第145話 サイロム
修道院(と仮称する)に入ると、インドの女性が着る……サミー? サリー? なんだっけ? まあ、あんな感じのを着ている年配の女と二十代の女がいた。
「パニーニさん。おれの飼い主のベーだ」
か、飼い主でいいんだ。まあ、そう言ったほうが納得されるだろうけどな。
「初めまして。別の大陸で商売をしているゼルフィング商会の長、ヴィベルファクフィニーと申します。どうかベーとお呼びください」
この地域の挨拶など知らんが、誠意は伝わると、真面目に挨拶をした。
「は、初めまして。パレードを預かるパニーニと申します」
パレード? 修道院をパレードと言うのか? いや、それなら自動翻訳されるはず。されないと言うことは違うってことだ。
「勉強不足で申し訳ありません。パレードとはなんでしょうか?」
わからないことは訊いたほうが早い。カンニング幽霊が囁かないってことは知らないのだろうからな。
「この土地の風習で、弱い者を支えるために未亡人や障害がある者が働く場所をパレードと呼びます」
支援団体みたいなものか? 国どころか大陸が違うとよくわからんシステムができるもんだな。
「ナーブラは、パレードだと示すものですか?」
「はい。聖獣の加護がある場所と知らせるために」
つまり、ここに手を出したら聖獣の怒りがあるぞって牽制してるわけか。信心深い土地なんだな。
「お教えいただきありがとうございます。商売するにはその土地を知らねばなりませんからな、大変ためになりました」
ありがたいと、頭を下げた。
「い、いいえ。こちらこそ勇者様ばかりかマーロー様にも助けていただきました。ありがとうございます」
恩を感じる。それは当たり前のようで当たり前のことじゃない。
荒れた土地では人の心も荒れるもの。その土地を見れば人がわかるし、文化の度合いもわかる。
「礼はありがたくいただきます。ですか、それ以上は不要。勇者があなた方を助けたと言うなら助けるだけの価値があったから。マーローも同じ。あなた方の人柄がよかったから手を差しのべたのでしょう。そんな方々とよしみを得られるなら商売で儲けるより価値があると言うものです」
その土地に入り込むならまず弱者を掌握しろ。信頼を得たらその上を掌握。さらにさらにと掌握したほうが上手くその土地に入り込めるのだ。まあ、オレの持論だけどな。
「これからわたしどもはここで商売していこうと思いますので、地元に貢献させていただきたい。つきましてはこれをお受けください」
町から得た金をパニーニさんに渡した。
「それと、わたしどもが扱っている回復薬をお受け取りください」
魔女さんたちが作った回復薬を渡した。
人の褌で相撲を取る、とはちと違うが、オレの懐はまったく痛まない。それどころか侵──地元に根づこうと思えば安いものさ。クク。
「……外来生物の恐ろしさを体現したような方ですね……」
それも生存競争。奪われたくないのなら必死に抵抗するんだな。
「パニーニさん、遠慮することはないよ。ゼルフィング商会ではよくやっていることだからさ」
「ですが……」
「気が引けるならゼルフィング商会がここでやっていけるよう力を貸して欲しい」
こいつ、こんなにコミュニケーション能力が高かったっけ? つーか、パニーニさん、よくこんな不思議猫を受け入れてんな? ここは不思議に満ち溢れてんのか?
「勇者ちゃんで慣れたんじゃないですか? まあ、あの子は破天荒なだけですけど」
まあ、あの台風みたいな子ならしゃべる猫くらい受け入れられるか。いや、そうか?
「……わかりました。ありがたく受け取らせていただきます」
「はい。なにか足りないものがあれば遠慮なく申し出てください。子どもは未来の宝ですからな」
どこかのキャッチフレーズじゃないが、次の世代を洗──教育すればシープリット族を受け入れやすい。価値観は小さい頃から植えつけんとな。
「……悪どいのか清いのかわからない方ですね……」
世の事象は見る者によって変わるもの。良いも悪いも表裏一体。子どもを利用して子どもが幸せになる。そしてオレまで幸せになるのだからイイじゃない。それが許せないと言うならもっと賢い手を見せてくれよ。ただ文句を言うだけのヤツの言葉など聞く価値もないわ。
「マーロー。パレードをしばらく見ててあげなさい」
「ああ、任された」
まったく、面倒見のイイ猫だよ。
外に出て土魔法でポールを創り出し、ここはゼルフィング商会の縄張りだとばかりにコーヒーカップが描かれた結界旗をはためかせた。
「侵略順調」
「いや、侵略って言っちゃってるし」
おっと。順調すぎて口が緩んでしまったわ。順調なほど気を引き締めんとな。さあ、次にいきますか。
◆◆◆
次の日、予想以上に代表さんの動きは早く、朝に使いの者がやって来た。
「役場に来ていただきたい。マドリオ様がお話したいそうです」
と言うのでミタさんだけを連れて役場へと向かった。
役場は町の中心にあり、役場と言うより牢獄? な感じだった。
「以前は砦でしたか?」
案内役の男に尋ねてみた。
「はい。そうだと聞いてますが、相当昔のようで詳しくはわかりません」
へ~。結構歴史がある町だったんだな。昔、戦いでもあったのか? いや、歴史探求はあとだ。今はこちらに集中しないとな。
「……しっかりしてるな……」
歴史があるにしては朽ちているところは見て取れず、数十年前に造られたと言われても疑うことはないだろう。
「魔法がかけられてますね。ただ、解けかかってる感じですけど」
オレには感じられんが、それなら納得だな。南の大陸は魔法が発展してるからな。あ、普及してるかは別問題ね。
「魔法の光か」
通路には魔法の光が等間隔に設置(?)してあり、充分足元が見える。結構魔法が浸透してるのか?
案内されたところは広い部屋で、年配の男たちが十数人いた。
椅子と言う文化はないのか、部屋には絨毯が敷いてある。
……インドっぽいな……。
まあ、インドの知識なんてないに等しいが、薄い知識で判断するとインドっぽいと感じるのだ。
「初めまして。ゼルフィング商会の長でヴィベルファクフィニーと申します。こちらの礼儀を知らないのでご無礼がありましたらご容赦を」
先制パンチとばかりにこちらから名乗りと挨拶をした。
「挨拶痛みうる。まあ、座ってくだされ」
客として扱ってくれると言うことか。どうやらバカではないようだな。
では、失礼してと靴を脱いで絨毯に上がり、皆と同じく胡座をかいた。
「北の大陸から来たと伺ったが、あちらもシャグラをするので?」
シャグラ? 胡座のことか?
「いえ。わたしどもの大陸では椅子に座ります。このような座ります。このような座り方はありません」
「それにしては堂が入ってますな」
「ゼルフィング商会はいろいろな種族と商売しておりますからな、相手に合わせるのは慣れております」
どうやらオレを見定めているようだ。
「お茶をどうぞ」
と、若い女が茶碗のような陶器を置いた。
金属製の急須? 土瓶? から茶色い液体を茶碗に注いだ。
「ロブロと言うお茶ですね。何百年も前から飲まれている一般的なお茶ですね」
と、レイコさんが教えてくれた。
「これはこのまま飲んでよろしいので?」
「ああ。口に合わなければ無理なさらず」
一般的に飲まれているものなら恐れる必要はなしと、ロブロをいただいた。
「……甘いですな……」
砂糖の甘さじゃなく、果物の甘さだ。
「口に合いませんでしたか?」
「いえいえ、あまりに旨かったので驚いてしまいました」
ハルメラン(黒丹病があった自由貿易都市だよ)でバルグル茶も旨かったが、これも負けてない。売れるぞ、これ。
「是非、仕入れたいですな。こちらの大陸でも受け入れられる味です」
一般的に飲まれているなら一般的に流通してるってこと。仕入れるのは難しくないだろうよ。
全部飲み干し、お代わりをいただいた。
「気に入ってもらえたら幸いです。ご要望なら用意しますぞ」
改めて対応していた男を見る。
代表の横にいることからしてそれなりの地位にいる者だろう。商人って感じがしないから党の幹部かな?
「はい。是非ともお願いします。礼は弾みますので」
「商人はいずこも同じですな」
「商人は損得で動きます。得になるなら国や種族は関係ありませんよ」
まあ、なんちゃって商人だが、損得は忘れたことはないぜ。
「この町に得はありますかな?」
やはり商人じゃないようで話が単刀直入だ。オレとしては助かるわ。
「もちろん、得だらけですとも」
商人としては弱みを見せるのは減点だろう。が、そんなに時間をかけてられねー。こちらも単刀直入といかせてもらうぜ。
「町の外、人がいない土地を使う許可をいただきたい。もちろん、使用料はお支払します」
無限鞄から金の延べ棒を二本を出して絨毯の上に置いた。
「なんなら食料でお支払いしても構いません」
男は代表を見ると、なにか目配せしてお互いが頷いた。テレパシーか?
「土地はなにに使うので?」
「外を見ていただければご理解いただけるかと」
意味がわからず視線を飛ばし合う男たち。
オレと話していた男が立ち上がり、窓へと向かった。
「なっ!?」
と、驚きの声を上げた。
他の男たちも立ち上がって窓へと向かうと、同じように驚いた。
「あ、あれはいったい!?」
「我が商会が所有する空を飛ぶ船、飛空船です」
こちらを見る男たちにニッコリ笑ってみせた。
◆◆◆
久しぶりに見るメルヘンがなにか逞しくなっていた。
「いい冒険だったわ!」
え、笑顔が眩しい……。
「お、おう。そうか。よかったな」
なんと答えてイイかわからんから適当に答えた。
「ってか、大船団だな」
プリッシュ号改とヴィアンサプレシア号、それに五隻の飛空船。ん? あれはもしかして、リオカッティー号か?
「公爵どのも来たのか?」
なにやってんだ、あの公爵さまは? いくら冒険公爵の異名を持っていても別大陸に……何度もいってたな、うん……。
「ううん。おじ様は来てないわよ。さすがに周りが許してくれなかったからね」
公爵どのの周りがまともでよかった。
「まったくです」
あん? なにがよ?
「それでどう言う状況なの?」
と、なぜかミタさんに事情をお聞きになるメルヘンさん。今、君と話してたのオレだよね?
「さすがプリッシュ様です」
なにがさすがなんだよ? 今、オレは軽んじられたよね? 同情されるとこじゃないの?
「べー様の上にプリッシュ様がいるんですよ。見た目的にも精神的にも」
いつの間にメルヘンに下克上されてた!?
……ひ、人は平等であるべきなんだから……。
「人は平等じゃありませんよ。なに言ってるんですか?」
そうだ、人類皆平等がない世界だった! いや、前世でも平等なんてなかったけど!
「嫌な世だよ」
「その嫌な世を変えようとしてるじゃないですか」
そんな大それたことなんて考えてもいないよ。ただ、オレの周りは快適にしたいだけさ。
「……あ、あの……」
おっと。この場には代表さんたちがいたんだっけ。
あ、ちなみに役場の外に出て、空に浮かぶ大船団を見上げてます。
「失礼しました。久しぶりの再会だったものでつい」
まだ爺の格好だったのも忘れてたよ。姿を変えたらなりきらないとな。
「見ての通り、あの船を降ろす場所が必要なのです。ご協力いただけるのならその代金として食料をお分けいたしますよ」
よほどのバカじゃなければ断ることはしない。仮にオレの真意を見抜けるヤツがいても断ることはでねーだろう。この状況を覆せる手段がねーんだからな。クク。
「ゆっくり話し合ってください、とは言えませんが、町へ入る許可をいただけるなら食料を売らしてもらいますよ」
嫌だと断るもよし。ただ、食料が買えないだけなんだからな。
「……わかった。許可しよう……」
快く代表さんからの許可を得られたので食料を売ることにした。まあ、オレがやるわけじゃないけどな。
「べー。勇者ちゃんはどうしたの?」
「まだわからん」
会わないのは無事な証拠。まあ、勇者ちゃんに纏わせた結界はまだ感じられる。慌てる必要はねーさ。
「随分とのんびりしてるわね」
「成るように成るがオレの信条だ」
「まあ、勇者ちゃんならそう簡単に死なないか」
薄情な言い方だが、死んだらそれまでのこと。勇者としての力がなかったってことだ。
「そう言や、赤毛のねーちゃんはどうした?」
ここは内陸部。海洋船たる……なんだっけ? 赤毛のねーちゃんの船名?
「サリエラー号ですよ」
そうそう、そんな名前だったわ。
「手頃な無人島があったからカイナーズが港にして、ナバリーは付近を探るって言ってたわ」
「港とかなかったのか?」
「あったけど、べーみたいにすんなり入り込めないわよ。飛空船に驚かれてたし」
それはいきなりだからだろう。何人かで潜入して港の事情とか探り、赤毛のねーちゃんを交渉役にさせたら数日で入港できんだろう。赤毛のねーちゃんはこちらの人種だしな。
「ゼルフィング商会の者はいるか?」
「いるわよ。あと、フィアラから伝言。『仕事を増やすな、このおバカ!』だって」
婦人がいる方向を向いて謝罪の敬礼をした。ごめんなさい!
「初めまして。フィアラ様よりべー様を支えるよう命じられたサイロムと申します」
四〇歳くらいの灰色の髪を持つ、貫禄のある男がオレの前にやって来た。
「……帝国の生まれかい?」
サイロムと名乗った男は、アーベリアン王国周辺の顔立ちではなく、灰色の髪なんてなかなかいない。帝国の生まれ──いや、帝国人な感じだ。
「はい。フィアラ様にお誘いを受けてゼルフィング商会で働かせていただいております」
やっぱり。ってか、いつの間にヘッドハンティングしてたんだ、婦人は?
「そうかい。婦人が認めたなら安心だな。よろしく頼むよ」
「はい。恩は返させていただきます」
「恩? なんなんだ、それ?」
「不治の病に冒されていた妻を救っていただきました」
ってことはエルクセプルを与えたのか? 一応、婦人にも渡してたし。
「そ、そうかい。まあ、オレはなにもしてねーんだから、その恩は婦人に返してくれや。オレはいらんからよ」
助けたのは婦人の判断。なら、その恩は婦人のだ。オレのじゃねーさ。
「はい。わかりました」
穏やかな笑みを浮かべるサイロム。憑き物が落ちたって顔だな……。
「じゃあ、これからはサイロムに全権を渡す。町との交渉を任せる」
「はい。お任せください。ゼルフィング商会を根づかせみます」
やはり婦人はよくわかってくれてる。益々頭が上がらなくなるぜ。
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