第92話 皇族関係者

 やはり中も閑散としており、休みかと思うくらい静かだった。


「BGMもなしか」


 前に来たときは、所々に楽器を奏でる者がいて、賑わいに消されない程度の音量があったものだ。


「休みではねーよな? 入れたんだから」


「はい。営業はしていると聞いております」


 もう「誰に?」とか突っ込む気持ちにもならんが、コンシェルジュ的な人は欲しいところだよな。知らんことがあるとき聞きたいからよ。


「騒がしいのは嫌だが、静かなのも嫌なもんだな」


 なんかこう、買い物欲が下がっていく感じだわ。


「そうね。人がいて活気があるから楽しいのよね」


 人の世界に来て一年も経ってねーのに、なんか悟ってるメルヘンさん。君もなんだかんだ言って波乱万丈だよね。


「それはともかくとして、どこから見るかね?」


 一階は食事処な感じで、この辺は公園と言うか庭園と言うか、憩いの場的な感じだ。


「ベーの欲しいものって、レヴィウブにあるの?」


「んー。あるにはあるんだが、大量には売ってねーし、買い占めもできねーんだよな」


 珍しいものや希少なのはたくさん売ってるんだがよ。


「それって食料品?」


「ああ。無限鞄の中身が寂しくなって来てよ。ここらで補充しておきたいんだよ」


 今は冬なので大量に、ってのは無理だと思うが、レヴィウブならあるんじゃねーかと来てみたわけさ。


「食料ならカイナーズホームで買えばいいじゃない。あっちのほうがいっぱいあるんだから」


「確かにカイナーズホームのほうがいっぱいあるが、オレの買い物は情報収集も兼ねてんだよ」


「情報収集?」


「そっ。どこになにがあるか、どんなものが生っているか、どの季節にどんな野菜が育つか、そこの場所は、気候は、人は、ってな。カイナーズホームばかりで買い物してたら世界に疎くなるわ」


 ただでさえ情報を仕入れるのが困難な時代。待っていては情報難民。自ら進んで動かなければ世界に負けてしまうのだ。


「村人のセリフじゃないわね」


「S級村人のセリフだからな」


 なんて漫才してたら陽が暮れる。食料品店が少ないとは言え情報収集しながらの買い物。時間は有効に使え、だ。


 ……あ、ゆったりまったりも有効な時間の使い方ですからね……。


 確か、食料品関係は二階だったはず。階段はどこだ?


「ベー様。あちらです」


 情報収集の申し子みたいなミタさんに案内され二階へと到着。やはりここも閑散としていた。


「従業員に悪いことしたな」


 客がいるうちは休みにできない客商売。オレが買わせていただくのでご容赦を。


 まずは焼き菓子の店と思われる店へと突入する。


 どうやらこの店はクッキーがメインのようで、ショーケース(ガラス製と金がかかってるぜ)にはいろんなクッキーが並べてあった。


「おねえさん。ここにあるものはここで焼いたものですか?」


 奥が見えない上に焼いている匂いもないが。


「はい。そうでございます」


「もし可能なら、ここあるものをすべていただきたいのだが」


 さらに可能なら店内にあるものすべてをいただきたいです。


「はい。大丈夫でございます」


 無茶な注文に動じることがないおねえさん。さすがレヴィウブの従業員である。


 ショーケース内のクッキーを箱詰めしている間に試食をさせてもらう。プリッつあんとミタさんが、だけど。


「ミタさん的にどうよ?」


 お菓子大好きメイドのお口に合いますかな。


「甘さはそれほどないのでお茶請け的なものですね」


「上品な味ではあるけど、オヤツにはならないかな」


 帝国貴族のお菓子に対して辛辣なメルヘンとメイドだこと。まあ、参考にはなるけどよ。


 オレも一ついただく。ふむ。確かにほのかに甘く、単独で食べるには物足りない。茶請けに、ってのがよくわかる。


 これは、うちで出しても受けないだろうが、甘さを知らない者には喜ばれるだろう。我が鞄に入れるに値するものである。


「結局買い占めちゃったわね」


 ハイ。その日に焼いたものはその日にしか売らず、残ったものは廃棄するらしいので、遠慮なく買い占めさせてもらいました。


「あ、明日も買いに来るんでよろしく」


 遊覧飛行はしばらく続くだろうし、船を改造するのにも日はかかる。その間は注文させていただきまっす!


 イイ買い物できたと店をあとにする。


「おっ。お隣はジャム店か。こりゃイイ」


 ジャムの歴史は結構古く、帝国には甜菜みたいなものを作っているので甘いジャムがあるのだ。


「どんなジャムがありますかね」


 では、突撃でござる!


  ◆◆◆


 やはり食料品を、と言うか、食事処がほとんどなので、大した量は買えなかった。


「しかし、帝国は広いよな。まったく地図が埋まらねーぜ」


 お昼になったので、オープンスペースな感じのところで昼食となり、赤毛のねーちゃんやプリッつあんが昼食の買い出しにいってる間に帝国の地図(四割、って感じかな)をテーブルに広げていた。


「地図とか、ベー様は多才ですよね。地図制作は専門職でも難しいのに」


 多才な幽霊に言われてもな。なんも嬉しくねーよ。


「大雑把なものさ」


 帝国の境界線が曖昧だし、河や山も聞いた程度の配置。領地も大まかだ。詳しくわかっているのはバイブラスト公爵領近辺にカムラ国側に面した領地だ。


 帝都の位置もたぶんここじゃね? って感じだ。帝都の空は厳しいから近づくこともできねー。竜騎兵やら結界やらで侵入ができねーのだ。


 ……初めて来たときは酷い目にあったものさ……。


「カイナに人工衛星でも打ち上げてもらうかな?」


 岩さんを上げるついでにやってくんねーかな。地図があれば世界はもっと狭くなるのによ。


「買って来たわよ~」


 と、昼食を買って来た赤毛ねーちゃんとプリッつあんたちが帰って来た。ご苦労さん。


 地図を片付け、食い物をテーブルに並べてもらう。


「意外と華がねーな」


 オープンスペース的なところで食べるようだから凝ったものじゃないにしても、クレープ的なものやアイス(あったんだな。初めて知ったわ)、サンドイッチ的なもと、お洒落感があんまなかった。


「これを見るとうちが異常ってわかるよね」


 とはプリッつあん。パイル◯ーオンされてる赤毛のねーちゃんもそうだと頷いていた。


「それはサプルのお陰だな。あいつの学習能力と応用力はハンパねーからな」


 その力を読み書きに使って欲しいが、興味がないと一ミリも働いてくれねー。まったく、誰に似たんだか。


「そう言えばサプル、今はどこにいってるの?」


 プリッつあんの問いを投げられ、すぐにミタさんにパスした。


「帝都にいるそうです」


 あ、そんなこと聞いたな。誰にだったかは忘れたが。


「大人しくしてればイイんだがな」


 誰に似たのか興味があることには歯止めが効かないからな、あいつは……。


「そのことですが、少々問題があったそうです」


 ミタさんが言い難そうに口にした。やはりか……。


「少々なら公爵どのがなんとかしたんだろう?」


 でなければとっくにオレの耳に入っている。公爵どのも帝都を火の海にしたくねーだろうからな。


「はい。申し訳ありません。ご報告が遅れまして……」


 遅れたのではなくわざと黙ってたんだろう。公爵どのに言われてな。


「構わんよ。少々ぐらいでオレは動かんし」


 少々ならまだ可愛いもの。サプルが暴れたら大々になるからな。


 ……あいつは包丁一本で騎士とかやり合える腕があるからな……。


「ただ、甘やかすようなことはさせんなよ。サプルは加減を知らねーからよ」


 百億とか使うならまだイイが、竜騎兵を見て狩りたいとか思ったら阿鼻叫喚になるのは必至。もうオレでも止められねー。あいつの残像拳、ほんとえげつないからよ……。


「護衛の者にそう伝えます」


「そうしてくれ。あと、護衛の者には臨時賞与を出しておいてくれ」


 辛労手当てとお詫び賃としてもらってください。ほんと、うちの妹がすんません!


「あんたもあんたなら妹も妹なのね」


「弟も弟よ。まあ、兄弟の中でトータがまともだけど」


 酷い言われようだが、まったくその通りなので沈黙を守ります。あ、この干し果物屋うまぁ~い。買いダネ。


「ねぇ。ベー。午後から服を見て回りたいだけど、いい?」


 マシュマロっぽいものを食うプリッつあんがそんなことを口にした。なんでや?


「コーリンたちに見本として買って帰りたいの。一流の針子が作ったものだしね。それにわたしも新しい服が欲しいし」


「服なんていっぱい持ってんだろうが」


 オレがやったものだけでも一〇〇着はあったし、カイナからももらってんだろうが。君も服狂いになったのか?


「わたしじゃなく皆によ。最初に渡した服は飽きたから新しいのが欲しいって言われてたのよ。コーリンに頼もうとしたけど、なんか忙しそうだから頼めなかったのよ」


 忙しいのか。じゃあ、トアラたちは修羅の如くなってんだろうな~。


 ……うむ。オレの安全のためにもなにか差し入れしておかんとな……。


「わかったよ。生地とかあったらオレも欲しいしな」


 生地は大きいおねーさん方を喜ばせるアイテムの一つとなり得るもの。買っていて損はねーのだ。


「じゃあ、あそこからね!」


 どこだよ? と言うのは野暮。たまにはメルヘンにも付き合ってやらんと防御力(なんのかはご想像にお任せします)が落ちるからな。


 ヤレヤレと肩を竦めてたら、一人のメイドさんが現れ、ミタさんになにかを耳打ちした。なにやら険しい顔で。


「わかりましたと監視の方に伝えてください」


 そんなミタさんの声を耳に周りを見回す。


 ……レヴィウブの従業員が増えたな……。


「ベー様。皇族関係者がお目見えになったそうです」


 こっそっと耳打ちするミタさん。


 ……皇族関係者? なんか嫌な予感がして来たな……。


「帰れってかい?」


「いえ。そのままでよろしいようです。ただ、護衛が過剰反応しないよう行動には注意してくださいとのことです」


「了解。そう徹底してくれ」


 うちのメイドも過剰反応するからよ。


「畏まりました。徹底させます」


 しかし、皇族関係者か。こりゃ、オレの出会い運が発動しちゃったかな?


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