第18話 引っ越し

 そう言ったら、食堂の時間が止まった。


 ってのは言い過ぎだが、皆がびっくりあぽん(驚きと唖然とした感じね)。全員がオレに目を向けていた。


「……ど、どう言うことだ……?」


 親父殿が一番に復活して、震えながら訊いてきた。覚悟はどうしたよ?


「そのままの意味だよ。オレは館を出る。空いた部屋は、そこの三兄弟と茶色の生き物に譲るよ」


 二階あるから一階を男どもに。二階は妹にやればイイだろう。茶猫は……まあ、テキトーに丸まっておけ。


「いや、なんでだよ! お前、一生村人だと抜かしてだろうが!」


「別に館を出たからって村人をやめるつもりはねーよ。生涯オレはボブラ村の一員で親父殿やオカンの息子だよ」


 そこはなにがあっても譲らねーぞ。


「……あ、いや、ちょっと待て。つまり、どう言うことだ……?」


 こみかみをグリグリしながら脳内で整理する親父殿。オレ、そう難しいこと言ってるか?


「館は出るけど、村にはいるってこと?」


 プリッつあんが簡素な答えを出した。


「ああ、そうだよ。まあ、別宅って感じか? いろいろ出歩いてるし、帰って来るのも不規則だし、館の中をバタバタさせるのもワリーしな」


 つーか、いちいちメイドに出迎えられるのも邪魔クセーんだよ。他人の家に帰って来た気分になるわ。


「……いや、お前の家なんだからなにも気を使うこともねーだろうが……」


「別に気を使ってるわけじゃねーよ。これはオレの我が儘だ」


 自業自得。ああ、まったくその通り。反論の余地もねー。だが、オレはオレのために生きている。なら、身勝手だろうが無責任だろうが、思うがままに生きて、オレが住みやすいようにするまでだ。


「け、けどよ……」


「納得いかねーのもわかる。追い出した気になるんだろう」


 頷きはしないが、その表情が肯定している。


「気にするな、と言っても気にするだろうが、もうここは親父殿とオカンの家だ。二人が決めて二人で築いていけ。子はいずれ旅立つもんなんだからよ」


 まあ、旅立つっても敷地内ですけどネ。


「旦那様。ベーの好きにさせてやってください。ベーは住むところに変な拘りをみせる子なんですから」


 さすがオカン。わかってらっしゃる。


「シャ、シャニラがそう言うなら……」


「まあ、そう言うこった」


 了解が得られてなにより。ケンカ別れじゃ今後気まづいしな。


「ミタさん。部屋の荷物を出したら、三兄弟の希望を訊いて部屋を整えてくれや」


「畏まりました」


 よっこらしょと立ち上がり、久しぶりの自分の部屋へと向かった。


 つーか、オレ、うちに帰って来たの何日振りだ? 部屋に入るなり、なんか久しぶりって思っちまったわ。


「ぎゅっと縮めたら一月も住んでねーかもな」


 久しぶりとは思っても愛着はそれほど感じない。まあ、元々自分の部屋なんて使ってなかったしな。


 身の回りのものはトランクケースに収まる程度。あとは、薬師としての仕事道具や材料、工作道具に作りかけの道具などを無限鞄に詰め込んで行く。


「ベッドは残しておくか」


 シーツなどは毎日取り替えているようだし、今度はもうちょっとこじんまりとしたベッドにしたい。つーか、今度は畳にして炬燵とか作るか。寝るところに拘りはねーしな。


 こんなものかとサッパリした部屋の中を見回してたら、プリッつあんが、自分の家……と言うかテリトリーのものを無限鞄に仕舞っていた。


「プリッつあんは、ここにいてもイイんだぞ」


 そこ、気に入ってたんじゃなかったのか?


「ベーがいくならわたしもいく」


 なにやら意志は固いようだ。まっ、好きにしな、だ。


「ベー様。わたしもついてついていきますので、少し待っててください」


 と言って、ミタさんが部屋を出ていってしまった。


「同じ敷地内なんだがな」


「ベーは、同じ場所にいたって突然いなくなるじゃない。専属メイドとしたらたまったものじゃないわよ」


 オレとしては必要なときにいてくれたらそれでイイんだがな。


 ……まあ、必要なときにいなくてもなんとかするがよ……。


「いいじゃない。どうせミタレッティーやメイドがついて来ることも折り込み済みなんでしょう」


 なんでこのメルヘンさんはオレの考えがわかるのだろう。オレはメルヘンの考え、まったくわからんのによ……。


 反論したいが、まったくその通りなので、ミタさんが来るまでマンダムタイムといきましょう。


 あ~コーヒーうめ~。


 ◆◆◆


  しばらくして、ミタさんが戻って来た。


「お待たせして申し訳ありません」


 なんだろう、ミタさんが両手に持つパンパンに膨れた鞄は? カイナから流れて来た無限鞄の仕様はわからんが、無限とつくからにはその程度入らない訳はない。なんなの、いったい?


「フロム鳥の卵です」


 フロム鳥? 初めて聞くな。ってか、そんなにパンパンにして潰れないの?


「レヴィウブで手入れました。すべて有精卵なんです」


「いろんなの売ってんだな、あそこ。でも、なんで有精卵?」


 卵を孵化させるのが趣味なんか? 理解はできないけど、応援はするよ。


「フロム鳥を増やして美味しい卵でケーキを作りたいんです」


 なんか料理を拗らせちゃったシェフがやりそうなこと言っちゃったよ。


「ミタさん、そんなに料理が好きだったっけ?」


 万能メイドは料理もできるが、好きだとかは聞いたことはないし、出す料理は作りおきのものが多かったような気がするが?


「いえ、あたしは食べるほうが大好きです」


 あなた、食いしん坊キャラでしたっけ? あまり食っているとこ見たときないけど。


「恥ずかしながら部屋で食べてます」


 まあ、食べているところを見られるのが嫌ってヤツもいるし、楽しみ方は人それぞれ。勝手にしたらイイさ。


「つまり、美味しく育てようって訳だ」


「はい。ベー様なら環境から作ると思いましたから」


 なんだろう。オレ、そんなにわかりやすい性格してるのか? いや、自分の生き方には素直だけどさ~。


「まあ、好きにしな。なにか飼おうとオレも思ってたしな」


 んじゃと、部屋を出た──ら、荷物を抱えたメイドさんが沢山いらっしゃいました。


「ついて来る気満々かよ」


 つーか、なにも言ってねーのになんで、そう言う結論に至ったんだよ。メイドの中にエスパーでもいんのかよ?


「ベーの考えそうなことなんて、ちょっと見てれば誰だってわかるわよ。絶対、趣味に走るって」


 やはり、オレは単純な性格をしているらしい。まあ、バカ野郎は単純明快じゃないとやってられんか。


「ただまあ、ベーの非常識がどれほどまでかは予想できないけどね」


「ふふ。そうですね。誰も考えないことをやっちゃう方ですから」


「誰でも考えそうなことだけど、常識を考えたらやらないことを遠慮なくやっちゃったりもするけどね」


 うっせーよ! と言えたらどんなに楽か。まさにその通り過ぎて反論もできねーわ。


 なにも言えないので、黙って館を出た。つーか、なんのメイド大移動だよ。ゼルフィング家の歴史に変なもん刻むなや!


 他のメイドに見送られながら館を出ると、野次馬が集まっていた。


「ベー。今度はなにする気だ?」


 野次馬を代表してあんちゃんが訊いて来た。どこにでも現れるけど、結構暇なの?


「久しぶりに帰って来たと思ったら、庭先に変なものを作り出してんだ、見過ごせるほどおれの心臓は強くねーよ!」


 どう言う理屈だよ? 意味わからんわ。


「今日から館を出て別宅に住むんだよ。それだけだから仕事に戻れ」


 見てたっておもしろいことは起こらんぞ。


「そうもいくか。お前のやること成すこと世界規模で影響を及ぼすんだからよ」


 オレはどんだけ影響力を持ってんだよ? いや、まあ、最近世界規模でやらかしてんなーとかは思わなくはないけどよ……。


「誰か身代わりを用意せんとな」


「不吉なこと言ってんじゃねーよ! なんの黒幕だ! 魔王だって正々堂々姿を現してるぞ!」


 オレに言わせたら三流もイイところ。一流はそう姿を現せないもの。超一流ともなれば存在すら感じさせず、目的を果たすものだわ。


「ベーの思考ってラスボスっぽいよね」


 オレから言わせたら君がラスボスだよ。そのコミュニケーション能力でイイように扱いそうだわ。


 もう相手するのもメンドクセーので、煉瓦を敷いた場所の前に立ち、精神を集中させる。


 やればできる。あればできる。考えるな、感じろ! と、煉瓦を敷いた場所に扉を創り出した。


「邪神でも呼び出すのか?」


 なんでだよ。普通の扉(見た目はね)だろうが。


「今日からここがオレの家だ。用があるときは勝手に入って来な」


 住む場所は変わったが、友達はいつでもウェルカムなモットーは変わらない。が、さすがに扉だけではオレが住んでるとはわからんか。


「旗でも立てておくか」


 それか門番でも雇うかな? 魔族のジジババの働き口にしてもイイかもな。


 まあ、それは後々。新しき我が家に引っ越しますか。


 繋がってくれよと願いながら扉を開いた。


  ◆◆◆


  カチャリと音はならないものの、転移結界扉はスムーズに開いてくれた。よし!


 連結結界は、昔に創り出したが、音声がやっとだった。


 自由自在にもかかわらず、どうやっても転移結界はできなかったのだ。


 最初は神(?)による介入か? とは諦めていたが、どうもイメージ不足が原因っぽかった。


 まあ、それはオレの勝手な憶測だが、エリナは簡単に創り出し、その原理(想像か?)を聞いて、試しにやったらあらできた。


 数メートル先への転移だったが、でることはわかった。ならば、あとは創意工夫と誠意努力だと、丸二日かけてできた結界扉を生み出したのだ。


 創り出したのはこの転移結界扉で四つ目で、もう大丈夫だとはわかっているが、ものがものだけに開いてみないと安心できないのだ。


「……ちゃんと繋がってるな……」


 開けれたら繋がっている証拠なんだが、扉を潜り、その光景を見て安堵できた。


「な、なに、ここ!?」


「え? 空!?」


 プリッつあんやミタさん、ついて来たメイドさんたちがびっくらこいていた。


 まあ、無理もなかろう。扉を潜ったら、三六〇度空と言う状況なんだからな。


「ベー! なんなのよ、ここは!?」


「オレの世界だ。名はまだない」


 いやまあ、自分の部屋(世界)に名前をつけるヤツはそうはいねーし、別宅で構わんだろう。


「……世界って、また斜め上を全力で駆け抜けていくわね……」


 別にオレが創ったわけじゃねーし、同じのは十数個(世界の単位ってなんだ?)はあった。オレはあったのを利用させてもらってるだけ。文句なら創ったヤツに言ってけろ。


「ここは、オレの部屋、ってか、家を置くからメイドさんズは下を使え。あそこから下に下りられるからよ」


 ここは、山で例えたら頂上部。人が住もうと言う場所ではねー。が、オレはあえてこの場所に住む。ここが気に入ったのだ。


「え、海!?」


「でも、壁があるわよ……」


 頂上部の外周部に立つメイドさんズが、そこから見える光景に驚愕していた。


「ベー! ほんと、なんなのよ、ここは?」


「箱庭だよ」


「もっと言葉を増やしなさいよ! それじゃわからないわよ!」


 チッ。理解力のねーメルヘンだぜ。 


「自分の目で確かめて来い。そのほうが理解できるからよ」


 言葉で説明しても理解できるほど、この箱庭は小さくねー。自分の目で、足で……いや、羽で見て回れ。その雄大さに度肝を抜いてこいや。


「うん、見てくる」


 あい、いってらっしゃい。


「ミタさんも見て来てイイぞ。ただ、オレは家設置して片付けたらバイブラストに戻るからな」


 自分も見たくてうずうずしてる万能メイドに促してやる。


「はい。あの、下はあたしたちが自由にしてよろしいのですか?」


「構わんよ。土地はいっぱいあるからな」


 広さにしたらちょっとした島くらいはある。一万人くらいなら余裕で暮らせるだろうよ。


「で、では、いって来ます」


 あい、いってらっしゃい。


 うっきうきなミタさんを見送り、頂上部の中心に向かう。


 ここの広さは野球ができるくらいあり、外周部に二十メートルほどの木が等間隔で植えてあった。


「……いっぱい実がなってんのにな……」


 ただの桃ならヒャッハーなのに、食えもしないものでは悲しいだけ。ったく、食えるもの植えやがれ。


「果汁にして売るか。ピータ、ビーダ、ちょっと出て来いや」


 内ポケットをトントンと突っ突くと、もぞもぞと動き、ピータとビーダが出て来た。


「ぴー!」


「びー!」


 なんのようだ、こんにゃろーとばかりに元気な二匹。羨ましいヤツらだよ。


「ワリーが、穴を掘ってくれ。土はその辺に置いといてくれ。あとで使うからよ」


 穴の広さと深さを指示して、土魔法で家の土台を作り出した。


「こんなものか」


 正しく計算したわけではく、ほとんど勘だが、一度作った経験があり、長年住んでいた場所。体が覚えているわ。


 土台に結界を敷き、収納鞄に収めた旧我が家を取り出し、結界の上に置いた。


「……まさか、また住むことになろうとはな……」


 プリッつあんの能力で、少しずつデカくしていく。


 土台にぴったりなところで停止。家を一周して設置面を確認する。おし。イイ感じだ。


 敷いた結界を消し、土台と家全体にヘキサゴン結界を施した。


 しばし、懐かし……くはないが、久しぶりな気持ちを胸に我が家を眺めた。


「マスター」


 ドレミの声で我に反り、胸に溜まったあれやこれやを押し込んだ。


「よし!」


 なんの気合いか自分でもわからんが、ドアに手を伸ばし、勢いよく開いた。


「ただいま!」


 そして、元気よく帰宅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る