第170話 エスパーアヤネ

「モーダルくん。君にありがたい諺を教えてせんじよう」


 ズバッとモーダルを指を差す。


「逃げるは恥じだが役に立つ──おふっ!」


 って言ったら、茶猫がオレの腹に頭突きを食らわせ、ララちゃんはワンダーワンドの柄でおもいっきし頭を叩いてきた。同時にだ。


「……酷い……」


 なんのコンビネーション攻撃だよ。


「酷いのはお前だよ! あんな危険なもん放ちやがって!」


「アヤネはオレの管轄じゃない」


 全責任はエリナにある。一ミリたりともオレに責任はねー!


「野放しにした時点でお前の管轄だわ!」


「……ご無体な……」


 オレはモーダルを支える者を望んだだけなのに、なぜアヤネを管理しなくちゃなんねーんだよ。あいつは、目的のためなら手段は問わないを具現化したようなヤツなんだぞ。


「その辺で許してやれ。おれは気にしてないから」


「──兄貴ー!」


 モーダルの脚に抱きついた。惚れるやん。


「誰が兄貴だ! 鬱陶しい!」


 おいっきり蹴られてしまった。兄貴のイケずぅ~。


「なんてお遊びはここまでにしようか」


 スクッと立ち上がり、転がった椅子を戻してコーヒーをいただいた。


「……この短時間でお前と言う男がよく理解できたよ……」


 それはなにより。オレを理解してくれるヤツは貴重だからな。


「こいつを理解できるとか、お前も大概だな。おれのこともすんなり受け入れたし」


 あ、普通にしゃべってたな。気がつかんかったわ。


「そうすんなりではない。べーを見ていなければ外聞もなく驚いてたさ」


 まあ、老人からガキになったのを見たら猫がしゃべるのも驚かないか。


「ところで、逃げるのは恥だが役に立つとはどんな意味だ?」


「自分の戦う場所は選べ、って意味だな。不利な場所で戦わざるを得ないときは逃げるのも手。ってことを選択に入れておけ。戦うなら自分が有利になれるように環境と場所を作れ。勝てるなら恥など一時のことだ」


 正しい意味とかよー知らん。オレはそう理解しているだけです。


「なるほど」


 瞼を閉じて苦笑いするモーダル。


 きっと逃げるなんてしなかった人生なんだろうな。


 それはそれで立派だとは思う。カッコイイ生き様だと思う。逃げてばかりの前世だったオレからしたら眩しいほどの存在だ。


 だが、だからこそ知る。生き難い世だからこそ上手くいくことなんて希だってな。上手くやるには恥をかくことも、疎まれることも、憎まれることも必要だってな。


「理解してくれる者が一人でもいたら恥をかくことなんて怖くねーぜ」


 そして、無条件に愛してくれる者がいたら無敵だ。なんら怖くねーさ。


 ……女の怖さは別なのでご注意を……。


「ふっ。素直に羨ましいよ」


「オレは、あんたを理解したとは言えねーが、利用する気は満々あるぜ。あんたには才能があり、人となりもイイし、身分もある。なにより、心の奥底に捨てられないものを持っているのがイイ。そう言うヤツは手段を見つけたら能力以上の力を発揮するからな」


 そんなヤツがいたらどんな手段を持ってもこちらに引き込むべきだ。そのとき損をしても長期的に見れば得になるからな。


「打算だな」


「なんだい。オレから無償の愛でも欲しいのかい? 欲しけりゃくれてやってもイイぜ」


「それは止めてくれ。なんだか重そうだ」


 重いか。そうかもな。前世はそれで人生を棒に振ったからよ……。


「ふふ。そうだな。利用し利用される関係が楽でいいかもしれんな」


「ああ。楽でいられる関係が一番イイ関係だと思うぜ」


 背中を預けられる関係などオレの趣味じゃねー。おもしろおかしくやっていける関係がオレの望むものだ。


「モーダルには、まずは金目蜘蛛を倒して英雄になってもらう。ってか、金目蜘蛛のことは周辺に広まっているのかい?」


「広まっている。だが、ここを治めるミリハルド派は援軍を出してはくれない。お陰で被害は甚大だ」


「それはモーダルには邪魔な存在か?」


「邪魔だな」


「じゃあ、容赦してやる必要ねーな」


 まあ、今はどうこうすることはねーが、必要なら排除するまでだ。


「しかし、金目蜘蛛をどう退治するつもりだ? ヤツらは厄介だぞ」


「倒し方なんていくらでもあるよ。だが、モーダルが英雄的に退治するにはいろいろ面倒だな。ここの地図はあるかい?」


「ああ。グランドバル州全体のでいいか?」


 グランドバルって、州扱いなんだ。


「ああ、それでイイ」


 ならと、場所をモーダルの部屋に移し、テーブルに地図を広げてもらった。


「いまいちだな」


 簡易すぎて位置関係がよーわからんわ。


「べー様。これを」


 と、アヤネが横から航空写真を並べ始めた。


「……こいつ、神出鬼没すぎんだろう……」


 驚く茶猫。オレにはもう今さらすぎて驚きにも値しねーよ。


 転移バッチより優秀なテレポーテーション。一度、いった場所なら何万キロ離れてようが密室だろうが関係なしだからな。


「随分と精密だな」


 きっとカイナーズの人工衛星からの写真だろうよ。


「グランドバル州の州都がここで、この要塞はここです。距離は八〇キロほどあります」


 オレの心を読んだかのようにオレの知りたいことを説明してくれるアヤネ。ほんと、超能力は卑怯な能力だぜ……。


   ◆◆◆◆


 アヤネの情報を元にモーダルを英雄にする策を考える。


 英雄は認められてこそ英雄たる。その考えを踏まえると、だ。一番イイのは州都に金目蜘蛛を持っていくことだが、さすがに避難民を連れて八〇キロを移動するのは骨だ。


 まあ、やってやれないこともないが、他の町を潰さないと州都まで金目蜘蛛が移動するのが不自然すぎる。


 となれば、次に大きな都市であるミドニギになる。


 ここは城塞都市であり、ここから三〇キロのところにある。周辺の村は十七。合わせて三千人もいない。なんとか移動はさせられる数だ。


「ミドニギにするか」


 クク。モーダルのために犠牲になってもらいましょうかね。


「……悪魔って、きっとこいつみたいな顔してるんだろうな……」


「魔王の間違いだろう」


 そこの突っ込み担当、ちょっと黙ってろや。


「モーダル。二日後、ここに金目蜘蛛の大群を集める。オレらが食い止めるから町のヤツらを連れてミドニギに向かえ」


「また無茶苦茶だな。向かえと言われてできるなら苦労はしないぞ」


「その辺は任せろ。町の者が逃げ出したくなる状況を作ってやるからよ」


 つい調子に乗って絶望させてしまいそうなのが心配だが、まあ、その辺は臨機応変に動くしかねー。成るように成るだ。


「碌でもないことになるのに四千点かける」


「わたしは五千点かけてもいいな」


 クイズなダービーやってんじゃねーんだよ。つーか、ララちゃん、脳筋のクセにノリイイな!


「計画通り、金目蜘蛛を集めて来いや!」


 茶猫とララちゃんを部屋から追い出した。


「モーダルは要塞から逃げる準備をしろ。町の者には金目蜘蛛の女王が近づいていると情報を流せ」


「流したとしてすぐには動けないぞ」


「すぐ動けるようにするさ。とにかく、金目蜘蛛の大群が近くまで来てると広めろ。いつでも逃げられるようにってな」


「べー様。町の者へ催眠をかけますか?」


 部屋の隅で大人しくしていたアヤネが進言してきた。


「可能なのか?」


 強い催眠術が使えるのはわかっているが、町には数百人といる。一人一人やってたら時間がかかるんじゃないか?


「可能です。広範囲催眠をかけるので。ただ、威力は落ちますのでパニックになると解けるかもしれません」


 催眠術もそう万能ではないか。よくわからんけど。


「じゃあ、頼む。逃げなくちゃ、って感じでな」


 細かいことはアヤネが上手くやってくれるだろう。こいつも転生者。それなりの年齢まで生きて、酸いも甘いも経験した感じだからな。


「モーダルは部下への指示と、いつでも逃げ出す用意をしてくれ。食料はこちらで用意するからよ」


 いくつかの質問され、自分の中で納得してから部屋を出ていった。


「べー様。わたしも町へいって来ますね」


「ああ、頼むよ」


 そう言うと、口角を上げて笑い、部屋を出ていった。


「べー様の力になれるのが本当に嬉しいんですね」


 レイコさんの皮肉に肩を竦めてみせる。


「オレはまったく嬉しくないがな」


 無償の愛は扱い方次第で重荷にも呪いにも変わる。


 前世のオレは呪いにしてしまい、一生を棒に振った。今もその呪いに縛られているところもある。好意を持たれることを恐れている。


 自分ではそんなつもりはなくても異性から好意を持たれたときに心が疼いてしまうのだ。


「べー様にもそんなところがあるんですね」


「あるに決まってんだろう。オレも人の子なんだからよ」


 オレだって悩むことだって戸惑うこともある。愚痴ったり落ち込んだりもする。だって、人はどこまでいっても人なんだからな。


「まだ男女のラブゲームのほうがやりやすいよ」


 まあ、ラブゲームがどんなものだったかも忘れたが、欲望のぶつけ合いのほうがまだ気が楽だわ。


「ふふ。モテるのも大変ですね」


 公爵どののような女好きなら喜ばしいだろうが、オレは一人を愛したい派。ハーレムなど拷問でしかねーよ。


「ままなりませんね」


「……そうだな……」


 わかっちゃいるけど納得できるかは別問題。人だからこそ無駄な抵抗をしたくなるものだ。


 心を落ち着かせるためにコーヒーを飲み、気持ちが切り替わったらオレも部屋を出た。勇者ちゃんと打ち合わせするために。


   ◆◆◆◆


「自分が行う正義が他者から見て正義ではなかった、なんてことはよくあることだ」


 騎乗竜に跨がる無表情なモーダルに横から声をかけた。


「正義は外ではなく己の中に作れ。決めたなら迷うな。ただ行動するのみ。ましてや望むものがあるなら前だけを見ていろ。些末なことはオレが片付けてやるからよ」


 まあ、オレも他に任せるんだけどね!


「金目蜘蛛の被害は出る。死傷者も出る。それは揺るがない事実だ。モーダルがどう思おうとな」


 ただちょっと、その状況を利用させてもらって、被害をちょっと変えさせてもらうだけ。過程は違うが結果は同じである。うんうん。


「それでも気に病むのが人だ」


「好きなだけ気に病めばイイさ。答えの出ない問題をよ」


 暇潰しにはちょうどイイさ。


「……お前の周りの者が泣いているのが目に浮かぶよ……」


「嬉しさに咽び泣いてんだろう」


 自慢じゃないが、人を不幸にして泣かせたことはねーし、嫌がることを無理矢理やらせたこともねー。騙してやらせたことはあるがな!


 と、遠くからララちゃんの爆裂魔法の轟音が流れて来た。


 ワンダーワンドで空が飛べるララちゃんには金目蜘蛛の進撃の修正を頼んだのだ。


 結界の感じから茶猫チームは順調に要塞へと金目蜘蛛を引き連れて来てる。


「べー様。あと三〇分ほどで要塞へと到達すると思います」


 エスパーはそんなことまでわかるんだ。ってか、こいつ、前世でもエスパーだったのか? 使いこなしがハンパないんだけど。


「勇者ちゃん。用意はイイか?」


「……いいけど、すっごく動き辛いよ……」


 勇者ちゃんには拘束結界を施してある。たぶん、能力の半分までは落ちているはずだ。


 魔力も金色夜叉に吸い取るようにして、常にギリギリの状態にしてある。デカいの放ったら一発で気を失うだろうよ。


「負荷訓練だ。金目蜘蛛なんて雑魚、いくら倒しても勇者ちゃんの糧にもならんからな」


 経験値1の金目蜘蛛を倒したところでレベル99な勇者ちゃんにはなんら得にはならない。負荷でもかけて錬度を上げるべきだろうよ。


「……お前らには雑魚なのか……」


「あの山脈の向こうにはオレや勇者ちゃんでも勝てないものがいるよ」




 もし、セーサランが生き残っていて、仲間へと電波でも送っていたら、あそこにまずやってくるはずだ。そうなれば真っ先に被害を受けるだろう。宇宙にいけるメルヘン機があろうが、星一つはカバーできないしな。


「この世の終わりが近づいているのか?」


「終わりかどうかは知らんが、この世はいつだって弱肉強食。崖っぷちで一生懸命生きてるものさ」


「お前の人生観はどこから来ているんだ?」


「失敗と挫折からさ」


「そうか」


 それ以外は突っ込んではこない。空気の読める男である。


 ララちゃんの爆裂魔法の轟音が段々と近づいて来て、視界に入る距離になった。


「よし、勇者ちゃん。修業の時間だ。境界線を越えたらオヤツ抜きだからな」


 要塞から百メートルのところに線を引き、そこから出たらオヤツを抜きだど厳命しておいたのだ。


「オヤツ抜きはイヤ!」


 金色夜叉を振り上げて駆け出した。


「モーダル。抜けた金目蜘蛛は任せる」


「抜ける前提か?」


「あれだけの数、食い止めるなんて無理だよ。叱咤激励で決めたまでさ」


 全力を出せない勇者ちゃんにあれだけの数を防ぐなんて不可能だ。三〇分も粘れば大健闘だろうよ。 


「連れて来たぞ!」


 囮役の茶猫や獣人のガキどもが同時くらいに現れ、金目蜘蛛の大群──いや、大軍団を連れて来た。


「いや、多すぎね?」


 金目蜘蛛の女王がデカいとは言え、津波のように現れるとかおかしいだろう。数十匹いないと不可能だろう、これは!?


 ちょっと甘く見てたかな? と不安に思ったが、勇者ちゃんの大回転で金目蜘蛛が薙ぎ倒されていき、津波のような進撃が緩んだ。


 が、それも一〇分と持たなかった。やはり数の暴力は容赦がねーや。


 一五分過ぎた頃に勇者ちゃんも追いつかなくなり、二十分も持たずに決壊してしまった。


「モーダル!」


「迎え撃て!」


 騎乗竜を走らせながらモーダルが吠えた。


 指揮官が真っ先に突っ込むのもどうかと思うが、剣と魔法の世界では弱いは無能より嫌われる。一騎当千でない指揮官には誰もついて来ないのだ。


 モーダルが槍を掲げると、ララちゃんが込めた雷撃が穂先から放たれ、金目蜘蛛の群れを薙ぎ払った。


「雷神モーダルとか呼ばれそうだな」


 まあ、その雷を込めたララちゃんは殲滅の魔女になろうとしてんだけどよ。


 三発も放つと境界線を越えた金目蜘蛛は黒焦げになったが、大軍団の一部を排除したにすぎねー。勇者ちゃんの前にはまだ万に近い金目蜘蛛が控えていた。


「お、おい、これはさすがに不味いんじゃないか!?」


 引き連れて来た茶猫がこの大軍団にパニックになっている。落ち着けよ。


「まだ許容内だよ」


 勇者ちゃんもモーダルたちもまだ戦意は失ってねー。与えた槍には超振動結界を施してある。突き刺せば細胞を破壊する超振動を与えるのだ。


「か、勝てるのか?」


「勝てるのは勝てるが、それではダメなんだよ」


 この作戦の真の目的はモーダルたちを追い込み、疲弊させることなんだからな。


「英雄の真価はピンチのときに発揮される。そのときまで戦い抜け、名もなき英雄たちよ!」

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