第91話 好きにしろ

 なかなか旨い納豆とご飯をいただき、食後のコーヒーを一杯。今日を生きるための準備が整った。


「レヴィウブにいくんならわたしらもいくよ」


 自分らだけでいく勇気がないようで、オレについて来るようだ。


「好きにしな」


 冒険商人だった身で貴族の中に放り込むのも無慈悲だ。連れてってやるか。


「ただし、ちゃんと着替えてからな」


 つーか、冬だって言うのにセクシーな服なのな。もしかして服、それだけなのか? いや、同じ服着てるオレのセリフではねーがよ。


「……着替えないとダメか……」


「その格好で貴族の中に入っていける勇気があるならそれで構わねーぜ」


 さすがのオレも貴族の中に村人ルックで入っていく勇気はねーな。浮きまくりだろう、それ。


「……わ、わかったよ……」


「あと、おっさんズもだぞ。その極悪みたいな格好してたら捕まるわ」


 顔の極悪さはこの際諦めるとして、服は品のイイものを着て、髪を整えろや。場違いにもほどがあんだよ。


「……お、おれたちもかよ……?」


「当たり前だろう。ねーちゃんとともにやっていくなら身嗜みに気をつけろ。これからは上品に、紳士的でいろよな」


 もうあんたらは冒険商人ではなく……なんだ? 商人? ではねーな。船乗り? なのは確かだが、なんか違うな。ま、まあ、なんでもイイか。冒険商人でねーのは確かなんだからな。


「……大変なんだな……」


「別にそのままでイイのならそのままでいたらイイさ。決めるのはおっさんたちだ。オレは強制はしねーよ」


 誘導し、騙すことはしますけど。これ、内緒な☆


「オレといくなら着替えて来い。外で待ってるからよ」


 言って席を立ち、外へと向かった。


 で、プリッスル(だったっけ?)から出ると、なんかお祭り? が開催されていた。


「え、なに? なにが起こってんの?」


 まだ慰労会が続いてんのか?


「プリッシュ様の船に乗るために集まっているんですよ」


 プリッつあんの船? 


 さっと頭に手を伸ばす。あ、ああ、そうか。プリッシュ号改での遊覧飛行か。忘れったわ。あ、存在すべてを忘れてたことは内密ダヨ☆


「こんなに乗せんのか?」


 昨日よりさらに集まってね? レヴィウブの情報網、どうなってんだ? それとも貴族の情報網か?


「噂が噂を呼び、二〇〇名以上集まってしまったようです」


 その口振りからしてミタさんはかかわってねーのか? プリッつあん一人で……回せるわけねーか。これだけの人数は……。


「大丈夫か? 全員となると結構な回数になるぞ」


 乗せるだけながら五〇人はプリッシュ号改に乗せられるが、それでは楽しい空の旅はできんだろう。二〇人、いや、一五人が楽しく乗れる数だろうな。


「はい。それで困っていたようですが、何日かにわけて乗せるそうです」


「それでよくプリッつあんが納得したな」


 あのメルヘン、結構飽きっぽいところがある。好きとは言え、何日も船長やるとは思えねーんだがな。


「……ベー様、結構プリッシュ様を理解なさってるんですね……」


「いや、まったく理解できてねーけど?」


 あれを理解できるヤツがいたらぜひともご教授願いてーわ。どっかにメルヘンの生態に詳しいヤツいねーもんかね。


「そ、そうですか……」


 なによ、いったい?


「ベー!」


 と、メルヘンが上空からウルトラキックを華麗に回避。地面が綺麗にパッカーン。危うくオレはお空の星となるとこでした~。


「──殺す気かっ!?」


 あなたはもうオレと同じ能力使えるんだから本気で突っ込んでくんなや! 軽く死ねるわ!


「ベー! 出して!」


「はいはい」


 突き刺さるメルヘンを引っこ抜き、土魔法で元に戻しておく。私有地(?)なんだから大切に使いなさいよ。


「で、なによ?」


「こんなに乗せられないよ! どうにかして!」


 仕切ってるヤツはどうした?


「スケジュールは完璧です」


 と、なんか悪魔のような角を生やした、キリッとしたメイドさんが紙を差し出して来た。ってかいつの間にそこにいたの、この人!?


 バクバク唸る心臓に耐えながら紙を受け取った。


「……精密な時刻編制だね……」


 余裕がまったくないスケジュールである。


「お褒めいただきありがとうございます」


「休憩時間ないじゃない!」


 まあ、プリッつあん一人だからね。休憩時間なんてとってる暇ねーわな。


「ベー!」


「はいはい。ドレミ。何人出せる?」


 こんなときのドレミさん。超万能生命体の真価を見せるときだ!


「二〇名までならすぐに用意いたします」


 どこからか紫色の髪を持つ美女型ドレミが勢揃い。頼りになるぅ~。


「プリッシュ号改は操船できるよな?」


「はい。可能です」


 いつの間に!? とかは野暮。できて当然の超万能生命体。感謝を込めてお願いしますだ。


「ワリーが頼むわ」


 名前の知らないキリッとしたメイドさんよ。


「畏まりました。すぐにスケジュールを組み直します」


 あ、うん。お手柔らかにね。一応、ドレミも生命体だからさ……。


「ってか、プリッつあんはいかねーのかよ?」


 なにサラッとパイ◯ダーオンしてんのさ。あなたの船でしょうが。


「知り合いは明日だからいいの。それよりベーはどこにいくの?」


「レヴィウブで買い物だよ。いろいろ欲しいものがあるんでな。今は赤毛のねーちゃんたちを待ってるところだ」


「そうなんだ。わたしも買い物する。前はおしゃべりだけで終わったから」


 なんでもイイよ。好きにしろだ。


  ◆◆◆


 では、レヴィウブへ──といこうとして、ふと気づく。レヴィウブまで結構距離があったことに。


 オレたちが借りている場所は港で、荷降ろしなどの邪魔にならないよう端の方にプリッスルを置かしてもらった。


「ってか、よくこんなところまで来たもんだ」


 距離的に約二キロ。貴族が歩くには遠いところで、道は歩くように整備はされてなかった記憶がある。


「定期的に馬車を走らせているようですよ」


 いつものように事情に通じたミタさんが教えてくれた。サンキューです。


「なら、その馬車に乗っていくか」


 で、その場所はどこよ? とミタさんに目で問うと、こちらですと先導してくれた。


 なにやら山小屋風のものができており、身なりのよい駅員? が行き交う人々を誘導したり、やって来る馬車を整理してたりと、なかなか活気に満ちていた。


「新たな名所になった感じだな」


「貴族でも飛空船に乗ることは難しいらしいわよ」


 だろうな。公爵どのですら一隻しか所有できず、その維持費は伯爵級の資産が必要と公爵どのから聞いたことがある。


「お玉さんに飛空船でも売ってやろうかね?」


「飛行船じゃダメなの?」


「売りもんじゃねーからな」


 プリッシュ号改はほとんどオレの能力でできている。不具合が出たり壊れたりしたらオレがなんとかしないとならねーのだ。とても売り物にはならねーよ。


「そんで、どっから乗ればイイんだ?」


「こちらです」


 ミタさんが淀みもなく歩き出し、馬車が一列に並ぶところに来た。


「こちらの列がレヴィウブへいく馬車です」


 駅員風の男が現れ、その指示に従って馬車へと乗り込んだ。


「酷い揺れね」


 走り出してすぐ、プリッつあんが不快の声を上げた。


「馬車にしたら揺れはねーほうだ。さすがレヴィウブの馬車だな」


 それに道も整備され、板バネ式の構造になっていた。まず間違いなくこの世界で発展してんのは帝国だろうよ。総合的に考えて、だけどな。


「それをさも当然のように語るあんたは異常よ」


 と、突っ込んで来たのは赤毛のねーちゃんね。ついでに言っておくと、赤毛ねーちゃんたちは総勢八名。馬車は六人乗りなので二台に分けて向かってます。


「異常ではなく例外だ。冒険商人の世界でも例外なヤツはいんだろう?」


 まあ、冒険商人の世界、よー知らんけど。


「そうね。黒海を渡るヤツとかいるわね」


「黒海? なんだいそりゃ?」


 海の事情は滅多に伝わって来ねーから知らねーことばかりなのだ。海の中は人魚から伝わっては来るけど。


「ハルビル王国へいく航路上にある、いつも黒い霧が立ち込めたところさ。そこを突っ切れば四日も短縮できるんだが、なにか巨大な生き物が棲みついていて通る船を襲うんだよ」


 ハルビル王国ってのは知らんが、そんなところがあるんだ。さすがファンタジーの海だこと。


 黒海の噂話を聞いてたら、あっと言う間にレヴィウブへと到達してしまった。また今度聞かせてちょうだいな。


 馬車の扉が外から開かれ、順番に外に出る。


「……ここは……?」


 なんか高級ホテルの庭? な感じのところで、やけに静かなところだった。


「ここは?」


「レヴィウブの西口です」


 西口とか違和感バリバリだが、突っ込んだところで変わるわけねーんだから素直に受け入れろだ。


「随分と静かなんだな?」


 赤毛のねーちゃんが不思議そうに呟いた。


「そりゃ、あんだけ遊覧飛行に集まってりゃ静かにもなるさ。貴族がそんなにいるわけじゃねーしな」


 いや、他の国と比べたら突き抜けた数の貴族がいるが、すべての貴族が一斉に集まることなんてねーし、レヴィウブにそんなキャパがあるとも思えねー。昨日の人数からして三〇〇から四〇〇人が精一杯だろうよ。


「……帝国って大きいのかい? それとも小さいのかい? いまいちわかんないよ……」


「紛れもなく帝国はデカいよ。周辺国が集まっても勝ち目はねーくらいにな」


 なんて言ったところで赤毛のねーちゃんに理解はできんか。前世の記憶があるオレと違って比べる対象が少ねーんだからよ。


「世界を知ればわかるよ」


 己の小ささ。世界の広さ。知れば知るほど己の無力さを感じるものだ。


「己を見失うなよ。見失ったとき、世界は牙を見せ、襲いかかって来るぜ」


「……はあ? なに言ってるかわかんないんだけど……?」


「なに、これから知っていけばイイさ。ねーちゃんの航海はこれからなんだからな」


 人生は七転八倒。艱難辛苦の繰り返し。負けないようにガンバれだ。オレは買い物をガンバるんでよ。


 そう。ライバルがいない今がチャンス。買って買って買いまくるぞぉ~!

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