第161話 いずれ殲滅の魔女となる
なに事もなく朝がやって来た。世界よ、おはよう!
「お前、一睡もしなかったのかよ?」
「患者がいるからな」
生死をさ迷った患者のことを忘れて眠るなどオレの流儀に反するんでな。
「で、ララリーはどうなんだ?」
「スヤスヤ眠ってるよ」
夜中に悪夢でも見たのがうなされていたが、手を握ってやったら落ち着いた。それからスヤスヤスヤリストになっていたよ。
「少し横になる。昼前には起こしてくれ」
さすがに疲れた。ここで眠らないと倒れそうだわ。お休みなさい。スヤスヤ~。
と、意識がなくなり、再び意識が覚醒したら夜だった。え? どーゆーこと?
「気分はどう?」
戸惑っていたら暖炉の前で鍋をかき混ぜていたララちゃんが振り返った。魔女か! って魔女だったな。鍋かき混ぜるの似合いすぎだ。
「あ、ああ。寝すぎて頭が働いてない。なんで夜なんだ?」
確か、ここに来たの夜で、ララちゃんを看病してて、我慢できずに眠った、んだよな? あれ? 他になんかあったような気がするが、よく思い出せんわ……。
「あんたがよく眠ってたからもう一泊することにしたんだよ。勇者と騎士は周辺にいる金目蜘蛛を退治してる。マーローはそこで丸まってるよ」
ララちゃんが指差す方向で茶猫がスヤスヤスヤリストになっていた。
「ってか、暗くなっても金目蜘蛛と戦ってんのか?」
もしかして囲まれてたりする?
「ああ。魔力も体力も無尽蔵かと疑いたくなるくらい朝から退治してるよ」
エネルギー充填しただけ戦えるのか? そりゃ、魔王ちゃんでは勝てないわな。もしかして、オレはとんでもないものを育ててるのか?
「なにも暗くなってまでしなくてもイイのに」
金目蜘蛛に破られる結界ではない。夜になったら戻ってこればイイのにな。
「なんか火がついたみいよ」
ん? 火がついた? なんのことだ?
「まあ、わたしやあんたに、だろう」
「なるほど。ララちゃんの魔法はスゲーからな」
実際、ララちゃんの魔法の威力(だけ、な)はA級冒険者たるバリラにも勝っている。しかも、火も氷も雷も使える。汎用性だけなら勇者ちゃん以上だらうな。
「そう言えば、勇者は戦士より劣り、魔法使いより劣り、回復術より劣るとか聞いたことあるな。平均以上になんでもこなせるが、特化することはない。ただ、勇気だけは誰にも負けないから勇者なんだってな」
勇者ちゃんも平均以上にできるが、勇者ちゃんより強いヤツはいくらでもいる。勇者=最強ではねー、ってことだ。
「さすが小賢者と言われるだけはある」
「オレなんて愚者の代表みたいなもんだよ。とても賢くなんてねーさ」
「どちらかと言えば、希代の詐欺師ですからね、べー様は」
シャラップだ、幽霊。オレは相手に損をさせたことはねーぞ。苦労はさせてるけど!
「あんたは何者なんだ?」
「オレはオレ。悠々自適に、おもしろおかしく生きてる村人さ。それ以上でもそれ以下でもねーよ」
強いて言うなら何者にもならないのがオレのポリシーかな? オレは村人であることに不満はねーしな。
「ララちゃんは何者になりたいんだ?」
何者かになりたいから魔力失調症に苦しみ、追い詰められてあんな暴挙に出たのだろうよ。でなければ何者かに拘ったりしねー。自分をしっかり持ってねーヤツの典型的言動だ。
「二つ名を持つ魔女だよ」
「二つ名? なななにの魔女ってか?」
「そう。帝国では二つ名を持つことが名誉で、誇りなんだよ」
「へ~。ところ変わればってヤツだな」
名誉や誇りは地域で違うもの、否定する気はねー。もちろん、それを求める者もな。それぞれの主義主張だしよ。
「二つ名を持つ魔女ってどのくらいいるんだ?」
ってか、魔女ってどのくらいいるんだ?
「今は一〇人もいない。二つ名は偉業を為した者にだけ与えられる名誉だからな」
「へ~。今は、ね。やっぱり帝国はスゲーわ」
何百年、いや、千年は続いているのは伊達じゃないか。まだまだ人外が隠れてそうだな~。
「そうだな。だからわたしは二つ名を持って世に自分を知らしめたい。わたしは出来損ないじゃないってな」
「ふふ。野望があってなによりだ」
「バカにしてる?」
「いや、素直に尊敬してるよ。まっすぐ前を見て突き進んでるヤツはな」
前世でオレになかったものを持っている者は眩しく見えてしょうがねーよ。
「なら、殲滅の魔女でも目指しな。この世界はセーサランに狙われている。また星の世界から攻めて来るかもしれん。そのときのために攻撃魔法を鍛えておきな。大図書館の魔女さんのように消滅魔法を覚えるとかな」
おそらく、消滅魔法を使える者はそうはいないはず。いるなら叡知の魔女さん自ら出向いて来ることはなかったはずだ。いないから叡知の魔女さんが自ら出向いたんだろう。
「消滅魔法は特殊な血筋しか使えないと聞いたことがある。わたしには無理だ」
「無理と言う前に原理を探せ。火は魔法でないと起こせないのか? 木を擦っても火は起こせるぞ。結果を見るのじゃなく過程を見ろ。魔法は理。魔術は技術だ」
その答えはララちゃん自身で見つけろ。その道を歩くことを決めたのはララちゃんなんだからな。
「魔法は理。魔術は技術、か」
まだ見習い魔女でしかない少女よ。いつしか殲滅の魔女になることを楽しみに待ってるよ。
◆◆◆◆
新しい朝が来た、のはイイんだが、山小屋の外は阿鼻叫喚。あちらこちらに金目蜘蛛の死骸が転がっていた。
「殺しも殺してナンマンダブナンマンダブ~」
結界で集めて微塵切り。遠くに投げて森の養分となりなさ~い。
「皆、しっかり食って、今日中には人のいるところにいくぞ!」
「おー! いくぞー!」
「元気! 勇気! 笑顔! それでこそ勇者ちゃんだ!」
魔王ちゃんとは逆の方向に突き抜けていてよろしい。それが勇者ちゃんのイイところであり一番の魅力だ。
「ララちゃん、体の調子はイイな?」
「ああ、絶好調だ!」
吹っ切れたようでやる気に満ちている。いずれ殲滅の魔女となるだけはある。
できあいのもので朝食を済ませ、食休みしてから出発した。
「ってか、人のいる方向、こっちでいいのか?」
「よし、ララちゃん。空から確かめろ!」
「思いつきで進んだのかよ!」
「なんとなくで進んだまでだ!」
「同じだよ、アホが!」
なんて和気藹々。ララちゃんが道を見つけてくれたので、指示を受けながら朽ちた道へと出た。
「グランドバルへの道かな?」
道幅からして街道だとは思うが、朽ちすぎて判断できん。でも、下っているんだから麓へはいけるはずだ。
「まあ、間違えるのも旅の醍醐味だ。ダメならダメでそのときに考えればイイさ」
「行き当たりばったりだな」
「なんの情報もない未知の土地にいくんだ、臨機応変にやるしかねーよ」
先がわからないから旅は楽しいのだ。まあ、厄介事はノーサンキューだがよ。
「ん? なんか来るぞ!」
獣センサーが働いたのか、ワンダーワンドの柄に乗る茶猫が毛を逆立てた。
……なに気に優秀なセンサーを持ってるよな、こいつって……。
「勇者ちゃん、わかるか?」
「うん。あっちから獣の臭いがするよ。数匹いるっぽい」
こっちもこっちで獣センサー搭載か。感覚派ばっかりのパーティーだぜ。
しばらくしてオーガっぽい黒い肌の獣鬼が四匹現れた。
「なんか痩せ細ってね?」
「金目蜘蛛のせいでエサが不足してたんだろう」
肉食系の蜘蛛らしいし、あんだけいれば獣もいなくなるだろうよ。
「どうする? 殺しちゃう?」
「可哀想だからボコボコにしてやれ」
「ボコボコにするのは優しさかよ?」
「殺されないだけマシだろう」
殺しに来た相手を殺さずに帰してやる。優しさ以外なにものでもねーだろうが。
「それに、オーガを絶滅させた引け目があるからな、罪滅ぼしさ」
死んでしまったオーガに罪滅ぼしできないのが申し訳ねーが、せめてこの大陸のオーガには優しくしてやろう。
「勇者ちゃん、手加減の見極めも強くなる秘訣だ。殺さないていどにボコれ」
「……ほんと、悪魔的思考をするヤツだよ……」
弱肉強食な世界じゃ常識的思考だわ。優しく生きたいのなら誰よりも強くなってから実行しろ、だ。
「女騎士さんとララちは、周囲警戒だ。オーガは群れで狩りをする生き物。何匹か隠れてるぞ」
「あ、確かにいる! あそことあそこに隠れてるぞ!」
どこまでも優秀な獣センサーだな。まあ、家猫と化して緊張感は欠落してるようだがな。
隠れているのは二人に任せ、オレは勇者ちゃんの戦いを観戦する。
今の勇者ちゃんを倒すなら千匹くらい連れて来なくちゃ無理だろうが、力をセーブしながらの戦いでは六匹でも苦労していた。
「勇者ちゃん、力みすぎだ! それではすぐ殺してしまうぞ! もっと力を抑えろ!」
「む、難しいよ!」
「難しくてもやれ! 強くなりたいのならな! 自分の力を理解して、相手の強さを見極めろ!」
オレも五トンのものを持っても平気な体をコントロールするのに苦心したものさ。衣服に結界を施さなかったら両親を殺してたところだ。
「ど、どうしたらいいかわかんないよ!」
「金色夜叉を匙と思え! 食事しているときは使えているだろう。それは心が落ち着いているから手加減ができているんだ。つまり、今の勇者ちゃんは慌てているからできないんだ。落ち着け。心を平常にしろ」
冷静になれば勇者ちゃんは力をコントロールできると言うこと。なら、やれ、だ。
とは言ってもすぐにできるものではねー。手加減できずに三匹をボコ死させて戦いを終わらさせた。
「……難しい……」
「まあ、よくガンバったほうさ。次はもっと上手くやろうな」
強さも一朝一夕には身につかないもの。日々努力だ。
「ほら! くよくよしない! いくぞ!」
落ち込んでいる暇があるなら前を見て進め、だ。
「オーガ、このままでいいのか? 剥ぎ取りとかせんの?」
「食いたいのか?」
それはちょっとドン引きなんですけど。
「いや、食いたいとは思わねーよ。退治したら剥ぎ取りじゃねーのか?」
「まあ、皮とか剥ぎ取ることもあるが、今回は森の獣にくれてやるよ。オレたちは冒険者じゃなく勇者パーティーだからな」
お宝を落としたらありがたくいただくが、勇者は戦闘でレベルアップするのがお仕事。戦って戦って強くなることが先決。剥ぎ取りしてる暇はねーよ。
「……現実でやると虐殺でしかねーな……」
まあ、それは捉え方次第。気にしちゃ負けだぜ☆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます