第89話 イリュージョン

 うーむ。どうやらハルメラン組に取っては余り心休まる状況ではねーようだ。


「親方たち。酒が不味くなるようなら解散してもイイぞ」


 倉庫の一つを借り受け、そこをシュードゥ族の飯場としている。ある程度心地よく改造したから飲むだけならそっちでも構わんだろうよ。


「いや、ここで飲む。逃げてられるか」


「そうだ。ここで逃げ帰ったらシュードゥ族の名折れよ」


「まったくだ。おれらはどこでもシュードゥだ」


 最後の理由はよくわからんが、弱味を見せたら負け、的な感じなんだろう。


「まあ、好きにしたらイイさ。ただ、ぶっ潰れんなら飯場に戻ってぶっ潰れろよ。これからシュードゥの名を冠した魔道具を大々的に売り出すんだ、醜聞になることはせんでくれよ」


 シュードゥ印は信頼の証。作ってるヤツが酔いどれとかイメージにワリーからな。


「……シュードゥの名を冠した……?」


「ど、どう言うことだい?」


 なにやらシュードゥ族の連中が酒を飲むのを止めてオレに集中する。


「これからゼルフィング商会は、あんたらが作った魔道具を売る。その際、魔道具のすべてにシュードゥの名を刻む。これは最高級の魔道具だって示すためにな」


 帝国で売っている魔道具と区別するためと、差別するためだ。あとはまあ、帝国で売っているって言う実績作りだな。技術面でも文化面でも帝国が一番で、そう周辺国には認識されている。帝国で売られてるんですよ、と言えば信用を得られるのも早いってもんだ。


「ただ、ゼルフィング商会が帝国で活動するのはまだ先だから造船業を先にするがな」


 魔道具はゼルフィング商会としてやるから婦人の都合と準備に従うが、造船はゼルフィング家の事業として進めさせてもらう。


「あ、あの、よろしいんでしょうか? 帝国で商売とか大丈夫なのですか? 造船業など既得権を冒す行為だと思うのですが……」


 さすが市長代理殿。よくわかってらっしゃる。


「フッ。帝国での販売はあくまでも事実作り。名を売るためのものさ」


 帝国のガチガチの市場に割り込むことなんて最初から考えてはいない。外国人が入るにはハードルが高いからな。


 ちなみに、ゼルフィング商会は食料の買い専門。隙間的な感じでやるから既得権も関係ない──と思う。オレはビジネスの専門じゃねーから無茶言わんとって。


「では、どこで売るんですか?」


「まずは南の大陸でだな」


 帝国の狭い市場などで悪戦苦闘するより、まだ市場ができてない外の国で商売するほうが楽である。


「南の大陸、ですか?」


「ああ。あちらは魔法や魔術が遅れているからな、魔道具の市場はないに等しい。それに、あちらは諸島が多い。需要はある」


 まあ、そう簡単に受け入れられるとは思わないが、独占となるのだから慌てる必要はねー。のんびりゆったりやっていけばイイのさ。


「み、南の大陸ですか? なぜ南の大陸なんですか? と言うか、南ってどこなんですか?」


 ガクと崩れてしまう。知らんのかい! 意外とおちゃめさんね、市長代理殿は……。


「海の向こうだよ」


「海、ですか?」


 え、そこから? 海知らんの? いや、知るわけないか。内陸の者は一生海を知らないで過ごすのがほとんどだからな……。


「お玉さん。ここから海って遠いか?」


 席を移ったお玉さんに尋ねる。あ、言い忘れたけど、美魔女さんと六つ子のばーさんも連れて来てます。無理矢理に。問答無用で。慈悲はなし。


「……なんの地獄なのよ……」


 あらヤダ。美魔女さんが怯えてますわ。なぜかしら?


「遠くわないわよ。馬車で一日くらいかしら?」


 微妙にわからん説明だな。まあ、二、三〇キロって感じなんだろうけどよ。


「なら、プリッつあんに連れてってもらうか。あ、帝都の空って飛んでダメだったな」


 おもいっきり忘れてた。竜騎兵とかいるんだった。


「それならレヴィウブの名で申請しておくわよ」


「……あんた、権力持ちすぎじゃね……」


 帝都の近くにこれだけのものを造るのだから権力ないし影響力は尋常ではないと思ってたが、それは裏でのこと。表にはないと思ってた。それが表にまで素で力使ってるぜ。


「権力なくして好きなことはできないでしょう?」


 悪戯っぽく笑うお玉さんに、思わず噴き出してしまった。 


「ああ。まったくだ。権力万歳だな」


 ほんと、お玉さんはわかってる幽霊だよ。もう尊敬するわ。


「頼むわ」


「ええ」


 まったく、権力を持つ友達は最高だぜ。


   ◆◆◆


 慰労会だかなんだかの会は夜になっても終わる気配はなかった。


 ってか、帝国のヤツらは暇なの? 家族団欒とか、家族ですごすとかの目的でレヴィウブに来たんじゃねーのか?


「だって、あなたたちが用意するものが楽しいんだもの」


 ヨーヨー釣りをする幽霊とはこれ如何に。ってか、もう完全に縁日となってるのはなんでや? 


「カイナーズから的屋を呼びました」


 うん。カイナーズだもんね。なんでもありだよね。了解了解。と、突っ込むのもメンドクセーので素直に受け入れました。


「まあ、楽しんでくれや」


 オレは型抜きをせねばならんのだ。


「見せてやろう。型抜きの申し子と言われたオレの力をな」


 よっ! はっ! とぉう! とりゃあー! 


「ウム。完璧でござる」


 なんと言うできよ。我ながら惚れ惚れするぜ。おにーさん、もういっちょーだ!


「……べー様って、無駄に器用ですよね……」


 無駄とか言うな。あと、器用貧乏と言わないこと。オールマイティーとお呼びなさい。オレはやればできる男なのだ。


「うし! 完璧だ!」


 型抜き、ちょー楽しいぃ~!


「──あ、いた~! もぉ~! なに主催者がお祭りに混ざってるのよ! そろそろ花火を出してよ!」


 ドン! と型抜きの上に現れるメルヘン。なにやっとんじゃーボケー! 


「あと六点だったのにー!」


 ほんと、なにしちゃってくれてんのよ、このメルヘンは! 嫌がらせか! 嫌がらせなのか? さすがのオレでもブチ切れちゃうからな!


「なんなの?」


「え、えーと、これを上手く抜いて点数を集めるゲームのようで、べー様はそこの景品を狙っていたみたいです」


 ミタさん、説明ありがとう! 


「景品って、あの変なベルトのこと?」


「そうらしいです。なんでも変身ベルトらしいです」


 そうだよ! 前世で親が買ってくれた仮面なライダーがトゥッな感じでジャンプしてアレになるヤツだよ! いや、なんの仮面なライダーだったか忘れたけどね!


「変身? この村人はさらになにに変身しようって言うのよ? ただでさえ変なのに」


「うっさいよ! 変とか言うな!」


 摩訶不思議な生命体から言われたくねーよ!


「オレは忙しいの! 花火ならカイナーズに依頼しろよ。喜んで来てくれんだろ」


 打ち上げ師も仕事ができて喜ばれんだろうよ。


「それが別なところにいっていて来れないって言うのよ。べーの力でなんとかしてよ!」


「なんとかって、なんともできねーよ!」


 オールマイティーどこいった? なんて突っ込みはノーサンキューよ。やればできる男もやるまでには準備期間ってのが必要なんだからさ~。


「そこをなんとかするのがべーの仕事でしょう!」


 そんな仕事についた覚えはねーよ! つーか、なんの仕事だよ、それ?


「おにーさん、もういっちょう!」


 とにかくあと六点なのだ。変身ベルトはオレがいただく!


「ウルトラスーパープリキィークッ!」


 おにーさんから受け取ろうとした型抜きを華麗に蹴り上げるメルヘン。なにしてくれてんじゃワレー!


「ちょっとあなた、そこの変なベルトをべーに渡してよ!」


 なにこの暴君? 君はそんなキャラだったか?


「的屋はぼったくりで生きてんだから無茶言うなや」


 いや、偏見だけど、オレはあえて戦い勝つ男だ。


「わ、わかりました」


 とか言うこと聞いちゃう的屋のおにーさん。イイんかい!


「プリッシュ様には逆らえませんから」


 なにその上下関係!? なにがあったの?! メッチャ気になるんですけど!!


「ほら、ベルトが手に入ったんだから花火してよ! 皆待ってるんだから!」


 皆って誰だよ? 君の交遊関係が謎でしょうがねーよ。


「あのな、花火はそう簡単に用意できるもんでもねーし、素人が簡単に扱えるもんでもねーんだよ。ましてやこんな人の多いところでやるもんでもねー。危険なものなの、花火ってのは」


 やれと言うなら導火線に火をつけて、五トンのものを持っても平気な体で放り投げれるが、プロのように鮮やかに咲かせることはできねーよ。プロナメんな、だ。


「じゃあ、どうするのよ? 皆楽しみに待ってるんだからね」


 いや、君が勝手に約束したんでしょうが。無茶言わんとって。


 と言って放り投げることはできねーか。なんたってオレが主催者。まあ、こんな状況になったのはオレのせいではねーけどよ。


「なら、結界パレードを見せてやるよ」


「結界パレード? なにそれ?」


 所謂、千葉なのに東京とのたまう夢と魔法のランドで行われている夜のパレードを結界で再現したものだ。


 時間があれば結界花(花火ね)も打ち上げられるのだが、綺麗に咲かせようとしたら結構な時間をかけて仕込まなくちゃならんし、結界花は去年のサマーキャンプで使い切ってしまった。


 なので、サプルの誕生日にやった結界パレードを披露してやろう。


 まあ、夢と魔法のランドほど鮮やかではねーが、この時代のヤツらを驚愕させられるだけのものだとは請け負ってやろうではねーか。


 まずは、光の妖精的なものを創り出し、クルクルと舞い踊らせる。


 人目が集まって来たら、光の妖精的なものを一体、また一体と増やしていき、夜の空へと上昇させていく。


「……綺麗……」


 誰かの呟きにそうだろうとニヤつく。


 次に可愛い動物たちの行進や様々な花を創り出し、小さな花火も辺りに咲かせる。


 徐々に賑わいが小さくなり、やがて人々は結界パレードに釘付けとなっていく。


 ヘイ、楽器隊。音楽をプリーズだぜ!


 魅了されている楽器隊を覚まし、音楽を奏でてもらう。


「さあ、イリュージョンに酔いしれるがよい!」


 なんてつい調子こくオレであった。

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