第19話 ハイリッチ
館に移る前に、物は片付けたからガランとしてるが、あの頃のままの温かさは残っていた。
箱庭の気温は常時二三度くらいあり、暖炉を使う必要もねーが、暖炉は心の癒し。なくてはならないものだと、真っ先に薪をくべ、火をつけた。
安楽椅子を出して、薪が燃えていくのをボンヤリと眺める。
時間も忘れて眺めていたら、プリッつあんやミタさんが戻って来た。
腕時計を見たら四時を過ぎていた。
……もうこんな時間か。楽しい時間は早く過ぎるな……。
「なんなのよ、ここ! わたしがいたとこより凄いじゃないのよ!」
「こんな楽園みたいなところがあったんですね!」
大興奮なお二人さん。ちょっと落ち着きなさいよ。
まったく、しょうがねーなと安楽椅子から立ち上がった。
……まあ、ゆっくりまったり自分の空間を築くのも一興。お楽しみはあとで、だ……。
「わかったから落ち着け。それより、部屋割りするぞ」
「わたし、ベーの部屋だったところね!」
勝手に宣言すると、バビュンと確保に飛んでいった。好きにしろや。
「ミタさんは、サプルの部屋だったところでイイか?」
六畳と狭いが、洗面所つきで収納力もある。ミタさんにはちょうどイイだろうよ。
「あ、あの、あたしも住んでよろしいのですか?」
「近いとは言え、通うのもメンドクセーだろう。それに、掃除とかサプルの領域だから、オレだとゴミ屋敷になりそうだからな」
好き勝手に散らかして酷い状況になる未来しか見えねーよ。
「まあ、通いがイイのなら通いにしな。オレはどっちでも構わんよ」
元々寝に帰って来るところ。いてもいなくても変わらんだろうしな。
「いえ、ここに住みます! では、急いで整えて来ます!」
慌てる必要はねーよと言う前に目の前から消えてしまった。ってか、サプルの部屋だったところわかんのか?
まあ、違ったら違ったでイイやと、暖炉の回りを自分色に整えた。
前は、訪れて来る友達のために酒を並べていたが、酒類は厨房に移して、いろんなコーヒー豆や色とりどりのカップ、各種お茶を並べた。
棚には駄菓子やら菓子と言ったお茶のお供を置き、お気に入りの本をいくつか並べた。
「まっ、今日はこんなもんか」
どうせ泊まるのは公爵どののところ。コーヒーがすぐに飲める環境ができたら充分だ。
「おーい! そっちの具合はどーだ?」
二階にいる二人に声をかけた。
「もーちょっと待って!」
「す、すぐ終わりますので!」
「落ち合う場所は一緒なんだ、ゆっくりやってろ。ちょっと寄っていく場所もあるしな」
どんな部屋にしようが興味はねーが、気に入るまでやってろ。公爵どのらが復活してるかわかんねーんだからよ。
事が事だけに二日三日寝込んでも不思議じゃねー。普通のヤツなら心が折れてそうな事態だからな。
「一緒にいくから待ってて!」
ったく、我が儘なメルヘンだ。
しょうがねーなと、安楽椅子に腰を下ろしてマ○ダムタイム。あ、ちょっと腹減って来たな。でも、今食うと夕食入らなくなるし、どら焼一つで我慢しておくか。
もしゃもしゃ食ってると、ミタさんが下りて来た。
「す、すみませんでした」
構わんよと、食いかけのどら焼を掲げて見せた。
「どら焼ですか?」
「ああ。知り合いにもらった」
町の和菓子屋さんで売ってるもので、隠れた逸品なんだってよ。うん、うめ~。
「……食べる……?」
物凄く欲しそうな顔で見るミタさんに尋ねてみる。いや、尋ねるまでもないんだろうげどさ……。
「はい!」
輝かんばかりの笑顔を見せるミタさんに、一〇個入りのどら焼を四つ、渡した。そこの棚に置いておくから、なくなったらテキトーに持っていきな。一生かかっても食い切れないほどもらったからよ。
……カイナもそうだったが、なんではっちゃけたヤツって大量に出すかね。もう嫌がらせだわ……。
「はい! ありがとうございます!」
喜んでもらえてなによりだよ。
結界収納でどら焼の箱を収納していく。すぐやってくださいとミタさんの目が言ってたから……。
「お待たせ~」
六〇個ほど収納した頃、やっとプリッつあんが下りて来た。
「んじゃ、続きは帰って来てからな」
なんかもう拷問を受けてる気分になってきてたわ。
プリッつあんがオレの頭にパ○ルダーオンして来たの確認し、家を出た。
「雨雲かな?」
前方から真っ黒な雲が近づいて来るのが見えた。
「なんか荒れそうだな」
嵐の少ない土地に住んでるんで、雨雲を見て荒れ具合は予想できんが、避けるに越したことはないのは理解できた。
「ブルーヴィ! 雲の上に出て進めな!」
前方に向けて叫んだ。
──ぷしゅぅぅぅぅっ!
わかったとばかりに水柱が上がった。
「え、なに!?」
「な、なんですか、今のは!?」
二人の驚きを無視して転移結界扉へと向かった。
◆◆◆
「ちょっと、今のはなによ?! なにがどうなってるのよ!?」
頭の上で暴れるメルヘン。うっさいなー。
「空鯨のブルーヴィだよ」
「省略しすぎ! わかるように説明しなさいよ!」
「メンドクセーな。知りたきゃ勝手に見て来いよ。ブルーヴィの頭付近に艦橋があるからよ」
ブルーヴィは己の意志で動くが、爪も牙もない生き物。攻撃手段や防御力はないに等しい。なんで、エリナが砲塔を創り、オレはヘキサゴン結界で防御力を上昇させたのだ。
「艦橋? 確か操縦したりするところよね? ってことは誰かいるの?」
「ああ。黒羽妖精がな」
あの種族、見た目はメルヘンだが、ガチの戦闘種族だと思う。考えることが物騒だもん。
……頭の上のメルヘンさんも過激と言えば過激だが、アレを見たらかなり特異な存在ってわかるよな……。
「黒羽? なんなの、それ?」
ん? プリッつあんは知らんのか?
「読んで字の如し。羽が黒いんで黒羽妖精って呼ばれてるらしいぜ」
ほんと、誰が命名したんだ? まんま過ぎんだろう。
「ベーが連れて来たの?」
なにか、責めるような目を向けるメルヘンさん。なんでだよ?
「無理矢理ついて来られたんだよ。狭い世界はもう嫌だってな」
一国くらいある空間で狭いもねーと思うんだが、変化もない日々は想像しても嫌なもの。好きに飛び出せと言ったのに、なぜかオレのあとに続いて来たのだ。
ついて来んなと必死に拒んだが、戦闘種族のクセに妙に慎重なヤツらで、慣れるまでは一緒にいさせろとまったく引かなかった。
これ以上、周りにまとわりつかれたら堪ったもんじゃないんで、ブルーヴィの乗組員(?)にさせたのだ。ブルーヴィも一人(匹か?)じゃ可哀想だったしな。
「……まあ、いいわ……」
なにがイイのか知らんが、まあ、気にしないのが吉だろう。サラッと流せだ。
許し(?)が出たので、バイブラストへと転移バッチに手をかけたところで気がついた。転移結界扉の前にあんちゃんや親父殿と言った野次馬がいることに。
……あれ? 時間が進んでねーのか……?
そんな仕様にした覚えがねーんだが、入る前の光景がそこにあった。
「……なに、いったい……?」
「いや、お前のことだから心臓に悪いことなんだろうと思って、出て来るのを待ってた」
はぁ? なに言ってんだ、あんちゃんは?
「あー! わたしたちを生け贄にしたのねー!」
プリッつあんがあんちゃんに飛びかかった。
「いや、ベーの行動に動じないのプリッシュだけだし、おれら守るものがあるし」
「わたしにだって動じたし、守るものがあるわよ!」
少なくともこの中で心臓が強いのは君だと思うよ。
和気藹々なプリッつあんとあんちゃん。クッ。なんか嫉妬──しねーよ。そのままあんちゃんの頭にパイル○ーオンしやがれ。オレはいくぞ。
転移バッチ発動。地竜へ!
と、プリッつあんを放置して転移した。ちなみにミタさんはしっかりオレの肩に手を置いてました。
転移バッチの優秀なところは、場所を認識できてれば移動していても転移できるところだな。
なに事もなく地竜の背、城の城門辺りに現れた。
……そして、出現地点を補正してくれるのも助かるぜ……。
カイナーズによる改造は始まっているようで、たくさんの魔族が働いていた。
わざわざオレに敬礼していくカイナーズの連中に応えながら城門を潜り、地竜の管理人……なんつたっけ? あの竜人さん?
「シュヴエルです」
あ、うんうん。そんな名前でした……け? まったく記憶にないでござる。
「おう、久しぶり」
なんか半年振りな感じがするぜ。
「わたしには一瞬より短い時間です」
あ、うん。悠久のときを生きる方ですもんね。
「急に来てワリーが、ここに転移扉を設置するな。あと、これもな」
収納鞄からバレーボールサイズの箱庭を取り出した。
箱庭の中では一番小さいもので、森がメインのものだった。
「フュワール・レワロとは、まだあったのですね」
「知ってるのかい?」
悠久のときを生きてるから知ってても不思議じゃねーが、昔は有名なものだったのか?
「アリュアーナにもありました」
過去形か。まあ、地竜の背に都市を築こうってんだ、そんな事実があっても不思議じゃねーか。
「なら、置いても構わねーよな」
「はい。その石碑の上に置いてもらえると助かります。そこが設置場所なので」
と言うので石碑の上に置くと、不思議な力で固定された。
「使用方法はわかるのか?」
「はい。管理はこちらで行います」
なら任せた。大事に扱ってくれや。
転移結界扉も近くに設置する。ここにとシュ……シューさんでイイや。
「落ち着いたらまた来るわ」
「あ、申し訳ありませんが、それを片付けていただけませんでしょうか? 皆様方の邪魔になるもので」
シューさんが指差す方向を見ると、なんか悶える女がいた。誰よ!?
◆◆◆
歳の頃は、二十後半くらい。尖った耳からしてエルフだろうが、白い肌と白い髪からして賢者殿(変身前)と同じ。ってことは、ハイエルフなのか?
まあ、ハイエルフの生態(?)なんて知らんから、本当に同種族かは謎だが、ただのエルフでないのはわかる。
……なんで千年女王みたいな格好してんだろう……?
「つーか、誰よ、こいつ?」
「いや、ベー様が理不尽に殴ったリッチですよね」
と、突然現れるのが大好きなレイコさん。ハイ、決めつけですがなにか?
「リッチ? オレが殴った?」
まったく記憶にございませんなんだが……。
「いくらなんでも哀れ過ぎますよ。リッチだって頑張って存在してるんですからね!」
いや、そんな理不尽を言われても知らんがな。ってか、害悪な存在にそんな頑張りいらねーよ。
「ん? なんでこいつ、オレの結界を纏ってんだ?」
こいつの存在に気を取られて気がつかなかったが、輪廻転生結界だな、これ。なんで薄くなって……あ、思い出した! あの骸骨野郎……ではなく、骸骨女か。
「ん? でも、なんで肉ついてんだ?」
輪廻転生結界とは言っても本当に輪廻転生するわけじゃない。記憶を操作し、自分のイイように夢を見させる結界だ。受肉する仕様になってねーぞ。
「レイコさん、説明プリーズです!」
霊のスペシャリスト、わかるようにお願いします。
「わたしにもわかりませんよ。辛うじてリッチ……の分類には入ってはいますが、肉のついたリッチなんて初めて見ましたし。逆にわたしが問いたいくらいです! これ、明らかにベー様が原因ですよね!」
……オ、オレのせいなの……?
違うとは言えないのが辛い。オレの結界、なんか神の力っぽいみたいだし……。
「ま、まあ、なってしまったものはしょうがねー」
「で、どうするんです?」
どうしましょう? レイコさん、助けてー!
と、すがりつくこともできない。幽霊、役に立たねー!
「……エリナ様に預かってもらったらどうです? 同じリッチですし……」
おー! ナイスアイディ~ア! そうしましょうったらそうしましょう! エリナ、カモ~ン!
「──呼ばれて飛び出てジャジャジャーン!」
……こいつ、平成産まれのクセに、やたら昭和ネタに詳しいよな……。
「んじゃ、任せた」
「──えっ、まさかのスルー!?」
いちいち付き合ってられるか、アホが!
完全無欠に超絶無視を決め込み、転移結界扉を邪魔にならない場所に設置した。
これで五つ目の設置。まず失敗はないと思うので確認はあとでイイだろう。
城を出て転移バッチを発動。今度こそバイブラストへと向かった。
「──どこいってたのよ!」
いつもの部屋に出現するなりプリッつあんからのドロップキック。羽妖精族、戦闘種族説マジ濃厚。
ふべらし! と吹き飛ばされながら頭の中に浮かんだ。
「なにすんじゃ、アホー!」
「自由すぎんじゃ、ボケー!」
と和気藹々するのもメンドクセーので、サラリと終わらせた。
「腹減った。夕食にしね?」
「……本当に自由な村人だよな、お前は……」
ん? 公爵どの。もう復活したのかい。タフな野郎だよ。
「第三夫人は?」
「まだ寝込んでいるよ」
「さっきやったエルクセプルを飲ませてやれよ。気付け薬としても有効だぜ」
下手な酒より効くぜ。カバ子も一発で目覚めたもんだ。そのあと、蹄で吹き飛ばされたけど。
「できるかアホ! あれ一つで戦争すら起きたものだぞ!」
「足りなきゃやるぞ? 作り方は完璧に覚えたからな」
もうカンペを見なくても配分や手順は覚えた。それらに必要な道具も揃えた。材料があればすぐにでも作れるぜ。
「……お前の生き様が羨ましいよ……」
天を仰ぐ公爵どの。まだ復活してねーようだな。
「ったく、らしくねー。いつものようにドンと構えろや」
このくらいで参ってんじゃねーよ。こんなの飢饉や疫病に比べたら笑い事だわ。
「あんたの目の前にいるは誰だ?」
まっすぐ公爵どのを見る。
「……世界最強のバカ野郎で、おれのダチだ……」
その満足行く答えにニヤリと笑ってみせた。
「万事、オレに任せな」
オレが得するようにするからよ。ケッケッケッ。
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