第70話 即断即決即行動
馬車に揺られて三千里──じゃなくて三〇分。目的地にはまだ着かなかった。
──どんだけ広いんだよ、この都市は!?
城塞都市、かは知らんが、魔物がいる世界で大規模な壁なんて築けたもんじゃない。できるとしたら長い年月をかけて広げていくか、常に戦いが起こっているかだ。
前者は威厳やら周辺を威嚇するため。後者は魔物による被害が多いため。まあ、他にも理由はあるだろうが、この大陸ではそのどちらかだろう。
もちろん、道は真っ直ぐではなく、何度か曲がったり坂らしきところを上がったりはしてることから王都のような広さはないだろうが、少なくとも数万人は住んでる都市だろうよ。
さらに走ること一〇分。馬車の速度が落ちてきた。
……馬車が傾いていることからして要塞な感じの城への道かな……?
「すまない。ここから歩いて欲しい」
歩く程度の速度で馬車が走っていると、外からドアが開かれ、男──守備隊の……まあ、隊長さんだ。
「しかたがないの」
そう言って馬車から降りると、まるで避難民のキャンプかと思うくらいの人……と同じくらい獣人(主に犬系が多い感じ)がいた。
「臭気に満ちておるな」
いや、結界で空気を清浄してるから臭いなんて伝わらないんだが、見た目からして臭そうなである。どんだけここにいんだよ?
暖房も兼ねた結界なので忘れそうだが季節は冬。雪が降っても不思議ではない時期なのだ。
ここにいる連中も厚着し、汚れた毛布にくるまっている。なのに焚き火はしなないのは木が少ない土地なんだろうか?
「火は焚かんのか? 寒々で死ぬぞ」
「……燃やせるものがあればやっている……」
苦そうに言う隊長さん。
やはり木がない地域なんだろうか? 魔道具らしきものを使っている様子もないし、冬は我慢なのか? いやそれ、都市として成り立ってねーだろう。よく今までやって来れたな!
「城塞都市ともなれば数年分の薪の備蓄はありそうなもんじゃが、ここは違うのか?」
「こっちだ!」
吐き捨てるように言い、堅く閉じた城門へと歩き出した。
まるで連行されるように続き、城門につく小門(?)から中へと入ると、身なりのよい中年男がランプと思わしきものを掲げていた。
……ロウソクのランプじゃなくて油のランプなんて初めて見たわ……。
アーベリアン王国やその周辺国ではロウソクは安く、よほどの貧乏でなければロウソクはどの家でも使っており、村でも内職として作っている家も結構ある。
まあ、金を持っている家は魔道具を使っているが、油のランプなんて使っている家なんて見たこともねー。あるって聞いたこともねーぜ。
……この地域はロウソクより油のほうが安いのか……?
そんなことを考えながら城の中へと入る。
等間隔ごとにランプがかけられていて足元に不安はないが、なんとも殺風景なこと。まだ牢獄のほうが華やかである。いや、前世の知識だけどね。
タペストリー的なものが申し訳ていどにかけられ、なぜかサボテンらしき植物が飾られている。
ところ変われば品変わるとは言うが、サボテンを花のように飾るところがあるとは思わんかった。
老人を偽っているので、ゆっくりと回りを観察しながら歩く。
隊長さん隊員たちは苛立ちを隠そうともしないで急かすが、そんなもん知らんと老人的な歩みを続ける。
つーか、老人は労れや。そして、階段を上らすなや。演技すんのも疲れんだぞ。
やっとのこと四階分の階段を上がり、ふぅ~と息を吐いて老人をアピールするも周りの方は気づいてくださらない。急げ急げと追い立てられる。
……はぁ~。こんなことなら初老辺りにするんだったぜ……。
で、追い立てられた先は、やはりと言うかなんと言うか、この都市の代表者がいる部屋だった。
用があるならテメーが降りて来いや! って怒りを無理矢理飲み込みながら重厚な机の向こうにいる代表者を見る。
歳の頃は五〇前後。人族ではあるが、髪の色が蜂蜜色とは珍しい。隊長さんや隊員は紺色だったのにな。
「お前はこの疫病を知っているそうだな」
完全無欠に上から目線。都市の代表者なら当然の態度だろうが、オレの経験上、ものを尋ねる場合や教えを乞う状況で上から目線になるヤツは大抵無能なヤツが多い。
これが虚勢や責任感から来るものなら救いはあるんだが、この態度と言葉からして望みは薄いだろう。他に救いはねーのかよと周りに目を向ける。
と、二〇歳くらいの、これまた珍しいことにメガネをかけているねーちゃんと目が合った。
救いだ! とオレの直感が叫んでいる。
あちらもなにかを感じ取ったのか、軽く目を見開いている。
即断即決即行動。この方には退場してもらいます!
とばかりに結界で包み込み、心臓発作とばかりに動かして床に倒れさせる。
「お父様!?」
おや、娘さんでしたか。それはお気の毒です。
「動かすでない。たぶん、心の臓の発作じゃ。疲労が溜まっているとよく起こるものじゃよ」
慣れてますとばかりに代表者を仰向けに寝かせ、麻酔薬……と言うほどのものではないが、ゆっくり眠れる液薬を布にしたらせて代表者の口元に押しつける。
上木とシャツのようなものをハサミで切り裂き、聴診器を胸に当てる。あ、聴診器はサラニラに頼まれて作りました。
「うむ。心の臓は辛うじて動いておるが、すぐに目を覚めさせるのは厳しいのぉう」
それっぽいヤツがそれっぽいことを言えば、大抵のヤツは信じてしまうもの。娘さんは懐疑的な目を一瞬見せたが、オレと同じく即断即決即行動できるようで、父親を排除する方向で動いた。
慌ただしくはあったものの、できる娘さんは迅速でもある。一〇分もしないで部屋へと戻って来た。
「感謝は落ち着いてからさせていただきます。老師様。この疫病のことを教えてくださいませ」
あいよ。できるお嬢さん。
◆◆◆
はてさて不幸な出来事はありましたが、ここで挫けていては先はない。倒れていった者のためにもがんばらねばいけませぬ。
「お嬢さん。あんたも寝てないだろう。これをお飲み」
下げた鞄から出した様に見せてオレ製の栄養剤を二本取り出し、一本をお嬢さんに差し出した。
「まあ、どこの誰ともわからんじじいから渡されたものじゃ、気味が悪いと思うなら無理することはない」
お嬢さんの分を机に置き、オレは徹夜するために飲む。
「うん。不味い」
もう一杯! とはならないのがこの栄養剤の欠点だな。なにか果物を混ぜて味をよくせんとオレしか飲まないものになりそうだぜ。
「ふぅ。栄養剤を飲んでも老体には厳しいわい」
よく食べてよく眠るがなによりの回復法といきたいもんだ。
「──マルレナ様、止めてください。こんな怪しいじじいが出したものなど危険です!」
と叫んだのは四〇歳くらいの、神経質そうな男だった。
この部屋には八人の重役と思われる者がいて、年齢的には一番若そうだが、発言権はこの中で一番のようだ。
他の面々の顔を見れば、二人が不愉快そうな顔をし、二人は我関せずのすまし顔。残りの二人は嫌悪の顔を見せていた。
……顔に出す時点で全員がアウトだな……。
人が群れたら派閥はできるもんだし、いがみ合うのも当然。こんな緊急時にも主導権を握ろうとするもんだ。
アホらしい。と吐き捨てるのは簡単。そんなもんだと受け入れるのも簡単。好きにやれよと思う。
「老師様は自分でも飲んだのですよ。それに、わたしに毒を盛ってどうしようと言うのですか? わたしが死んで喜ぶのはマルネーラ党でしょう」
党? 与党とか野党があるのか? ってか議員制なのか?
「お嬢さん。身内を悪く言うものではない」
身内じゃない、って言うなら罵詈雑言どんどん吐いたれ。そして、闇から闇に葬っちゃれ。
「で、ですが、老師様を呼び立てておいて失礼ではありませんか」
「その男が言うことも間違っちゃおらん。この緊急時にどこぞのじじいの言葉を信じてたら都市を預かることはできんもんさ」
派閥争いで言ったことであっても、都市を守るには必要な判断だ。
「なので、わしは帰らせてもらう。お嬢さんもその男に任せてここを出るんじゃな。もう終わりじゃ」
これから本格的な冬が来る。黒丹病で死ぬか、凍えて死ぬか、どっちにしろ人口が激減したら都市は機能を失い、治安は乱れる。
あとは坂を転げ落ちるように廃れ、都市は歴史から消えるだろうよ。
「なっ!? 老師様っ! どう言うことですかっ!」
悲鳴を上げるお嬢さん。
「どうもこうも信じられないのなら付き合ってやる必要はあるまい。別にこちらとしてはどうしても救いたいと言うわけじゃない。隊長さんにどうしてもと言われたから来たまでだ」
信じるも信じないもそちら次第。信じるなら付き合う。信じないのなら去るのみ、だろうが。
「お待ちください! 信じますので我らを見捨てないでください!」
「では、ここにいるすべての者に承諾させなされ。ちゃんと署名し、血判をしてもらう。終わったあとに知らぬ存ぜぬでは困るのでな。あ、ちゃんと二枚書いてくだされ。書いたらわしも名と血判を押すんでな」
こう言うことはしっかりしておかないと泣き寝入りになっちゃうからね。
「ごうつくじじいめ! 人が死ぬときに金の話か!!」
神経質でない男と同じ派閥──ではなく、同じ党の五〇歳くらいの肥満オヤジが叫んだ。
「言葉は選べ、若いの。これは交渉の場だぞ。相手を不快にさせてどうする? 怒鳴れば相手が折れると思うたか? ただのじじいに見えるか? 小さな世界で囀ずっておる若造なんぞどうにでもできるわ」
こいつらがどれだけの権力があるか知らんが、住んでなければ馬の耳に念仏。右から左に流してさようなら。邪魔をするなら力で排除します、だ。
「お嬢さんの判断に従えないもんは部屋を出ろ。そして、二度とここに来るな。もちろん、お前が出ていけと言うなら素直に従うぞい」
さて。あんたらに決断できるかな? まあ、無理か。そんなことができるんならまっとうな政治家(?)になってるわ。
「黙りか? それもよかろう。お前さんらが上位者だ。繁栄させるのも滅ぼすのもお前さんらが決めろ」
それが上位者の仕事で責任だ。オレには関係ねーことだ。
「老師様。お願いです。街をお救いください」
おれの足元で両膝を床について懇願するお嬢さん。オレがウブだったら惚れてたかもな。悲しいかな、前世の記憶と経験があるからか、女のズルさが先に見えてしまう。
「お嬢さん。わしは救う前に決断しろと言っておるのだ。上位者が民を救いたいと思い、自らが先頭に立ち、誰よりも動かなければならん」
まあ、理想は、だけどよ。
「わしは人を見る目はあるほうじゃ。この中で真っ先に動いたお嬢さんを快く思うし、お嬢さんとならよい商売ができると信じておる」
戸惑うお嬢さんの目をしっかりと見る。
「今ここで決断しろ。清廉潔白な統治者となるか悪逆非道な統治者となるかをな」
偽装結界を解き、ヴィベルファクフィニーとなって問うた。
「──悪逆非道な統治者となります!」
はい、よくできましたとニッコリ笑い、役立たずの野郎どもを一斉に捕縛した。
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