第67話 トリプル
後出しだな、とか言われそうだが、シャンリアル伯爵領の改革は暇を見てやっていた。
いくらヴィ・ベルくんがオレを真似てはいるとは言え、オレではねーのでオレの考え通りには動けない。
まあ、超万能生命体であるから充分に領主をやっているだろうが、万能故に効率的に動いてしまう。人に要求してしまうのだ。人手がないと言うのに、だ……。
「どん底まで落ちた伯爵領を改革、どころか建て直すのも不可能だと思うんだが」
「領主の妻だったわたしが言うのもなんですが、シャンリアル領がどうにかなるんですか?」
あんちゃんと婦人が懐疑的な目を見せる。
そう思うのはしかたがねーと思う。崩壊しないのが不思議なくらい落ちぶれた領だからな。
それでもやっていけてるのはここが辺境だから。村のルールのほうが強いからやっていけてるのだ。
「どん底で誰も見向きもしないからやれんだよ。好き勝手できるからな」
まさにやりたい放題無限大。領主だったら万歳三唱だろうよ。
「そりゃお前だけだわ」
「そう言えるのはベーだけです」
二人の突っ込みが冴えてます。
「ちなみに、なにをしているんだ?」
「今は開墾だな。ちょうど奴隷が手に入ったからよ」
覚えているだろうか、何十日前……だったかは忘れましたが、村に奴隷商が来たことを。使えると思ってヴィ・ベルくんに買うように勧めておいたのだ。ドレミを通じてな。
「あ、ああ。奴隷を使うのか。随分とまともなことするな」
「奴隷を使うことがまともなのですか?」
貴族だった婦人にはまともじゃなく思えるようだ。まあ、バリアルは豊かだしな。あんなバカはいてもよ。
「フィアラ様。この国では奴隷の使い方は違いますが、カムラやラーゼンと言った魔境に接した国は、開墾に奴隷を使っているんですよ」
「ちなみに、開拓は元冒険者だった者が行うな」*五巻を読んでね。
「初めて知りました」
「知らないのが当たり前ですよ」
それは貴婦人が、って意味で、領主なら耳にはしていることだろう。あんちゃんが言ったようにカムラやラーゼンでは当たり前のことだからな。
「ですが、奴隷が真面目に働くのですか? あまり効率がよいようには思えないのですが。それに管理するのも大変でしょう?」
「そこは、飴を与えるんですよ。何年働いたら解放するとか食事をよくするとかね。まあ、それをするのは賢い領主だけでしょうけど」
大体の領主は使い捨てにする。カムラやラーゼンは奴隷商を認め、帝国は奴隷制度を容認している。商売として成り立っているのだ。
「……そんなことをしていたのですね……」
カルチャーショック、ってほどでもないだろうが、奴隷事情に驚く婦人。やはりこの世界の住人で貴族。必要と理解できる故に不快とは思わないのだろう。
オレもこの世界で生きて来たから奴隷制度が生まれる理由も、必要なのもわかる。が、前世の記憶があるだけにイイ気分になれないのだ。
「だからこそ不自然なんだよ。日頃から仕事は効率的にとか言ってるのによ」
「それは個人でやるから。領の仕事となれば効率より感情を優先しなくちゃならん」
効率的にとか言えるのは効率的な社会になってから。今の時代の辺境な土地では感情が優先される。妬み嫉みが強い時代では、な。
「これは、婦人のほうがわかるかな?」
婦人なら経験してるはずだ。妬み嫉みで妨害される、とかな。
「そう、ですね。嫉妬する者はなにをするかわかりません、からね……」
「一人勝ちは敵を生みやすい。あんちゃんにも覚えがあるだろう」
行商人には行商人の伝があり世界がある。個人で商いをしてても仕入れは町だ。生き馬の目を抜く者なら他人の成功を見逃したりはしない。
「あ、ああ。そうだな……」
「貧乏なら誰も見向きもしねー。だが、儲けてると見ればたくさんの目が向けられる」
それも良し悪しで、状況によりけりだが、今のシャンリアルでは不利でしかねー。
「だから、奴隷を使って開墾してるって情報を流し、見せて、大衆の目を惑わせる」
「そして、その裏で暗躍する、ってことですか」
婦人、わかってるぅ~。
◆◆◆
「──と言っても、まだなにもしてないがな」
今は失われた行政を立て直し、文官を教育してるとこ。暗躍するのはまともに運営できるようになってからだ。
「ただまあ、クレインの町から道を造るのもイイかもな」
別に、シャンリアル側から進める決まりがあるわけではねーし、誰に見られるわけでとねー。春から始めれば秋までには馬車が通れるくらいの道ができるんじゃねーの?
「そのための人手はどうすんだよ?」
「クレインの町からなら魔族の男でも雇えばイイだろう。すべてがすべてジオフロントに関わっているわけじゃねーだろう。資金が限られてんだからよ」
まだ国として成り立ってねーから税金は取ってはいないが、ジオフロントで暮らせることを条件に魔族には労働させている。
もちろん、魔族でも食わなきゃやってられないから食料は配給と言う形で渡しているぜ。
だが、その食料は最低限。餓死はしないが腹いっぱいにはならない程度だろう。数万もの胃袋を満たすなんて今はどう足掻いても無理。どうしても差が出て来るのだ。
「ゼルフィング家やあんちゃんのところ、カイナーズと言ったところで働ける者は例外として、自力で商売しようってヤツは千人もいないだろうし、技術を売れる者も千人もいないだろう」
全体の数パーセント。微々たるものだ。
「移住して来た魔族は数万人。数は力と言うがすべてが有効に使える数は半分も満たない。女子ども老人と、戦力にならなかった者たちが生き残ってんだからな」
皮肉と言えば皮肉だが、戦争した後に残るのは弱者、ってのは世界は違えど同じ結果になるんだからやりきれなねーぜ。
「ジオフロントも開墾開拓なんてしたことねーヤツにやらせてるんだから作業効率は悪い上に不満も出てくるだろう。それを抑えるために粗野なもんは弾かれる」
違うか? と、いつの間にか現れたカイナを見た。
「礼儀礼節思いやりとは無縁の弱肉強食だしね、精々、兵士として育てるのが精一杯だよ」
「そこで思考を停止させるから先はねーんだよ。粗野なら粗野なりに活かそうと考えろ。使い道はいくらでもあるんだからよ」
お前はサバゲー脳からちょっと離れろ。兵士じゃなければ生きていけない世じゃないんだからよ。
「どんな道があるのさ?」
「オレなら土建屋かな?」
「土建? ってなにするの?」
知らんのかい! 高校生でも知って……はいても実状までは知らんか。前世のオレも携わるまでは知らんかったし。
「まあ、なんの知識もなければ開墾から。木を切り倒して道を造ったり、小屋を造ったり、だな」
それもそれで知識は必要だが、最初は体力勝負。荒ぶる肉体を自然にぶつけることだ。
「人でも魔族でも集まれば仕切ろうとするヤツが出てきて集団を作るものだ。そいつにこそっと食い物を渡し、より力をつけさせ発言力を高めさせ、手下が逆らえないようにする」
「それ、反社会的組織の作り方だよ!」
「発展の影にはそんなヤツらがいるんだよ。それに、雇い主は正社会的組織、シャンリアル伯爵領の領主。黒でも白だと言える立場だ。なんら問題はねー」
あったとしてもシャンリアル領の利益の前では些細なこと。必要なくなってから考えます、だ。
「よくよく考えたら今が好機なんじゃね? 永住権を餌にすれば一〇〇人くらいシャンリアル領に引っ張ってこれそうだしな」
ヤオヨロズ国とアーベリアン王国を繋ぐ国境の街。それなら魔族がいても不思議じゃねーし、最初からいたら反発も少ねーはずだ。
「今から育てて技術を身につけさせれば国の外にも出稼ぎにいけそうだしな」
土建業は地元に根付くほうが儲けられるし、長生きできる。まあ、長くやれば癒着や談合など起こってくるが、それは行政がなんとかしろ。できなきゃ衰退するだけ。自業自得だ。
「べー。ゼルフィング商会にそんな人的余裕はありませんよ」
「別にゼルフィング商会が手を出す必要はねーよ。ただ、切り倒した木を買い取ってくれたら助かる。魔大陸に売りにいくからよ」
地竜の餌として使えるし、建築素材としても使える。無駄はねー。
「まあ、今回のことはシャンリアル伯爵として動くし、動くとしても春からだ。あんちゃんも婦人も安心しな」
人材募集は今からやるけどねっ!
「……まだなんか企んでる顔だね……」
カイナがジト目で見てくる。
「オレはアーベリアン王国の住人であり、シャンリアル伯爵領の領民であり、ボブラ村の村人でもある。自分の住むところが豊かになるよう考えたり動くのは当然だろうがよ」
ヤオヨロズ国に協力しているとは言え、オレはアーベリアン王国の者。優先させるべきは自国だわ。
「だがまあ、ヤオヨロズ国を蔑ろにする気はねーぜ。今のヤオヨロズ国は税金を取っていない状態。儲ければそのまま懐に入るからな。クク」
無税ってイイよね。なによりイイのが怪しい金でも文句は言われない。自由に金を動かせるってことだもんな。
「お前が一番反社会的存在だな……」
「悪徳領主よりたちが悪いですね……」
「悪魔の所業とはこのことだ……」
そんなトリプル突っ込みノーサンキュー!
◆◆◆
「ともかく、これはシャンリアルの問題だから安心しな」
あんちゃんもゼルフィング商会もアーベリアン王国に属しているとは言え、販路はアーベリアン王国以外に向けられている。関わったって儲けは少ねーさ。
「お前が関わったことに安心なんて言葉はねーんだよ!」
「そうです。ましてやシャンリアルが伸びるならバリアルにも影響を及ぼします。名を捨てたとは言えわたしはバリアルの者。関わらぬわけにはいきません」
「魔族を雇うと言われてほっとけないよ。一応、魔族側の代表だしさ」
一応と言ってないでハッキリと代表と言い切りやがれ! 腐れ魔王が。お前が王になれば大抵のことは片付くんだからよ。
「まず、お前の頭の中にある計画を出しやがれ! 話はそれからだ」
無茶言うな、あんちゃんは。伯爵領の政策をしゃべれとか、他だったら首が物理的に飛んでるぞ。
「別に計画とかそんな大層なもんはねーよ。やれたらイイなぁ~くらいなもんさ」
まだ思いつきていど。試してる段階だわ。
「お前のイイなぁ~は成功を確信したあとによく言う言葉だわ!」
え、そうなの? 全然気がつかんかったわ。注意しなくちゃな。
「そうなのですか?」
「そうですよ、婦人。こいつは頭もさることながら勘がアホみたいにいい。二つの出来事が無関係のことでも共通点や打開策を見つけてくっつけてしまうんです。たぶん、婦人を見たときにゼルフィング商会の構想が浮かび、引き込むために動いたはずです」
「確かに言われてみればそそのかれた感じですね」
そ、そんなことないよ~。
「こいつのことだからいつかゼルフィング商会から身を引き、完全に婦人に押しつけますよ。商会の名にゼルフィングとつけたところから絶対です。籍を抜けはただの村人となり、ゼルフィング家とは関係なくなりますからね」
そ、そんなふうになったりもしますね。あははのはぁ~。
「こいつは望めば一国の王にすらなれるのに、甘んじて村人になってやがるんですからね」
甘んじて、ではねー。望んで村人をやってんだよ。
「王になりてーならあんちゃんを王にしてやるぞ」
王なんてあちらを立ててこちらも立てられるなら種族も年齢も性別だって問わない。足りないものは他から持ってくればイイんだからな。
「ならねーよ! 半年で死ぬわ!」
「そこは任せろ。老衰で死なせてやるからよ」
専属薬師になって死ぬまで働かせてやるぜ。
「死が安らぎとかごめんだわ! つーか、お前の傀儡とか悪夢でしかねーよ!」
失敬な。ちゃんとイイ夢見させてやるぜ。
「ほんと、べーって悪辣だよね。なんで勇者ちゃんに成敗されないんだろう」
ラスボスみたいなお前が言うな、だ。
「落ち着け。そんなに不安なら町に支店でも置け。シャンリアル伯爵領のお抱えにしてやるからよ」
町の商人から見放された今がチャンス。それこそイイ夢見させてやるぜ。
「もちろん、あんたたちもシャンリアル伯爵領のお抱え商人として優遇してやるから安心しな」
孫二人を見てにっこり笑う。
まずは食料捕獲のルートを一つ手に入れた。新鮮なら半日でいける周辺の村々にも魚は届けられ、村々が作る野菜も町に届けられる。食の循環が生まれるだろう。
「婦人。こう言う澄ました顔をしているときは要注意ですからね。バラバラだったパズルが合わさったときです」
クソ。長い付き合いだけに誤魔化すこともできんぜ。
「ったく。実行するのはシャンリアル伯爵で、お触れを出すのは町でだ。人がいないってんなら王都から引っ張って来い。伝はあるんだから。婦人もバリアルが大切なら知人にでも情報を流せ。よしみにしてる商会や親族なら喜ぶだろう。カイナは仕切ってる頭に金を渡して『やれ』って命令出せばイイんだよ。ときどき口の上手い部下に酒でも持たせて煽てたり、カイナーズホームを利用させてやれば進んで働くようになる」
それですべてが上手くいくとは言わねー。問題がないとも言わねー。だが、頭か動かなくちゃ下は動かねーのはどこの国、どの種族も同じだ。ましてや強い者に巻かれろな魔族なら特にだ。
「言ったようにシャンリアル領の改革は春からだ。まだ先なんだから慌てず騒がず自分らの伝をちょいと動かせばイイんだよ」
三人三様ぽっと出たわけじゃねーし、これまで伝は作ってきたはずだし、カイナは前世の知識を写せる術がある。春まで余裕のよっちゃんだろうが。
「はぁ~。べーの言葉は当たるから無視できないんだよね」
「生意気な口調なのに納得しちまうんだから質がワリーぜ」
「国に携わる者がべーを宰相に、と求めるのがわかります。的確な上に迷いがない。王でなくても頼りたくなります」
「無責任な立場だから言えんだよ。責任ある者がこんなこと言ったら反乱が起こるわ」
まず、オレが反乱を起こすわ。ふざけんじゃねーってな。
「……オレが異常なのはオレが一番知っている」
「今さらだろう」
「そう、笑って言えるあんちゃんも異常だと知れ。普通なら恐れ、排除しようと動くものだ」
苦笑した婦人もだからね。
「異常と知りながら受け入れてくれる人は貴重だよね」
それを知るカイナが穏やかに笑う。
「この異常は隠せない。なんたって地だからな」
四〇半ばの男がバブバブとか言えねーよ。羞恥心で悶え死ぬわ!
「家族以外はすべて敵だ。少しでも油断したら排除される。異常を誤魔化し、逸らし、異常を異常と思わせないようにしろ。見せてイイヤツ、見てダメなヤツを選別しろ。間違えるな。失敗するな。受け入れてくれた者がいたら損してでも味方につけろ。裏切られないよう儲けさせろ。情で縛れ。知恵を絞れ。手段は選ぶな。行動しろ。オレはそうやって生きてきた。これからもそう生きていく」
そう言って三人を見る。
そして、三人は同時に笑った。不敵に、愛しく、可笑しそうに。
「知ってるよ」
「はい」
「だね」
まったく、異常なヤツらだよ……。
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