第143話 到着

「殲滅技が一つ、村人鉄拳!」


 ワーガーの鱗にあんぱんーち。七割くらいの力で砕けてしまった。


「弱っ!」


 仮にも竜種だろうにオレのパンチで粉々とか弱すぎだろう。


「あなたが非常識なだけよ!」


 なぜか委員長さんに怒鳴られた。


「オレくらいのヤツならいくらでもいるよ」


 A級冒険者ならこのくらいの芸当はできる。まあ、結界を使えば飛竜の鱗でも粉々にできるけどよ。


「べー様。我らもやっていいですか?」


 鉄拳カイザーを与えた……なんだっけ? 灰色の毛を持ったヤツ?


「バンドラーさんですよ」


 カンニング幽霊さん、サンキューです。


「おう。やってみやってみ。あ、ただの力技にしろよ」


 鱗を結界で固定してやり、バンドラーにやらした。


 強度的には白銀綱のほうが負けてるかも知れんが、結界を纏わせているので百倍は硬い。バンドラーに筋力があれば割ることくらいはできるだろうよ。


「はい! ──鉄拳!」


 オレの読み通り、鱗を割ることができた。


「な」


 と、委員長さんに証明してみせた。


「……いや、あなたが作った武器を使ってやられても……」


「別に魔力を使ってもできるよ。魔闘術って知ってるかい?」


「魔闘術? いえ、知らないわ」


「まあ、とある獣人に伝わる技だからな、帝国に伝わってなくてもしょうがねーか」


 ダリエラ──元赤き迅雷の一人、虎獣人族に伝わる格闘技だ。


「魔闘術ならワーガーの鱗くらいは粉々にできるぜ」


「なんでも知ってる村人ね」


「知らんことのほうが多いよ」


 だからこの世はおもしろい。人生に潤いを与えてくれるぜ。


「魔闘衣を与えた……」


「シザーニさんです」


「……シザーニなら魔闘術を使えるんじゃねーかな? 魔大陸出身者なら魔力があるからな」


 魔力を増幅する結界を施してある。ギア5まで出したらオレの全力くらいにはなるんじゃねーかな?


「べー様、それは本当ですか?」


 たぶん、シザーニが前に出て来た。


「ギア3にして魔力を拳に集中させてみな。魔力の流れがわかると思うから」


 ダリエラの魔力の流れをトレースして結界を創った。人それぞれ魔力の波長(?)は違っても魔の元? 質? まあ、魔の根本は変わらない。その変わらないものを感じ取って流れをトレースしたのだ。


「ギア3」


 シザーニが拳を握り締め、魔力を拳に集中させた。


「魔力の流れがわかるか?」


「……はい。今までにないくらい魔力の流れがわかります……」


 わかるのか。おそらくシザーニの才能か無意識に使ってたからわかったんだろう。親父殿は何日かかかったからな。


「それを何度かやれば魔闘衣を纏わなくても魔力を流し、体を覆うことができてワーガーの鱗くらい粉砕できるようになるさ」


 まあ、すぐには無理だろうが、一年もやればできんじゃねーのかな? テキトーでワリーけどよ。


「それはわたしたちもできるかしら?」


「できるとは思うが、魔女は魔術をガンバったほうがイイと思うぜ。魔闘術は戦闘術だからな。体を動かすのが苦手なヤツには宝の持ち腐れだよ」


 バリラもやってみたが、運動神経が鈍くて使いこなせなかった。めんどくさいと言ってすぐに止めたよ。


「まあ、それでも覚えたいって言うなら魔闘衣を一つやるよ。試してみな」


 無限鞄から魔闘衣のネックレスを出して委員長さんに渡した。ちょっと仕掛けを足して。


「いいの? シープリット族が命をかけて勝ち取ったものなのに」


「オレはあんたらを叡知の魔女さんから預かった。なら、オレの判断と責任であんたたちにたくさん学ばせるだけさ」


 あちらに預けた魔族をどう扱うかは叡知の魔女さん次第。好きなように学ばさせればイイさ。


「楽しみだな。叡知の魔女さんがあいつらをどう成長させるかがな」


 長生きした成果を見せてもらおうじゃないか。再会するのが今から楽しみでしょうがないぜ。クク。


「……あなた、本当に怖いもの知らずね……」


「その怖いものに挑まなければ見えない世界がある。委員長さんは怯えて見えるものだけしか見ないで満足できるのか?」


 挑むような目で委員長さんを見る。


「……ま、満足なんかしないわ!」


 挑むような目で見返して来る。


「フフ。それでこそ次の世代を背負う魔女だ。オレのところにいる間はたくさん学ばせてやるよ」


 世界観が五、六回はひっくり返るくらいな。 


「……この方は人を育てちゃ絶対にダメな人だ……」


 オレ、人を育てるには定評がある村人なんですけど!


  ◆◆◆


「ベー様。あと十キロでバルザイドの町に到着します」


 ジャッドの村を出て一六日。結構時間がかかったもんだ。


「三時過ぎか。陽が沈む前には到着できそうだな」


 町が近いせいか道も広く、それなりによくなっている。まあ、道をいくのはオレらだけ。ヤンキー災害から落ち着く頃だと思うんだかな?


「はい。先行隊にも報告しましたのですぐに食事にできます」


「あいよ。騒ぎにはなってねーかい?」


 先行隊にはシープリット族が一人混ざっている。見たこともねー種族に騒がしくなっても不思議ではねー。


「到着直後は騒ぎにはなりましたが、今は落ち着いているそうです」


 それはなにより。先行隊を考えたヤツにボーナスだな。いや、誰だか知らんけど。


 ミタさんから報告を受けてすぐ、田んぼ? が現れた。


「……米、ではねーな。なんだ……?」


 稲っぽい植物が青々と生っている。


「ミドですね。南の大陸の主食とされてるものです。小さな粒々の実が生って、乾燥させたのちに粉にするんです。まあ、麦みたいなものですね」


 いや、麦と言うよりは粟っぽいな。まあ、実物を見たことねーからはっきりとは言えねーけどよ。


「秋に収穫すんのか?」


「春と秋の二回収穫できますね」


 南の大陸は今、夏だと思うから収穫はまだ先のようだな。


「ヤンキーの被害がないってことはまだ食えない段階か。大暴走になったのは別の要因か?」


「なぜそう思うの?」


 とは委員長さん。


「大体の大暴走は食料があるときかまったくないかのどちらかだ。なのに、ジャングルの中には食い物があり、この植物は食えない。あるときとないときに起きた。まあ、オレたちが住む大陸の法則が南の大陸に当てはまるかはわからんがな」


 環境が違えば事情も違う。オレの想像もしない要因があるかもしれない。今はなんとも言えんな。


 町に近づくと、ヤンキーに踏み潰されたりしてあちらこちら倒れている。こりゃかなりの収穫減だな。


「手入れする暇もなしか」


 田んぼ(仮)に人はいず、雑草が生えている。結構な人が死んだか?


「……酷いものね……」


「弱肉強食な世界はどこもこんなものさ」


 世界を探せばいくらでもある光景だ。いちいち感傷に浸るのもメンドクセーわ。


「ルダール。行儀よくしろよ」


「了解です」


 オレたちに気がついたようで、町から武装した野郎どもが何十人と出て来た。


「ハヤテ。前に」


 結界擬装(老人の姿ね)して隊商の前に出る。


「わしたちはゼルフィング商会の者でベーと申す。町へ入る許しを得たい」


 武装した野郎どもの中から役人みたいな男が前に出て来た。


「ザイライヤー族の者から聞いている。食料を持って来たとは本当だろうか?」


「町を潤すほどではないが、塩漬け肉とイモ、果物などがある。町で商売をさせてもらえるなら安く融通させてもらうよ」


 先行隊から聞いているだろうからか、武装した野郎どもが道の端によった。


「もちろんだ。町長に代わり歓迎しよう」


「感謝する」


 役人みたいな男が先導してくれバルザイドの町へと入った。


 前に来たときと同じく町の中は寂れ、空気が重い。食料不足が深刻なのかもしれんな。


「ベー様!」


 先行隊のザイライヤー族やシープリット族、ジャッド村の者と思われる男たちが駆け寄って来た。


「ご苦労さん。大丈夫だったかい?」


「はい。大人しくしてましたから」


 月読を与えた……なんだっけ?


「ラドリーさんですよ」


 いつもありがとうございます。


「あとはオレが代わるから休んでくれ。なんなら村に戻ってもイイぞ。しばらく町に滞在するんでな」


「いえ、残ります。活躍の場を逃したくないので」


 なにやらあったみたいだな。


 まったく、オレはゆったりまったりスローなライフを送りたいだけなのに、弱肉強食な世界はそれを許してくれねー。誰か世界を征服して平和にしてくんねーかな~。


「今まさに世界を征服しようとする村人がここにいますけどね」


 オレは誰かが築いた平和の下で生きるのを目標とした村人です。


「さあ、荷物を降ろせ。商売を始めるぞ!」


 世界征服うんぬんより商売だ。この町にゼルフィング商会ありと示すぞ。


  ◆◆◆


 食料不足とは聞いてたが、聞いてた以上に不足しているようだ。


「まあ、餓死者が出てないのが救いか」


「なぜ救いなの?」


 オレの一人言を聞いた委員長さんが尋ねてきた。


「餓死者が出るってことは町として崩壊してるってことだ。そこから自力で復帰するのは至難。大体は滅ぶものさ」


 大暴走でのことなら滅び一直線だろうよ。


「町のヤツにはワリーが、つけ入る側としては好機だな」


 なにもないときに町を掌握するには手間も時間もかかる。食料でつけ入れるなら安いもんだぜ。


「……たちの悪い犯罪者の思考ね……」


 なぜか悪いほうに見られるオレ。誰一人不幸にしてないのに……。


「不幸にはしてませんが、過労にしてますけどね」


 それはそれぞれの仕事配分が悪い。オレは失敗しても間違ってもサボっても叱咤しない。自由自主を尊重する雇い主です。


 ジャッド村の者も喜んで働いてくれ、うちのメイドも笑顔で働いている。これのどこか犯罪者なんでしょうね?


「それでやっていけるのが不思議でしかたがないわ」


「フッ。わかるように精進するんだな」


 いずれ大図書館を背負う一人となるのだ、人心掌握は必須だぜ。


「べー様。食料が半分を切りました」


 と、ミタさんからの報告。まあ、荷車数台分で町一つを賄えるわけがない。


「どうするのよ?」


「それは町を仕切るヤツの出方次第だな」


 食料はイニシアチブを握るため下準備。まあ、相手がどうしようもないアホだと無駄に終わるがな。


「まあ、勇者ちゃんを受け入れ、大暴走から町を守ったヤツならすぐにやって来るさ」


「あなたは先見の眼でも持っているの?」


「先見の眼がなくても過去を知り、今を見て、人を知り、情勢を鑑みれば未来を予測できるもんだよ」


 まあ、人生は予測不能で一寸先は闇だ。どんなに備えても不可抗力なことはあるものもの。過信せず傲慢にならず、石橋を叩いて生きましょう、だ。


「……なにも考えず爆走してるように見えるんですがね……」


 感じて動くことは多々ありますが、考えなしではないからね。本当だからね。


 それから一時間で用意した食料は完売。普通の隊商なら一財産だろうな。


「ミタさん。食事を用意してやって」


 ここは、町の広場でオレたちしかいないので場所は使い放題。盆踊りができそうだ。


「べー。少しよいか?」


 姿が見えなかったエース的オネーサマが顕れた。どこいってたのよ?


「人を買った。荷車を使わせてもらってよいか?」


 ん? 人を買った? 


「ザイライヤー族は外から受け入れる一族ですよ」


 あ、ああ。そう言やそうだったな。すっかり忘れてたわ。


「構わんよ。なんなら先に帰っててもいいぜ。オレらはしばらくいるからよ」


 オレは勇者ちゃんたちを追わなくちゃいかんからな。


「わかった。帰らせてもらう」


「護衛はいるかい?」


「……何人かつけてもらえると助かる」


 いらないと言わないだけ世間を知ったかな?


「ルダール、頼むよ」


「では、五人ほどつけておきます」


 ザイライヤーのオネーサマ方が六歳くらいの女の子を一〇人くらい荷車に乗せた。


「結構、人が死んだらしいな」


 女の子がいるなら男の子もいるはず。孤児があれだけと思えないから百人くらいいそうだ。


 ん~。町の規模から人口は四千人くらいか? その数から百人も孤児が出たら二、三〇〇人は死んでるっぽいな。まあ、想像でしかないがよ。


「魔女もあんな感じかい?」


 委員長さんや他の魔女の表情が冷たい。暗い過去を思い出さないようにしてるのかな?


「そうね」


 と、短い答え。語りたくはない、か。


「自分を変えるのは自分にしかできねーぜ」


 委員長さんの心の中は委員長さんにしかわからない。が、その表情は不満顔だ。鬱屈した感情をすっきりしたいのなら自ら動くしかねーぜ。


「……そうね……」


 また短く答えてどこかへといってしまった。


「ドレミ。警護してくれ」


 あの様子じゃ周りに目がいってねー。悪いおじさんに絡まれたら困るからドレミに見ててもらおう。


「イエス、マイロード」


「ドレミさん、久しぶりの出番ですね」


 誰への説明だよ? 


「べー様の言葉を借りたら大きな友達にですよ」


 なんだろう、この幽霊は? 変な電波でも受信してんじゃないだろうな?


「よくわかりませんが、失礼なことを言っているのはわかります」


 失礼なこと毎回言ってるのはあなたですよね?


「べー様。町長と名乗る方がお会いしたいそうです」


 やれやれ、やっと来たか。行動力がない町長さんだよ。


「あいよ。通してくれ」


 さてと。交渉開始といきますか。

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