第20話 新たな扉

 なにはともあれ腹減ったので夕食にしてくださいな。


 よく考えたら朝食ってから今までコーヒーとどら焼しか口にしてなかったわ。


 夕食をとの公爵どのの言葉に、控えていた中年の侍女さんがはいと返事して部屋から出ると、入れ替わりに若い侍女さんが入って来た。


「ご当主様。シュフロの間とアルハラの間がすぐに使用可能でございます」


 公爵どの、ご当主様って呼ばれてんだ~って軽い気持ちでやり取りを見てると、見知らぬ女性が入って来た。


 年齢と身なり、そして、第三夫人以上の高貴な立ち振舞いからして、たぶん、第二夫人だろう。リオカッテー号に飾られていた絵姿に、こんな人がいたのを記憶している。


「プレアリー!? どうした、突然?!」


 公爵どのに報告しないで来たようだ。アグレッシブな夫人だこと。


「どうしたかではありません。なにも報告がないからこちらから参りました」


 今の時代、通信手段は手紙が主だが、帝国の高位貴族ともなれば魔道具による通信が可能になると、以前、公爵どのから聞いたことがある。


 ……まあ、魔力を大量に消費するらしいから頻繁にはできないそうだがな……。


「そう簡単に事態は変わらんよ。こいつが動かんことにはな」


 公爵どのの視線にプレアリーさんなる夫人の目がオレに向けられた。


 高貴なご夫人。まさにそう言いたくなるくらい、典型的……と言うか、想像したらこんな貴婦人だろうと言うくらい貴婦人然とした夫人である。


 公爵どのが惚れるタイプには見えねーが、信頼し合っているのは二人の態度からわかる。夫婦と言うよりは同じ目標を持つパートナーって感じだな。


「お互い、会うのはこれが初めてだったな。二番目の妻でプレアリーだ。帝都を任せている」


 どうもと頭を下げる。立場上、オレの話は誰よりも聞いてるだろうからな。


「これが、いつも話している自称村人のベーだ」


「お初にお目にかかります。本当に一〇代の少年でしたのね」


「中身は一〇〇を越えていても不思議じゃないくらい老成されているがな」


 それは本当に百を越えて老成な方々に失礼ってもの。オレなんかまだまだ青二才だよ。


「ええ。帝都の狸爺どものような目をしています」


 あら、意外とお口が悪いご夫人だこと。


「フフ。そんな狸爺どもから女狐扱いされているお前に言われたくないだろうがな」


「妻に失礼よ、カイ」


「おっと。これは口が滑った」


 やはり、夫婦と言うよりは親友同士って感じだな。不思議な関係だ。


「まずは夕食にしよう。アルハラの間に用意せよ」


 公爵どのの言葉に全員がアルハラの間なるところへ移動した。


 オレたちがいた部屋は四階。アルハラの間は二階の奥。距離にしたら五〇メートルもねーのに、アルハラの間とやらに入ったら、もうテーブルには料理が並んでいた。


 ……なんのイリュージョンだ……?


 なんて思ったものの、客の礼儀に反すると思い、勧められるがままに席に座った。


「公爵の城にしては小ぢんまりしてんな?」


 一般庶民なら十二分に広いが、公爵の領都にある食堂としてはかなり小さいと思える。うちの食堂より小さいぞ。


「ここは、家族が集まる場所だからな」


 公爵と高い地位にはいるが、家族を大切にする公爵どの。いや、この一族の血かもな。


「……さすがバイブラストだな……」


「なんだ、突然?」


 オレの呟きが思ったほど大きかったようで、公爵どのの耳に届いてしまったようだ。


「カイザル・バイブラスト」


 オレの言葉に、公爵どのも第二夫人も?顔。さすがに伝わってないか。


「バイブラスト家、初代の名前だよ」


 目を大きく見開く二人。だが、驚きを口にすることはない。自分の中で整理してんだろう。


 二人が飲み込むまで待ってやる。でも、早くお願いします。お腹がキュルキュル言って来ました。


「……そ、それは、本当なのだな……?」


「バイブラストの家長にだけ伝わる鍵があんだろう」


 息を飲む公爵どの。なんのことと公爵どのを見る第二夫人。いつの間にかそこまで重要な扱いになってたんだ。


「なんて言われて受け継がれてんだ?」


「……お前は、どう知っているんだ……?」


「えーと、確か、これは未来の鍵。生きたいと願うなら扉を開けろ、だったかな?」


 骸骨女がいた石碑には、そう書かれていたはず。あと、鍵穴もあった。


「ちなみに、その扉を見たことはあるのか?」


「受け継いだときに見た」


「開けたりはしてないのか?」


「するか。未曾有のときでもないんだからよ」


 つまり、解釈が違って伝わってるってことか。道理で誰も骸骨嬢のところにいってないわけだ。


「これはアドバ──いや、助言だ。聞く聞かないはそちらに任せる。その鍵はカーレント嬢に譲れ。それで今の状況の半分は解決する」


 と思う。とは心の中で呟く。


「……なぜ、カーレントなのだ……?」


「知らないほうがイイ──と言っても納得しねーよな」


「当たり前だ。バイブラスト五〇〇年の秘密だぞ」


 いや、余裕でその六倍はあるが、言ってもピンとこないだろうから黙っておくか。


「どうせ使う日は来ねーんだからイイだろうが」


「なぜ、そう言い切れる?」


「新たな扉を設置するからさ」


 つーか、もう我慢できん。話は食ってからだと、ロールパンっぽいものに手を伸ばした。


  ◆◆◆


「……もう、よろしいの……?」


「ベーに言ってるのよ」


 プリッつあんが、テーブルに乗せていた右手を繰り上げた。ん? なに?


 空になったスープ皿を見詰めていた視線を上げたら、皆さんの視線がオレに集まっていた。


「ワリー。なんだって?」


 腹が満ちてぽや~としったわ。


「疲れてるのか?」


「まーな。バイブラストに来てからびっくり仰天の日々だったからよ」


「人聞きの悪いことを言うな。お前は、バイブラストに来る前からびっくり仰天の毎日じゃねーか! バイブラストのせいにすんじゃねーよ!」


 いやまあ、そうなんだけど、オレがびっくり仰天を起こしている訳じゃねーんだし、まるでオレが原因みたいに言うなや。


「もう食事はいいのか? いくら少食なお前でもパンとスープだけで足りんだろう」


「いや、夕食前に食ったどら焼が腹ん中で膨れっちまったようだ」


 夕食の前にお菓子を食べた子どもか! って、そんな感じの歳でしたね、オレ。


「オレに気にせず夕食を続けてくれや。ミタさん、コーヒーちょうだい」


 他人さまの家でうちのルールを押し通すわけにもいかないので、夕食の席にはオレとプリッつあん、公爵どのと第二夫人しか着いてなかった。


「ベー様。コーヒーです」


「ありがとさん」


 コーヒーを受け取り、まずは香りを楽しんだ。


「コーヒーは入るのだな」


「コーヒーは別腹だからな」


「腹は一つだわ!」


 それ、女子に言ったら顰蹙ものだから注意しろよ。男になら言っても構わんけどよ。


 公爵どのらに構わずコーヒーを堪能する。


 貴族の食事は長いと記憶しているので、気長に待とうとしたら、五分もしないで公爵どのと第二夫人がスプーンをテーブルに置いた。え、もうごちそうさま?


「そっちこそもうイイのかい?」


「この状況でゆっくり食えるほど豪胆ではないわ」


 こんなときだから食えよと思うし、それほど繊細でもねーだろうと口から出そうになるが、当事者としてはそう落ち着いてもいられんか。事が事だけによ。


「お前が満足したのなら場所を移すぞ」


 別にここでもオレは構わんのだが、それを通すほどの思いもないので、公爵どのの言う通りに従った。


「手間をかけさしちまったな」


 元の部屋で話すならここに運んでもらえばよかったぜ。


「ミタさん。二人に酒でも出してやって」


「いや、プレアリーは酒が飲めんのでお茶にしてくれ」


 おっ、同胞がここにいましたか。それは嬉しいね。


 オレの周り、不思議と酒を飲める者ばかりで、飲めないなんてヤツ、第二夫人が初めてだわ。


「では、紅茶でよろしいでしょうか?」


「そうだな。プレアリーは甘いものを好むので、なにか菓子も出してやってくれ」


 ミタさんも同胞がいて嬉しいのか、ニコニコ顔で用意し始めた。


 公爵どのにはウイスキーを。第二夫人にはチョコレートケーキと紅茶を出した。


 もう普通となった公爵どのは驚きもしないが、第二夫人にしてはびっくりなことのようで、目を丸くしてチョコレートケーキと紅茶を見ていた。


「……まさか、チョコレートですの……?」


 なにやらチョコレートを知っている問いだな。あるのか?


 ラーシュのところでもカカオ(的なもの)を見つけたばかり。砂糖と合体するまで、まだ時間はかかるはずだ。


「知ってんのかい?」


「コハン商会と言う帝国内で名の知れた大商会が扱っております。ただ、出所がわからず、貴重なため、わたしでもそう滅多に口にできません」


 さすが帝国の大商会。スゲー伝があるもんだ。


「ミタさん。これもなにかの縁だ、チョコレートを出してやってくれや」


 保身のためにバイブラストのナンバー2に媚びを売っておくのもイイだろう。敵にしたら厄介なタイプだし。


「はい。後ほど侍女の方にお渡ししておきます」


「ありがとうございます」


 まるで少女のように笑う第二夫人。公爵どの、このギャップ萌えにやられたな。


 嬉しそうにチョコレートケーキを食べる第二夫人。その幸せを壊すのはワリーと、食い終わるまで待つことにした。


「ミタさん。第二夫人との連絡役を何人か選んでくれ。シュンパネは大丈夫か?」


「はい、シュンパネは十二分に確保しておりますので問題ありません。連絡役ですが、公爵夫人の侍女がよろしいかと思います。まだ人の世界に慣れているメイドがおりませんので」


 あ、そうか。うちのメイド、魔族がほとんどだし、うちのルールしか知らん。まっとうな貴族のところに放り込むのは酷か。


「第二夫人。侍女は連れて来てるのかい?」


 公爵どのじゃねーんだから一人では来ねーだろう。


「え、あ、はい。信頼できる者を三人連れて来ました。ベー様にいただいたシュンパネなら可能なので」


 だろうとは思っていたが、人に注意する割には使ってるよね、バイブラストの関係者さんたちって……。


「んじゃ、その侍女さんたちと話し合って決めてくれや」


「畏まりました。プレアリー様。侍女方にお話を通していただけますでしょうか」


「あ、え、ええ。確かにそうね。カイ。少し待っててね」


「わかっている。一人で聞くのは怖いからな」


 そう茶目っ気を見せる公爵どの。何人も妻がいる男はスゲーもんだ。まあ、羨ましくもなければ見習いたいとも思わんけどよ。


 あーコーヒーがうめ~。

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