて浅草寺の記憶が乏しいから本物と同じかは知らんけどよ。


「音がないとなんか不気味だね」


「そうだな。なら、カイナーズのヤツでも住まわせろ。ここは、レニスにくれたからよ」


「うん。そうする。おれもたまに来たいし」


 そのときはオレも来させてもらうよ。元の世界のことは吹っ切れたとは言え、こうも元の世界を見せられたら嫌でも郷愁が湧いて来るわ。


 地面、と言うか、石畳の上に着地。見張りに立っていたカイナーズのヤツが駆けて来た。


「ご苦労様。レニスたちは?」


「レニス様とサプル様は町を探索しております!」


 まあ、あの好奇心が服着たような二人がじっとしてられるわけねーか。


「カイナ。二人を頼むわ。オレは門を設置するからよ」


「どこに繋ぐの?」


「ブルー島の姉御のところに繋ぐよ」


 離れに集中させると迷うヤツがいそうだからな。


「できればカイナーズホームに繋げてよ。いろいろ搬入するからさ」


「了解」


 異存はないので了承する。


 とりあえず、ここの転移結界門は境内の端に設置する。


 ここから転移はできないので、外に出るための部屋──本堂へと向かう。


 ……罰当たりなヤツだよな、製作者って……。


 本堂から外に出て地上へと向かう。カイナーズの哨戒艇の一つに上がる。


 ミタさんもその哨戒艇にいて、いつものメイド服に着替えていた。


「いないと思ったら上がってたんだ」


 完全無欠に忘れていたことは内緒。背後の幽霊、よけいなことは言わんとってね。


「ミタさん、転移バッチでカイナーズホームにいけたっけ?」


 前に転移したような気もするが、カイナーズホームは魔改造されすぎて転移バッチでいけるかわからねー。弾かれる前に尋ねたほうがイイだろう。


「はい。大丈夫ですよ。カイナ様が専用の道を創ってくださいましたから」


 カイナにそんな芸当ができたんだ。ちょっと驚き。


「じゃあ、カイナーズホームに転移する」


「あ、あたしがやります。専用の転移ルームがありますので」


 そうなんだ。じゃあ、よろしこ。


 ミタさんにつかまり、カイナーズホームへと転移。なんか格納庫っぽいところに現れた。


「今度からここに転移するとよろしいかと。常駐してる者がおりますので」


 と言ってる間に黄色いエプロンをした店員が二〇人くらい集まって来た。いや、多くね?


「いらっしゃいませ! ようこそカイナーズホームへ!」


 全員で言うなや! うっせーよ!


「カイナから頼まれて転移できる門を設置するからどこかテキトーな場所を用意してくれや」


「どのくらいの場所が必要ですか?」


 転移結界門を創り出す。


「このくらいだ。一応、動かせるから仮でもイイぜ」


「壁にでも大丈夫でしょうか?」


「問題ねーよ」


 と、壁に移動させて固定させる。


「もし、動かしたいときはここのボタンを押して動かせる。決めたらもう一回押したら固定されるよ」


「……便利ですね……」


 何個も創ってればバージョンアップもするわ。


「何人かついて来てくれ。カイナが物を運びたいって言ってたからよ」


 あのフュワール・レワロにはなにもない。住むとなればいろいろ必要だろうよ。


 転移結界門をレニスのフュワール・レワロを繋ぎ、扉を開いた。


「あ、あんちゃんだ!」


 開けたらサプルとレニスたちがいた。まだ探索してるのか?


「よっ。どうだ、ここは?」


「すっごくおもしろいよ! たい焼き屋さんあったからあんこを買いにいくの!」


 たい焼き屋さん? 前にたい焼きモドキを作ったことがあるが、屋さんまでやったことはねーぞ?


「あ、おれが教えた。見たら食べたくなったから」


 カイナか。ならたい焼き屋さんもわかるか。ってか、たい焼き屋さんまであるのかよ。なにを目的でここを創ったんだ、製作者は?


「そうかい。いっぱい作ったらわけてくれや」


「うん! いっぱい作る!」


 まあ、ほどほどにな。お前はいっぱいは一般から百倍はズレてるんだからよ。


「ベー様。あたしもいって来ます!」


 ハイハイ。ご自由に。お菓子大好きメイドさん。と、手を振って承諾した。


  ◆◆◆


 たい焼きができるまで、茶店に入って公爵どのへ手紙を書く。


「……前から思ってましたが、ベー様って手紙になると饒筆になりますよね……」


 なんだよ饒筆って? そんな言葉あるのか? 初めて聞いたよ。


「ラーシュと文通してるからな」


 暇があれば書いているし、書くこと自体嫌いじゃない。楽しい日々を思い出してつい長くなっちゃうんだよな。


「ラーシュさんですか。一度も会ったことないのに一番知ってる方ですよね」


 ラーシュも饒筆? な感じだから手紙は結構な量になる。よくそんなに書けるなと思うよ。


 ……まあ、オレも負けじと書いてるがな……。


 便箋三枚くらいに纏めて封筒に入れる。


「ドレミ。頼む」


 きっとドレミなら大丈夫だと思って差し出したら猫型からメイド型になって受け取った。


「畏まりました」


 と、手紙をエプロンのポケットに仕舞った。四次元ポストか?


 超万能生命体に不可能はなし。畏まりましたと言うのならできるのだろうと、万事任せることにした。


「バイブラストにいる紫がカティーヌ様にお渡しました。読んでもらってもよろしいでしょうか?」


 大陸間通信できる超万能生命体。もうお前が世界を牛耳ろよ……。


「ああ。了承できたらカイナーズの誰かをいかせると伝えてくれ」


「はい。お伝えしました」


 なら、オレのミッションコンプリート。肩の荷が降りたぜ。


「丸投げしただけなのにその笑顔になれるベー様がスゴいです」


 チッチッチ。状況を作らずやるのは放り投げ。状況を作ってやるのが丸投げ。間違えたらいかんぜよ。


 無限鞄からコーヒーポットを出してマ○ダムタイム。あーコーヒーうめ~!


「ん? イイ匂いがして来たな?」


「カイナーズホームの方がなにか作ってるんじゃないですか? 先ほどから荷物を抱えた人たちが行き来してましたから」


 ここを観光地化する気か?


「あのバカはなにをしたいんだか」


 カイナはオレと違う方向にバカだから予想もつかんのよね。


「あ、ベー様。ここを使いたいのですが、よろしいでしょうか?」


 なんかビニール袋を両手に持ったセイワ族の男女が入って来た。


「あ、ああ。構わんよ。コーヒー飲んでるだけだからな。なにやるんだい?」


「団子屋です」


 あ、うん、そうですか。ガンバってちょうだいな……。


 オレの管轄じゃねーし、好きなようにやってくれや。


「……お客さん、来るんですかね……?」


 そこは触れちゃいくないサンクチュアリ。ガンバってんだから黙って応援してあげなさいよ。


「ベー様の人脈でどうにかならないんですか? 一万人くらい呼んだら活気が出ると思いますよ」


「一万人もいねーよ」


 どんな人脈だよ? 友達一〇〇人もいねーよ。


「でもまあ、人がいないのも寂しいか」


 賑わってこその浅草寺。閑古鳥では味わいもねーしな。


「転移結界門を増やしてレヴィウブみたくしたらどうです?」


「管理とかメンドクセーことになりそうだな」


 ここを満たすとなれば転移結界門を何十と設置しなくちゃならねーし、定期的にメンテナンス(高度な結界は誤差動したり劣化したりするんだよ)が必要だ。そんなことに時間を割かれるのはゴメンだぜ。


「淡水人魚でも入れるか?」


 ここは、島になっており、周りは池になっており、下は水が満たされている。観光地の目玉のとしてもイイだろうよ。


 そんなことをぼんやり考えていると、紙袋を抱えたミタさんがやって来た。


「ベー様。たい焼きです!」


 テーブルに皿を出してたい焼きを二つ並べた。


「お茶でよろしいですか?」


「いや、牛乳にしてくれや」


 オレ、たい焼きには牛乳派なんで。


「サプルが焼いたのかい?」


「はい。サプル様が焼いたたい焼き、とっても美味しいんですよ」


 まあ、サプルなら何回か焼けばプロ級になるだろうよ。


 たい焼きをつかんで頭からパクり。モシャモシャモシャゴックン。あー旨い。


「薄焼きか。絶妙だな」


「はい! 最高です!」


 向い側に座ったミタさんがなんとも美味しそうにたい焼きをパクついてる。


 ミタさんって普通の食事はそれなりなのに、甘いものとなると底なしだよな。太らんのだろうか?


 出会ったころよりはふくよかにはなったが、それでもスタイルはイイ。糖尿にならないか心配だよ。


 まあ、ミタさんならよく動くし、大丈夫だろうてたい焼きを完食。牛乳で口の中の甘さを中和した。


「久しぶりに食うと旨いもんだな」


「まだありますよ。サプル様、今も焼いていますので」


「三食たい焼きとか勘弁して欲しいんだがな」


 さすがにたい焼きは一食で充分。二食になったら家出するわ。


「大丈夫ですよ。たい焼きはおやつですから」


 毎回たい焼きでも嫌だけどな。


「オレの分はイイからメイドに出してやりな」


「はい。皆喜びます」


 二つ目に手を伸ばし、頭にパクつく。


「そう言や、小豆クリームってのも旨かったよな~」


 売っているところがなくて滅多に食えなかったが、あの味は転生しても覚えているよ。


「ク、クリームですか!? あんこに?!」


 テーブルをバンと叩いて立ち上がったミタさん。こ、怖いよ……。


「あ、ああ。結構合うもんだぜ」


「ちょっとサプル様のところにいって来ます!」


 茶屋を飛び出していくミタさん。もう好きにしなさいな。


 あ~たい焼きと牛乳。至極である。


  ◆◆◆


 殿! 殿っ!! たい焼き地獄でござる!


 なんて叫びたいくらいたい焼きが運び込まれて来る。


「ベー様! 手が止まってますよ! しっかり詰めてくださいませ!」


「はひっ!」


 なにやってんのよ? とはオレが訊きたいよ!


 続々と運び込まれるたい焼きを結界箱に詰めてたらさらにたい焼きが運び込まれ、なんか結界箱に詰めるマシーンとなってたんだよ。


「ベー様! どら焼きが来ます! 箱の用意お願いします!」


 ん? どら焼き? たい焼きじゃなくて? 聞き間違いか?


 なんて思考するしている余裕すらありませぬ。結界箱をダース単位で創り、ダースで詰めて、カイナーズの店員が台車に積んでどこかへと運んでいった。


 ……前世で食品工場に派遣されたときの記憶が蘇るぜ……。


 無心。そう無心だ。流れ作業に思考はいらぬ。ただマシーンとなれ、だ。


「ベー様。ご苦労様でした」


 やっと就業時間が終わったようで、店員たちが片付けに入った。


「……な、なんだったんですかね……?」


 知らねーよ。と言うこともできず、なんとか茶屋の二階に上がり、空いている部屋に入ってバタンキュー。そのまま深い眠りへとついてしまった。


 ZZZ……。


「……知ってる幽霊だ……」


 目覚めると、レイコさんと目が合った。


「いや、忘れられてたら困りますよ」


 そんな返しは望んでないが、まあ、なんでもイイや。


「ドレミ。水をくれ」


「はい。マイロード」


 と、久しぶりにいろはが現れて水をくれた。サンキューです。


「なんか久しぶりに働いた気がする」


「なんの仕事だったんですか?」


 それは言っちゃいけないサンクチュアリ。さらりと流してくださいませ。


「……一〇時過ぎか……」


 ここは地球時間で動いているのか知らんが、窓から光が差し、賑わいが聞こえて来る。


「自分がどこにいるかわからなくなるな」


 南の大陸の湖の中で浅草のようなフュワール・レワロにいる。我ながら意味わからんな。


「どこにいようとベー様はベー様ですけどね」


 あなたの突っ込み、最近容赦ないよ。もっと優しくしないとオレの心が砕けちゃうんだからね!


「ミタさんは?」


「サプル様のところでメロンパンを焼いてます」


 メロンパン? なぜにメロンパン? 浅草になんの繋がりがあるん?


「よくわかりませんが、サプル様がメロンパンを売る店を見つけて作り始めてミタレッティー様が食いつきました」


 うん。言いたいことは十二分にわかりました。


「──結界!」


 で、姿を消したと同時に部屋の障子が開き、カイナーズの店員が現れた。


「ベー様! あれ? いない? ベー様?」


 カイナーズの店員が部屋の中を見回し、押入れを開け、窓を開けて外を見る。


「……大変……」


 しばし茫然とし、そんなことを呟いたのち、部屋を飛び出していった。ふぅ~。


「また、面倒なことを……」


「まったくだ。面倒なこと押しつけやがって」


 働くのは嫌いじゃないが、マシーンと化すのはゴメンである。スローライフ道に反することは二度とやらんわ!


「いや、そうではなくて」


「なんでもイイよ。見つかる前に逃げるぞ」


 またメロンパン詰めに一日潰されるなどゴメンである。オレの一日は万金にも勝る価値があるのだ。


 開け放たれた窓から飛び出し、空飛ぶ結界で屋根へと上がる。


「なにか鳴ってますね」


 田舎だとお昼にサイレンが鳴るが、浅草で鳴ると違和感しかないな。


「絶対、ベー様がいなくなった合図ですね」


「大袈裟な」


 どんだけオレにメロンパンを詰めさせたいんだよ? 溜め込みたいならミタさんの無限鞄に詰めときゃイイだろうが。


「もう逃げられませんよ」


「問題ない」


 転移結界門を創り出す。


「え? どこに繋がってるんですか?」


 レイコさんの疑問に答えず、扉を開けて浅草から出た。


「部屋? え? ここって? 勇者ちゃんの鞄の中、ですか?」


 そう。万が一のときのために連結結界を施していのだ。繋がっていればどんなに離れていても弄れるからな。


「勇者ちゃんや女騎士さんはいないか」


 まあ、常にいるってわけじゃねーし、いなくても不思議じゃねーから。


「なにか、暮らしてる感じはしませんね?」


 いわれてみれば確かに生活感がないな。まあ、なにがと言われたら困るのだが、部屋から臭いが消えていた。


「ちょっと待ってみるか」


 入ったらオレがいたら驚くだろうが、外に出て勇者ちゃんを驚かすのだからと待つことにしたのだ。


「来ませんね?」


「だな」


 本を読みながら待ってたのだが、一〇時間過ぎても入って来ない。魔王とでも戦ってるのかな?


「ちょっと出てみるか?」


「そうですね。なにか大事に巻き込まれてるかもしれませんしね」


 そう簡単に死にはしないだろうが、物事を解決する能力は皆無。巻き込まれてるならカオスになってるだろうな~。


 天井から伸びている紐を引っ張り、外に出る。


 出たところは森の、つーか、ジャングルだった。ホワ~イ?

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