第171話 オレもそうだった

 知らない者が見たら金目蜘蛛との戦いは、モーダル側が劣勢に見えるだろう。


 だが、モーダル側に被害は出てない。それどころか擦り傷一つ負ってない。ただ、体力はなんともしがたいので劣勢に見えるだけだ。


 要塞で戦える兵士は百数十人。ローテーションも組めないくらい少数なため、金目蜘蛛の進攻を防ぐにはすべて投入するしかない。


 戦闘が始まって一時間もすれば体力がないヤツから脱落し、金目蜘蛛を抑える壁に穴が開いていく。


 そこをララちゃんにフォローさせる。


「……ムズい……」


 だろうな。人一人分の穴から兵士を傷つけないよう攻撃するんだから神経を使うだろうよ。だが、これも修業。ガンバレ、である。


「猫。ガキどもを連れて町にいけ。そして、劣勢ってことを広めておけ」


「猫の言葉が信じられると思うのか?」


「別に姿を晒さなくても人は言葉だけでも信じるものだ。頭を使え」


 前世の記憶があると言うことは脳は人並みに働くと言うこと。なら、知識と知恵で欺瞞情報を広めてこいや。


「……猫使いの荒いヤツだよ……」


 見た目だけ猫のお前に慈しみなんてねーよ。


 茶猫とガキどもが町へ走って確認し、オレは空飛ぶ結界を創り出し、金目蜘蛛の後方へと飛んだ。


「アヤネ。ヤンキーを出してくれ」


 超能力で飛んできたアヤネにお願いする。


「クフ。畏まりました」


 山脈の向こうで大暴走を起こしたヤンキーを超能力で引き寄せ、金目蜘蛛の後方へと降らせた。


「……怖い超能力だ……」


 オレの結界も卑怯な能力だが、超能力も負けず劣らず卑怯な能力だよな。神(?)に介入されなかったんだろうか?


 これまでの転生者からして、強大な能力には強大な枷みたいなのが与えられている。タケルなら大量に食べなくちゃならないとか、エリナならリッチになるとかだ。


「べー様は波乱が与えられた感じですね」


 違う! と言えないところがつらたんです。


 何百キロも先から呼び寄せられたヤンキーがキーキーと悲鳴を上げながら落下していく光景はなんとも言えんシュールさだぜ……。


 三〇メートルから落とされたヤンキーだが、下が柔らかかったからか即死したものはおらず、痛みに悶えていた。


「お前たちの死は有効に使わせてもらうよ」


 ヤンキーの悲鳴に気がついた金目蜘蛛が振り返り、怒涛のように襲いかかった。


 集団性に特化してるようで、モーダルたちを襲っていた金目蜘蛛までヤンキーに襲いかかり、糸で雁字搦めにしたらどこかへと運んでいった。


「これで増えてくれるとイイんだがな」


「一〇〇匹くらいだから難しいのでは?」


 まあ、退かせるためのものだからそれ以上は贅沢な望みか。


 何匹か残った金目蜘蛛を結界球で排除してからモーダルのところへと戻った。


 二時間近く全力で戦えば立ってもいられない。大半の兵士が息を切らして地に倒れていた。


「ご苦労さん。よくガンバったよ」


「……こちらの限界まで把握しているのだな……」


 さすがのモーダルも騎乗竜から降りて地面に尻をつけていた。


「人が動ける限界は決まってるからな」


 訓練した兵士でも休みなしに戦えるのは一時間から二時間。ましてや槍を振るう戦いである。二時間も戦えたことが驚異だろうよ。


「立てるようになったら兵士を要塞に戻せ。金目蜘蛛はまだ来るぞ」


 追い込むのはモーダルたちもだ。最前線に立つ者が危機感を覚えなければ町の者らにも伝わらない。目の下に隈ができて、思考できいないまで追い込ませてもらいますぜ。 


「ララちゃん。周囲にデカいのを一発放ってくれ。町まで轟くのをな」


 それで金目蜘蛛が逃げたことにする。


「……あんた、本当に容赦がないよな……」


 ララちゃんも疲れた顔をしている。細かい作業が本当に苦手って感じだな。


「オレはできないヤツにはやらせねーよ」


 人に丸投げするには見極めは大切だからな。


「さっさとやれ、脳筋魔女!」


 って言ってたら、なんかプチンと音がしたような気がした。


「……わかったよ。デカいのを出してやるよ……」


 なにか冷たい声で言うと、両手を天高く振り上げ、火の玉を創り出した。


 徐々にデカくなっていく火の玉。


 ……あ、これはヤバいのだ……。


 回れ右して全力ダッシュ! 


「モーダル、逃げろ!」


 老魔術師の姿で全力ダッシュに危険を感じたようで、兵士たちに逃げろと叫んだ。


 五〇メートルほど全力ダッシュすると、背後がチリチリと熱い。ララちゃんは大丈夫なんだろうな!?


「おそらく、広範囲を焼き尽くす魔法の縮小版ですね。ご主人様が嘆きの魔王と戦ったときに放ったのに似てます」


「もしかして、湖を枯らしたとか言うヤツか?」


 先生が住んでいた場所は元々湖で、魔王との戦いで干上がったとか聞いたことがある。


「それですね。あれは凄まじかったです」


 ララちゃんのは先生より威力は低いだろうが、キレたヤツは見境がねー。きっととんでもねーもんを放つはずだ。


「要塞内に逃げろ! 急げ急げ急げ!」


 モーダルも背後から襲って来る熱に危機感に声を慌てさせている。


 なんとか要塞内に逃げ込むと、一瞬、音が消え、次に音の衝撃が襲って来た。


 ……も、もしかして、脳筋魔女って禁句だったか……?


 そうだったら素直に謝ろうと、降り注ぐ土を浴びながら心に誓うのであった。


   ◆◆◆◆


 古来より優秀な敵より無能な味方のほうが厄介と言うが、コントロールできない味方を横に置くのは命懸けでだぜ。


「……味方を殲滅してどうするよ……」


 町から帰って来た茶猫がララちゃんが起こした惨劇に呆れていた。いや、誰も死なせてないが、要塞が半分吹き飛んでしまったな。


「魔法ってスゲーのな」


「魔法は魔力の多さより理の深さ、まあ、理力が物を言うんだよ」


 己の魔力で発動させる魔術ならここまでの被害は出ないだろうが、魔法を極めると大量殺戮兵器にもなるんだよ。


「理力って、ここはフォースの世界だったのかよ」


 なんでもありの世界だよ。


「しかし、どうすんだこれ? 蟲よけの壁が完全になくなってるぞ」


「それならそれで好都合だ」


 隠れるところがないなら逃げるしかねー。モーダルの苦労が一つ減っただけだ。


「ポジティブだよな、お前は」


「前世はネガティブだったからな、今生はスーパーポジティブに生きてやるさ」


 文字通り生まれ変わったんだから後悔なんてしている暇はねー。楽しく生きることに全力投球さ。


 まだ茫然とするモーダルのケツに蹴りを入れて活を入れ、金目蜘蛛がまた襲って来る前に逃げ出す準備をさせた。


「村人さん。お腹空いた」


 マイペースな勇者ちゃん。あの爆発をなんとも思ってない。たまに感情が欠落してるんじゃないかと心配になるよ。


「べー様を見てたら大抵のことには驚きませんよ」


 オレは感情豊かなので驚くことはいっぱいあるがな。


 勇者ちゃんの食事と兵士たちの食事を作り、夜中に逃げる準備が整った。


 まあ、逃げると言っても町になんだが、あそこは柵もないところ。立て籠ることはできねー。金目蜘蛛が千匹も襲って来たら一日としてもたないだろうよ。


「アヤネ。集団催眠の調子は?」


 要塞が半分吹き飛んだので、今日は夜空の下で寝るしかなく、今は主要メンバーで集まり、今後のことを話し合ってます。


「クフフ。万事抜かりなくですわ」


 恐ろ頼もしいこと。カイナに次いでヤバい転生者ではなかろうか? いや、一番ヤバいのはエリナだったな。あれは世界に解き放ったらダメなヤツだ。


「また金目蜘蛛を襲わせるのか?」


「当然だろう。徐々に後退させる計画だからな」


 町の者にトラウマを植えつけることは申し訳ねーが、この世界では珍しくもねー惨事。今回あの町に住む者に降りかかっただけのことだ。


「……悪魔のようなヤツだよな……」


「オレが悪魔だったらもっと楽な方法を取ってるよ」


 こんな手間をかけるよりグランドバルの権力者を取り込んだほうが楽ってもんだ。


「いくつもの手を持ってる時点で思考が悪魔なんだよ」


「オレ、平和を愛する村人なんだがな」


「おれには世界を混沌にしようとしている魔王にしか見えんがな」


 酷い。オレほど世界平和を願ってる男はいないって言うのに。と言っても納得してもらえなさそうなので黙っておきます。


「猫はガキどもと金目蜘蛛の見張りだ。もし、金目蜘蛛に遭遇したら二、三日どこかに引き連れろ」


 と、あれから目を覚まさないララちゃんに目を向けた。


 限界を超えた魔法に意識が飛んだんだろうが、あんなのを放って生きてるんだからララちゃんには人外の要素がありそうだ。


「ララリー、本当に大丈夫なんだろうな?」


「命に別状はないよ。オレも似たようなこと何度も経験してるしな」


 まあ、目覚めるのに何日かかかるだろうけど。


「おれも魔法が使いたいよ」


「使えないのか? 魔力はあるのに」


「え? おれ、魔力あるのか?」


 ビックリする茶猫。わからんかったのか?


「普通にあるよ。魔力、感じられんのか?」


 まあ、オレの場合、土魔法が最初から使えたから魔力はすぐに感じられたけどな。


「魔法、どうやったら使えるんだ?」


 茶猫の頭に手を乗せ、魔力を強制的に流した。


「それが魔力だ。ライターをイメージして指──爪先につけてみろ」


 魔法はイメージがあると発動しやすいんだよな。


 茶猫は爪先を見詰めながらイメージをし、ロウソクの火くらいのを出した。


「で、出た!? 出たよ! マジで出たよ!!」


 跳び跳ねて喜ぶ茶猫。オレも初めて土魔法が発動したときは子どものようにはしゃいだっけな。いや、三歳児だったけど。


「人──じゃないな。魔法にも得手不得手がある。オールマイティーに使えるヤツはそうはいねー。いろいろ試して自分がなんの魔法が得意かを探していけ」


 前世の記憶があるならイメージはしやすい。見つけるのもそう難しくねーはずだ。


「ちょっと練習してくる!」


 と、駆け出していったのを結界で停止させる。


「ったく、話は最後まで聞け。慣れないうちは魔力を使っちまうからデカいことはするなよ。ララちゃんみたくなるぞ」


 茶猫の首根っこをつかんで注意する。


「わ、わかった」


 たぶん、気絶するだろうから結界を施し、放してやった。


 少し離れたところで試し始めたのを見てからモーダルに目を向け、明日のことを話し合った。


「猫。ほどほどにしろよ」


 話し合いが終わり、まだ魔法を試している茶猫に声をかけた。


「もうちょっとやったら止めるよ」


 そう言って止めないのはオレがよく知っている。オレもそうだったからな。


 熱中する茶猫に苦笑し、オレは早々に横になる。おやすみ~。


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