第84話 二人の伯爵
「ふぅ~。怖かった」
なによあれ? なぜにあそこまで殺気立てるのよ? メッチャ怖かったわ!
「貴重な寿命が一年くらい減った気分だぜ」
こう言うときこそコーヒーだと、雪が積もる林の中でマン○ムタイムとしゃれ込んだ。
「それで、ここはどこなわけ?」
テーブルの上で自分用のテーブルにつきながら紅茶を楽しんでいたプリッつあんが尋ねて来た。
いたの!? とか言うくだりはすべてカット。いるときはいるんです。それで納得してください。
「帝国のどこかだな」
公爵どのから聞いてないから知らん。仮に聞いても帝国すべてを知っているわけじゃねーから大雑把な位置しかわからだろう。まだ地図とか国家機密級の時代だし。
「でも、レヴィウブのあるところなのは間違いない」
咄嗟のことで意識せず転移バッチを使ったが、買い物せにゃならんな~とか考えてたからここに転移してしまったのだろう。
……どうせならレヴィウブの中に転移して欲しかったぜ……。
「せっかく来たんだし、買い物してくか」
買い物せにゃならんなとは思ってたが、別に急ぎと言うことでもねー。できたらイイなくらいなもんだったが、来たんなら買い物せにゃ損だろう。夕方まで戻りたくねーし。
「レヴィウブって確か、カイナのおじ様といったところよね?」
カイナのおじ様って、君、そんな呼び方してんの? いや、呼び方にかんしてオレがどうこう言えませんがね!
「ああ、そうだ。いろんなものがあって楽しいぞ」
ショッピングモールってよりは物産展な感じかな? 帝国各地のものが集まって、見ていて飽きないぜ。
「さて。歩くにはちょっと遠かったような気がしたからゼロワン改でいくか」
曲がった感じはなかったから道なりに進めば大丈夫だろう。
無限鞄からゼロワン改──とキャンピングカーも出て来た。
「そう言や、つけっぱなしだったな」
それにバイブラストの紋章もそのままだ。まあ、外すのもメンドクセーし、このままでイイか。
ゼロワン改へと乗り込み、たぶん、レヴィウブへと続くだろう方向へと発車させた。勘だけどね。
「道に雪ないね」
「そうだな。まるで道が温かいかのように解けてるわ」
土を固めたような道(ちなみに馬車が交差できるくらいに道端がある)なのに、なんか魔法でもかかってんのか?
それらしい魔力は感じんが、まあ、経営(?)してんのが悪霊も真っ青な幽霊だからな。どんな不思議があったって驚きはしねーよ。
「森ね」
「森だな」
なにやら大森林に入りそうな感じの濃密な木々が生い茂っていた。
「本当にあるの?」
「さぁな? いってみりゃわかるさ。ダメならダメでドライブを楽しめばイイ。それにこれだけの大森林なら冬でも活動している魔物はいんだろう。ちょっと運動がてらの狩りと洒落込もうじゃないか」
「狩られる魔物にしたらたまったもんじゃないけどね」
それもまた弱肉強食。強者の糧となれ、だ。
「ん? 前に馬車がいるわよ。なにか停まってる感じ」
馬車? 見えんぞ?
暗くてわからんが、目のイイプリッつあんが言うのならいるのだろう。ゼロワン改の速度を落とすか。
「……確かに停まってるな。それも複数台……」
道が広く、快適な道なのに事故か? 左側によっているところを見ると正面衝突ではなさそうだが。
ゆっくりと進み、旋回できる位置でゼロワン改を停車させた。
「プリッつあん、なるべく質のイイよそゆきの服に着替えろ。たぶん、前の馬車は貴族のだ」
バイブラストの紋章をつけて村人ルックでは怪しまれる。TPOをわきまえんとな。
「べーってそう言うの気にするんだ」
「そんな感心いらねーんだよ。オレは必要ならどんな格好でもするわ」
言い捨てキャンピングカーの後ろへと転移し、こそっと中に入った。
「コーリンに冬用も頼んでおいて正解だったぜ」
帝国には秋を予定してたが、狂うのが我が人生と、冬に延びたときを考えて、念のためにと頼んでおいたのだ。
「だからサリバリたちが死にそうになってたんだな」
どんだけ急いでんだよと思ったら、冬用まで仕上げてたんだ。張り切りすぎだ、あの服飾狂いは。
貴族の外出着と思われる厚手のシャツや革のズボンを穿き、フードつきのコートを纏った。あ、手袋も作ってあるよ。隙がねー女だぜ。
「ちょっとキツいな。成長したか?」
まあ、育ち盛りなんだからしょうがねーか。伸縮能力でちょっとデカくするか。
「……こんなもんかな?」
いろいろ動いて調整。一分くらいでイイ感じになった。
キャンピングカーから出ると、白いコートを纏ったプリッつあんがいた。早いお着替えで。
「べーが遅いのよ」
「着なれてない服だからな」
ボタンが二つ以上ある服なんて久々に着た。ボタン、上手くかけられなくてびっくりしたわ。
なんてことはどうでもイイんだよ。停まっている原因のところへ向かうとしますか。
◆◆◆
馬車の数は六台。二頭だての旅用馬車だ。
かなり遠い地から来たのか一台は荷物専用で二台が寝台車っぽい。貴族の世話をする人員用と思わしき馬車も二台。残りは貴族が乗る馬車だろう。
あと、護衛の騎士だか兵士が一二人。すべてが馬に乗って来た感じだ。
……馬車の数と剣が描かれた紋章から結構高位の貴族っぽいな……。
帝国貴族で紋章に剣が混ざっているのは高位、しかも武を司るとか公爵どのが言っていた気がする。爵位は忘れた。
「……脱輪か……?」
この馬車隊とは別の馬車隊がいて、貴族が乗る馬車らしきものが派手に傾いていた。
旅用の馬車だから頑丈に作られてはいるだろうが、それに耐えられるほど旅と言うのは優しくねー。さらに頑丈に作られている隊商の馬車だって一年間ごとに新しくしてるくらいだ。
「とは知ってはいても実際こうして見ると旅ってのは過酷なのがよくわかるぜ」
結界で強化した馬車や飛空船ばかり使ってると忘れがちになる。S級村人なら過酷なことにも慣れておかんとな。
便利なのも楽なのもイイが、それで精神や技術を忘れてしまっては本末転倒だ。村人たるもの常に戦いであることは忘れべからずだ。
「わたしとしてはその考えこそ本末転倒だと思うんだけど」
イヤン! 心の声に突っ込まないで!
「見て、お兄様! 妖精よ!」
との声が貴族が乗る馬車からしたが、それに構わず騎士だか兵士のところへ向かった。
「失礼。後続の者ですが、いかがなさいましたか?」
たぶん、この馬車隊の代表者と思わしき品のよさそうな三〇前後の男を見て声を発した。
騎士だか兵士たちはオレが近づいて来たことは察していたが、相手は一六歳の少年で良質なコートを纏っていること判断して誰何することもなかった。
だが、品のよさそうな男は今気がついたようで、びっくりした感じでこちらへと振り向いた。
「……ウイルトン伯爵の馬車の車輪が外れてしまったのだ」
端的に説明する品のよい男。少し間はあったものの、相手の素性を観察して推察して、無難な答えを出す辺り、なかなか賢い男のようだ。
「そうですか。もし怪我人がいるのならおっしゃってください。わたしどもには薬師がおりますので」
オレが、とは言わない。怪しまれるだけだからな。
「少し待たれよ。ウイルトン伯爵に尋ねて参る」
品のよい男の言葉からして同じ伯爵だろう。友人かな? こうして付き合っているところを見ると。
品のよい男が前の馬車隊へと向かった。
「ありがとうございます。我らはバインエル伯爵に仕える騎士でございます」
やはり伯爵か。まあ、名前を言われてもわからんが、帝国式に一礼して答えておく。
「わたしは、ヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。外国の者ですが、今は親交のあるバイブラスト公爵様の元で見聞を広めております」
帝国で外国の爵位などさほど通用しないが、バイブラストの名は絶大。礼を言った騎士や周りの者が目を大きくさせて驚いていた。
「これが証です」
と、公爵どのからもらった紋章入りのブローチを出して騎士に見せた。
一二公爵家の紋章だ、帝国貴族や関係者ならわかんだろう。知らなくてもバイブラストの名に疑いを持つ者はいないはずだ。それだけの力を持っているのが公爵だからな。
「すまない。薬師殿に診てもらえると助かる」
「お館様」
と、騎士が伯爵に耳打ちすると、やはり目を大きくさせて驚いた。
「バイブラストの関係者でしたか、ご無礼いたした」
「関係者ではありますが、バイブラストの者ではありません。見ての通り若輩者。ご指導いただければ幸いです」
ものの道理をわきまえている貴族なら、こちらもものの道理で受けるまで。変に上下をつけることはねーさ。
「う、うむ。それでは頼む。ウイルトン夫人が重症なのだ」
「わかりました。ドレミ」
「はっ。こちらに」
と、忽然と美女型で現れるドレミさぁーん。お前もオレの心を読んだりしないよな? って心配になるくらいオレの言動に合わせてくれた。ちゃんと救急箱を抱えてな。
「診てさしあげなさい」
「畏まりました」
と言うからできるのだろうと任せた。
◆◆◆
ドレミが怪我人を治療してる間、おれは伯爵二人と挨拶を交わした。
「ヴィベルファクフィニー殿のお国はどちらで?」
まあ、立ち話もなんなのでと、テーブルと椅子、そしてお茶を出して歓待する。
「アーベリアン王国ですが、帝国の方には六ヶ国同盟国群、と言ったほうが聞き覚えがあるでしょうか?」
帝国は広い。貴族も多い。外国と貿易するところならまだしも帝国内で完結している者にはアーベリアン王国と言ってもわからんだろう。
もっとも、六ヶ国同盟国群もどっこいどっこいの知名度だとは思うがな。
「……すまない。どちらも名を聞いたことはない」
「わたしもだ」
申し訳なさそうな顔をする両伯爵。ってことは、伯爵の中では下位のほうか? それとも田舎のためか……まあ、なんにしろ、帝国では重要な地位にはいないってことだ。見た目年齢も三〇半ば。継いで間もない感じっぽいし。
「お気になさらず。帝国は広く、世界はとても広い。わたしも両伯爵の地名を聞いたところでわからないと答えるしかないのですからお互い様です」
地図も出回ってない世界で、あますことなく小国や小領地を知ってるヤツなんか皆無。逆にいたらびっくりするわ。
「……君は、大人びているな……」
「見た目通りの年齢か?」
「見た目通り、一六歳ですよ。大人びているのは幼い頃、父を亡くしたからでしょう。一家の長として家を回していましたから」
別に珍しい話ではねーのに、なんとも申し訳なさそうな顔をする両伯爵。人がイイんだろうが貴族として大丈夫なのか? 演技だったら大したもんだけどよ。
あと、そこのメルヘンさん。その「うわ~」って顔は止めなさい。こっちは必死で演技してんだからさぁ~。
「ところで、この道をいくと言うことは、お二方もレヴィウブへ? 前回は公爵様に連れて来ていただいたので周りの景色を見てないもので、この道でよいか不安になっていたところなのですよ」
ついでだし聞いておく。
「ああ、この道で合っている。他にもレヴィウブへ続く道はあるが、ここが一番よい道なのだ」
「まさかその道で車輪が外れようとは。まったくついていない……」
車輪が外れたほうの伯爵が深いため息をついた。まあ、わからなくはないな。タイヤがパンクしただけでも嫌になるのに、ケガまでしたら泣きたくなるわ。しかも、自分の嫁ではな。お気の毒としか言いようがねーわ。
「レヴィウブへ連絡を走らせたのですか? 見るにレヴィウブの領域? 敷地? だとは思うのですが?」
この道と言い、獣の気配がない大森林(仮)と言い、完全に人(外)の手が入っているとしか言いようなないくらい静かだ。それに、なにか大森林自体に不可思議な力が纏っているような気がする。たぶん、美魔女が使っていたような特殊結界だろう。
「レヴィウブの敷地ではある。たぶん、守備隊がそろそろ来るはずだ。ただ、広い故に時間はかかるとは思うが」
まあ、あのお玉さんやマダムに抜かりはねーだろうが、広さだけはなんともし難いか。補うために自ら動くってタイプって感じでもなさそうだしよ。
「マイロード。夫人の治療が終わりました」
と、音もなく美人型ドレミが戻って来た。
「ご苦労。で、夫人の容態は?」
「傷は完治しました。今は落ち着かせるために薬で眠らせております」
「──傷は! 傷は残るのか!?」
車輪が外れたほうの伯爵が声を荒げて席を立った。
「我がゼルフィング家の薬師は優秀です。そんな三流な治療はいたしません」
恭しく一礼しながらそんなことをおっしゃるドレミさん。
うん。遠回しにオレを褒めてくれるのは嬉しいが、そう持ち上げられても困ります。薬師にも限界はあるってことを忘れないでください。
「お館様。守備隊が来ました」
今度は無事なほうの伯爵の騎士が守備隊が来たことを告げにきた。
両伯爵が席を立ち、車輪が外れた馬車に向かったので、オレもついてってみた。
守備隊? なるものは三名一組の、騎士風の格好をしていた。
馬も華美ではねーが、騎士だと言えば大体の人が信じるくらいには立派な体格をしており、馬も馬具もよく整備され、守備隊の動きからも練度の高さが垣間見れた。
「遅れて申し訳ありません。状況を教え願いたい」
隊長らしき男が両伯爵から説明を受け、守備隊はすぐに医療班と代えの馬車を呼ぶことを伝えた。
が、オレらがここに来て二〇分くらい。なにか通信できる魔道具なりこちらを見る魔術があるなら二〇分くらいで来るだろうが、なければ往復で四〇分はかかるってことだ。
完治させ、薬で眠らせたとは言え、野外に置くのは薬師として許容できねー。許せるヤツはここに来てオレに殴られろ、だ。
「もしよければわたしのでお連れいたしましょうか? 四名でしたら充分な広さもありますし、夫人を寒空の下で寝かせるのは体に悪いでしょうから」
どこの誰ともわからぬ者に預けるのは不安だ、と言うなら薬師としての矜持は無理にでも引っ込めるけどよ。
どうなさいます? と車輪が外れた伯爵に目で問うた。
「それがよろしいかと思います」
と言ったのは守備隊の隊長らしき男だ。
「この時期ですから馬車を用意するのに時間がかかりますので」
この時期? なんの時期だ?
「そのほうがよろしいのでは?」
「そうだな。では、お願いしてよろしいか?」
両伯爵にはなんの時期かわかるらしく、すぐに決断を下した。
「お安いご用です。では、乗り物を回して来ます」
恭しくお辞儀してゼロワン改+キャンピングカーへと戻った。
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