第71話 味方は大事

 不幸とは続くもので、都市を支えてきた上位者たちも疲労に倒れてしまいました。酷いことです。


「君たちの遺志は若き者が継いでゆく。安らかに眠るがいい」


 いや、死んでねーよ! って突っ込みが欲しい。こんなことならプリッつあんを連れて来るんだったぜ。


 なくなってわかるメルヘンのありがたさ。君のことは忘れないよ……。


 ──死んでないわよっ!


 とかドロップキックを噛ましてきそうだが、さすかにないか。あのメルヘン、変に空気読めるから。オレ以外のことなのが悲しいデス。


「さて。お嬢さん──は変か。年下のオレが言うのも」


 中身は相当上だが、中身をわかれと言うのは酷。人は見た目に左右されるからな。


 また偽装結界で老魔術師になる。


「……あ、あなたは一体……?」


「オレはヴィベルファクフィニー・ゼルフィング。一六歳。アーベリアン王国のシャンリアル伯爵領にあるボブラ村に住む者です」


 商会の会長だったり領主だったり、または三国伯爵だったりする普通の村人です。


 ヘイ! 突っ込みカモーン!


 なんて求めるが、部屋の中は木枯らしぴーぷー。寒い空気に満ちていた。


 オホン。さて、マジメな話をしようか、お嬢さん。


「驚くのは当然。戸惑うのも当然。わけがわからないと叫びたいだろうが、今はありのままを受け入れなされ」


 部屋の中にある談話席と思われる場所へ移動し、向かい側に座るよう促した。


 できるお嬢さんは、気合いを入れるためか自分の両頬を叩き、頷いたのちに向かい側の席へと腰を下ろした。


「隊長さんたちも楽になされ」


 あらびっくり! 隊長さんは部屋の中にいたのです。知ってましたか?


「お、お前はいったい……」


「知りたければ長々と語ってやろうか? あんたの疑問で何百人何千人と見殺しにして」


 オレは構わんぜ。まだこの都市に情はないからな。


「あ、いや、すまない! 忘れてくれ」


「ああ、そうさはせてもらうよ」


 人は忘れることも大事。覚えていてイイことだけ覚えてろ、だ。


「まずは、基本的なところから聞かせてくれ。弟から助けてと言われて今日──いや、もう昨日かの? まあ、とある手段で来たからここがどこかも知らんのじゃ。都市名と住人の数を教えてくれ?」


 無駄な疑問は避けてくれよとお嬢さんを見詰める。


「……ここは、ハルメラン。自由貿易都市群の南に位置します。人口は約五万。ですが、市民権のない者や隊商の出入りがあるので七万はいると思います」


 まあ、想像の内だな。


「このハルメランで流行っている病は黒丹病と言うものだ。原因はわかってないが、死滅させる方法は昔話の偉人の努力により確立はしている。その薬となるものもある」


「……黒丹病。確かに黒い丹みたいなものが皮膚にあったな」


「皮膚につくのは初期段階。これは薬を混ぜたぬるま湯に浸かればほぼ完治する。体が衰弱してたら無理だがな」


「人に感染するものなのですか?」


「するからこの現状だ。言ってもしかたがないが、初期でわかっていれば怖い病気じゃないじゃよ」


 無茶言うな、ってのはわかる。だが、この現状を見れば文句の一つも言いたくなるわ。誰が尻を拭うと思ってんだ、こん畜生が! ってな。


「弟がオレを連れて来たのは孤児院を併設した教会じゃった。そこで見立てと街での現状を見れば分水嶺はもう滅びの方向に流れていると言ってもよいじゃろう」


 至るところにあったR18な死体の数々。よくそれで逃げ出さないなと疑問に思うわ。


「じゃが、まだ滅びたわけではない」


 絶望に染まりそうなお嬢さんに希望を与える。


「危機は好機。ものの見方を変えれば今の状況はお嬢さんにとって千載一遇の好機じゃ」


 これはお嬢さんが呼びよせた奇跡。そしてオレは出会い運が成せた業。世の天秤はお嬢さんに傾いた今、躊躇することなく好機をどんどん積み重ねればイイ。


「こ、好機、ですか?」


「ああ、好機じゃ。邪魔な連中を一掃でき、お嬢さんの発言力を増やすことができる。なにより、市民以外を淘汰させられる」


 いや、させられた、が正しいか。


「厄災や飢饉が起きれば弱い者から淘汰される」


 それは身を持って学んだ。三つの能力と前世の記憶がなければオレや家族は死んでいただろう。


「都市の害悪となるものは多くある。都市の統治に携わってきたならなにが、と言う必要もあるまい」


 いろいろ口にできないことがあるんです。知りたければ歴史を学びなさい。


「顔を下げるな。統治者なら避けては通れないものだ。優しい笑顔を浮かべながら心は悪逆非道でいろ。強い意志で顔を上げておれ」


 まずはお嬢さんの意識改革──おっと、洗脳とか言っちゃいけねーぜ。これは教育なのだ。


「……は、はい……」


 震える声で返事をするお嬢さん。顔を下げないだけ見所はあるってものだ。


「なに、不安になることはない。お嬢さんの前には、いや、その背後にはわしがおる。万事、謎の老魔術師にお任せあれ」


 操り人形になれ。との副音声が聞こえる方は病院へいくことをお勧めします。謎の老魔術師はガンバるお嬢さんを支えるのが性分なのです。


  ◆◆◆


 お嬢さんを正式に市長代理にするべく上層部の面々に委任状を無理矢──進んで書いてもらい、ついでに辞職願いも書いてもらった。


 ハイ、これにてこの都市、ハルメランの市長代理に任命されました。拍手~。


「……本当にいいのでしょうか……」


 まだ良心があるのか、不安を漏らすお嬢さん。まあ、千里の道も一歩からって言うし、一歩一歩悪逆非道になっていけばイイさ。オレも昔は優しい男の子だったしな。本当だよ!


「そりゃダメに決まっておる。相手の意思を踏みにじるばかりか人生を台無しにしておるんだからな」


 これがイイことなら世に悪事はねー。誰がなんと言おうオレらは悪いことをしているんだよ。


「非常事態には超法規的な行動で対応する。それが許さないと言うなら代案を出せ。その方法しかないと言うなら全権限と全責任を渡してやるよ」


 こいつらに代案など出せるわけもないし、無能をさらした結果がこれだ。協力してくださいと言われても全力で拒否するわ。


「わしは、こんな無能な小悪党とつるむ気はない。つるむなら優秀で計算ができ、お互いの利を求められる者がよい」


 片方が損する関係など早々に破綻する。長い付き合いをしたいなら互いの利を考慮したりされたりのほうが長く付き合えるものさ。


「不思議なもんで悪逆非道だからこそ救える命があり、得られる利がある。無償の愛なんぞで人が救えるか」


 神ですらできないものが人なんぞにできるか。人は人にできることを成せ。そして、オレはオレにできることをやるまでだ。


「お嬢さん──いや、市長代理殿。まずは城にいる者に薬を飲ませる。煎じてる間にこの疫病が黒丹病であることを教え、それを癒す薬があることを教えなさい」


 まずは城を掌握する。


「あと、部屋を二つ──いや、三つ用意してくれ。ダメなら外でもよい。わしらの拠点にしたい」


「わしら、ですか?」


「黒丹病が起きた場所に単独でとかアホがすることじゃ。十数人で来たんじゃよ。ただ、種族が違うんで都市からの許可をいただきたい。無用ないさかいはしたくないんでな」


 もちろん、危害を加えられたら反撃はするがな。


「わかりました。すぐに用意します」


「いいかい、市長代理殿。これは、あんたの地位を築くもんでもある。自分に従う者や逆らう者を見極め、味方となる者を引き込むんじゃ。あんたは今、黒丹病の薬を一手に握るばかりか、どんな怪我や病気も治せる薬師が味方してるんじゃからのぉ」


 エルクセプルが入った箱を出してテーブルに置いた。


「伝説の秘薬エルクセプル。これ一つのためにいくつの国が滅びたことやら。わしならいくらでも作れるんじゃがな」


 この大陸に住む者ならエルクセプルの名は寝物語に聞いたことがあるはずだ。帝国にも知られているもんだしな。


「──頼む! それをおれに譲ってくれ! 娘が死にそうなんだ!」


 おやまあ、なんとも好都合なことに欲しい方がいらっしゃいましたよ。


「もちろんやるとも。市長代理殿の味方だからのぉ」


 街を知る隊長さんは是非とも市長代理殿の味方でいて欲しい。実働部隊は大切にせんと。


「これは隊長さんにやる。信頼する部下に渡してやるとよい」


 さらに二箱出し、使用上の注意を教える。


「食料が必要ならそれも用意しよう。都市のために働く者は大事にせんとならんからのぉ」


 自由平等博愛なんぞない世界では縁故、贔屓は当たり前。なんら悪いことではないのです。


「ありがとうございます!」


 お嬢さんも大事に箱を抱えて出ていった。


 はぁ~。まったく忙しい夜だ。このまま眠りにつきたいもんだぜ。


「マイロード。お待たせしました」


 気を許しそうな瞬間、ダイナマイトボディーな美女バージョンのドレミが三人現れる。


「ドレミか?」


 いや、どれもドレミではあるんだが、なにか本体(?)のような気がしたのだ。髪の色は黒だが。


「はい。ドレミです」


 と、髪の色が水色となった。


「言いつけを守らず申し訳ありません」


 やはりか。しかし、よくわかったなオレ。びっくりだよ。


「構わんよ。お前が選んで決断したならよ」


 言う通りにしか動けない人形に興味はない。生きてるのなら自由意思を示しやがれ、だ。


「ありがとな。お前がいてくれると心強いよ。オレを助けてくれ」


 お嬢さんに言ったように味方は大事。ましてやオレのためにオレの命令を無視して来てくれたのだ、叱るなどできるものか。


「はい。マイロード」


 いつも無表情なドレミが嬉しそうに笑った。


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