第160話 災難に次ぐ災難
「なんか嫌な気配がする」
麓へ向けて歩いていると、ララちゃんのワンダーワンドの柄先に乗る茶猫が呟いた。
「勇者ちゃん、感じるか?」
「ううん、なにも感じないよ?」
オレもなにも感じない。考えるな、感じろもなにも言って来ない。だが、猫の気配察知を蔑ろにはできない。こいつも変な能力を持っているからな。
「どう嫌な気配なんだ?」
「いろんなところから見られてる感じだ」
「それは、囲まれているってことか?」
夕暮れどきだから森は暗くはっきりとは見えないが、それらしいものは見えない。なにかいるのか?
「……たぶん、今も嫌な気配は増えている……」
「つまり、見えぬ存在は大軍か」
レイコさんがなにも言わないところをみると幽霊や精霊の類いじゃねーな。
「……魔物や獣ではないとなると、植物か蟲、か……?」
この大陸にも動く植物はいるし、蟲はなかなか気配を感じるのは難しいのだ。
「ボク、蟲嫌い」
「……わ、わたしも嫌だ……」
女騎士さんは我関せず。ふ~んって感じだった。やはりこの人は鋼の精神を持っているようだ……。
「勇者ちゃん、雷撃てるか? デカいの?」
「うん、撃てるよ。あいつには効かなかったけど」
あいつとはX5のことだろう。まあ、宇宙生命体なら耐電できても不思議じゃねーか。
「じゃあ、目の前の木に撃ち込め」
「──雷、大きいの!」
なんかズッコケるかけ声だな。まあ、著作権が絡まないからイイけどよ。
ドドン! と胸の奥まで響く雷が木に落ちた。
「これで死なないとか、X5の恐ろしさがよくわかるよ」
「そんなのに殴りかかっていくお前も恐ろしいけどな」
まだわからないからできたんであって、知ってたら結界で何重にも封じ込めたことだろうよ。
「それよりなにか見えたか?」
「なにか黒いのが動いたよ」
勇者ちゃんが指差す方向に、黒い靄? いや、塊か? なんかわさわさ動いてるな? Gか?
「……もしかして、蜘蛛じゃないか……?」
「蜘蛛?」
と、四方からカサカサと言う音がしてきた。
「もしかして金目蜘蛛か?」
ラーシュの手紙に書いてあった。金目蜘蛛の災害のことが。
「なんだよ、金目蜘蛛って?」
「お前、ハリーなポッターくんの映画、観たことあるか?」
「……ある。つまり、うじゃうじゃ出てくるやつか……」
「そうだな。この大陸では度々金目蜘蛛の災害と言うのが起こるらしい。金目蜘蛛自体は猪くらいしかないが、増えると数千匹になるそうだ」
食料が尽きると森から溢れ、生きてるものなら人でも食らうそうだ。
「さらに毒を持っているとかで、増える前に倒すのが最善らしいな」
「……つまり、今は最悪ってことか……」
「まったく、災難に次ぐ災難だな」
オレ、そんなに運が悪いのか? まあ、何度も大暴走に遭遇してると災難とも思えなくなってるがな。
「蜘蛛を倒すぞ」
「大爆発させる?」
「それは止めなさい。この一帯を砂漠にしたらラーシュに会わせる顔がねーよ」
「もう侵略してて会わせる顔もないだろうが」
「対価は払うから問題はねー」
ラーシュやその周りを黙らせる手はいくつも持っている。なんら恐れる必要もナッシング、だ。
「勇者ちゃんは殴り殺せ。女騎士さんは斬り殺せ。ララちゃんは森が燃えない魔法で殺せ。猫は……食われないようにしとけ」
「はん! 見くびるな! 蜘蛛ごとき敵じゃねーよ!」
「ボク、蟲が……」
「金目蜘蛛に人が襲われてたら見捨てるのか? 困ってる人々を見捨てるのか? それ、勇者として恥ずべき行為だ」
「…………」
「勇者が逃げてイイのは戦略的撤退のときだけだ。勝てる戦いや人々が困っているときに逃げたら勇者ちゃんは勇者じゃない。二度と勇者と名乗るな」
金目蜘蛛がわらわらと現れる。Gよりは許容できる光景だな。
「勇者ちゃんと女騎士さんと猫が前衛。オレが中衛。ララちゃんが後衛だ」
たった四人+一匹で四方から襲い来る金目蜘蛛の猛攻に堪えられないだろうが、オレはオールレンジ砲台。どこから襲って来ようが死角なし。
「ララちゃんはオレの補助な」
「変なあだ名で呼ぶな!」
ララちゃん、可愛いのに……。
「殲滅技が一つ、鬼は外!」
ズボンのポケットから鉄玉を握り出し、襲い来る金目蜘蛛の軍団に放ってやった。
「鬼は外って、種族差別にならんの?」
「あ、そうだった。変えようとして忘れてたわ」
鬼がいる世界だとメンドクセーぜ。
「では、鬼は外を改めまして。殲滅技が一つ、蜘蛛は外!」
語呂がよくねーが、殲滅技名にカッコよさを求めてもしょうがねー。これでよし、だ。
「さあ、やるぞ!」
◆◆◆◆
「南の大陸に来てから大量殺戮してばっかりだな」
ヤンキーに始まり、セーサランに金目蜘蛛と、オレ、命を奪いすぎだわ。
とは言え、どいつもこいつも話し合いが通じないヤツらばかり。生きるか死ぬかの生存競争。情けなどかけてはいられない。生きるために殺すしかないなだ。
「蜘蛛は外! 蜘蛛は外! もひとつあっちに蜘蛛は外!」
ってか、金目蜘蛛が多すぎて鉄玉がなくなりそうだわ。石で代用するか。
土魔法で石を創り出し、金目蜘蛛へと投げ放ってやる。
「ララちゃん、火力強すぎだ! もうちょっと落とせ!」
攻撃系なのはわかっていたが、特化型だったとは思わなかった。金目蜘蛛を一瞬に火達磨にして木に飛び火してるよ!
「わたしの最小はこれなんだよ!」
クソ。叡知の魔女さんは問題児ばかり送り込んできたのかよ!? 迷惑な話だな!
「じゃあ、火は使うな! 氷とかで突き殺せ!」
「もっと被害が大きくなるよ!」
クソ! 連れて来る人選間違えたわ!
「いや、そうでもねーか。周囲を氷漬けにしろ! 勇者ちゃん、女騎士さん、猫、オレの側に来い!」
皆を集めて結界を張る。
「ララちゃん、全力全開で周辺を氷漬けにしろ!」
「どうなっても知らないからな!」
「あとはどうとでもしてやるから安心しろ!」
「わかったよ! レイオール・シャニーバー!!」
ゾクッとするほどララちゃんの魔力が放たれ、凄まじい冷気が四方へと放たれた。
……どんだけの威力なんだよ……!?
「ララリーさん、もしかすると魔人族かもしれませんね」
魔人族? って、ご隠居さんと同じ種族ってことか?
「はい。人でこんな魔法を見せるなんてべー様くらいですよ」
なに気にオレをディスってます?
「魔人族なら魔力操作くらいできるだろう?」
ただでさえ魔力は大きい種族。コントロールできなきゃ周りが大変じゃね?
「おそらく、魔力失調症じゃないですかね?」
「魔力失調症?」
普通の失調症とは違うんか?
「普通の、ってのはわかりませんが、魔力調節ができない病気ですね。ご主人様も治そうと思って挑戦しましたが、頭に問題があるとまでは突き止めはしましたが、そこから上手くいきませんでした」
「失調症は薬物で治療すると聞いたことはあるが、どんな薬を使うかはわからんな」
そう言うのがあるって耳にしたくらいだしな~。
「まあ、強引なやり方ならなんとかなるかもな」
「な、治せるのか!?」
ララちゃんが迫って来て、襟首を握り締めた。
「強引なやり方では、な。ただ、お勧めはしない」
「ど、どうしてだよ!」
「一度、脳を半死にしてエルクセプルで治す。失敗はしないだろうが、死ぬ覚悟がないと精神のほうが負ける」
エルクセプルの回復効果は絶大だが、精神までは作用してくれない。体は治っても心が死ぬ恐れがあるのだ。
「だからお勧めは──」
「やってくれ! 治るならなんでもする! お願いだ!」
必死に懇願するララちゃん。相当苦しんでいたようだ。
「うーん。叡知の魔女さんの許可なりないと、あとでバレたらまた正座させられそうだな……」
「……今回のは正座で済まないと思うぞ……」
だよな~。身内を半死させるんだから。オレなら激おこプンプン丸にるな。
「なら、自分でやる!」
え? と思うぞ間に自分の頭に向けて雷撃を放ってしまった。
「アホか! 即死じゃ意味ねーんだよ!」
時間凍結結界をすぐに張り、時間をゆっくり進めながら無限鞄からエルクセプルを出してララちゃんに飲ませた。死んでくれるなよ!
「エルクセプルよ、ララちゃんを死なせんでくれよ!」
ララちゃんが死ぬスピードが速いか、エルクセプルの効果スピードが速いか、まったくもってわからねー。頼むぞ、エルクセプル!
長いような短いような時間が流れ、ララちゃんの瞼が開いた。
「よ、よかった~!」
クソ! こちらの心臓が止まるところだったわ。
「オレを見ろ。ちゃんと意識はあるか? あるなら返事しろ!」
ララちゃんの頬をつかみ。目を覗くが、焦点が合ってねー。
「……生きて、る……」
か細い声で言葉を発し、段々と目の焦点が合ってきた。
「勇者ちゃん。女騎士さん。この場を離れるぞ。生き残りがいたら任せる」
結界ストレッチャーに乗せ、無限鞄から毛布を出してかけてやる。
「勇者ちゃん、凍ってない場所にいくぞ。猫、ララちゃんを温めてろ」
「わ、わかった」
「ま、任せろ」
勇者ちゃんと女騎士さんが走り出し、茶猫は毛布の中に入ったら結界ストレッチャーを押して駆け出した。
まったく、こんなハラハラドキドキな旅は求めてねーんだよ!
生まれて初めてララちゃんにしゃべったことを後悔した。
◆◆◆◆
すっかり暗くなり、どこにしようかと迷っていたら、都合よく山小屋を発見できた。
「あそこに泊まるぞ」
半分朽ちているが、屋根があるだけマシだ。煙突もあるしな。
「勇者ちゃんと女騎士さんは警戒を頼む。山小屋を快適にする」
「わかった!」
二人に任せ、山小屋を結界で覆い、埃やカビを吸い出し、空いた穴は土魔法で塞いだ。
中はなにもなく、廃棄された山小屋なのがわかった。
無限鞄からクッションを出して伸縮能力でデカくしてララちゃんを結界で移した。
「ララリー、大丈夫なのか? 顔、真っ青だぞ」
「体に異常はないはずだ。おそらく、精神的なものが作用してんだろう」
精神は専門外。ララちゃんの気力と根性に任せるしかねー。
「ララちゃんを見ててくれ。夕食の用意するからよ」
暖炉に薪を放り込んで火をつけた。
山小屋内が暖まったら外の二人を呼んだ。二重結界にしたから金目蜘蛛が押し寄せてもモーマンタイだ。
「そう言えば、けんちん汁食べそこねたな」
気候的に鍋じゃなくてもいいんだが、ララちゃんの氷地獄で温かいもんが食いたくなる。こんなことなら鍋物を入れておくんだったぜ……。
まあ、食えるものはあるので感謝していただこう。あ、勇者ちゃん。パンケーキばかりたべないの。女騎士さん、たい焼き好きね。もう十個は食ってるよね?
「おねーさん、起きないね?」
腹も満ちてホットチョコを飲む勇者ちゃんと女騎士さん。見てるだけで胸焼けしてくるな。
「顔色はよくなったからそのうち起きるだろう」
脈を測ると正常に打っている。やはり精神的なもので目覚めないのだろうよ。
「まったく、薬師泣かせの魔女だよ」
使用法使用量を守らせてくれない患者ほど厄介なものはねー。まあ、オレがまだまだ未熟ってことなんだろうがな……。
「村人さん。たい焼き食べたい」
「また食うんかい?」
オレを胸焼け死させる気か?
「魔法いっぱい使ったからお腹膨れないの」
もしかして、神(?)が勇者ちゃんに介入したのってそれか?
思い起こせば確かにたくさん食っていた記憶がある。タケルと同じ枷か?
「王都にいたときもそんなに食ってたのか?」
「力抑えてたからそんなには食べなかった。村人さんのところに来てからいっぱい食べれるようになって嬉しかった!」
「あー食ってたな、なんの大食い大会かと思ってたよ」
オレだけ知らなかった事実。オレ、そんなに周りに目を向けてなかったのか?
「ま、まあ、食いたいだけ食えばイイさ」
食う子は育つ。いっぱい食って実力をつけろ。それはオレのためになるんだらな。
「そうだ。勇者ちゃんに返すの忘れてた。ほら、落とした収納鞄だ」
「あ、村人さんが拾ってくれたんだ! ありがとう!」
「今度は落とせないようにしたから安心しろ」
オレもまさか落とすなんて想像もつかなかったよ。オレ、失敗。
「中のものも補充してあるから風呂でも入って来な」
「うん! マリー、入ろう!」
たい焼きを無限食いする女騎士さんの腕をつかみ、収納鞄へと入っていった。
「お前も入って来たら?」
「いいよ。舐めれば綺麗だから」
「猫か」
「猫だよ」
前世人間なのに猫に生まれたことを許容してんだな、お前。猫転生、結構イイものなのか? イイならオレも猫に生まれたかったよ。
……ネズミを追い回す生き方は嫌だけどよ……。
「ん? 起きたみたいだぞ」
茶猫が起き上がり、ララちゃんの頬を舐めた。行動が完全に猫だな。
「自分がなにをしたか覚えているか?」
ララちゃんの目の焦点がオレに合ったので問うてみた。
「……わたし、生きてるのか……?」
「大図書館の魔女さんから預かったひよっこを死なせたらオレが殺されるわ」
まあ、殺されたりはしないだろうが、軽蔑はされるだろうな。そんなの殺されるよりゴメンだわ。
「説教する気はないが、自分の軽率さは反省しろ。下手したら死んでたんだからな」
咄嗟に動けたオレ、グッジョブだわ。
「わたしは、ちゃんと魔法を使えるようになったのか?」
「それは元気になってから自分で確かめろ。今は心と精神の回復に勤めろ。魔力失調症と言うより精神が未熟だ。健全な肉体には健全な精神を持たなければ一生未熟なままだぞ」
オレ特製の栄養剤を飲ませた。
「今は眠れ。眠れないのならこれまでの自分を振り返れ。過去の自分に打ち勝てないヤツは未来の自分にも勝てないぞ」
偉そうに、なんて言わんでくれよ。これは前世を無駄に生きた男からのお節介なんだからよ。
「…………」
「お前には才能がある。あとは、その才能に相応しい心と精神を持てばイイだけだ。慌てず、一歩一歩極めていけ。地道な努力が頂点への近道だぞ」
スローなライフの頂点を目覚して今を一歩一歩楽しんでるオレが言うのだから間違いないぜ。
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