第142話 鈍感系主人公

「イイ天気だ」


 出発時の雨はどこへやら。青い空が広がっていた。


「穏やかな旅はのんびりできてイイもんだ」


 オレはハヤテから降りて歩いている。


 ハヤテ──と言うか、リジャーは歩かせるとストレスが溜まるようで、ちょこちょこ走らせないとストレス死にするそうだ。


 ……そう言うことは早く言って欲しかったよ……。


 エボーはそんなことはなく、エサを与えてれば従順で力持ち。ただまあ、難点は牛の速度しか出せないってことだな。


 まあ、一緒に歩くにはちょうどイイので旅気分は味わえるぜ。


「あなたは、なんでも楽しむのね」


 委員長さんたちも歩いている。甘いもの食いすぎて太ったからとレイコさんが教えてくれました。


 ……魔女も女ってことだな……。


「人生は楽しんだもんが勝ちだぜ」


 オレがその証拠だとばかりに委員長さんに笑顔を見せつけてやった。


「……のんきな人ね……」


「まあ、のんきなくらいが人生楽しめるもんだぜ。委員長さんも心に余裕を持ってのんきに生きるんだな」


「イインチョー? わたしのこと?」


 あ、思わず口にしてしまったわ。


「……名前を覚えないとは聞いてたけど、あなたの中ではイインチョーって呼ばれてたのね、わたし……」


 委員長って響き、嫌だったか? 前世の言葉だからこちらのヤツには不可解に聞こえるのかもな。


「どう言う意味なのかしら?」


「とあることをするために組織されたのが委。そこに属する者を員。纏めるのが長。で、委員長。あんたの見た目がそれっぽいから委員長と命名しました」


 オレの勝手な解釈なので文句は受付ませんのであしからず。


「……イインチョー……」


「委員長な、委員長」


 イインチョーイインチョーと呟きながら委員長と呼べるようにする委員長さん。無駄に向上心があるよな。


「委員長、委員長、委員長。これでどうかしら?」


「お見事。自動翻訳の魔法がなくても他民族の語学も覚えれそうだな」


 あ、オレらが平気に話しられてるのは自動翻訳の首飾りを複数人がしてるからだよ。頭の隅に置いといてね~。


「誰への説明ですか?」


 ここにいない大きな友達にだよ。


「委員長ね。慣れるとなかなかいい響きだわ。うん、気に入ったわ」


「なら、大図書館に世界録委員会でも創って、そこの委員長になればイイ。叡知の魔女さんに口利きしてやるぜ」


 オレの言葉を無下にはできんだろう。今後の付き合いを考えたらな。


「……委員会……」


 言葉を反芻して委員会と言えるようにしている。この世界に委員長と委員会が生まれた瞬間だな。


「で、世界録委員会はなにをするのかしら?」


「世界を探究すればイイ」


「世界を、探究?」


「まあ、簡単に言えば世界を知るための組織だな」


 人の金と人材で世界を知る。オレはそれを利用させてもらう。最高だな。


「……世間ではそれを下衆って言うんですよ……」


 それは見解の相違って言うんだよ。


「この大陸に来て学んだことを本にして未来に継ぐ。大図書館の魔女なら相応しい委員会だろう?」


「……あなたの思惑に嵌まるのは癪だけど、相応しいのは認めるわ……」


「本になったら一つくれな。うちの本棚に収めるからよ」


「あれはもう本棚じゃなくて書庫って言うのよ。写すために人を割かなくちゃならないわ」


 ん? 魔女さんたち全員来たんじゃなかったのか?


「アハハ。オレが言う前からやってるとはさすが世界録委員会の長だよ」


「勝手にとは怒らないのね」


「オレは知識の独占はしない主義なんでな」


 そのために本の部屋は開放してある。好きに入って好きに読め、ってな。


「知識は囲うものよ」


「それは帝国の、大図書館の主義主張だ。好きにしたらイイ。だが、オレもその囲いに入れてくれよ。今後の友好のためによ」


 否! と言うならオレはそれを尊重するぜ。今後、知識は自力で集めなくちゃならないがな。


 なんて意味を込めてニッコリ笑顔。


「……そうね。友好のために知識を共有しましょう……」


 損得勘定ができるヤツはほんと楽だぜ。


「じゃあ、新たな知識を探究しようか」


「……なんのこと……?」


「ルダール! ザイライヤー! 敵だ! 下から来るぞ!」


   ◆◆◆


 旅は順調である。


「そう思ってるのはベー様だけですよね。今、巨大ワーガーと激戦になってますけど」


 そう言われてもオレに出る幕なし。竜車を守るだけしかやることがねー。


「あーコーヒーうめ~」


 皆が戦うのを観戦しながら飲むコーヒーの旨さよ。あ、信玄餅食いたくなった。


「ミタさん。たい焼きちょうだい」


 さすがに信玄餅はないだろうからたい焼きをお願いした。


「あんこでよろしいですか?」


「それでお願い」


 オレはたい焼きはあんこしか認めません。


「ってか、南大陸にはおっかねーのがいるんだな」


 魔大陸にいそうな巨大ワーム。いや、ワーガーと言う土竜の一種だそうだ。


 全長はおそらく三〇メートルはあり、堅い鱗に守られ、ワームのような歯が何百と生えている。食われたら一瞬でひき肉だな。


「南大陸は竜の巣と呼ばれてますから」


 雲の中じゃないんだ。夢がねーな。


「なぜ雲の中かは知りませんが、竜だって食べなきゃ生きられないんですから空でなんて生きられませんよ。浮遊島でもないと」


 幽霊から現実を教えられるとか本当に夢がねーな。


「しかし、手間取ってんな。そんなに苦戦する相手か」


 殲滅拳で一発だろうに。


「ベー様の基準は人の域から外れてましからね」


 人を人外扱いしないで。オレはまだ人の域に入ってます。


「委員長さんが『お前マジふざけんなよ』って顔を向けてますよ」


 デジカメを持つ委員長さんを見れば確かにそんな顔をしていた。オレらの会話(?)は聞こえてないはずなんだがな。


「言いたいことがあるなら言葉にしてくれる?」 


 いや、言いたくないのなら言わなくてもイイけどさ。


「呑気なものね」


「やることないからな」


 ここでオレが出たら大顰蹙もの。シープリット族やザイライヤーのオネーサマ方の立つ瀬がねーよ。


「暇なら混ざって来てもイイぞ」


 あの中に入れるならな。


「お茶に混ざるように言わないで! 軽く死ぬわよ!」


「魔女も戦闘力つけろよ」


「魔女をなんだと思ってるのよ! 魔女は知の探究者よ!」


「最近の魔女はしょうがねーな。うちのメイドを見習えよ」


 まあ、別にメイドに戦闘力を求めたことはねーけどよ。


「あなたのところのメイドが特殊なのよ。と言うか、メイドと言う職業はあなたのところだけよ!」


「そうなの?」


 皆普通にメイドとか言ってたから普通にメイドと言う職業があるのかと思ってたよ。この世界、転生者がいるからな。


「カイナ様が命名したと聞いてます」


 あ、自重も根回しもしないバカがいましたね。疑いをかけた転生者諸君、大変失礼いたしました。


「あのよくわからない人なら納得だわ」


「ダハハハら! カイナのヤツ、よくわからないとか思われてやんの。ウケる~!」


「一番よくわからないのはあなただけれどね」


「ぶひゅっ!」


「ぷっ」


 幽霊とメイドに笑われた!


「……オレ、わかりやすい男だよ……」


 と言っても誰も信じてくれなかった。


 ま、まあ、理解されないのならそれでもイイもん。オレ自身がわかってるならな!


「おらっ! いつまでちんたらやってんだ! さっさと終わらせろや!」


 もう三〇分も戦っている。休憩だって長すぎるぞ。


「わかりました! そろそろ決めるぞ!」


 なんだ。遊んでたのかよ。魔大陸のヤツらはお遊びが好きだぜ。


 それからネタ武器を与えたヤツらがワーガーにトドメを刺した。えげつな。


「ベー様が作った武器が、ですけどね」


「武器は使う者の技量が物を言うんだよ」


「完全にベー様の趣味を詰め込んだ武器ですよね」


「…………」


 ま、まあ、そうだと言われたらそうだとしか返せないかもしれないです……。


「魔女さんたち。解体の時間だ」


 命をいただいたら美味しくいただきましょう。あの鱗、なんかに使えそうだ。


「ルダール。竜車を先にいかせろ。解体はオレと魔女さんたちでやるから。あと、今日は酒を飲むのを許す。夜営地でたっぷり飲め」


 まだ野蛮人を脱却してないヤツらには酒を飲まして自尊心を満たしてやり、少しずつ調教しないとな。


「さすがベー様! 先を急ぎます!」


 ルダールはオレの思惑を理解してそうな感じで、わざと陽気な感じで隊商を出発させた。


「さて。解体しますかね」


 綺麗なままで倒して欲しかったが、欲しいのは鱗と牙だ。今回は他のものは諦めよう。


「あ、あの、ぞ、臓器が欲しいのです。ほ、保存できるものをください」


 なんか鋭い刃物を持った魔女サダコ。見た目だけではなく中身までヤヴァイヤツである。


「寄生虫とか気をつけろよ。地中にいるヤツはわけのわからん寄生虫がいたりするからよ」


「き、寄生虫ですか。そ、それは楽しみです」


「委員長さん。こいつ大丈夫なんだろうな?」


 なんかヤバゲな臭いがプンプンするんだが。


「大丈夫よ」


 なら、オレの目を見て言えよ。力強く断言しろよ。完全にヤヴァイヤツだと証明してんだろうがよ!


「しっかり見張っておけよ。黙って帝国に持ち込まれてもオレは知らんからな」


「努力するわ」


 だからオレの目を見て言えよ! 不安すぎんだよ!


 クソ。今度、叡知の魔女に会ったら文句言ってやるからな! 畜生が!


  ◆◆◆


「フヒ。ウヒヒ」


 肉片となったワーガーを切り刻む魔女サダコ。こいつは世に出してはダメなタイプだ。


「それを世に出したのはベー様ですけどね」


「…………」


 オレに憑くのは突っ込み属性のヤツしかいないのか?


「プリッシュ様と同じことを求められても困りますよ。わたし、あそこまで突っ込み上手ではないので」


 君もメルヘンに負けてないよ! 無駄に誇りやがれ!


「委員長さん。終わったらあいつをひんむいてなにも持ち出さないようにしろよ。ああ言うのは絶対、懐に忍ばせるからな」


「経験者は語ると言うやつ?」


「帝国に生物災害って概念はあるかい?」


「……生物災害……?」


 まあ、この時代にあるわけねーわな。隣の村にいくのも大変だからよ。


「生物ってのはその土地に合わせて成長進化するものだ。ここに合わせた生物が他の土地に移り、滅ぶこともあれば増殖することもある。滅ぶならイイ。だが、増殖した場合、そこに住む生物を駆逐したりする。そうなれば生物循環の理が崩れる。そうなった場合の未来は想像できるか?」


 委員長さんは考えに入り、三〇秒ほど地面を見詰めた。


「……なるほど。生物災害とはよく言ったものね……」


 大した説明でもねーのに、生物災害を理解するか。やっぱりこの魔女は大図書の継承候補なんだな……。


「そうだ。もう災害だ。一旦環境が崩れたら回復するまで一〇〇年二〇〇年は余裕でかかる。長生きなエルフでも知識がなければ環境を回復させるなんて無理だろうよ」


 そう言って委員長さんを指差した。


「知識の守り人たる魔女よ。この知識を明日に繋ぐことを期待する」


「……あなた、責任をわたしたちに丸投げしたわね……」


「別に放り投げたいのなら好きにしたらイイさ。知識を受け継がない自由もあるだろうからな」


 前世では報道しない自由もあったからな。きっと知識を受け継がない自由だって認められるさ。


「ふざけないで。わたしたちは知識に忌避をつけたりしないわ! どんな禁忌でも次世代に継ぐのがわたしたち魔女の誇りよ!」


 善くも悪くも真面目な魔女さんだ。だが、だからこそ知識の番人として信用できるぜ。


「なら、その矜持を胸に魔女サダコをしっかり見張っておけよ」


「わかってるわ。って、なんなのよ、魔女サダコって?」


「狂気って意味だ」


 ごめん。見た目が井戸から出て来る黒髪のレディとは言えません。なので狂気と言う意味にさせていただきます。


「ま、まあ、レイオルにはお似合いね」


 狂気がお似合いって、本当にとんでもねー魔女を押しつけてくれたもんだぜ。手に負えないときは先生に面倒見てもらうっと。


「ヒヒ。いたいた。き、寄生虫がいた~」


 なにを熱心に切り刻んでいるかと思ったら寄生虫を探していたのかよ。


「どんな寄生虫だ?」


 寄生虫も千差万別。世界初のご対面となれば好奇心は爆上げである。


「……あなたもサダコじゃない……」


 オレは節度と倫理を持つ好奇心旺盛なだけですぅ~。


「こ、これは、なんて言う寄生虫、でしょうか?」


 ピンセットで糸のような寄生虫を摘まんで見せる魔女サダコ。


「あんたが初めて発見したんだから好きに名づけな」


「わ、わたしがつけていいんですか?」


「早い者勝ち。名前をつけて本にしたヤツが正義だぜ」


 結界でピンセットを創り、魔女サダコが持つ糸状の寄生虫を伸ばしてみる。


「線形動物と言ったっけか?」


 学んだ記憶はあるが、細かいことまでは覚えてねー。転生するとわかってたらもっと勉強してたのによ。


「ど、動物なんですか?」


「オレも詳しく学んだわけじゃねーから説明できんが、分類分けだと思う。人やエルフ、獣人は似ているが別の種だろう? 人も細かく分けたらいろいろあるだろう?」


「は、はい。わ、わかります」


「なんの仲間でなんの種でなにに分類されるか。細かく調べると一括りでは片付けられなくなるんだよ」


「そ、そうなのですか?」


「まあ、極めれば、ってやつだな。それは自分で見つけていきな。おもしろいと思うから興味があるんだろう? なら、どんどんやったれだ」


 人としてはダメな性格かもしれんが、学問を極める者としては恵まれた才能だと思う。


「……わ、わたしは、極めても、いいんでしょうか……?」


 狂気の顔が年相応になって俯いてしまった。


 ったく、しょうがねーな。


 魔女サダコの背中を加減して叩いて顔を上げさせる。


「イイに決まってんだろう! 周りの声など気にすんな! 極めたら誰も陰口なんて吐けなくなるもんだ。下なんて向いてねーで前だけを見ろ!」


 狂気な性格の持ち主ではあるが、その探究心は尊敬に値する。極めてオレの老後の楽しみとしてくれ、だ。


「……は、はい……」


 目が狂気色に輝き、寄生虫を観察し始めた。


「……まったく、罪作りなベー様です……」


 オレはオレのためになるならどんな罪でも背負ってやるさ。


「いや、そうではなくて、違う意味で罪作りだと言ってるんです」


 はん? 違う意味の罪ってなによ?


 レイコさんに問うが、答えてくれることはなかった。なんなんだよ?

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