第88話 造船所

 今日も朝からトンテンカン。ハンマー振ってトントントン。鉄骨担いであらよっと。あっちにこっちにスタタタター。


「なにしてるの?」


 なにやら凍えるような問いが真上から降って来た。


「魔道船の造船所を造ってるのさ!」


 そんな冷たさもなんのその。燃える思いを込めて答えてやった。


 もう何個目の造船所か忘れたが、今回はシュードゥ族との合作で、プロの知恵や技術を注ぎ込んだものだ。これまでの素人作とは丸っきり違うぜ!


「よし! できた。親方! 具合を見てくれや!」


 この造船所建設の総責任者で魔道船造って一二〇年の生ける伝説たる親方に向けて叫んだ。


「ほー。上手いもんじゃねーか」


 ハンマーで溶接した部分を叩いて具合をみた親方が満足そうに頷いた。


「溶接具がイイからさ」


 カイナーズホームから買って来た溶接器や電動ドライバーと言った前世の工具を魔道具へと作り変え、その具合を確かめていたのだが、もうスゲーとしか言いようがねー。


「鉄を溶かす温度まで高めるなんてクルフ族でもできなかったぞ」


 まあ、カイナーズホームが近くにあるから作る必要もねーんだが、試しに作ってくれと言ったのだが、温度が上がらず挫折したと報告が来たものだ。


「クルフと一緒にすんじゃねぇ! おれらに作れねぇ魔道具はねぇ!」


 その技術力に発想力が加われば最高にして最強なんだろうが、天は二物を与えずと言うのか、神は片方しか与えなかった。


「そいつは心強い。どんどん魔道具を作ってくれや」


 クルフ族もシュードゥ族も活用しているオレがどちらかに肩を持つことはできねーので、持ち上げるだけに止めておく。


「任せておけ。シュードゥ族の力を見せてやるよ」


「おう。楽しみにしてるぜ!」


 造船所造りを再開──と言っても素人のオレが下手に混ざるとプロの邪魔となるので、補助的な感じで造船所造りをしています。


 あらよ、ほらよ、どっこいしょー。と汗を流す仕事はなんとも心地よいものである。そして、仕事のあとの一杯(炭酸ジュースだけどね)はなんと格別なことか。生きている喜びを感じさせてくれるぜ!


「村人じゃなくなってない?」


 うん。オレもそう感じていたところです。


「なにやってんだオレ!?」


 つい楽しくて建設作業員になってたよ! 


「……オレの悪い癖だな。集中すると目的を忘れる……」


 ってかオレ、なにをしようとしてたんだっけ? 誰か知ってる人いる?


「魔道船を造るからと呼ばれたんだがね」


 あ、そうそう。そうだった! 魔道船を造るために魔道船用の造船所を造ってたんだわ。なぜそれで忘れるよ、オレ。


「ってか、久しぶり。元気にしてた?」


 お洒落なコートを羽織る赤毛のねーちゃん。


 覚えているだろうか。親父さんの娘さんのことを。いたらオレにどんなねーちゃん(キャラ)だったかを教えてください。お願いします!


「……無理矢理連れて来て、四日も放置してたあとのセリフがそれかい。殴るよ……」


「はい。これでやっちゃいなさい」


 と、こちらも久しぶりなメルヘンさんが近くにあった魔道剣を赤毛のねーちゃんに渡した。


 あ、ちょっと、止めて! その魔道剣、ハンパないものなんだからさ! 


 さっとミタさんの背後に避難。助けて、ミタえもん!


「……なんでしょうか。前にもこんなことがあったような……?」


 ないない。ミタさんを盾にしたことなんてないよ。気のせいだよ。そんなことより赤毛のおねえさまにお茶を差し上げて。お菓子も忘れちゃダメだからね。


「で、なんだっけ?」


 とマジで聞いたら赤毛のねーちゃんの額に青筋が浮かび上がった。


 ヘイ、レディー。君に怒りは似合わないぜ。あと、テーブルの下で足蹴りしないで。痛くはないけど地味に傷つくからさ……。


「ふざけたことばかり言ってると海に沈めるわよ」


 え? それで気が済むの? なら沈めてくれてイイよ。まあ、すぐに浮いては来るけどさ。


「落ち着きなさいナバリー。フィアラに言って叱ってもらうから」


 なぜそこで婦人を出す。関係ねーだろう。だが、全身全霊をかけて謝っておこう。ごめんなさい!


「……あんたには矜持ってものがないの……?」


 そんなもんゴブリンに食わしちまえ! 必要ならオレは土下座でもなんでもする男だ。だから許して!


「はぁ~。もういいわよ」


 ハ~イ。お許しが出ました~。


「あーコーヒーがうめー!」


 許されたあとのコーヒーが旨いこと。心が洗われるようだぜい。


「…………」


 おっと。許してくれたんだから魔道剣を握っちゃイヤン。紅茶でも飲んで落ち着きなさいよ。


「船の調子はどうだい?」


 気持ちも話も変えて未来へと歩むとしましょうや。だから魔道剣を振り上げちゃイヤン。ケーキでも食べて落ち着きなさいよ。


「……順調、とは言えない。力が足りなくて外洋に出れないんだ……」


「まあ、あの魔道剣の出力ではな。船も重いし」


 もう二回り小さいなら適当なサイズなんだろうが、それでは近海を遊覧するのが精一杯。外洋を渡るのは自殺行為だろうよ。


「なんで新たに魔道船を造る。その魔道剣を出力装置としてな。もちろん、使っている船は土へと還し、形見の魔道剣はねーちゃんの好きにしな」


 どうも形見のものを使うってことに違和感と言うか、モヤッとしたものがあった。だから機会があれば新たに魔道船を造ると考えていたのだ。


「で、どうする? 今のままでイイと言うならそのまま使えばイイし、新たに船を望むなら造るが」


 押しつけはしねーよ。これはあくまでもオレの問題だからな。


「新しい船を造ってくれ! 力がある船が欲しい!」


「わかった。最高の船を造ってやるよ」


 シュードゥ族が、だけどよ。


  ◆◆◆


 パンパカパーン。


「ゼルフィング造船レヴィウブ支部、ここに完成~!」


 くす玉(割り玉)のヒモを引っ張った。


 割れた玉から紙吹雪や風船、そして垂れ幕が落ちて来る。うん、めでたいね~。


「なにこれ?」


 そんな冷めた問いなどノーサンキュー。喜ばしい出来事なんだから空気を読んで拍手でもしなさいよ。


「べーのやることって謎よね」


 謎の生命体にそんなこと言われた!? つーか、久しぶりだね、なにしてたのよ?


「レヴィウブで遊んでた」


 あ、そうですか。オレはアブリクトやハイルクリット(ミタパパがいる島の名です)、このレヴィウブの港で造船所造ってました。


 その話は? なんて聞かないでください。作業してた。それに尽きるからな。


「ってか、人多くね?」


 完成したらお祝いしようとは言ったし、ミタさんに関係者を集めてとも言っていた。市長代理殿や関係者も慰安を兼ねて呼んでいる。まあ、多くても百人くらいかな? と思ってたんだが、なぜか埋め尽くすほどの人が集まっていた。


「帝国のヤツらがいるが、なぜよ?」


 せっかくだから伯爵さんたちにも招待状は送り、知り合いがいたら誘ってどうぞとも書いた(ミタさんがね)。だからいるのは不思議じゃねーんだが、それにしたって多すぎだろう。あと、なにやら若いお嬢さんの一団がいるのはなんでや? 


「舞踏会でもやろうってのか?」


 ドレスがとってもお綺麗ね~、とか、ここが室内ならそんなことも言えるのだろうが、この冬空の下では「なにしに来たの?」と問いたくなるわ。


 まあ、ヘキサゴン結界をドーム状に創り、温度を春先くらいにしてるあるからやろうと思えばやれるだろうが、下は石畳で凹凸がある。これなら舞踏会より武道会にしたほうがイイと思うぜ。いや、だからってやったりはしないけどさ。


「やるわけないでしょう、こんなところで。でも、踊れる空間があればいいかもしれないわね。べー、ちょっとあそこら辺を平らにしてよ」


 うん。これ造船所完成のお祝いな。とか言っても聞きやしないだろうから、テニスコートくらいの面積を土魔法で平らにしてやった。


「音楽とかどうすんのよ?」


「マダムに用意してもらうわ。あ、マダム。音楽が欲しいんだけど」


 と、プリッつあんが飛んでいくほうを見れば、マダムシャーリーがご婦人だちと楽しそうにおしゃべりしていた。あんたなにしてんのよ!?


「なにか楽しいことがあるとプリッシュに誘われましてね」


「べーがなにをしたいかわからないけど、多いほうがいいでしょう? 皆もなにか刺激を求めてたしね」


 同じ席につくご婦人たちが上品っぽく同意している。いや、造船所の完成披露と慰労で刺激をと言われても困るわ。旨い料理と旨い酒で楽しんでくれってだけなんだからよ。


「だったらプリッシュ号改でも出して遊覧飛行でもしたらイイだろう。雲の上までいって来いや」


 川や海での遊覧はあるだろうが、空の遊覧はそういないはず。なら、飛ぶだけでも喜ばれんだろう。


「そうね。乗せてあげるって約束もしたしね」


 誰とだよ? 君のコミュニケーション能力が怖いわ。


「他にもなにかない? 小さい子が喜びそうなの」


 本当に君のコミュニケーション能力ってどうなってんのよ? ここ、貴族や大商人とかしかいないのに、どう接すれば仲良くなるんだよ。謎でしょうがねーわ!


「レヴィウブには遊園施設とかねーのかよ?」


 ショッピングモール的なところならあんだろう。家族連れで来るんだからよ。


「劇場ならあるんですが、小さな子が楽しめそうなものはないかしらね。もともと大人の社交場としてできたところなので」


 まあ、この時代で子どもを遊ばせる場所なんてないか。元々娯楽の少ない時代でもあるしな。


「なら、エア遊具でイイか」


 ショッピングモールと言ったらエア遊具だろう。いや、その発想はどうかと自分でも思うが、ショッピングモール自体そんなにいってねーし、たんなるイメージでしかねー。まっ、なんでもイイわ。


「カイナーズホームで買ってくんのも手間だし、結界でイイか」


 エア遊具って言うか、無重力結界なら昔トータのために創ったことがある。あとは、ボールプールとか創れば小さい子どもには充分だろう。


 マダムシャーリーの許可を得てエア──ではなく結界遊具を創り出す。


「ミタさん。大丈夫だとは思うが、誰か監視役置いてくれや。あと、小さなお子様限定な。飛んだり跳ねたりするからよ」


「確かめてからでよろしいですか? なにをするものかわからないので」


 それもそうか。遊具自体ねー時代で無重力とか言われてもわかんねーか。


「任せる」


 オレはシュードゥ族や市長代理殿の相手をしなくちゃならんのだからな。


「わたしもー」


 なぜプリッつあんもミタさんに続いて結界遊具(ちなみにくまのアレさん的な感じです)へと入っていった。


 自由に飛べるあなたが楽しめるとは思えねーが、まあ、歩けるオレらも車とか乗って楽しめるんだから無重力も楽しめんだろう。知らんけど。


「ってか、港を占拠してるが、大丈夫なのかい?」


 なにか入りたそうなマダムシャーリーに尋ねる。


「構いませんよ。船員もただ待つだけでは可哀想ですから」


 マダムシャーリーの視線を追うと、端に露店(うちが出してるようだ)が並び、船員や作業員らしき連中が楽しそうに飲み食いしていた。


「まあ、マダムシャーリーがイイと言うなら好きにさせてもらうよ」


 これから利用させてもらう身。いろいろ還元しておくのもイイだろう。


「マダムシャーリーも楽しんでくれや」


「ええ。そうさせてもらいます。楽しいものがたくさんあるので」


 なんかメイドさんたちがいろいろ出してるようだ。小遣い稼ぎかな?


 じゃあとマダムシャーリーと別れ、造船所の近くで居辛そうにしているシュードゥ族や市長代理殿のところへと向かった。


  ◆◆◆


「ワリーな、放っておいて」


 なにやらハルメラン組が一ヵ所に固まり、オドオドしています。どったの?


「まったくだよ! 居辛いわ!」


 なにやら一同を代表して三親方の一人、頬傷の親方が叫んだ。


「別に普通にしてたらイイじゃねーか。造船所完成披露と今日までガンバってくれたあんたらを慰労する集まりなんだからよ」


 帝国のヤツらはついでに誘ったまで。重要視するのはこっちだ。


「無茶言わないでください。帝国の、それも周りすべてが貴族とか、怖くてあちらを見れませんよ」


 とは市長代理殿。お洒落が台無しになるくらいビビってんな。


 一都市の長(まだ代理だけど)が情けねーな。いくら外国の者だろうが、都市の規模から言えば伯爵に匹敵する立場だ。なんら怖じけづく必要はねー。同等の立場で接すればイイんだよ。


「それに、おれらは異種族だぞ。なにされるかわかったもんじゃねぇわ」


 頬傷の親方のセリフに他のシュードゥ族が頷いた。


 そう言う種族対立とか知ってんならもっとクルフ族と仲良くしろや、と言うだけ無駄か。これとそれとは問題が違うしな。まったくメンドクセー。


「ここでは種族がどうこう言ったら排除されるから心配すんな。もしいたらオレに言え。夜便所にいけねーように呪ってやるからよ」


「……それ、わたしにやれとか言わないでくださいね……」


 うん。背後の幽霊はちょっと黙ってようね。ってか、できたらソッコー除霊するわ!


「周りをよく見てみろ。うちのメイドが平気に働いてんだ、なんら問題はねーよ」


 魔族と知っているかどうかはわからんが、こうして受け入れられてんだから心配する必要もねだろう。つーか、受け入れてる帝国人がどうかしてんじゃね? 寛容すぎんだろう。


「ええ。ここにいる限りあなたたちに手を出させないわ」


 と、見知らぬ婦人がそんなことを口にした。え、あなた誰よ!?


「玉よ」


「お玉さん? え、なんで?」


 あなた幽霊じゃなかったの? あのときは幽体離脱してたの?


「憑依してるのよ」


 あ、うん。幽霊ですもんね。できて当然だよね~。アハハ。


「へ~。憑依する幽霊なんて初めて見ました~」


 うん。あなたが言っちゃダメなセリフだよね。つーか、幽霊にまともなのはいねーのかよ! いや、まともな幽霊ってなんだよって話だがよ!


「お玉さん、悪霊じゃないよね?」


 悪霊だったらこの関係考え直させてもらいまっせ。


「失礼ね。わたしは普通の幽霊よ」


 なんだろう。おもいっきりグーで殴りてーこの憤怒。今ならオレの小宇宙を爆発させられそうな気がするわ。


「変な幽霊ですね」


 うん。だからあなたが言っちゃダメだから。あなたも変な幽霊ですから。あと、なんかドロドロした気配が漏れてますから。ほんと、マジ勘弁してください……。


「まあ、イイや。来たんなら紹介しとくわ。こっち、ハルメランの市長代理殿。名前は……なんだっけ?」


 ごめん。完全無欠に頭文字すら出て来ません。いつもの通りやん。とかの突っ込みはいらんがな。オレの中では市長代理殿なんだよ!


「……マルレナ・トゥールゼンと申します。お見知り置きを」


 あーそんな名前だったんだぁ~。イイ名じゃないか。うんうん。


「わたしは玉。このレヴィウブの主よ。よろしくね」


「は、はい。よろしくお願いします!」


 憑依している婦人からこれと言って威厳は感じんのだが、市長代理殿は冷や汗を流しながらお辞儀している。


「ってことだから市長代理殿にレヴィウブへ立ち入る許可をくれや。ゼルフィング商会の枠でよ」


「ベーの紹介なら大歓迎よ。でも、ハルメランって聞かないわね? どこにある都市?」


「自由貿易都市群にある都市の一つだよ。まあ、地図がないんで場所は説明できんがな」


 たぶん、カイナーズで制作はしてると思う。なんか偵察機みたいなのが毎朝どこかへと飛んでいってたからな。


「……自由貿易都市群……?」


「知らんのかい? まあ、帝国の者から見たら外国のことなんてわかんねーか」


 オレだって帝国の地名を言われたってわかんねーんだからな。


「そんな外国のことを知っている村人と言うのもどうかと思うけど」


「オレから言わせれば外を見ねー帝国がどうかと思うがな。世界は常に変化してるんだからよ」


 大国に胡座をかいてたら知らんうちに小国に追い抜かれていたなんてことはある。そんな国に未来はねーし、希望もねー。ただ衰退するだけだ。


「ふふ。世界を憂いる村人とはおかしなものね。あなたはなにを求めているの?」


「もちろん、平和に決まってるじゃねーか。他になにを望むって言うんだよ?」


 平和があってこそのスローライフ。戦乱なんてノーサンキュー。穏やかな日々をウェルカムだ。


 ……まあ、忙しく動かないとならないのが難点だけどな……。


「フフ。怖い村人だこと。知らない間に侵略されそうね」


「そうだな。そうできればイイんだが、世には賢いアホがいるからメンドクセーぜ」


 波乱混乱大歓迎。平和などクソ食らえ、なヤツや集団がいる。滅ぼしても滅ぼしても湧いて出て来やがる。まったく困ったもんだぜ。


「お玉さんは、平和は嫌いかい?」


「退屈な平和は嫌いね」


「奇遇だな。オレもだぜ」


 オレは変わらない毎日を求めてるわけじゃねー。変わっていく毎日をゆっくりまったりイイ感じ~で過ごしたいのだ。退屈なんぞ求めてねーわ。


 ミタさんからコーヒーをもらい、高々とカップを掲げた。


「楽しい日々に乾杯だ!」

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