第144話 マーロー

 オレの前に現れた町に入ったときの役人と五〇代くらいの恰幅のよい男だ。


「こちらは、バルザイドを治めるグランドバル党員のマドリオ様です」


 今一、帝国の社会体制がよーわからんよな。


 グランドバルは党と土地を合わせ持つのか? 党員が町長なのか? なんなんだ?


「初めまして。ここより北の大陸で商売しておりますゼルフィング商会のベーと申します」


 一応、頭を下げておく。挨拶の仕方、聞いてなかったわ。


「別の大陸から、ですか?」


 肌の色からよそ者とわかるだろうが、別の大陸となると話が大きすぎて思考がついて来れないのだろう。


「はい。ゼルフィング商会の会長が皇国の上の方と繋がりがありましてな、その伝で帝国全土を商売して回っております」


「……帝国の、ですか……?」


「竜の王を倒し者、と言えばわかりますか?」


 帝国がどれだけの規模かはわからんが、何十年何百年と竜王に悩まされてきたと言う。なら、南の大陸がどれだけ広かろうと竜王のことは知っているはず。その竜王が倒されたとなれば千里を駆けることだろう。


 オレの読みの正しさを証明するかのように党員? 町長? なんだ? 


「代表でいいんじゃないんですか? どうせ名前で呼ばないんですから」


 そうですね。なら、この人を代表と呼称します。


「……シャーガラー、か……」 


 シャーガラー? なにそれ? 上手く翻訳されなかったのか?


「古い言葉で勇者とか英雄とか言ったはずです」


「竜の王を倒した方がここでどう呼ばれているかはわかりませんが、たぶん、その方で間違いないと思いますよ。まあ、証明できるものを出せと言われても困りますがな」


 フッヒョヒョと笑ってみせた。


「それで、我らになにかご用で?」


「……あ、ああ。食料はあれだけだろうか? ジャッド村の者やザイライヤー族の者がいたが、襲われなかっただろうか?」


「食料ならまだあります。ジャッド村も襲われましたが、ゼルフィング商会の拠点とする礼として復興しました」


 自信満々に答えてやる。


「……食料をいただけないだろうか……?」


「商売とあれば喜んでご用意いたしますとも」


 欲しけりゃ金出しな的な笑いをする。


「あ、他にも薬などもご用意いたしますよ」


「……被害が大きく、すぐには出せない。そこを考慮してもらえると助かるのだが……」


「では、考慮して町で暮らす許しと店を持つ許可、町の外に土地を持つことを認めていただきたい。それが可能なら来年まで充分な食料を供給いたしましよう」


 さあ、返答は如何に?


 なんてすぐに答えを出せたらこの代表は頭がおかしいレベルだろう。検討すると帰っていった。


「代表の権限がないのか、または議会制なのか、なんだと思う?」


 斜め後ろにいる委員長さんに振り向いて尋ねてみた。


「……なぜわたしに訊くのよ?」


「オレを観察するためにそこにいるんだろう? なら、これがどう言う状況で、どんな思考をして、相手はなにを考えているか、そう言うのをひっくるめてないとオレのことどころか目先のこともわからないぜ」


 この魔女さんは、結果からしか考察できない感じがする。それはそれでイイと思うが、過程も考察しないと理解できることは少ないと思うぞ。


「……あなたを理解するなんて一生できないと思うわ……」


「オレを理解するんじゃなくてオレの考えをわかれと言ってんだよ。でなきゃ、あんたらは利用されるばかりだぜ」


 他の者が見たらオレが損しているように見えるだろうが、オレはなに一つ損はしてない。したとしても倍にして利を得ている。


「帝国も南の大陸に進出したいのなら恩を売っておくのも手だぜ」


「……それは、帝国に食料を出せと言っているのかしら……?」


「出す出さないは帝国が決めたらイイさ。ゼルフィング商会は南の大陸に食い込んでいくぜ」


 南の大陸にはオレの欲しいものがたくさんあるし、ヤオヨロズの食糧庫の一つになってもらう計画でもある。


「この地域を開墾して砂糖とか作りてーな」


 これから砂糖の需要は増える。カイナーズホーム以外の供給を考えておかねーと、なにかあったとき対処できねーよ。


「館長と話し合ってみるわ」


「決断は素早く。行動は迅速に。ちんたらしてたらオレはどんどん先にいくぜ」


 オレは豊かな人生を送るためなら超働き者になるのだよ。


「ルダール。角猪の番を何十組か捕まえて来てくれや」


「バルナド様にも話してよろしいですか?」


「構わんが、酒くらいしか出さないからな」


 そうちょくちょく賞品なんて出してられんからよ。


「了解です」


 どこに張り切る要素があるかわからんが、戦にでもいくかのようにボルテージが上がっていた。


 まったく、使い難いヤツらだよ。


「ミタさん。パンでも焼いてよ」


 ここはパン文化じゃないみたいだが、贅沢言ってられる状況じゃない。不味くなければ受け入れられんだろうよ。


「畏まりました」


 あとは任せてオレはマン◯ムタイムと洒落込んだ。


「ところで、勇者ちゃんのことはよろしいですか?」


 よろしくはないが、慌ててもしかたがないさ。会えるときに会えるのがオレの出会い運だからな。それまでゆっくりまったりいきましょう、だ。


  ◆◆◆


「べー様。人が集まって来ました」


 夕暮れ間近、パンを焼く匂い誘われてか、町のもんが集まって来たそうだ。


「パンの匂いにつられて集まったってことは受け入れられるってことだな」


「もしかして、受け入れられるか試したの?」


「買ってくださいと宣伝するより匂いを嗅がせたほうが早いと思っただけさ」


 試したのも事実だが、ただ単にオレがパンを食いたかっただけと無限鞄に入れて置きたかったけだ。


「どのくらい焼けた感じ?」


「窯は二つなので大した量はできてませんね」


 まあ、うちの基準で言ったら、ってことだろう。普通のパン屋なら充分にやってける量なはずだ。


「うちで食べる分以外は売っていいよ。値段は安めでイイからよ」


 この町の規模だと大して貨幣も出回っているとも思えねーが、一般庶民が使う貨幣ならそれなりにあるはずだ。代表さんが快くオレらを受け入れてくれるために集めておくとしましょうか。


「……悪い気配がだだ漏れよ……」


 おっと。そりゃ不味い。善良な気配を出さないと。


「相当な数が集まって来てるわよ」


「だな。こりゃちょっと不味いかもな」


 下手に規制したりすると暴動になりかねない。それはちょっと今後に支障を来す。今は穏便にすませたいぜ。


 さて、どーすっぺ?


 ………………。


 …………。


 ……。


「──よし。物々交換すっか」


 代表が決めないうちは貨幣を集めるのは避けたい。それまでの時間稼ぎをするか。


「物々交換って、どんな意味があるのよ?」


「物質不足を引き起こせる」


「はぁ?」


 意味わからんって顔をする委員長さん。近くにいた魔女さんもわからない顔だな。


「わからないなら経済を勉強な。帝国なら教えられるヤツがいんだろう」


 経済もこの世界で一番発展している。オレのやることなど児戯に見えんだろうさ。


「それを村人が言っている非常識を理解しなさいよ」


「村人だろうが勉強すればそのくらい理解できんだよ」


「いや、できないですから」


 幽霊の突っ込みなどノーサンキュー。学ぼうと学べんだよ。


「……またムチャクチャな……」


 無茶を通せば道理が引っ込む。ん? あれ? 無理だったっけ? まあ、なんでもイイや。通したもんが勝ちってことだ。


「衣服、鍋はそれなりに。貴金属や武器は良し悪しにかかわらず高額で買取れ。あ、隠密できそうなメイドはいるかい?」


「はい、おります」


 いるんだ! 言っておいてなんだけど、隠密するメイドってなにすんだよ? 意味わからんわ!


「町に孤児院がないか調べてくれ。もしあったら食料や薬の援助をしてくれ。ちゃんとゼルフィング商会の名を出してな」


 すっかり忘れてたわ。孤児院を確保するのをよ。 


「畏まりました。すぐにやらせます」


「ドレミ。分離体を出してくれ」


「イエス、マイロード」


 黒猫からキジトラの猫が分離。闇の中へと消えていった。色のバージョンがなくなったか?


「べー様、ありますかね?」


 町の規模を考えたらあるだろう。が、レイコさんは残ってるかを訊いてるんだろう。


 死ぬのはまず弱者から。弱肉強食な世界での絶対ルール。大暴走から一月以上経ってたら餓死してるかもな。


「オレの勘はあると言ってるな」


「根拠があるからですよね? その言い方からして」


「根拠と言うほどでもねーが、勇者ちゃんと女騎士さんがここによったのなら弱い者を見過ごしているとは思えねーだけさ」


 勇者ちゃんは王都でも人助けをやっていた。なら、ここでもやってるはず。勇者ちゃんは良くも悪くも勇者だからな。


 勇者ちゃんがなにを望んで勇者になったか知らんが、前世の記憶をなくしても勇者でいる。なら、信じてみるのもイイだろうよ。


「……転生者って皆頭がおかしいんですよね……」


 違う! と言えねーヤツばかり。でも、自分はまともだと思いたい。


「思うのは自由ですけど、皆さん、絶対べー様が筆頭だと言うと思いますよ」


 そんなことはない! と言えない自分もいる。


 グッと堪えて右から左にさようなら~。オレは誰がなんと言おうがまともです!


 物々交換を眺めていると、ミタさんが耳打ち。孤児院を発見したとのことだった。


「ここ、任せてもイイか?」


「はい。問題ありません」


 と、あっさり引き受けてくれた。なぜに?


「監視する人がたくさんいるからじゃないですか?」


 振り返れば団体さんが。君たちも来るのね。


「わたしたちがここにいても役に立たないでしょう」


 いや、いろいろあると思うのだが、魔女さんたちの自由意思を尊重することにした。


「案内よろしく」


「──はい」


 と、なんかカラフルなレオタードを着た……なに? え、なに!? キャッ○アイ?!


「ゼルフィング家隠密、猫の目です」


 名付けたヤツ、ちょっとオレの前に出て来いやっ!!


  ◆◆◆


「呼んだか?」


 と、茶色い猫が現れた。


 皆さんは覚えているだろうか、猫に転生したアホのことを?


「ごめん。お前の存在、すっかり忘れてたわ」


 去年のことなのに遥か昔のことに思えてしまうこのワンダフルライフ。スローライフ詐欺で吊し上げされそうだ。


「うん、他のヤツらから聞いて知ってる」


「オレ、どんなふうに言われてんの!?」


「聞きたいか?」


「あ、いや、結構です……」


 聞いたら心が折れそうな気がしますので。


「ってか、なんでお前が出てくんだよ? あ、お前、なんて言ったっけ?」


 ごめん。心の呼び名も忘れっちまったわ。ナハハ。


「……お前、酷いな……」


「それは認める。お前、存在薄いんだもん」


「お前が天元突破級に濃いんだよ! しゃべる猫が霞むって意味わからんわ! 普通なら主人公ばりに目立ってるハズなのによ!」


「いや、しゃべるだけで主人公になれるならこの世は主人公ばかりだよ」


 まあ、お前の人──いや、猫生はお前が主人公だろうが、しゃべるだけの動物(と言ってわからんものが大半だけど!)なんて五万といる。なんなら人化するのもいる。猫がしゃべったくらいじゃ驚きもしないよ。


「そんなことより、お前なんだっけ?」


「マーローだよ! マーロー!」


「あ、茶猫か。思い出した思い出した」


 心の呼び名、茶猫だったな。長靴を履かせたいことも思い出したよ。


「お前の頭腐ってんのかよ!」


「灰色の脳細胞は活発に働いてますが?」


「……ダメだ。こいつダメだ……」


 器用に後ろ脚で立ち上がり、前脚で頭を抱える茶猫。あぁ、器用なのも思い出したよ。


「希に見る常識的な方ですね」


「存在は非常識なのにな」


「お前にだけは言われたくねーんだよっ!!」


 荒ぶる獣って感じだな。キ○ッツアイな赤鬼美女は可愛いものを見る目をしてるけど。


「はいはい。で、なんでマロンがいるんだ?」


「マーローだよ! お前本当にふざけんな!」


 荒ぶる獣が猫パンチ。フッ。プリッつあんの蹴りに比べたら軽い軽い。つーな、爪じゃないんだ。


「いいな~」


 なんかキャッ○アイに羨まれてる。なんでや?


「ミタさん、どう言うことよ」


 茶猫が答える気がなさそうなので、事情を知るだろうミタさんに尋ねた。


「マーロー様は、情報部特務室長です」


 あん? 情報部特務室長? なんだ、その物騒な肩書きは?


「簡単に言えば情報を収集する室の代表がマーロー様です」


 ごめん。ちょっとオレに考える時間をくだされ。


 ………………。


 …………。


 ……。


 よし。スルーしておこう。


「考えた結果がそれですか」


 長い人生ではスルーすることも大事なんだぜ。


「よくわからんが、とりあえず孤児院に案内してくれや」


「……はい、わかりました……」


 肩車する格好でオレに猫パンチを連打するとキ○ッツアイが妬ましそうな顔で孤児院へと案内してくれた。


 ……このキャ○ツアイ、猫好きなのか……?


 案内されたところはインドの寺院に似たようなところで、獅子のような獣の像や刻印があちらこちらに見える。


「なんだここ?」


「ナーブラと呼ばれている獣を信じる修道院みたいなところだよ。孤児の面倒も見ているそうだ」


 とは、茶猫さんからのご説明。いつの間に調べたんだよ?


「一月前から潜入して調べてたんだよ」


 そう言えばこいつ、スラムで生きてたんだっけな。なら探るのは得意か。猫の体も探るには最適だろうよ。


「大人は三人。子どもは一三人。四人がザイライヤー族に買われたよ」


 ……こいつ、かなり優秀だな……。


「お前の読み通り、勇者がここに来て食料を渡したみたいだ。そのお陰で生き延びれた感じだな。まあ、その食料も尽きかけてる。ほんと、お前のタイミングのよさは神がかってるよ」


「オレもそう思うよ」


 出会い運が成せる業だろうが、これだけタイミングがイイと神が手引きしてるんじゃないかと思えて来るよ。


「接触はしたのか?」


「ああ。ほっとけなかったからな」


 あの三兄弟と重なったんだろう。まったく優しいヤツだよ。


「なら、仲介してくれや」


「わかった」


 オレの肩から降りて建物の中に入っていき、六歳くらいの女の子の肩に乗って戻って来た。


 猫に転生したの、もしかするとこちらの神がわざとやったのかもしれんな……。

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