第85話 めでたくねーめでたくねー

 ゼロワン改+キャンピングカーに驚く両伯爵だが、「公爵様の道楽品ですよ」と言ったらあっさりと納得されてしまった。


 それで理解されるあんたの生き様に乾杯です!


 と、心の中でコーヒーカップを掲げ、どこかにいる公爵どのに敬意の念を飛ばした。


「ドレミ。夫人を中へ。伯爵。夫人の付き添いに二人ほど乗せてください。もう一人入れますが、それは魔道具なのでドレミをつかせます。狭くて申し訳ありませんが伯爵とお子さまは前へお願いします」


 ぱっぱと指示を出して出発再開。レヴィウブへと向かう。ちなみに伯爵は助手席。後部座席には一三歳くらいのと八歳くらいの息子が乗りました。


「わたしが先導します。ついて来てください」


 守備隊の隊長さんが横に現れ、そんなことを言ってゼロワン改の前に出た。分かれ道でもあんのか?


「ヴィベルファクフィニー殿はクレムレットに来たのではなかったのか?」


 オレが首を傾げたのを見たのか、伯爵がそんなことを尋ねて来た。クレムレット? なんぞや?


「クレムレットとはレヴィウブにある長期滞在都市だ。主に冬季間休みをもらう貴族が訪れる」


「ちなみに、伯爵のお仕事を聞いてもよろしいでしょうか? 不都合があれば流してもらっても構いませんが」


「いや、不都合はない。わたしとバインエル伯爵は軍人だ」


 軍人? とてもそうは見えんが……?


 両伯爵とも中肉中背で剣や槍を使う手ではねーし、戦いに身を置いてる気配でもねー。裏方か?


「ふふ。わたしらの敵は書類さ」


 つまり、後方勤務ってヤツか。そりゃ事務がいなけりゃ軍は動かせんわな。


「でも、そんな方が長期休暇、ですか? 伯爵の位ならかなり上の方だと思うのですが」


 帝国軍の階級がどんなもんか知らんが、前世で言うなら左官級のはず。会社で言うなら部長くらい。そんな地位にいる者が抜けたりしたら回らないんじゃねーの?


「わたしたちが配属された場所は雪が多く、魔獣もいなくなるので一斉に後方へと下がり、順番で休暇に入るのだ」


 ほ~ん。そう言うところもあるんだ。やっぱ帝国は広いわ。


「レヴィウブ、ではなく、長期滞在都市には何日ほど滞在で? わたしは今日帰りますが」


「一〇日から一二日と言うところだな。領地も仕事場も遠いのでな」


「領地持ちでしたか。わたしのいとこも領主として働いてますが、兼務は大変なのでは?」


 いとことはドレミの分離体でヴィ・ベルくんのことだよ。オ──いや、シャンリアル領のために誠意奮闘中さ!


「領地は引退した父が見ている。大変なのは軍を辞めてからだろう。領地経営が苦手で軍に入ったのでな」


 まさか一〇年近く書類と戦おうとは思わなかったと苦笑していた。


「ふふ。領地経営も書類との戦いと聞きますから、百戦錬磨の伯爵なら大丈夫でしょう。できないことはできる者に任せ、当主は采配に気を配ればよいと、公爵様も言ってましたからね」


 でなければ公爵が飛空船に乗って冒険などできねー。まあ、それを嫁にやらせるってところがさらにスゲーよ。


「あの公爵様の言葉なら見習わしてもらおう」


「まあ、愛のほうは真似しないほうがよろしいかと思いますよ。家庭の平和のために、ね」


 一般人があれを真似したら破滅型しかねー。真似しろとは口が裂けても言えねーよ。


「……アハハ、そ、そうだな……」


 なにやら困ったような笑いをする伯爵どの。なんか不味いこと言いましたか?


「と、ときに、先ほど頭にいた妖精はいったい……」


 妖精? 頭にいた? と咄嗟に頭の上に手を伸ばすと、頭の住人さんがいらっしゃりません。いつの間に!?


「彼女は羽妖精はプリッつあ──いえ、プリッシュ。わたしの家族ですよ」


 共存体同士でぇ~す! と言ってもわからんだろうし、オレの頭の上に住んだときから家族として受け入れている。間違ったことは言ってねーと自信を持って言えるぜ。


 ……恥ずかしいから本人の前では言わんがな……。


「ゼルフィング家は異種族との交流は富を生むので進んで行います。最近では人魚とも仲良くなり、三国伯爵の地位もいただきました」


 フフと笑ってみせる。


 それをどう捉えるかは伯爵次第。少なくとも興味を抱いてくれたら儲けもの。人脈作りはコツコツと。誰がどこで繋がってるかわからねーのなら仲良くなれる者から仲良くなれ、だ。


「そうそう。レヴィウブにわたしの店もありますので、よかったらご家族でお越しください。珍しいものがたくさんありますよ」


 それと店の宣伝も。ってか、やってるよね? 


 そのあとのことは聞いてねーが、ミタさんなら大丈夫。と信じてレッツらゴー! だ。


  ◆◆◆


 見た目は堅そうな伯爵だったが、話していくうちに砕けてきて、素の顔が出て来た。


「べーはおもしろいな。まるで同年代と話しているかのようだ」


「それは伯爵の器が大きいからですよ。わたしのような子どもにも壁を作らず、受け入れてくれる方は本当に少ないですからね」


 これがオレの出会い運の極致とも言ってイイだろう。こう言う身分がありながら村人(いや、今は貴族だと思わせてるけどね!)を受け入れてくれるタイプはなかなか現れない。今のところ公爵どのと大老どのくらいだ。


「ん? なんだ?」


 ゼロワン改+キャンピングカーを先導する守備隊の隊長さんが片手を上げ、横に下ろした。なによ?


「速度を落とせと言う合図だ」


「あれは、帝国標準の合図なので?」


「帝国と言うよりは軍標準だな。それも中央よりの……」


 オレにはその違いがはまったくわからんが、見る者が見ればわかる違いがあるらしい。


 ゼロワン改+キャンピングカーの速度を落とし、五〇メートルほど進むと、大森林(仮)が唐突に終わり、なにか別世界に入ったように青空が広がっていた。


「……これほど大規模な結界は珍しいですね……」


 と、レイコさんがコソッと耳元で囁いた。


 オレとは違う方法で敷かれた結界だが、極めればこんなこともできるのか。オレもガンバらんといかんな……。


「べー」


 と、伯爵の声で我を返し、守備隊の隊長が別の道に入ったことに気がついた。あぶねーあぶねー。余所見運転ダメ。絶対。だな。


「どこに続く道でしょうかね? 先ほどとは違い、あまりよくない道ですけど」


 先ほどの道はよく整備されてまったく凹凸おうとつがなかったのに対して、今の道は農道のように凸凹でこぼこになっている。


「たぶん、レヴィウブで働く者か業者が使う道かもしれんな。客に裏を見せないところだから」


 それはつまり、オレたちも見せたくないってことじゃね? とか思ったけど、それを見て一八〇度考えが変わった。


 ……そりゃこれは見せれねーわ……。


 なにか城のような建物の玄関前に、従業員と思われる黒服の男女二十数名が並び、その中心にマダムシャーリーとお玉さんが立っていたのだ。


 レヴィウブの顔とされるマダムシャーリーだけなら驚きはなかったが、影の支配人たるお玉さんまで出るなど、見せられるこちらが迷惑だわ。


「伯爵。言わなくてもわかるだろうが、これからのことは見なかったか、忘れたほうが無難だ。それは、家族や配下にも厳命しとけ。しゃべったら碌なことが起きねーぞ」


 思わず素で言っちまったが、この緊急性を考えたら穏やかになんて言ってらんねーよ。まったく、はた迷惑とはこのことだぜ。


「わかっている。あれを見て察せれないようでは貴族失格だ。バーユン、ナザリム。これからのことは生涯口を閉じろ。御家断絶級の秘密事と思え」


「……は、はい。わかりました、父上」


 長男のほうは言葉にできたが、次男のほうは頷くだけで精一杯。だが、理解してるだけ立派だろう。伯爵はイイ教育をしてるぜ。


「あと、偽っていたことを謝罪するよ。こっちが本当のオレなんだわ」


「そうか。演技が上手いものだ」


 この状況で笑える伯爵に最大の敬意を。そして、この出会いに乾杯だ。


 玄関前はロータリーとなっており、城から見て左側から回り込むようだ。


 ゆっくりと進み、お玉さんとマダムシャーリーの前でゼロワン改+キャンピングカーを停止させる。


 さすがにゼロワン改のドアの開け方は知らんだろうから、こちらから全ドアを開かせた。


「久しぶり、でもねーが、また遊びに来させてもらったよ」


「いらっしゃませ、べー様。またと言わず毎日でもお越しください。わたしどもはいつでも歓迎いたしますわ」


 マダムシャーリーが上品に笑って歓迎してくれた。


「いらっしゃい。悪かったわね、迷惑をかけて」


 幽霊とは思えないくらいはっきりと姿を見せてるお玉さん。それはキャラの濃さか? それとも我が強いからか? その二択以外認めねーんでよろしく。


「別に迷惑なことなんてねーんだがな」


 馬車の脱輪や故障など日常茶飯事。文句を言っているようではこの世界で旅なんてできねーよ。


「そうもいかないわ。レヴィウブで起こったことはレヴィウブの責任。否定したらレヴィウブの尊厳と理念が崩れるわ」


 なんとも誇り高き幽霊だこと。いや、怨念からか? うーん。あまり深く考えるのは止めておこう。呪われたら嫌だし。


「そうかい。それならオレは口は出さんよ。後ろに病み上がりの夫人がいる。手厚く迎えてやってくれ」


 キャンピングカーのドアを開かせる。


「もちろんよ。ウイルトン伯爵。あなたと家族には多大な迷惑をかけたことをレヴィウブを代表して謝罪します」


 お玉さんが頭を下げ、続いてマダムシャーリー、従業員が頭を下げた。うん、それはもうイジメだよ。


「あ、いや、大事にいたらなかったのでそれで充分でございます! 頭をお上げください!」


 口調が目上の者に対するものになっているが、まあ、無理はなかろう。帝国中から貴族が大から小まで集まり、レヴィウブのルールで運営されている。その意味がわからないようでは貴族以前に生き物して失格だわ。


「ありがとうございます。お詫びとしては心苦しいのですが、伯爵ご家族には最高級のおもてなしをさせてください」


 お願いと言う名の命令に逆らえるわけもなく、伯爵とその家族は最高級と言う名の監獄へと連れていかれた。


 無事、いや、生きて帰って来れるようアーメンソーメンミソラーメンと祈っておこう。


 で、残されたオレはと言うと、だ。なぜかマダムシャーリーの部屋へとしょっぴかれてしまいましたとさ。めでたくねーめでたくねー。

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